代謝生物学 第2回講義

生物のエネルギー獲得様式

第2回は生物がどのようにエネルギーを獲得しているのかを動物の呼吸、植物の光合成、その他の生物の場合などについて解説しました。また、生物のエネルギー獲得に大きな意味を持つ化学浸透共役およびその背景にある電子伝達反応を動かす酸化還元電位についても説明しました。化学のバックグラウンドが全くない人には少し難しかったかも知れません。


Q:酸化還元電位について、2つの物質の[Ox]/[Red]によって、反応の向きが変わりうるということでしょうか。また、講義中に出た質問に関してですが、生体内では、反応系が閉じていないため、電子の流れが継続すると考えてよいのでしょうか。反応を何段階にも分割すると活性化エネルギーが小さくなるというあたりはだまされているような気がした。また、クエン酸回路で2Cから6Cにした方が組み合わせが増えるという部分も、回路中に炭素骨格自体の変化はあまり見られないように思われたので、納得しにくかった。

A:物質の酸化型と還元型の比によって反応の向きが変わりうる、というのはその通りです。電子の流れが継続する理由も反応系が閉じていないため、といってよいと思います。活性化エネルギーに関しては、酵素の触媒作用によって小さくなる分もかなりあります。炭素骨格については、もし骨格自体が大きく変化するような反応では、エネルギー的な差が大きくなりすぎます。側鎖の微妙な変化だからこそ、と考えると納得できませんか?


Q:今回の話は難しかったです。亜硝酸酸化細菌と硝酸還元細菌の話のところで「高校で学習した時に”酸化でも還元でもエネルギーが得られるのか”と不思議に思わなかったのか」とおっしゃっていましたが、私が高校の時習った時点ではエネルギーの問題は考えず、ただNH4+→NO2‐の硝化作用を行なうのが亜硝酸細菌で、NO2-→NO3‐の硝化作用を行なうのが硝酸細菌であり、NO3-を植物が吸収して硝化還元してNH4+にするということをただ覚えただけでした。その際「NO3-の形にしないと植物は窒素を吸収しにくい」と習った気がします。この「吸収しにくい」という表現も非常に曖昧だと思いますが。細菌は還元や酸化における電子伝達によってエネルギーを得るという話でしたが、では植物が窒素を同化する上ではそのような電子伝達はどのような関わりがあるのか疑問に思いました。

A:高校レベルでは、窒素の循環という側面からだけ見てしまいがちですからね。植物の窒素同化の場合は、多くは硝酸からアンモニアへの還元という方向で進みます。その場合、植物はもちろん好気的な生物ですから、その反応からエネルギーを取り出すことはできません。むしろエネルギーや還元力を使って窒素を同化することになります。


Q:今日の代謝の授業は難しかったが、代謝経路の意味が納得できてとてもおもしろかったです。特に、無意味に複雑と思っていたクエン酸回路が、実はエネルギーの分散が目的だったという説明には、とても驚いたが納得させられました。
 ところで、NADHによる還元状態は植物のCO2固定以外に使い道が無いと仰っていましたが、動物細胞のクエン酸回路でできるNADHには、どのような役割があるのでしょうか?あと、酸化的リン酸化と光合成では、ATP合成酵素も全く同じ酵素が逆向き(内外で)についているだけなのでしょうか?
 次に、授業の要望について書きます。代謝系は、ゲノム系、それから翻訳されるタンパク質系の次の段階に来ると言われていますが、そういう視点にも少し触れて欲しいと思います。
 最後に、今日配られたレジュメについて書きます。小さくかこんである図がかなり見にくく、後で見ても物質名が読み取れずに困りました。今度からもう少し大きめにして欲しいです。

