ポストゲノム時代の生命科学 第8回講義

タンパク質でセンサーを創る

第8回は、生命分子工学分野の上田先生が担当されました。 寄せられたレポートの中から面白い視点のもの3つを以下に載せておきます。


ポストゲノム時代というのは、遺伝子やDNAといった言葉が、生物学以外の分野でも取り沙汰されることになっていくのでしょう。今回の講義では、その一例である「分子生物学の工学分野への応用」の好例を知ることができました。免疫のシステムの利用やEpoRの構造にヒントを得たということを聴いていて、以前どこかの講義で聴いた、「最も効率的なシステムは生物が知っている」という話を思い出しました。光合成も呼吸も、ヒトのつくるものとは桁違いに精度が高かったり効率的だったりします。36億年という歳月をかけて試行錯誤をくり返し、幾度もの危機を乗り越えてきたきた生命と、その成果を自分たちの利益のために活用しようという人間と、どちらが「したたか」なのでしょうか?ゲノムもそう遠くない未来に「道具」となるかもしれません。そのとき、自然が見せてくれるのはどのような世界なのでしょうか?


今回の講義の中で、興味をそそられた部分があった。それは、タンパク質センサーを遺伝子治療に応用しようという試みである。思いもよらなかった。遺伝子治療を行える条件には(倫理的問題を無視しても)制約が多くすべての病気に応用できるわけでなく、また実際に正常遺伝子を導入した細胞を体内に投入したとしても、その遺伝子だけがうまく増えてくれるわけではない。そこで、センサーの出番なのだ。このときタンパク質センサーは抗原・抗体反応を利用するものである。正常遺伝子とセンサー遺伝子をいっしょに導入する。その後抗体を与えれば、センサータンパク質が発現している正常細胞だけを選択的に増やせるという算段だ。個人的には一刻も早くの実用化を期待している。また、治療などというと医学部の領域であるように思っていたが、今回は学問の横の広がりを感じることができたという意味でも有意義だった。


抗体(の可変領域)には10の9乗以上の種類があるということは高校時代に習っていましたが、今回の講義でその多様性を用いて物質の認識を行うという発想を知って驚きました。抗原に対する高い特異性と親和性もセンサーとしてふさわしいとのことです。また、抗原の有無により結合の強さが変化するH鎖とL鎖の可変領域を、エネルギーの転移が起こる二種類の発光蛋白質で修飾し、光を当てるだけで抗原の有無を調査できる様するという時間と費用の節約のための工夫にも驚きました。免疫系は生物の恒常性維持の重要な機構ですが、人間の場合アレルギーという厄介なものも引き起こしています。センサーが誤作動してしまうような環境を改善する努力を早急に始めなければなりません。