代謝生物学 第4回講義

光エネルギーの消去

第4回は、植物が、過剰になった場合に光エネルギーをどのように消去しているのかについて説明しました。植物は、様々な方法で、外部の光環境が急変した場合にも、それに対応できるようにしています。また、後半は、特定の光環境に適応して進化したシアノバクテリアの変異株の解析を通して、光エネルギーの利用効率を場合によっては下げた方がいいこともあることが明らかになった研究例を紹介しました。後者は、現在、埼玉大学の助手になっている日原さんとの共同研究です。


Q:今回の講議は、理論的な部分とその理論の実験的な部分に分かれていて、(少し分かりにくい面もあったが)授業の意図が伝わってきて楽しかった。また実験のところで、光合成能を100%発揮してしまうとすぐにへたってしまうので、pmgAが光合成能を押さえる、という結論が出てきたのが意外でおもしろかったです。
 ところで、授業の内容について質問があります。活性酸素の消去系が授業で出てきましたが、それ以外の系はあるのでしょうか?活性酸素の発生源として、他にどんなものがあるのでしょうか?
 さらに、実験の結果で、pmgA変異株が光合成活性を抑えられないため、連続強光で生育阻害を受ける、というのがありましたが、この仕組みはわかっているのでしょうか?

A:活性酸素はミトコンドリアでも発生します。例えば、人間でも普段運動をしていない人が急に運動をすると活性酸素ができて、健康にはかえって悪いことになります。活性酸素消去系の酵素があるのは、人間でも同様で、習慣的に運動をすることにより、活性酸素消去系の酵素の活性を上げることができます。「それ以外の系」というのは、「講義で紹介したもの以外に活性酸素を消去する方法」という意味でしょうか。酵素としては、あと、過酸化水素を分解するカタラーゼなどが有名ですね。
 pmgAの変異株が生育阻害を受ける直接的なしくみについてはまだわかっていません。


Q:自分にとっては、βカロチンとキサントフィルの役割に触れる初めての機会だった。余分なエネルギーを消去するための反応系がたくさん紹介されたことで、過剰エネルギーの生体に及ぼす影響の大きさを実感することができた。キサントフィル類の相互変換による効果というのは、どのくらいの時間で始まり、どのくらいで定常状態に落ち着くのでしょうか。
 後半に紹介された研究は、非常に見事できれいな実験にみえましたが、実際のところは失敗や苦労があったのでしょうね。

A:キサントフィル類の相互変換は15分ぐらいのオーダーで起こる反応です。後半の研究は、そもそも最初は、変異原誘導物質を加えて変異株を取ろうとしてうまくいかないうちに、野生株の中に変異株が発生しているのを見つけたのが発端ですから、失敗からスタートした研究といっても過言ではありません。この研究をやった学生は、今埼玉大学の助手になっている日原さんです。


Q:光が多すぎるときに植物がそれを消去する機構を持っているということがまず驚きだった。人間でも腹八分目が良いというのと同様に植物も多すぎる光は毒になるというのも面白い。3ページ目の左下の図で変異部位の決定の流れがよく理解できなった。活性酸素が今まで名前だけ一人歩きしていたが、化学式とあわせて習うことでよくわかった。先生の話では、かなりいろいろなことが合理的に説明されているところが気になった。授業なのであれもわからないこれもわからないといっていたら混乱を招くというのはわかるが、うまく行き過ぎているように思えた。

A:上でもちょっと触れましたが、特に実際の実験の紹介の時には、うまくいった実験の背後にある山のような失敗した実験は紹介しないことになります。ただ、失敗した実験も含めて、実験の結果を説明する合理的な解釈を考えつくことは重要で、それがなくては研究者として1人前ではありません。さらに言えば、他人が、いかにも合理的に説明しても、実際その論理が正しいかどうかをきちんと疑う能力も必要です。僕が言ったことも鵜呑みにしないで、変なところは追求してください。別に、不都合な点を隠しているわけではありませんよ。


Q:余分なエネルギーをどう処理するかという今回の内容はとても面白かった。そのような代謝系はすべての植物が持ち得ているのでしょうか?たとえば、現在同じニッチに属するような異なる植物で一方は余分な光エネルギーを消去する代謝系を持つのに対し他方は持たないとかあるのでしょうか?また、その処理能力に差異はあるのでしょうか?(大なり小なりあるんでしょうけれど、大きく違うとか)進化の初期段階でそのような能力が得られたのか、あるいは派生してからいろいろな種でそのような能力が別々に得られたのか気になりました。あと、活性酸素が実際にどのように植物体に害を与えるのか知りたいです。