A:まず、NADHについてですが、酸化的リン酸化こそがNADHの使い道です。動物では、還元力がたまる方向にある、と言ったのは、あくまでも嫌気的な条件下の話です。ATP合成酵素については、光合成と呼吸で、非常に良く似た酵素が使われていますが、全く同じではありません。
 レジュメは、講義の際の参考として考えているので、それを見ればわかるといった、教科書には確かに不向きです。細かい代謝回路などは、やはり教科書で確認してもらった方がよいかと思います。本当は、カラーでコピーできるともっと見やすいのですが、受講人数が多いのであきらめました。なるべく見やすくと考えてみます。


Q:昨日の講義で面白いと思った点は植物が二つの光化学系を持つようになったことの説明の所です。酸化還元電位が系Iから外へ運ぶ時のPCとかではちょうど系IIの一番下より低くなっているから間違って流れないようになっているということに気付き、うまく出来てるなと思いました。そういうスキームの間を飛ばさないようにするためにはやはりコンフォメーションによる基質特異性を使ったりしているのでしょうか。呼吸の電子伝達系などでは様々な膜タンパク質が近くにあると考えられるので、間違った伝達が起こってしまいそうな気がするのですが。

A:基本的には、複合体と、小さな電子伝達成分の間の酸化還元反応は基質特異性によって間違わないようになっています。ただし、実際に複数の経路を通る場合もあります。もちろんその場合は、間違ってではなくてですが。


Q:代謝経路については回路の見た目の複雑さから、いい加減な理解にとどまっていましたが、今回戦略的な要・不要という観点を多く持ち込んだ話がきけたことで興味が湧いてきました。とくにクエン酸回路の複雑さを活性化エネルギーとの関係で説明されたのは新鮮でした。エネルギーを取り出す以上、効率は100%ではないと思いますが、どこでどんなロスをしていて、全体としてどのロスが大きいのか、そんな話もきけたらと思いました。

A:そうですね。エネルギー効率の話はできれば今後の講義の中に取り入れたいと思います。


Q:各代謝経路の本質は何かという説明は、とても分かりやすかったので、これからも同様の授業に期待します。ところで、解糖系にしろ光化学系にせよ、経路の途中にもすべて意味があるように聞こえました。しかし、初期の生命が例えば解糖系に関わるすべての酵素を同時に進化させたとは考えられません。一方で、解糖系は(発酵または好気呼吸の経路も含めて)全体として働くものなので、バラバラに進化したと考えるのも難しそうです。おそらく後者が正しいのでしょうが、各経路の中でどの順番で酵素が出現したのかはわかっているのでしょうか?

A:順番を明らかにするのは、難しいでしょうね。より起源が古い生物がより単純な代謝系を持っていれば、ある程度予測が付くでしょうけれども。代謝系同士の比較なら(例えば光合成と呼吸のどちらが古いかなど)、ある程度情報がありますが、個々の酵素については僕もよく知りません。


Q:今回の内容は講義だけではよく理解できなかったので、あとで復習をしておこうと思っている。今回の講義のように巧妙な生物の代謝経路の話を聞くといつも思うのは、どうして、生物自身がこういう代謝系を持とうとか、こうしたら効率的になるとか意思や知識をしていないところで、こんなにも巧い代謝系ができたのかということである。確率論で考えればあり得ることなのかもしれないけれど。私たちが今の文明の中で作っているものは意思や多くの知識でもってさまざまに計算され工夫されてるのに偶然をもってして(代わりに膨大な時間はかかっているけれど)生まれてきたものに及ぶ技術は確立されていない(生体という小さな中に大きな化学工場に匹敵する代謝系がふくまれているし)そう考えて、生物に感心した。

A:まあ、人間の文明は、高々4千年ですが、生物の歴史は40億年ぐらいですからね。100万倍違うと、偶然の確率だけでもすばらしいものが作れるということでしょう。


Q:呼吸と光合成がにてるなあとは前前から思っていたのですがなかなか自分で体系だってまとめる機会がなかったもので、今回の講義は復習に良かったです。クエン酸サイクルがいくつものステップを踏む意味というのは面白かったです。植物は発酵をしないといったお話がありましたが、自分で酸素を生産する植物が嫌気性とは考えずらいので、講義でおっしゃっていた理由には少し?と感じました。ところで、顕花植物ってどれくらい酸素が少なくても生きていけるのでしょうか?もちろん原始的な光合成細菌とかは酸素がほとんど無くても生きていけるのでしょうが。

