代謝生物学 第3回講義

光エネルギーの獲得

第3回は、植物が光合成に必要な光エネルギーをどのように獲得しているのかについて説明しました。植物は、光合成色素によって、いわば、アンテナを作って光を集め、それを反応中心へ送ります。今回はそのアンテナのしくみに焦点を当てました。


Q:光化学系のアンテナは興味深い。光合成のために光のエネルギーをかなりのよい効率で捉えている。そのメカニズムは工業的にも応用できそうだ。意味深な構造を持つ紅色光合成細菌のアンテナにおける伝達を詳しく聞きたかった。
 後世に残るような研究には、鋭さ、切れ味の良さが見られる。化学浸透共役説を証明できそうだと直感したり、酸素発生の量子収率のRedDropから系が二つあるという推測をしたりできるのは、すごい。明快で他者を納得させられるような実験方法や原理はそう簡単には考え至れそうにない。直感やひらめきは努力の延長線上にあると信じたい。

A:直感やひらめきと努力については、エジソンの有名な言葉がありますが、努力だけすればひらめく、というわけにはいかないようですね。努力がなくてはもちろんはなからだめですが。


Q:酸素発生の量子収率のグラフは400nm以下の短波長の結果は出ていませんが、どうなっているのでしょうか。グラフから推測すると400nm以下は0.08あたりで一定になっていそうな気もしますが。光合成色素の吸収スペクトルを見ると可視光領域にピークがありますが、どうしてですか?エネルギー的に使いやすいんでしょうか、地球に降りそそぐ量が多いのでしょうか?クロロフィルとかカロテノイドが吸収できない光(長波長、短波長)を吸収できる色素があったら、ほかの植物と使う光が違うから競争しなくていいのではないかと思いました。

A:400 nm以下になると、そもそも光合成色素による吸収が小さくなります。量子収率は「使ったエネルギー」/「吸収したエネルギー」ですから、吸収したエネルギーが小さくなると、だんだん0/0に近くなり、数学的にいうところの不定になります。
 短波長の光については講義の中でも触れましたが、紫外線はDNAなどに損傷を与えるので、使えないと思います。赤外線を使う生物は、光合成細菌などの中にあります。


Q:今日の講義は、分子や分子集合体の基本的な性質(物性・分子構造)、モデル図を用いた説明がありましたが、とてもわかりやすく、かつ本質に迫った説明で楽しかったです。特に、クロフィルルのモデルと構造式から吸収スペクトルを説明していたのが印象的でした。
 あと、質問が2つあります。1つ目は、2種類のアンテナのところで、、deeptrapとshallowtrapが出てきましたが、前者が、進化的には後から見られるようになったのでしょうか?量子収率が波長によらず一定な理由は?色素が何種類もあるから、と考えても合わないと思うのですが。

A:クロロソームにつまったバクテリオクロロフィルなどを見ると、原初のアンテナは、ただただ同じ色素を詰め込んだようなものだったのかな、という気はします。ただ、2種類のトラップ自身、単純化したモデルですから、実際の生物のアンテナは2種類にきれいに分けられるわけではありません。講義で説明したつもりだったのですが、光合成は、光子1個で1回の反応が起こるようなシステムになっています。つまり、色素に吸収されるだけのエネルギーさえあれば、光子のエネルギーにはよらずに反応が起こるのです。それで、光の波長によらずに、量子収率が一定になります(第1次近似として)。


Q:今回前回と自分が苦手とする分野で、複雑な構造とエネルギーの移動がこんがらがっていて、物理的なことはあまりわかりませんでした。特に光の性質といったものがいまいち把握できていないとわかりました。今回疑問に思ったのは植物が光エネルギーを得るためにはこんなにも複雑な回路を必要なのかということ。光エネルギーを人が利用する場合にはもっとずっと単純であると思う。他の化学合成細菌のしくみは知らないが 非常に複雑な作業であると思う。これが単に遺伝子の突然変異だけでできてきたとは驚きです。

A:人間が作る太陽電池の方が確かに単純ですが、その効率は植物の足元にも及びません。植物の場合、最初の電荷分離を起こす量子収率は最適条件では99%以上です。長い間の進化の賜ということでしょう。


Q:今回の講義では植物の光の受容機構についての話でしたが、受容体の構造の図などとても視覚的でわかりやすかったと思います。特に意外に思ったのは、光合成活性が光子の量に依存しており、またそれは可視光の範囲内では波長によってほとんど変化がないということでした。各色素の吸収スペクトルのグラフでは、合計するとかなりの波長領域がカバーされていることがわかりますが、500nm周辺では吸収する色素があまりないようです。この領域の波長を吸収することができれば有利なように思われるのですが、そのような色素を持つ植物が現れていないのには何か理由があるのでしょうか。

