スイカの皮の光合成と縞模様の謎

スイカの写真

東京大学柏キャンパスのオープンキャンパスの際に、「ピーマンの実やスイカの皮は光合成をするか?」という公開実験を行い、スイカの皮が光合成をしていることを見つけました。また、その翌年の「光合成を目で見てみよう」では光合成の効率を目で見える形で測定しました。今回は、スイカの皮の緑色の部分と黒い部分を詳しく比べてみることにしました。

今回の実験のねらい

以前の実験で、スイカの皮も光合成をしていることを見ました。一口にスイカの皮と言っても、右側の写真に示しますように、緑色の部分と黒い部分があります。この差が何に由来するのか、また、光合成の効率は違うのか、ということを今回は明らかにしたいと思います。

色素は何か?

スイカは、緑と黒の縞になっていると普通は言いますし、上の写真を見ても、確かに黒い縞が走っているように見えます。しかし、近づいてよく見ると、黒と言っても非常の濃い緑であることがわかります。とすると、この色の違いは、葉緑素、つまりクロロフィルの濃さが違うだけ、という可能性が強いように思います。そこで、下のようにスイカの皮を 1 cm 四方に切って、有機溶媒につけることにより色素を右の写真のように抽出し、その種類と濃度を調べてみることにしました。

スイカの皮の色の比較スイカの皮からのクロロフィルの抽出

クロロフィルの抽出にはN,N'-ジメチルフォルムアミドという溶媒を使いました。この溶媒は、葉っぱをしばらくつけておくだけで色素が抽出されてくるので、非常に手軽です。ただ、最初に上の写真のように10 mm x 5 mmに切ってつけておいても、組織が硬いせいか、なかなか普通の葉のように色素が抽出されてこなかったので、さらに細かく刻んでようやく色素を抽出しました。まず、この抽出液の吸収スペクトルを分光器により測定してみました。その結果が下のグラフです。

スイカの皮の色素の吸収スペクトルスイカの皮の色素の赤色部吸収スペクトル

これらのスペクトルを見ると、いくつかのことがわかります。まず、可視部を全て測定したグラフを見ると430 nmぐらいと、680 nmぐらいに大きな吸収があり、形からして、これは間違いなくクロロフィルの吸収スペクトルです。400-500 nm近辺の青い光と600-700 nm近辺の赤い光を吸収して、500-700 nm近辺の緑色の光をあまり吸収しないために、クロロフィルは緑色に見えるわけです。さらに、450-500 nmの領域にある程度の吸収があることから、おそらくクロロフィルaの他にクロロフィルbとカロテノイドを含んでいると予想されます。次に、600-700 nmの領域を拡大して、緑の部分から抽出したものと黒の部分から抽出したものを比べると、スペクトルの形はほとんど同じと言ってよいことがわかります。つまり、黒い色素が別にあるわけではなく、クロロフィルが濃いので、見かけ上、黒っぽく見えるのだ、ということがわかります。

このスペクトルから、クロロフィルの量を定量することができます。

スイカの皮 抽出液クロロフィルa濃度 抽出液のクロロフィルb濃度 a/b 面積あたりの合計クロロフィル量
黒い部分 69.0 μg/ml 36.7 μg/ml 1.88 1.06 g/m2
緑の部分 37.6 μg/ml 18.3 μg/ml 2.06 0.56 g/m2

ここから、黒い部分の面積あたりのクロロフィル量は、1平方メートルあたり1グラムぐらいで、緑色の部分では、その半分ぐらいであることがわかります。色の違いから想像していたよりは、クロロフィル濃度の違いは少ないように感じますね。もう一つ面白いのはクロロフィルaとクロロフィルbの比率です。光合成に関わるクロロフィルタンパク質のうち、反応中心という、光合成の電子伝達に直接関与する部分に結合するクロロフィルはクロロフィルaなのに対して、光を集めるアンテナの役割をする部分に結合するクロロフィルはクロロフィルbがある程度含まれます。普通の葉では、このクロロフィルa/b比は3程度のことが多いのですが、それに比べると黒い部分でも緑色の部分でも比が2程度ですから、スイカの皮ではクロロフィルbが多いことになります。スイカの皮では、アンテナの役割を果たすクロロフィルが多いことになります。ただし、これについては、何故か、という理由付けは難しいですね。