A:そうですね。植物が発酵をしないというのは、あまり適切な説明ではなかったかも知れません。植物もミトコンドリアで呼吸をしているので、酸素がなくては生きていけません。ただ、植物タイプの(酸素発生)光合成をする原核生物のシアノバクテリアは、嫌気的条件でも生きていくことができます。酸素発生をしない光合成細菌は、もちろん酸素がなくても大丈夫です。


Q:光化学系が二つあるのは水を分解し,NADPを還元するための解決策であり,進化的に二つの光化学反応をあわせて使うようになったようだという話が一番興味深かったです。それでは生物が地球上にたくさんあった水をはじめから利用しなかったのは利用したくてもできなかったということなのでしょうか?進化において,二つの光化学系を使い始めるようになる前にはいろいろな光化学系をつくる試みがあったのでしょうか?P680,P700といった酸化剤はどのような物質からできているのですか?

A:そうです。初期の生物は、無尽蔵にあった水を使いたくても使えなかったのでしょう。今のところ、いろいろな変異はありますが、基本的には光化学系は2つのタイプのみに分類できます。光化学系3というのは見つかっていません。P680,P700はどちらもタンパク質に結合した2量体のクロロフィルです。


Q:クエン酸回路においてなぜこんなに中間反応物があるのかとずっと疑問に思っていたんですが、小さな反応に分けることによって活性化エネルギーを体温でもまかなえるくらいに低くしているというところが、目から鱗でした。酸化還元電位を使うということの必要性が実感できないんですが、役に立つものなんですか?式の意味合いを教えていただけるとかなりありがたいです。

A:酸化還元電位によって、複数の物質の間の酸化還元反応がどのように進むかを予測できるわけです。意味合いというのは、講義で説明した「どのように使われるか」ではなく「どのような化学的な原理に基づいているか」ということでしょうか。そうだとすると、これはまるまる化学熱力学の講義をしなくてはならなくなりますよ。


Q:今まで代謝マップや多くの中間物質などのところは非常に苦手だったので、いつも「回路をまわった結果こうなるのか」くらいしか考えず、試験の直前に無心で覚えるというかんじでした。今回の授業では、代謝反応と燃焼の比較やそれぞれの物質の意味をわかりやすく説明していただけたので、代謝に対する考え方がだいぶ変わりました。一番衝撃的だったのは、体温でこえられるよう活性化エネルギーを小分けにしているというお話です。初めのほうでこのお話を聞けたので、最後まで興味を持ってきくことができたような気がします。

A:誤解のないように注意しますが、活性化エネルギーを小さくするためには、酵素の触媒作用も大きく効いていますので。何はともあれ、これからも、個々の現象の記述だけではなく、その意味合いを説明していきたいと思います。


Q:生物はいったいどのようにエネルギーを得て、そして利用しているか。長い時間をかけて作り上げられた神秘的ともいえる程よくできた代謝の経路。そのメカニズムを理解することは知的な刺激にあふれている。しかし、何段階もからなる複雑な代謝経路をたどっていくのは難しく、またその反応をひとつずつ覚えていくには大変な忍耐が必要と思われた。そのため、代謝は苦手であった。だが、授業で言われたように、反応の流れを捉えてその代謝経路が持つ意味を考えるようにしたところ、代謝も割と理解できることがわかった。光化学系が二つあることの利点、試験管の中で進む系と進まない系があること、エネルギー獲得様式による生存場所の違いなどがわかった。なかでも、代謝を苦手だと感じていた原因、反応が複雑に何段階も分かれていることにも、個々の反応の活性化エネルギーを低くできるという説明がつくことがわかり、非常に感心した。