A:基本的に生物があるシステムを持つか持たないかは、経済学のコスト計算で説明できます。500 nm付近を吸収する色素を持つことによって新しく獲得できるエネルギーが、色素を作ったり維持したりするためのエネルギーより大きくなければ、色素を持つ意味がありません。たぶんそのような理由ではないでしょうか。


Q:青い光を吸収しても赤い光を吸収しても利用できるのは、長波長の、エネルギー的に低いものだけという話がありましたが、その理由は何ですか?反応中心にあるP-700が、吸収できる波長が決まっているからですか?緑色硫黄細菌や紅色光合成細菌やシアノバクテリアなどにおけるアンテナの違いはどのようにして生まれてきたものなのですか?PhycoerythinやPhycocyaninにおいて、吸収スペクトルの違いからエネルギーの流れができていることはわかりましたが、ページ4の左下の図において、PEやPC同士の間ではそのようなエネルギー差はないんではないのですか?それらの間でエネルギーが流れる仕組みというのが共鳴なんでしょうか?

A:うーむ質問責めですね。基本的に光を吸収して非常に高いエネルギー状態になっても、最低励起レベルまでは熱的に落ちてしまいます。なぜそうなるのかは、僕もよく知りません。生物によるアンテナの違いは、それぞれ進化の過程で獲得されたのだ、というしかないでしょうね。フィコビリンの場合、同じ色素同士では、エネルギー差がないと思います。クロロフィルの場合は、エネルギー的に異なるいくつかのフォームが知られています。


Q:いつも生物が生存するための機構が、あまりにもよくできていることに驚かされます。今回もとくに、共鳴によってエネルギーをやりとりするものや電子のやりとりをするものといった、吸収するエネルギーの異なる様々な色素を用いて、さらにそれらを立体構造上で都合よく配置しているということを考えると驚かずにはいられませんでした。また、化学浸透仮説の証明や酸素発生の量子収率データの解析など、実験に関わるトピックが興味深かったです。

A:後半は、少し実際の実験のデータも見せるようにしていく予定です。


Q:葉の構造にあんな意味があるとは思いもしませんでした。よく考えたらわざわざあんな2つの組織で出来てるのだからなんらかの意味がありそうなものです。ところでクロロフィルaの波長の短いほうのピークも結局はP700を励起するんですよね?シアノバクテリアのてつけつごう(アンテナリングのdの写真)ってなんですか?量子収率って光子1コで何個酸素分子が発生するかですよね?カロチンにどんな意味があるのか分かりませんでした。

A:青い吸収帯で励起されたクロロフィルaも結局反応中心を励起します。光化学系Iの場合は、反応中心はP-700ですが、光化学系IIの場合は、P-680という色素です。酸素一分子を発生するのには、だいたい光子12個ぐらいが必要です。カロチノイドの意味は次回の講義で説明します。


Q:光合成細菌のアンテナが三種類ほど紹介されていましたが、どれも大幅に構造が違うように聞こえました。光合成細菌の進化の過程で、なぜアンテナの構造は保存されなかったんでしょうか。それとも、見かけは異なっていても、各光合成細菌のアンテナに共通性があるのでしょうか。

A:確かに、紅色光合成細菌と緑色光合成細菌のアンテナの構造はかなり違いますね。生育光環境などが効いているのかも知れませんが、僕にもよくわかりません。


Q:今日の講義は昨年の実習で習ったことがある内容でしたが新しい発見もあり、自分が忘れていた内容も多かったです。一番気になった内容は講義では出てこなかったのですが葉緑体に遺伝子がある膜のタンパク質の発現の過程です。そのあたりを説明した部分が手持ちの教科書にはないので、僕にはよくわかりません。どのように転写、翻訳されているかを解説してほしいと思いました。

A:オルガネラの遺伝子発現制御は代謝生物学からはちょっとはずれるのでねえ。黒岩先生の授業ではやらないんでしょうか?


Q:アンテナーアンテナ間やアンテナー反応中心間のエネルギー伝達において、エネルギーの流れる方向は各色素が励起されたときのエネルギーの高さによって決まるんですよね?deep trap typeのアンテナを持つシアノバクテリアの光化学系IIでは、PE→PC→APC→クロロフィルaの順に吸収する光の波長が長く、この順にエネルギーが伝達されるというお話でしたが、吸収する波長というのは基底状態と励起状態のエネルギーの差によって決まるものなので、吸収する波長が長いことが必ずしも励起状態のエネルギーが低いことにはつながらないように思うのですが。

A:なるほど。これは僕の説明が悪かったですね。励起されたときのエネルギーの高さに従ってエネルギーが伝達されるといいましたが、これは、おっしゃるとおり、正確には励起されたときのエネルギー準位が基底状態からどれだけ高いか、と言った方がよいかも知れません。