A:同じような生態学的な位置にある植物で、全く異なるエネルギー消去系を持つ例というのは知りませんね。そのようなことは、過剰なエネルギーの消去というのは植物にとって大問題ですから、難しいのではないでしょうか。活性酸素は、基本的には生物の構成成分を酸化することにより害を与えます。例えば、脂質は、活性酸素によって酸化されて過酸化脂質となり、生体膜としての機能が失われます。


Q:活性酸素はエネルギーが高く生じにくいはずであるが、実際に生体内で問題になるということは生体にはそのような高エネルギー化合物を出現させうるぐらい莫大なエネルギーが存在するということでしょうか。

A:「莫大な」という表現が正確かどうかは別として、答えは Yes です。植物の場合は、光がそのエネルギーですし、動物の場合は、糖や、そこからできる還元力NADHが、そのエネルギーになります。おなかいっぱいに食べると健康に悪いのはそのせいですね。


Q:講義の後半でシアノバクテリアの変異株の話がありました。変異株は強光下で光化学系Iを減らさないため長期の強光で成育阻害を受けるという説明でしたが、変異株にグルコースを与えると成育が阻害されるというのはそのこととどう関わっているのでしょうか?WL3とpmgの表現型がこれに関しても同じなので、関係があるはずとは思うのですが…

A:今後の講義で説明しますが、シアノバクテリアは、呼吸の電子伝達系と光合成電子伝達系が分離していません。そのため、グルコースから呼吸系に還元力が供給されると、それは、光合成系に持続的に光を与えるのと、同じ効果をもたらすと考えられます。従って、グルコースの添加と、持続的な強光は、同じ影響を与えるのではないかと予想していますが、はっきりとしたメカニズムは明らかになっていません。


Q:研究室内でのシアノバクテリアの進化の話は非常に興味深かったです。強光や低温条件下での生育に有利な変異体の存在というところから、進化について調べてみようという発想に至ったところがスゴイと思いました。ものの数年で研究室という環境に適応した進化が起こるということで、淘汰の威力を改めて感じると同時に、研究室という偏った環境で実験することの危険性のようなものも感じました。

A:その通りです。研究室で長年培養されている細菌などの「野生株」なるものは、実際には研究室ごとに違う可能性があると考えた方がよいかと思います。


Q:cyanobacteriaが原核生物であるため呼吸鎖と電子伝達系が共役するとのことですが、電子の受け渡しを担う酵素や分子のspecificityはどうなっているのでしょう?酸化還元電位において還元可能な分子が近くに存在すると、相手が呼吸鎖の要素であろうと光化学系の電子伝達系の要素であろうと構わず還元してしまう気がするのですが。もしそうだとすると、高等植物よりもなおさらthylakoid膜上でそれぞれの要素の位置関係が重要になると思うのですが、環境の変化に応答して膜に埋め込まれた酵素の膜上での移動というのは存在するのでしょうか?それとも、共役が起こるのは還元力やproton勾配のみなのでしょうか?

A:光合成と呼吸の関係は、今後の講義で詳しく紹介します。基本的には、シアノバクテリアにおいては、光合成からの電子も、呼吸系からの電子も、全く区別されません。2つの流れは酵素学的な競争反応になってしまいます。


Q:エネルギーはあればあるだけ蓄えたり出来るものだと思っていた。でもシステムの効率を考えると納得がいくかんじ。先生の実験結果から、通常の光合成速度を抑えてまでエネルギー消去のシステムを持つことの意義が最初わからなかったけど、実験のように適度なhigh lightの連続などという状況はなかなか無く、周りの平均的状況や変化の幅をとらえたシステムを、しかも省エネで動かしているんだ、と理解しました。環境に対応して生存していくのがいかに大変か推察されるようでした。サイクリック電子伝達のところがよくわからなかったです。

A:今回は、どうも説明不足だったようです。これから気をつけましょう。ある一定の環境条件に順化するのと、変動する環境条件の中で生きていくことが、まるで違うことがわかってもらえたならよいのですが。


Q:植物はこんなにいろんな方法で光エネルギーを逃がしたりすることで,酸素による危険避けているなどとは思いもしませんでした。ベータカロチンがなにしてんのか初めて知った気がします。空気にふれるような生物は酸素には何らかの対策があるはずですよね。ちょっと興味が出ました。酸素によって滅びた生物は多いのですよね。ということは、人間が大気汚染を究極にしたらそういうのに耐えるようなシステムをもっているような生物が大繁栄するのだろうな。なんか細菌の薬剤耐性獲得と似てますね。シアノバクテリアのグルコースのやつでシアノバクテリアの呼吸にもpmgAが影響しているようなのに興味がでました。よく考えたらシアノバクテリアが呼吸できること自体驚きです。独自のシステムをもっているのか、光合成の機構が利用されたりするのか、そもそも光合成ってどういうシステムで行われているの、とかシアノバクテリアにはいろいろ疑問が出てきました。実はあまり知らないことを知りました。ところで、活性酸素消去系のところで、結局この系は光合成で酸素を作らないようにしかしていないのですか?酸素も危険なんですよね?

