ジョリオ型分光器による光化学系I(P-700)の定量

2018.11.1最終更新

ジョリオ型の分光器は、微小な吸収変化を検出することを主な目的として開発された分光器で、感度よくP-700の酸化還元による吸収変化などを測定することができます。P-700の酸化還元の一般論については、「チラコイド膜における光化学系I(P-700)の定量」のページをご覧ください。以下には、ジョリオ型の分光器によるP-700定量の方法論について述べています。

ジョリオ型分光器

測定の原理

微小吸収変化の測定原理に関しては、「生物試料の分光測定」の中の、「微小な吸収変化の測定」の項をご覧いただければと思います。ごく簡単に言えば、試料を通る光量と、その変化量がわかれば、吸収変化の測定が可能になります。暗所でP-700が還元されている試料がある場合、その試料を透過する光量を測定しておいて、次に励起光を照射することにより、P-700を酸化し、その状態での光量を測定します。最初に透過してくる光量をIo、P-700を酸化したのちに透過する光量をIとした場合、(Io-I)/Ioが吸収変化と比例関係を示しますので、これを測定すれば、相対的な吸収変化が求まります。このように吸収変化を測定するにあたって、ジョリオ型の分光器では、いくつかの特徴的な工夫がなされています。

(1)光源とシークエンス

ジョリオ型分光器では、光源に単色LEDを用いています。測定光はパルス光として与えますので、得られるデータは離散的なデータになります。測定光や励起光をオン・オフするタイミングは、シークエンスと呼ばれる一種の簡単なプログラムによって指示するため、必要によって自分で書き換えて好みの測定条件で測定できる利点がある一方で、シークエンスの書式を覚える手間がかかるという欠点もあります。後述するように最小の測定ポイント間隔は25μs、最大測定ポイント数は300、最大の測定時間は270秒です。

複数の光源を使い分ける場合、励起用の光源の光が光検知部位に入らないようにするために光学フィルターを利用します。光学フィルターは、干渉フィルターと色ガラスフィルターが使われています。例えば、P-700の酸化還元による吸収変化を705 nmにおいて測定する場合には、光検知部位を色ガラスフィルターのRG695と干渉フィルターの705 nmで保護することにより、630 nmもしくは720 nmの励起光が光検知部位に入らないようにします。

(2)参照光路の設置

ジョリオ型分光器の場合、実際には、光源からの光を二つに分割し、一方は試料を通して光感知部位で光量を検知し、もう一方は試料を通さずに光検知部位で光量を検知します。それぞれの検知部位からのシグナルが同じになるように試料を通さない側の光量を絞り(アテニュエーター)によって調節し、その際のシグナルをIoとします。試料を通す側の光量をIとした場合、最初にきちんと絞りによって調整してあればI=Ioですから、(Io-I)/Io=(Io-Io)/Io=0となって、吸収変化シグナルの初期値は0となります。ここで、励起光が照射されて試料の吸収変化が起こると、試料側の光量が変化することによりIが変化し、吸収変化のシグナルが求められることになります。測定時に表示される吸収変化のシグナルはこの(Io-I)/Ioを直接プロットしたものです。わざわざ光を二つに分割せずとも、励起光を当てる前の光量をIoとすればよいように思いますが、なぜ試料を通らない光量も測定するのでしょうか。それは、光源のLEDの光量に時間変動があった場合の影響をキャンセルできるからです。試料を通らない光の光量として常にIoをモニターし続けることにより、例えば光源LEDの光が何らかの不都合によって弱くなってIが小さくなったとしても、同じ割合でIoも小さくなりますから、結果として、(Io-I)/Ioの値は変化しません。変動の影響を受けずに測定を続けることができるわけです。