Q:光と植物の関係は少し興味があったので面白かったです。色素体や光化学系の構造などは分かったのですが、アンテナの仕組みがいまいち分かりませんでした。アンテナがどのような構造をしていて、どのような仕組みで光エネルギーを取り込んでいるのかをもう少しゆっくり分かりやすくお話いただけたらよかったと思います。また、光エネルギーが取り込まれてから利用されるまでの全体の流れがいまいちつかめなかったので、それを示す図を一つ出していただけるとありがたかったです。

A:光が吸収されて色素が励起状態になり、エネルギーが反応中心にわたって電荷分離がおこるプロセスは、純粋にエネルギー的なプロセスなので、図解するというのは難しいですね。どうしても抽象的な図になってしまいます。


Q:光化学系Iの構造のところの趣旨がよくわかりませんでしたが、反応中心やアンテナのところはとてもわかりやすかったです。アンテナにはdeep trapとshallow trapがありましたが、そのちがいは環境や生態と関係があるんですか?
 あとよくわからなかったところで、光エネルギーを利用するには、光子が何個あたったかが重要で、ひとつがどれだけエネルギーをもっているかはあまり関係ないとおっしゃっていたと思うんですが、それは波長が多少長かろうと、光子1つのエネルギーはクロロフィルaを励起し電子をひとつ放出させるには充分だという意味ですか?

A:アンテナのシステムと環境の関わりは難しいですね。同じ生物でも複数のアンテナシステムを持っていることがありますから。「波長が多少長かろうと、光子1つのエネルギーはクロロフィルaを励起し電子をひとつ放出させるには充分だ」というのはまさしくその通りです。もちろん、あまり波長がずれてしまうと光を吸収しなくなりますけど。


Q:酸素発生の量子収率から光化学系が二つあるということが発見されたという話にはなるほどと思いました。ところで,クロロフィルは反応中心だけでアンテナの役割はしないのですか?また,shallow trap と deep trap の2種類のアンテナを両方使う生物はいないのですか?この2種類のアンテナはどちらの方が効率がよいなどということはあるのでしょうか?

A:クロロフィルもアンテナの役割をします。光化学系Iの構造で、反応中心の周りに散らばっていた色素は紛れもなくクロロフィルです。2種類のアンテナで、どちらがよい、というのは難しいですね。いずれにせよ、この2つは、アンテナをモデル化した例で、実際の生物のアンテナは、どちらかに必ず分けられる、というものではありません。


Q:アンテナによる光の吸収や反応中心までの電子伝達を中心にして、生物の光エネルギー獲得法を考えることができました。個人的には、反応中心でプロトンを生成する化学構造上の特徴に興味が湧きました。また、膜構造に垂直に電子伝達成分が並ぶ意味が、まだ僕の中で今ひとつぱっとしていないので、アンテナの戦略と空間上の配置と酸素発生の量子収率の関係について、もう少し定量的に考えてみたい、と思いました。

A:エネルギー伝達と電子伝達は、うっかりすると混ざってしまうのですが、全く別物です。ですから、複合体上に電子伝達成分と、色素を配置する場合には、反応中心と色素についてはその相互位置が重要ですが、その他の電子伝達成分と色素は、一応独立に配置できると思います。

再びQ:質問で話が混ざってしまって、重要なことが伺えなかったように思います。色素が「膜構造に垂直」というのを強調してお話されていたと思うのですが、これは、(色素間や、色素から反応中心へ)エネルギー移動が円滑におこるか否か(近い位置にある)、という以上に意味があるのでしょうか?エネルギー移動が起こるには膜構造に垂直な配置だと効率がよいのでしょうか?

A:すみません。誤解を与えたようです。僕が強調したのは、反応中心などの電子伝達をする色素が膜構造に垂直に配置されている、ということです。一般のアンテナは、膜面に垂直ということはなく、むしろ反応中心の周りをリング状に取り囲むような形になっています。


Q:いったいエネルギーって何なのでしょうか、物理とかを良く知らないと分からないのでしょうね。反応中心だけでなくアンテナがあるのはどうしてでしょうか。アンテナも反応中心になったほうがいいのではないかと思いました。また、光化学系Iの電子伝達成分としていくつも登場しましたが、このようにややこしくした利点はあるのでしょうか。

A:エネルギーは、元々は仕事をする能力ということでしょうね。そう説明しても理解できるものでもありませんが。アンテナの色素をすべて反応中心にするというのは、面白いアイデアなのですが、そうすると、その色素1つ1つに電子を受け取る受容体やその他のしくみを作らなくてはなりません。そうすると余分なコストがかかるわけです。光が律速するような条件では、簡単な色素だけを増やす方が得になります。
 基本的に電子が渡された状態は不安定なので、放っておくと逆反応で元に戻ってしまいます。そこで、元に戻る前に次の電子伝達成分に渡し、それが戻る前に次に、という具合に電子を渡して、距離を稼ぐわけです。ですから、複数の電子伝達成分があることは、是非とも必要なことなのです。


