先端生命科学入門 第4回講義

ショウジョウバエが教えてくれたこと

Q:今回の講義で私が一番気になったのは、ショウジョウバエとは直接に関係無いのだが、インスリンによる体長のpositiveな調節についてだった。先生から「その調節がヒトについても同様には当てはまるとは限らない」と伺い、私も「まぁそうだろうなぁ」とは思っていたが、マウスにおいてもショウジョウバエと同じような実験結果が出ているとも聞き、もしかしたらこの調節はヒトにも当てはまらないだろうか、と再考した。また、インスリンによって体長に関してはpositiveな、寿命に関してはnegativeな調節が起こるがその原因はよく分かっていないとあったが、インスリンによって体細胞の分裂速度が上昇していると考えるのでは駄目なのだろうか?細胞分裂速度が上昇すれば単純に体長が大きくなるのかどうかは怪しいが、もしそうなら、有限分裂寿命が早くに訪れ、結果的に寿命が短くなるような気がしたのだが・・・

A:最近では、寿命は細胞の分裂回数だけで単純に説明できるわけではないことがわかってきています。特にショウジョウバエを含む昆虫では、成虫になってしまったら細胞分裂は基本的には起こらないので、成虫の寿命を考える上では細胞の分裂回数はほとんど関係ないでしょう。むしろ、インシュリンによる栄養の代謝調節とそれによる間接的・複合的な要因が重要だと考えられています。


Q:ショウジョウバエがそのイメージとは裏腹に『きれいな』生き物であり、それどころかヒトと多くの共通点を持つという話が印象的でした。昆虫の中でハエが最も進化していることも意外でした。ヒトに比べ、ショウジョウバエの体がはるかに小さいことを考えると、彼らの方が進化しているのではないかと思えるほどです。ハエとヒトの身体での大きな相違点は外骨格か内骨格かという点ですが、外骨格ゆえにハエはこのような精密な体を手に入れたのか、あるいは外骨格が体格の成長を阻んで、やむをえず現在の体長にとどまっているのか。(つまり生物にとって外骨格と内骨格のいずれが有利であるのか。)非常に興味深かったです。自分でも機会があれば調べる対象にしたいです。

A:確かに外骨格に比べ内骨格のほうが物理的により大きな体を支える事ができますが、大昔には体長1mぐらいのトンボなどがいたなので、条件がよければそのぐらいの大きさにはなれるのでしょう。ショウジョウバエは昆虫の中でも比較的小さな部類ですが、それは外骨格による制限というよりは、進化的にその大きさが都合が良かった(より生活環境に適応している)からだと思われます。なぜ都合が良いのかについてはわかりませんが、生物はみな環境に適応して体の大きさが決まっています。そのメカニズムの解明は興味深いですね。


Q:赤い目や酒にたかる姿から昔の人が連想するのももっともなくらい猩々というのはぴったりに思えた。また、しゃれた遺伝子などの名前などは一流の研究者たちの研究の合間の一時の休息を思わせるようで楽しめた。ゲノム配列が分かっていて、遺伝子操作が簡単、かなりのきつい変異体でも成体になれ、また勾配が支配する遺伝子発現機構やホルモンや刺激の受容機構などヒトほどまで進化の過程が違うものでも動物は根本的な部分で共通の原理が働いているからショウジョウバエがこれからも使われるのだろう。とくに、全身が目になる運命でも羽化できるのに驚いた。表面部分だけだからだろうか?完全変態する生物は特に羽化の失敗が多いということを聞いたがあれだけの形態の変化があっても同じプログラムで羽化できるのが不思議だった。

A:ショウジョウバエの遺伝子名の付け方には批判的な研究者も結構いて、Nature誌でも議論された事があります。でも遺伝子の名前ひとつにもエピソードがあるなんて、研究は人間がやっている夢のある仕事であることをよく表していますよね。実は昆虫の中でもショウジョウバエは羽化に失敗しにくい部類で、蛹から出る事が出来なかったとしても体は出来上がっている場合が多いので、蛹の殻から引っ張り出してやれば、相当異常な個体でもどうなっているのか見る事が出来ます。この辺りもショウジョウバエが研究材料として有利な点の一つかもしれません。


Q:ハエというと汚物に集まるといったような汚いイメージがあったが、実際はショウジョウバエは酵母を食料とすることを知って、意外に汚いものではないのだなとおもった。ハエは旧口動物の中で最も進化しているが、新口動物の中で最も進化している(?)人間とは違いゲノムが非常にシンプルで配列がほぼ決定されているというのはとても不思議だった。進化というとよりキツイ環境に追いやられた生物か複雑な代謝機構を獲得したというイメージがあるので、ゲノム数が生物の機構の複雑さに完全に反映されるとはいえないがこれほどシンプルなゲノムをもつのは意外だった。そして、シンプルなゲノムにもかかわらずショウジョウバエの睡眠機構はヒトとほぼ同じというのは驚きだった。この機構はショウジョウバエとヒトの共通の祖先から保存されてきたものなのか、収束進化のように形成されてきたのか知りたいと思った。