(3)ダークパルスの導入

微小な吸収変化を測定するにあたって問題となるのは、励起光の散乱光や、励起光によって生じる蛍光の影響です。励起光はP-700の酸化還元を引き起こすために当てるわけですが、その励起光の一部が散乱して光検知部位に入ったり、励起光によって生じた蛍光が光検知部位に入ってしまうと、見かけ上、吸収が変化したように見えてしまいます。そのためには、測定光以外の光が光検知部位に入らないようにする必要があります。これを実現するために、ジョリオ型の分光器では、光源として使っているLEDのスイッチングが高速であることを利用して、測定点の直前に励起光を切り、測定を行い、直後に励起光の照射を再開する、という手順をとることができます。つまり、測定の前後の短い時間のみパルス的に励起光を切る時間を設けることから、これをダークパルスと称しています。これにより、測定時の励起光の影響を避けることができるわけです。例えば、P-700の測定にあたって、720 nmの近赤外光を励起光に使うことによってP-700を酸化することがあります。この際、705 nmの吸収変化でP-700を測定する場合には、励起光と測定光の波長が近いため、どうしても一部の励起光が光検知部位に入ってしまいます。それを避けるため、ダークパルスの使用が必要になります。

一方で、ダークパルスの使用には弊害もあります。ジョリオ型の分光器は、測定ポイントの最小間隔が25μsなので、本来はこの分解能で測定が可能です。しかし、ダークパルスを使用した場合には、300μs程度の間を置かないと、正確な測定ができません。したがって、P-700の吸収変化を高い時間分解能で測定したい場合には、ダークパルスの使用は望ましくありません。P-700は赤外領域の810 nmにおいても測定でき、この波長領域では720 nmの励起光の妨害はありませんから、時間分解能が必要な場合には、810 nmにおいてダークパルスを使用せずに測定するのが一つの方法です。ただし、P-700の酸化還元差分子吸光係数は、810 nmでは705 nmの数分の一になりますから、810 nmにおける測定ではノイズがだいぶ大きくなる点に注意する必要があります

(4)二波長測定によるアーティファクトの除去

P-700の測定は705 nmの吸収変化をモニターすることによって行うことができますが、実際には、この波長でのシグナルは、光漏れなどのアーティファクトを含んでいます。これを除くためには、同等のアーティファクトが予想される740 nmでも吸収変化を測定し、これを引き算することによりP-700に由来するシグナル成分だけを得ることができます。ただし、二波長の測定を自動的に行なうDual PAMとは異なり、ジョリオ型の分光器では、705 nmの測定と、740 nmの測定を、フィルターを(810 nmの測定では光源も)取り換えて別個に行なう必要があります。なお、ここで見られるアーティファクトは、プラストシアニンやフェレドキシンの吸収変化によるものではないため、例えば水だけを入れた試料キュベットの測定においてもみられます。同様な参照波長での測定は、810 nmでP-700の酸化(=P-700+の生成)に伴う吸収増大を測定する場合にも、880 nmの波長を用いて行なえます。

測定のための試料について

P-700の測定に使う試料は、10-20μg/ml程度の濃度のものが良いでしょう。クラミドモナスの生細胞の測定では、10%フィコール400(ポリスクロース)を含む緩衝液に懸濁しないときれいなシグナルが得られないとのことですが、シアノバクテリアの生細胞の測定では、フィコールなしの緩衝液で十分測定ができます。クラミドモナスの細胞はシアノバクテリアに比べて大きいため、フィコールを加えることによって細胞内外の屈折率の差を小さくして散乱を最小限に抑えるという意味があるのかもしれません。