A:たぶん、人間が大気を徹底的に汚染したときにも、そこに適応する生物が出てくるとは思いますが、人間自身はだめでしょうね。シアノバクテリアの光合成と呼吸の関係は、今後の講義で詳しく紹介します。
 酸素も毒性がありますが、過酸化水素やハイドロキシルラジカルなどに比べればずっと弱いのです。活性酸素消去系で、酸素自体をなくすことはできません。


Q:様々な光エネルギーの消去法を学びました。非常に多段階で巧妙なものが多くて驚かされました。また、研究室内での「進化」という視点でのお話は非常に興味深かったです。光エネルギーの機構が誕生した当時(はいつで、その時)の環境がどうであったのか、というような予測はあるのでしょうか?応答の生物的使い分け・調節・応答時間の差はあるのでしょうか?また、pmgAは強光下でどのようにして光合成活性を抑えているのでしょうか?(講義で触れられておられましたっけ?)
 あと、別件で光の吸収と構造で考えたことを下にかきますがこれは妥当でしょうか?
「細胞の分子生物学」(教科書)に載っている電子顕微鏡写真と模式図[第3版:pp686,第4版:pp795-796]を見ました。比較的丸い細胞の電子顕微鏡写真では、葉緑体が液胞で細胞膜に押しつけられて、チラコイドの膜面が外側にむいて、様々な方向から光を受け取ることが出来るようになっています。この丸い細胞が(多細胞化する前から)細胞の基本形なのでしょう。他方、葉の模式図で葉緑体の位置関係を見てみますと、多くの柵状組織の細胞のチラコイド膜は、膜に平行な方向から光を受け取っています。また、光が来る方向に重なるようにして並んでいます。これは柵状組織では光が強すぎることがあるためで、(基本形は変えないで)受け取る光量が葉全体の細胞でなるべく一定になるようするため、「細胞を配置する」ことで問題を解決した結果だと考えられます。そう考えると、チラコイド膜が葉緑体の中で整然としているのは、(葉緑体が一つの生物として生きるならば、ミトコンドリア内膜のようにぐちゃぐちゃしたチラコイド膜を持っている可能性があってもいいのに)
(1)元の生物が鞭毛などを持っていて、光の方向に同じ向きを取ることが出来た。
(2)長い間共生したため、チラコイド膜の方向を変えるより、葉緑体全体を動かす方が制御しやすかった。
なのでしょうか。。。シアノバクテリアの構造も知らないで適当なことを書いたので、全く自信はないのですが、構造の妥当性というのに興味を持ったので考えてみました。どうなのでしょうか?

A:光合成生物が誕生した当時(27億年前)の地球環境は、その当時の太陽の状態から、現在より光が弱かったと考えられます。また、有害な紫外線などを避けるため、生物は水中にいたはずなので、水の吸収によって更に光は弱くなっていたと思われます。生物の環境に対する応答は千差万別で、適応とか順化とかいった言葉がありますが、狭い意味では、即時的な変化を「応答」、自分の体を作りかえる反応を「順化」、世代にまたがって遺伝子の変化を伴うものを「適応」と呼びます。pmgAの直接的な働きに関しては、現在のところまだわかっていません。光化学系Iの量の調節のところに効いているようではありますが。
 別件の方ですが、柵状組織の葉緑体は、光の強度によってその位置を変えることができます。従って、ある一時点だけの写真を見て判断するのは危険です。光が弱いときには、光が入ってくる面にならんで、光をたくさん受けるようにすることができます。また、顕微鏡などの写真は、ある断面のみを見ていることを覚えておかなくてはいけません。葉緑体の中のチラコイド膜はきれいな層状に見えますが、実際は袋状の構造です。膜には、かなりの色素量が密集していることを考えると、膜の方向性による吸収の変化は、あまり大きくないものと思われます。さらに、シアノバクテリアでは、チラコイド膜が同心(楕)円上に配置していて、特に方向性を持ちません。結論として、葉緑体のチラコイド膜の配置は、光捕集上の要請から決まったものというよりは、別の要請から来ているものと思われます。ただ、それがどのような要請によるものか、また、グラナスタッキングと呼ばれる積み重なり構造が何のためにあるかは、未だに、研究者の間で定説がありません。
 なお、先週の質問に対する補足は先週の質問の欄に答えておきました。


