代謝生物学 第7回講義

植物の低温感受性

第7回は今までに学んだ知識をベースにして、ある1つの研究ーこの場合は植物の低温感受性ーを研究するときに、どのように考え、どのように進めるのか、という点に焦点を絞って話をしました。生のデータが出たのでもしかするとやや、難しい点があったかも知れません。


Q:もともと、光化学系Iは低温阻害を受けないという定説には、根拠があったのですか?実際には活性が測定されていなかったと言うことなのでしょうか。どんなタンパク質も、活性のある温度には上限と下限があると思っていたので、むしろ、過度の温度変化でも傷害を受けないタンパク質の方が珍しいと直感しました。こう考えていてふと沸いた疑問なのですが、海底の熱水が噴出すような環境に住んでいる細菌で発現しているタンパク質は、我々の常温では活性がないのでしょうか?特殊な環境にしか生息できない理由のひとつに、タンパク質の活性が関わると思うので、発現しているすべてのタンパク質が常温に耐えられるとは考えられませんが、中には常温でも、高温でも、同じように活性があるタンパク質もあるのでしょうか?

A:系Iが阻害を受けないとする実験結果がいくつかあったのですが、それは、一部壊れた系Iでも活性を示すような実験条件だったのです。全体の活性をきちんと測ることによって始めて真実が明らかになりました。系Iの阻害の場合は、講義の中で話したように反応中心のP-700は生きているのに、電子受容体の鉄イオウセンターだけが壊れました。このように部分的な阻害が起きていたため現象がわかりづらかったわけです。
 高温に適応した生物のタンパク質でも、多くは室温で活性を示します。つまり、熱失活する温度だけがシフトしている場合の方が多いようです。ただし、そのようなタンパク質でも、生合成の過程や他のタンパク質との相互作用などは、室温でうまくいかなくなる例があり、室温でも順調に生育する、というわけにはいかないでしょう。


Q:私は植物の環境応答に興味があり、それに関連する話題と思い、講義を聴かせて頂きました。低温によるストレスの阻害の所では、ホウレンソウやインゲンなどが出てきて、身近な植物を挙げて説明して頂けて、分かりやすい内容でした。阻害の際には酸素が必要ということや、チラコイド膜の場合も非常に弱い光で阻害が起こることなど、とても興味深い内容もあり、楽しく聴かせて頂きました。また、クロロフィルの分解と光はあまり関係はない、など、興味引かれる内容でした。また、系Iの阻害と低温感受性の関係は、これから研究を続けないと分からない、ということで、これからの発展や進展がとても気になりました。

A:そうですね。結局、低温感受性の本体を明らかにすることはできなかったのが残念です。


Q:光合成研究において様々な手法が用いられていることが実感できた。in vivo系とin vitro系のそれぞれの利点を生かし、得られた結果を組み合わせることにより研究が進んでいく様子が良くわかった。明反応が電子伝達を伴うことを利用して、物理化学的手法によって電子受容体の状態を調べることができるのは、光合成の研究に特徴的な点であるように思えた。できれば、光合成研究で用いられる(特に物理化学的な)手法について、もっと説明して欲しい。

A:確かに、物理化学的な手法は光合成研究の特徴です。おそらく、物理の量子力学が実際に問題になる生物の研究分野は、光合成ぐらいしかないのではないでしょうか。


Q:今回の授業で、国際発表にいたるまでの研究の長い道のりを覗くことが出来てとても面白かったです。いくつかの細かいところで疑問に思うものがありましたので、教えてください。低温による系Iの阻害部位調べた際に、分解産物らしい新しいバンドが出たという結果がありましたが、もともとのサブユニットは60kDaくらいで、新しいバンドが50kDaくらいなので、分解されたとすると、15kDaまたはそれよりも小さいほうにも新しいバンドが出るはずです。系Iを制御するようなタンパク質が発現されているのではないかと思います。また、チラコイド膜を単離すると、温度依存性が失われることからも、単なる温度による物理的な分解ではなく、遺伝子によって制御されているのではないかと思われます。また、見かけ上の変化を見る実験では、水に浸すという低温処理では、水が光合成に対する影響はどう考えればよいんですか?前回の授業では、光に当てながら水をやると光合成の活性が低下してしまったという話がありましたが。系Iの阻害回復のメカニズムももっと知りたいです。阻害の跡(葉の色や系Iの活性など)が完全に回復できますか?