A:必ずしも進化=複雑性の向上というわけではありません。また、睡眠機構に限らず、概日時計や記憶、求愛行動、薬物反応性などは全て神経活動がその中心にある問題で、実際、これらに共通に働く遺伝子も見つかってきています。神経そのものの起源は非常に古いですから、これらの活動を担う基本的な分子メカニズムはヒトとハエの共通の祖先に既にあったかもしれませんね。でも、睡眠などの活動までもが共通の祖先で既にあったのか、基本的なメカニズムを元にしてそれぞれで進化したのかは、これから解明していくべき興味深い問題ですね。


Q:人間と多くの点で似ている猩々蝿について、既にゲノムが解析されており、また大部分の遺伝子の機能が明らかになっているということで、猩々蝿の研究がゆ くゆくは人間の不眠症だとか時差ぼけだとか記憶/学習の治療・改善に大きく寄与することになるのだろう(もう、寄与してるのでしょうか?)。講義を通じて感じたことだが、単に猩々蝿について研究するといっても、猩々蝿の睡眠についてだったら睡眠について深い知識が必要だろうし、発生について も同様だろう。となると、結局生物についてのあらゆる分野について精通する必要があるわけで、幅広い横断的な視野が必要なのだろうと思った。
P.S. 猩々蝿が綺麗な生物であるとよく伝わりました。。。

A:その通りです。どの生物を研究するかではなく、どんな生命現象を研究するか、そのためにどんな生物を使うのか、あるいは自分の研究している生物を使ってどんな生命現象にどんな新しい切り口でアプローチできるのか、ということを考える事が自分の研究の独自性を出す上でも大事な事ですね。そのためにも生命現象そのものに対する深い知識と広い視野はとても大切だと思います。


Q:ショウジョウバエをモデル動物として研究に用いる利点には・世代期間が短い・産卵数が多い・飼育が容易で安価・染色体数が少ない・遺伝子操作が容易・情報がよく整備されている、などがあがる。ショウジョウバエは無脊椎動物の中でも最も進化した種で、進化的距離も人と約8割共通で人と基本的なメカニズムは同じなため、人の遺伝子発現機構を知る上でも有用だ。同一遺伝子でもエンハンサーの作用の仕方によって発現部位が変化する。遺伝子は嗅覚、味覚、概日時計、求愛行動、体のサイズ、記憶・学習など様々な生理的機構の基盤となっている。が、その中でもモルフォゲンの勾配(The French flag modelで有名)に従って発現調節を受けるHox遺伝子の解析は、ホメオティック変異体などを用いて今日盛んに行われている。複数種のモルフォゲンの勾配から非対称にHox遺伝子 が発現するしくみも解明されつつある。ゲノム解析の進む今、ノックアウトに加えRNAiの利用によりさらなる遺伝子の機能解析が期待される。

A:講義の内容を簡素にうまくまとめてありますね。でも、園池先生のコメントにもありましたが、講義の内容をまとめることも大事ですが、自分なりの感想や意見をいれるとさらによいレポートになるでしょう。


Q:今回の講義はショウジョウバエという一つの生物種に焦点を当てたもので、普段はあまり耳にすることのない、ショウジョウバエの名前の由来などを聞けて面白かった。ショウジョウバエとヒトは系統樹で見たらとても離れて見えるが、実際には類似点がとても多いことには驚かせられた。これらの類似点はショウジョウバエとヒトが別々に進化を始める前に得た能力なのか、それとも別々の進化により得た能力なのか気になった。ショウジョウバエとヒトという一見全く違う生物でも類似点が多いところに生物の面白さを感じる。

A:実はショウジョウバエとヒトだけでなく、どんな生物を見ても必ず類似点や基本的なメカニズムの共通性があります。ということは、多くの生命現象を担う基本的な分子メカニズムは、かなり起源の古いものだと考えられますね。この「共通」の「基本的」なメカニズムの活用の仕方の違いが様々な生物の違いを作っていると考えられます。「基本的」なメカニズムがだいぶわかってきた今、「共通性」ではなく生物間の「違い」に注目して、何故違うのか、どの様にしてそうなったのかを研究する「進化・多様性」の研究も、最近クローズアップされてきています。