Q:アンテラキサンチンは単にビオラキサンチンとゼアキサンチンとの中間体でアンテナとして,あるいは安全弁としては働けないのですか?今回は後半の部分の講義が余りよく理解できませんでした。プラストキノンプールは野生型の方が還元されているというところの図で少し差があるだけで野生型の方のqpの方が小さいと言えるということですが,この程度の差で本当に差があるといえるのですか?

A:アンテラキサンチンはどちらかというと、2つのフォームの間の中間体と考えればよいかと思います。野生株と変異株の間でのプラストキノンプールの還元の差ですが、この差が有意か、という質問であれば、答えは Yes です。ただ、このような差が、実際にシアノバクテリアの代謝系に大きな影響を与えているのか、と言われると、完全には答えられないのが現状です。


Q:後半の研究内容のお話がおもしろかったです。研究室内で進化を見てしまうなんて、すばらしいな・・・と思いました。こういうことはよくあるんですか?進化は偶然性の支配が大きいと聞いていますが、研究室のように同じ条件下においてもやはりおなじ変異がおこるのはかなりまれと考えていいんですか?それとも、再現可能なんでしょうか?

A:細菌などのライフサイクルが短い生物では、研究室内の小進化はかなり頻繁に起こっているようです。ただ、同じ条件におけば同じ変異が現れるかというと、そうではないでしょうね。同じような表現型を示す別の変異が現れることはあるかも知れません。


Q:前回、光エネルギーをいかにうまく利用するかという講義を受けただけに、植物に光エネルギーを消去する系があるというのは極めて新鮮だった。また、光エネルギーを捨てるということに関しても、カロチンやキサントフィルなどの巧妙な代謝があることに驚いた。
 ただ、植物が利用できる光エネルギーの限界を制限する要素は何か、余分なエネルギーなり活性酸素なりが具体的にどのように障害を起こしているのかがつかめなかった。
 授業後半部では実験室内で実際に進化が行われていることに驚いたが、前半部とのつながりが僕には捉えられなかったような気がした。

A:実際には、光合成のエネルギーは主に炭酸固定に使われるので、低温などの温度ストレスで、炭酸固定が制限されたときに光エネルギーが過剰になります。具体的な障害については、上の方の答えをご覧下さい。
 前半と後半のつながりは、光エネルギーを効率よく使うだけで、抑制することを知らないと、生きていけませんよ、ということが共通点だったのですけどね。


Q:人間についての活性酸素についてはよく聞いたことあるが植物も活性酸素と戦っているんですね。動物は抗酸化物質としてよくβカロチンやビタミンCなどを取るが、同じ生物でも活性酸素の除去の機構はかなり違っているんでしょうか?植物と動物とでは発生する原因が違うが除去の機構は動物が植物のビタミンを利用していることからかなり同じな気もします。

A:基本的には、活性酸素の種類自体は動物と植物で同じですから(一重項酸素だけはあまり動物ではできないかな?)、それを消去するメカニズムも似ていると考えてよいと思います。


Q:cyanobacteriaについて、2つの異なるコロニーが存在するというのが、とても興味深かった。その原因が光にあるということには、少し驚かされた。またDNA上での変異部位の同定の実験の話はやや難しかった。制限酵素を用いて行うのは予想できたことだが、DNAと細胞が混ざるだけで、DNAが細胞に取り込まれてしまうというのは、少し納得できなかった。
 ところで、実験室における生物の進化と自然界における生物の進化は根本的に違うのか不思議に思った。また自然界での生物の変異は、DNA上でランダムに起こる塩基配列の変化よるものなのか、環境によってDNAに変化が生じるために起こるのか、そのあたりがよくわからない。将来は生命の起源や進化を研究していく予定なので、今後はしっかり勉強していかなければならないと思いった。

A:DNAを細胞に取り込んで形質転換する能力は、持っている生物の袍が少ないですし、シアノバクテリアでも形質転換しづらいものはいくらでもいます。環境によってDNAに変化が生じる、というのが環境がDNAの配列を直接変える、という意味でしたら、そのような例はほとんどないと思います。ただ、紫外線などの環境要因でDNAが傷つけば、その修復過程において変異が発生する確率は大きくなりますから、その意味では、環境が変異を誘発することはあります。