A:小さな分解バンドは探したのですが、見つかりませんでした。これは、もし 50 kDa ぐらいのバンドと 10 kDa ぐらいのバンドが1対1で出現したら、10 kDa のバンドは1/5の薄さになってしまう、ということによるのかも知れません。
 系Iを制御するようなタンパク質というのは、一番面白いところなのですが、やはり見つかっていません。
 また、水の効果については、同じ実験を室温でやると全く阻害が見られないことから、少なくとも大きな原因にはなっていないと思います。
 最後に系Iの阻害は不可逆なようです。クロロフィル量の回復は1週間程度では全く見られませんので、葉の寿命を考えるとこれは不可逆と考えて間違えないでしょう。


Q:実際の研究例に即しての講義だったので面白かったです。論理的に手順を踏んで詰めていく過程が大変参考になりました。実験をするよりもデータを読むほうが難しいこと、またそのデータから次の実験を組み立てるという論理の繰り返しも勉強になりました。
 低温、弱い光、酸素存在の条件下で、光化学系Iの鉄イオウセンターである電子受容体が破壊される機構(ハイドロキシラジカルの発生)はわかったのですが、低温にすると系Iが保護されなくなるというところがよくわかりませんでした。低温にすると、酵素反応の速度が落ちるということが考えられるから、最後のスライドで挙がっている候補の活性酸素消去系の酵素反応が抑えられるというのが有力そうに思ったのですが、もしそういう消去系がホウレンソウではきちんと働くなら、それもおかしい気がしました。植物種によって消去系の構成が変わったりするということはあるのでしょうか? キュウリ・トマトのような夏野菜が阻害を受けやすくて、冬野菜のホウレンソウは阻害を受けないのも気になりました。夏の強い光の中で育つ植物のほうが余分な活性酸素を発生するのだから消去系が発達(?)していてもいい気がしました。低温というのはどこに効いているのでしょうか?

A:低温が聞いている箇所は、結局現時点ではわかっていません。ただ、膜脂質の流動性は、ある点で急激に変化することが知られています。系Iの阻害の温度依存性を考えると膜脂質が関与している可能性は高いように思います。


Q:今回の講義では実際の研究内容を見せていただいたのがとても面白かったです。特に、形態的特徴の変化を一緒に見せていただけたので理解しやすかったです。光、温度、酸素の有無など複合的な要素を統合して考察をすることは、大変だけど面白そうだと思います。今回の研究では低温処理による阻害を観察されていましたが、温度周期と低温感受性の間には相関がないのでしょうか。また、低温刺激に対する応答という点で春化との関係も興味があります。

A:植物によっては低温に順化する能力を持っているので、同じ温度でも、徐々に温度を変えていくのと、その温度に一足飛びに移すのでは、効果が違うと思います。そのような順化や、春化処理などとの関連も、これからの課題でしょう。


Q:今回の授業では、低温ストレスに関しての光化学系Iに起こる阻害についてでしたが、研究の進め方というか思考の過程が見える授業で面白かったです。系Iは低温処理のあとに積極的に分解されて、生体の維持を図り、それが後になって可視障害として現れるとありましたが、他にも可視障害の異常というのは、このように、生体の防御反応ということが結構たくさんありそうですね。面白いと思います。