顕微鏡写真

通常、植物の葉の中で、クロロフィルは葉緑体の中に存在します。とすれば、皮の黒い部分の細胞には、葉緑体がたくさんあるのかも知れません。そこで、スイカの皮の顕微鏡写真を佐野俊夫博士にお願いして撮って頂きました。左が黒い部分、右が緑色の部分です。確かに、緑色のつぶつぶとして見える葉緑体の数は、黒い部分の方が多いようです。この写真の右下の白い棒は 50 μm の長さを示しています。少し暗い線のように見えるのが細胞と細胞の境界です。細胞の大きさはだいたい数十μm であることがわかります。細胞の数や大きさは、黒い部分と緑の部分でさほど変わらないように見えます。

スイカの皮の顕微鏡写真(左:黒い部分、右:緑の部分)

これをもう少し拡大したのが、下の写真です。今度は白い棒は 10 μm を示しています。葉緑体の直径は 2 μm 程度のようですから、普通の葉っぱの葉緑体とあまり変わらないようです。葉緑体の形と大きさについても、特に目立った違いはありません。

スイカの皮の拡大顕微鏡写真(左:黒い部分、右:緑の部分)

これらの写真から、クロロフィルの量の違いは、葉緑体の数の違いに由来していたのではないか、と推測することができます。

光合成

それでは、光合成の効率はどうなっているのでしょうか。「光合成を目で見てみよう」の時に使った、光合成を可視化する装置で、スイカの皮を測定してみました。

スイカの皮の見た目と光合成の効率

左の写真は、単にスイカの皮を薄切りにして撮った写真です。これを、光合成を可視化する装置に入れて、光合成の効率を見ると、効率が高いか低いかが、色によって表示されます。右側の写真がその結果で、赤い部分が光合成の効率の高い部分、緑色の部分は光合成の効率が低い部分、黄色はその中間です。これを、見た目の写真と比べてみると、見た目の色と、光合成の効率には、あまり関係がないことがわかります。同じ緑色の部分でも、真ん中の中心から下のあたりは、光合成が低いのに対して、真ん中の上の部分では、むしろ赤く表示されていますから、光合成の効率が比較的高いことになります。

ただし、この右側の写真で見ているのは、あくまで「効率」です。考えてみれば、上でわかったように、色の違いが葉緑体の数の違いに由来するのであれば、1つの葉緑体に注目してみれば違いはないはずですから、光合成の効率自体には違いがないことは当然かも知れません。もっとも、実際にどのぐらいの光合成が行なわれているか、つまり面積あたりの光合成速度を考える場合には、クロロフィルの多い黒い部分の光合成の方がより高いことが予想されます。

終わりに

このように、スイカの皮には、立派にクロロフィルと葉緑体があって、光合成を行なっていることがわかりました。おそらく、葉っぱでもって光合成を行なうと共に、実でも光合成を行なうことによって、少しでも多くの光合成産物を稼ぐのが目的なのでしょう。ただし、それでは、なぜ縞模様になるのか、という点になると、それらしい説明を思いつくことができません。光は縞状にあたるわけではないでしょうから、葉緑体は皮の全面に均一に分布していた方が効率がよいように思います。実際、北海道で栽培される「でんすけスイカ」という品種では、実の表面が真っ黒だそうですから、特に縞がなくてはいけない、というものではなさそうです。

野生のスイカの種がどのように散布されるのかは知りませんが、おそらく野生の動物に食べてもらって、それが別の場所で糞と一緒に排泄されることによって広がっていくのではないでしょうか。そうだとすると、スイカの縞は、光合成のことを考えて縞にしているわけではなく、コントラストをつけて野生動物に見つかりやすくするのが目的かも知れません。その際に、どうせ色を付けるのなら、クロロフィルで色を付けておけば光合成もできるし、一挙両得であった、ということなのかも知れません。

(2007.6.15執筆)