測定の準備と設定の確認

  1. PCの電源を入れる。
  2. JST-10の電源を入れる。電源は青いコントロールユニットの背面右側にある。
  3. ソフトウェアを起動する。
  4. ユーザーの選択画面が出るので選択する。ユーザーごとにデータの保存場所やプロトコールが異なるので、新規のユーザーはここで新しいユーザー名を登録しておくのが良い。なお、2017年現在、保存場所に最初に作られるdefaultの設定ファイルにはバグがあるため、修正するか、あるいは、修正済みのファイルに置き換える必要がある。具体的には既に修正されたユーザー名のついた3つのファイルを既に存在するユーザーのフォルダからコピーし、ユーザー名部分を自分のものに変えればよい。
  5. 測定画面になるので、まず、メニューバーのFiles - New Experimentから実験ファイルを作成する。これにより作られた*.expファイルにすべてのキネティクスはセーブされることになる。
  6. メニューバーのFiles - Load user's parametersから個人パラメーターを読み込む。これを行わないと、後述のSequenceのプログラムにはデフォールトのもののみが表示され、独自のプログラムを使用できない。
  7. フィルター類や、LED光源などを測定の種類に合わせて適切にセットする。
  8. 左下のInterference filterの部分の、適切な波長を選択する。選択肢にない波長のfilter(例えば740 nm)を使用する場合には、空欄に波長を入力する。
  9. フィルター選択部分の右側にあるSequenceをクリックし、開いたウィンドウの適切なタブの中の適切なプログラムを選択する。この際、一度、現在開いていないタブをクリックして開く作業をまず行う。これによって、個人に登録された情報が読み込まれる。測定動作は一連のシークエンスとしてプログラムに登録されているので、登録された中から選ぶか、必要に応じてシークエンスを修正して登録する。既存のプログラムを修正する場合には、Program lockのチェックを外し、中央のボックスの文字列を修正する。保存する際には、どのタブに保存するかを聞かれるが、実際には元のタブの数値(一番左が1、一番右が2、その間が3と4)を入力しないとエラーになる。登録・選択が終わったらOKを押して測定画面に戻る。
  10. Sequenceの下のLED Controlをクリックする。開いたウィンドウの中央下部のUSB moduleのパネルに、USB device connectedと表示されていることを確認する。万が一USB errorのメッセージが出ている場合は、コネクタを確認するなどが必要になる。
  11. LED Controlの一番右のパネルのDetectionが測定光LEDの状態を示す。現在、Detection source 1にWhite Light、Detection source 2にIR 705-750、Detection source 3に810 nm LED、Detection source 4に880 nm LEDが接続されているので、適切な番号(例えば705 nmにおけるP700定量ならば2)を選択する。選択されたLEDのユニットは、ユニット上の赤いLEDが点灯する。また接続されていれば、パネルの下のActivatedにチェックが入るはず。
  12. LED Controlの一番左のパネルのActinic 1(E-F:飽和光用/G-H:光量可変励起光用)は、Dual ring LEDのうちOJIP解析の励起光(=測定光)やNPQ解析の励起光(連続光+飽和光)として使われるオレンジLED (630 nm)の状態が表示される。同じDual ring LEDユニットのP-700解析の励起光として使われる近赤外LED(720 nm)は、LED Controlの左から2番目のパネルのActinic 2(K-L)に表示される。Actinic 3(I-J)は現在何も接続されていない。使用する光源については、Activatedにチェックを入れておく(こちらは最初の状態ではチェックが入っていない)。