A:そうですね。可視障害は目に見えるのでいかにも悪さをしているようですが、実際には必要なことも多いように思います。


Q:過酸化水素の光合成系Iの阻害についてのスライドで、メチルビオローゲンが本来は農薬として植物の光合成機能を阻害するものであるのが、過酸化水素投与のもとでは、むしろ活性化を保持するのに役立っている結果が印象深かった。系Iの電子をメチルビオローゲンが自ら負って、反応中心から電子をなくしている。このことが過酸化水素が反応中心と衝突してヒドロキシルラジカルになることでさらに重篤な傷害が植物体に及ぶのを防いでいる。これら一連の事象に典型的にみられるように、人工の化学物質が主な用途からは離れたところで機能することが科学的研究に利用できるということに、非常に興味を持った。

A:人工的な薬剤を使った場合には、常に人間が考えつかないような反応が起こる可能性を考えておく必要がありそうです。講義とは関係ありませんが、特に人間が口にするものの場合、大変ですね。


Q:実際の研究の進んでいく様子を知ることができ、おもしろかったです。低温感受性というのは系Iが低温により阻害を受けるというよりは、低温では光阻害からの保護がちゃんと働かなくなるため、ということが意外でした。また、系Iが阻害を受けた後に、Chlの積極的な分解が起こるということがなるほど、と思いました。分解される対象の大きさが違いますが、ウイルスの感染により細胞死が誘導されることや、落葉樹が葉を落としたりすることを思い出して、積極的な分解というのはあちこちで起こっていて、個体を維持するのに重要なんだなと思いました。

A:確かに落葉なども、何となくネガティブなイメージを持ちがちですが、実際には積極的なプロセスです。生命活動にとっては分解も重要なファクターですね。


Q:最初に、疑問に思ったことから。葉の見かけは処理によってどのように変化するかという実験で、葉の半分を水に浸けたということですが、その水はどのような条件のものだったのでしょうか?その条件が影響しているということはないのでしょうか。以前の講義で出てきた雨による影響を調べた研究の話とも関連するのだろうかと思いました。また同じ半分でもこの実験で横に浸けていると表現するならば縦に半分という方がよい気もします。それから、低温ストレスというと霜なども含まれますよね?季節的なものですし低温ストレスに含まれるか凍結ストレスに含まれるかわかりませんが、そういった他の物理的な(?)ファクターについても調べてみると何かわかるかもしれないとも思いました。だんだん論点がずれていっている気がしますが、実験する上で何がポイントとなるのか、これからの実習や講義を通してある程度つかめたらと思います。

A:そうですね。このように、実験条件を1つ1つ吟味することは非常に重要です。考えずに実験をしても、くずデータがたまるだけで研究にはなりませんからね。


Q:実際に研究していく上で、いかに議論を展開し、実験を進めていくのかという実例を見ることができ、大変参考になりました。ハイドロキシルラジカルの話はほかの講義でも出てきましたが、光化学系Iの光阻害でも出てくるとは意外でした。植物に対する環境ストレスの影響を考えるときに、ハイドロキシルラジカルは重要な存在であることを改めて知りました。

A:ハイドロキシルラジカルは、拡散律速といって、ぶつかれば相手を壊すという反応性の高い物質です。しかも過酸化水素と還元型の金属イオンがあればフェントン反応により発生するので、過酸化水素ができるような条件では常に発生する危険があるわけです。


Q:今回は、実際に国際学会に発表された研究にそった講義で、面白かったです。昨年は1年間通して卒業研究に取り組みましたが、この研究の論理的な展開の仕方は、非常に参考になりました。「共通なんだなぁ」と感心したことは、実験それ自体ををするよりも、得られたデータを読んで解析・考察するほうが難しいこと、またそのデータから次に行うべき実験を組み立てるという、研究の論理的な運び方には、修士論文に取り組むにあたり、覚えておきたいな、と思いました。ほうれん草などの冬野菜が阻害を受けずに、キュウリなどの夏野菜が阻害を受ける、というのはよく新聞でも目にすることだったので、納得できました。

A:最近は、ある程度までの実験は会社に外注することもできます。とすると、本当に研究者として必要なことは、何を実験するかを考え、やった実験から何が言えるかを考える、という点でしょうね。