Q:地球表面上に到達する電磁波は可視光領域が多い。植物はそれにあわせるかのように吸収できる波長領域を持っている。動物の光受容体のロドプシンは緑色光を吸収しやすい。これは植物があまり吸収しない光である。これらのことも、太陽光の到達波長の安定→植物の出現→動物の出現 を示唆していると思われる。

A:確かにそうでしょう。動物、特に草食動物にとって、緑を判別する能力には、生死がかかっていたでしょうからね。


Q:光のスペクトルのところの赤外線の話が一番面白かった。エネルギーが低いのに暖かいということに、どうして自分は当たり前のように疑問を感じなかったのだろうかと恥ずかしくなってしまった。人は細胞からなっており、細胞はほとんど水である。したがって水に吸収されやすい赤外線は人が吸収しやすい。考えてみれば当たり前のようなことであるのだが、そういう考えがとても面白く、また大事だなと感じた。

A:身の回りのことで、なぜ、と考えてみる姿勢は、寺田寅彦やロゲルギスト(これは知らないだろうなあ)の随筆などによく現れていますが、科学者にとっては非常に重要なことだと思います。


Q:光合成は、昔から興味がある分野なので非常に有意義でした。ところで、反応中心の構造はどのように解析するのでしょうか。蛋白全体の構造がX線構造解析などから判明しても、同一の構造をしたクロロフィル分子が数分子存在している状況で、ある一分子が反応中心だと決定される要因はどこにあるのでしょうか。蛋白全体の構造解析から判明したそれぞれのクロロフィル分子の配置から推測するのでしょうか。それとも、何か他の物理化学的実験等で反応中心を決定できるのでしょうか。

A:ものの配置だけを見ても、確かにその機能を知ることには直接はつながりません。ただ、反応中心の場合は、それまでの研究でクロロフィルの二量体であることがわかっていて、実際に見てみると、2つのクロロフィルが、ぴったり寄り添っているのが見えたので、おおこれが反応中心だ、ということになったのです。


Q:原子がエネルギーを吸収する際には基底状態から励起状態になり…というようなことは一応知ってはいましたが、クロロフィルという物質(分子?)もまた同じような挙動をするというのは知りませんでした。確かに原子から出来ているけど、ふしぎです。
 物質がエネルギーを獲得する、エネルギーが移動するというのは単なるエネルギーレベル、量の変化ではなく、状態の変化であることや、また、光化学系の構造を知るにつれ、だからこそ確実に受け渡して利用することができるのね、と感銘を受けました。でも可視光領域だけなのはなぜ?そういえば、励起を起こす特定の波長の持つエネルギーはその物質の励起状態と基底状態の差なのでしょうが、物質間の移動は相対的なエネルギーレベルではなく励起状態と基底状態の差だけでで移動するんですか?活性化エネルギーとかでどちらも小さいほうにしか移動しないですか?ちょっとよく理解できません。いきなり高エネルギー物質が出来るものですか?獲得したエネルギーを如何に利用していくのか気になって仕方ないです。

A:紫外光を使う例は光合成にはないでしょうが、赤外光は使えます。基本的にエネルギー移動は、励起状態のエネルギーレベルの相対関係ではなく、励起状態と基底状態の差(つまり吸収のエネルギー)によるものだと思います。活性化エネルギーというのはちょっと話が別ですね。エネルギー伝達の方式にはいくつかありますが、そのうちの1つでは、ある色素の出す蛍光のエネルギーが別の色素の吸収のエネルギーと合っていると、効率的に伝達がおこります。エネルギーを受け取った色素は励起状態になりますが、「高エネルギー物質」ができるわけではありません。


Q:現在行っている実習と近い内容だったこともあって、興味深く聞かせていただきました。特に、植物が利用できるエネルギーは光子の持っているエネルギーには依存しない、という話は今までの光合成に対するイメージを塗り替えるもので、非常に有意義でした。また、最後に必ず進化的な視点に立った話をしてもらえることが自分にはとてもありがたいです。光化学系のアンテナが、電子顕微鏡で観察できてしまうのにも驚きでした。
 光化学系Iの構造が紹介されていましたが、どのような手法で解析されたものなのでしょうか。

A:「光化学系のアンテナが電子顕微鏡で」というのは若干誤解を招く表現ですね。光化学系の3量体の構造などは、電子顕微鏡を像を複数まとめて解析することによって見ることができますが、内部構造まではわかりませんから。ある部分がアンテナである、というのも、始めに知っていなければ全くわかりません。光化学系Iの構造はX線結晶解析で明らかになりました。