吸収測定の一般的な手順

  1. 測定の前に、青いコントロールユニットの前面のやや左手にある黒いUnlockボタンを押して安全ロックを解除する。
  2. 試料を光路にセットしてRepeatを選択すると、測定光が繰り返しパルスとして照射され、Detection light controlのパネルに、光量が表示される。吸収測定の場合は、サンプル側を通る光量(Light IN)とサンプル側とリファレンス側を通る光量のバランス(Delta Light)が表示される。この場合、サンプル側の光量バランス(Light IN)は3-5 Vが推奨されている。これが大きく外れる場合は、パネル右にある上矢頭もしくは下矢頭を押して測定光強度を調節する。これはLED ControlウィンドウのDetectionで調節してもよい。さらに測定光を弱めてもLight INが大きすぎる場合は、測定フォトダイオードのゲインを測定ユニット側部のスイッチで調節する(上:Min、中:Max、下:Mid)。この際、サンプル側ユニットとリファレンス側ユニットのスイッチは同じ位置にしておく。試料が濃すぎれば光が届かないし、試料が薄すぎれば光が強すぎるので、試料濃度自体を調整してもよい。Light INは画面右側に一番下の0から上に伸びる緑の線としても表示される。次いで、リファレンス側のアテニュエータ—(しぼり)を調節して、Delta Lightをなるべく0に近づける。Delta Lightは画面右側の中央を0とする赤い線として表示されるので、この赤線が短くなって(0付近に)点に見えるようにすればよい。
  3. 一方、蛍光測定の場合は、レファレンス側の光量(Light IN)とサンプルからの蛍光の光量(Fluorescence OUT)が表示される。この場合、通常の蛍光測定では、Light Inの値を1 V以下にし、Fluorescence OUTの値も同じ程度にすることが推奨されている。特に、OJIP解析の場合は、それらを0.1 V程度にした方がよいと言われている。当然ながら、蛍光は測定光よりも格段に弱いので、これを実現するためには、パネル右にある上矢頭を押して測定光強度を高くすることによって蛍光側のシグナルFluorescence OUTを大きくして、次いでリファレンス側のアテニュエータ—(しぼり)を十分に絞ってLight Inが小さくなるように調節することになる。蛍光測定の場合は、二つの光量は、一番下から上に伸びる緑の線と、中央から上に伸びる赤の線として表示される。
  4. 光量の調節が終了したら、stopを選択してRepeatを止める。
  5. 問題なければRunを選択して測定。この際、リアルタイムで見たいときは、Runの横のReal timeにチェックを入れておく。縦軸は、吸収測定の場合は、ΔI/Io(これは吸収変化に比例する:詳しくは「微小な吸収変化の測定」を参照)として表示される。ただし、ファイルにデータを保存した場合、保存された値は106倍(1,000,000倍)されているので注意すること。蛍光測定の場合は、蛍光をリファレンス側の光量で割った値として表示される。これにより、光源の光量が変動した場合でも、蛍光測定結果は影響を受けなくなる。つまり、蛍光量ではなく、蛍光収率の変化が測定されることになる。
  6. 測定が終了後、画面にEnter a comment for this recordというメッセージウインドウの空欄にコメントを打ち込み、save dataを選択する。測定されたキネティクスには順番に番号が振られ、画面右側に表示されている対応する番号を左クリックでキネティクス表示、右クリックでキネティクス非表示にすることができる。また、失敗した測定のキネティクスを削除したい場合は、左クリックで選択・表示させておいて、画面右側のやや下にあるdelet recordボタンを押せば削除できる。なお、Real timeにチェックを入れたときは、ベースライン補正前のデータが、500番として表示される。画面右側の表示されていない番号の部分を見たいときは、パネルの上部もしくは下部にカーソルを置くと、より若い番号もしくは大きい番号の部分が表示される。
  7. 異なる試料を測定する場合は試料の吸収が異なるので、上記(2)の調整を改めて行なう。
  8. 705 nmの測定を740 nmの参照測定とペアで行う場合(上記「(4)二波長測定によるアーティファクトの除去」参照)、もしくは、810 nmの測定を880 nmの測定とペアで行う場合は、その差が実際の吸収変化となる。差を表示させたい場合は、上部のDIFFというボタン(見づらいが、マウスを置くと「2 records difference」と説明が出る)を押して、ついで、測定キネティクス(グラフの線)をクリックし、最後に参照キネティクスをクリックすると、セーブするキネティクス番号を聞くウィンドウが開くので、そこで番号を指定する(デフォールトでは100番から順番に番号が振られる)と、差キネティクスが生成される。
  9. すべての測定終了後、File-Save experimentで結果を保存することがきる。複数のキネティクスを測定した場合も、すべて保存される。保存した.expファイルは、File-Load experimentから読み出すことができる。
  10. 各キネティクスをテキストで保存する場合は、File-Save dataを選ぶと新しいウィンドウが開くので、4つのデータフォーマットから一つを選び、保存する測定番号を真ん中の空欄に記入する。この際、複数のキネティクスを保存したい場合は、スラッシュ(/)でつなぐ(eg. 1/2/3/4)。1-5/8/10-12といった表記も可能。Browseを押すと、ファイルの保存場所指定のウィンドウになるので、保存場所とファイル名を指定して保存をクリックし、もとのウィンドウに戻ったらOKを押せばよい。上の2つのフォーマットは縦にデータが並ぶので、X, Yにデータが並ぶ下の2つのフォーマットのほうがキネティクスの数が多いときは便利。

使用するセルについて

シアノバクテリアの生細胞などで測定する場合は散乱が大きいが、ジョリオ型分光器の場合、光検知部位とセルの距離は比較的近いので測定は可能である。ただし、シトクロムの吸収変化などはP700と比較してシグナルが小さいので、ノイズが目立つ場合もある。そのような場合には、濃い試料を用いて光路長が短いセル(例えば光路長が2 mmのアズラボ1-2871-02ガラスセルG-102)などを使うと改善する可能性がある。