A:生物は、高校までだと「暗記科目」扱いですが、実際に研究を始めると、事実自体は必要だったら教科書を調べればすみます(もちろん、知ってれば調べなくてもいいわけですから、それにこしたことはありませんが)。大学レベル以上では、生物学にとって重要なのは、生物の生き方に対する理解だと思います。


Q:糖を火によって燃焼するなどしたときは活性化エネルギーが十分に与えられて、反応は熱力学支配に従って進んで二酸化炭素と水が生成されるものと思われる。呼吸による分解でも同様の産物ができるが、酵素による活性化エネルギーの低下が熱力学支配で進めるぐらいのものであると考えられる。活性化エネルギーの低下が少なければ速度論支配によって別の高エネルギー化合物が生成してATP合成量は少なくなるだろう。

A:別の高エネルギー化合物ができるか、もしくは、いろいろな経路を経て、結局は熱になるかでしょうね。


Q:三次元に広がる膜において、ATPase、PSI、PSII、b/fcomplexはどのように配置されているのでしょうか?また、何故適切な相手に電子が受け渡されて行くのですか?

A:配置は、いわば「まざった」形になっています。ただ、場所によって、PSIが多いところ、PSIIが多いところ、などがあります。電子の受け渡しは、基本的には基質特異性によっていると考えられます。


Q:今まで漠然と「覚えていた」代謝経路の知識が、初めて生きた知識になった(気がした)。ある経路に着目して、結局この系は何をしているのか、どうしてこの複雑さが必要なのかということを考ええる初めての機会だった。見事につじつまのあった反応系をみて、また進化的な話をされたこともあって、生物の構造は必要十分(狭い意味で)であって、でもそれがベストとは限らない、という考えをよりいっそう強く持つようになった。
質問。酸化還元電位の式は、経験則なのでしょうか、それとも論理的に導かれたものなのでしょうか。もし後者なら、それはどのように導かれろのでしょうか。

A:酸化還元電位の式は、元々は、化学熱力学の考え方を酸化還元反応に拡張したものです。どのようにを一口に言うのは難しいですね。化学熱力学の講義をする必要があるかも知れません。


Q:代謝に関してこれまで私が持っていたイメージは漠然としたものでした。エネルギーの高いものを分解して、って、よく考えてみるとエネルギーとはなんなのか説明できません。熱に変換されるのをいいことに、生物に関しては無視していたことがわかりました。電位差に電子一個の持つ…質量?を掛けるとエネルギーになるんでしたっけ?酸化還元電位の概念によって結局は電子の挙動に結びつき、普遍的に説明できることがわかったような。具体的に理解していくのは難しいですが、今後の講義では、一味違った理解が得られそうで楽しみです。

A:僕の中では、酸化還元とエネルギーは、何というか、「ねじれ」の関係に近いイメージです。密接に関係していますが、完全には対応しないという感じでしょうか。その点、光や熱はエネルギーそのもので理解しやすいですね。「電子一個の持つ」のところは、せめて質量ではなく電荷と言ってくださいな。


Q:高校で電子伝達系について習った時、何で電子を受け渡すだけでエネルギーができるんだろうと疑問に思った記憶があります。大学の講義で酸化還元電位という考え方を知ってその疑問は一応のところ解決したつもりでいたのですが、その実態については全くといっていいほど知りませんでした。そういうわけで、酸化還元電に逆らって電子が流れることがあるというのを何かで読んだときに、何でそんなことが起こるんだろうと不思議に思っていましたが、今回の講義で電子伝達体の濃度によっては逆流が起こり得るということを知って納得しました。
 酸化的リン酸化の電子の流れを説明する図では、NADH脱水素酵素複合体やシトクロム複合体のところでプロトンが運ばれるように描かれていますが、プロトンが膜の反対側に輸送されるしくみは、ATPを利用して物質を輸送するポンプと同じようなものなのでしょうか。光合成の電子伝達系でプロトン濃度勾配ができるしくみと異なるわけですよね?

A:酸化的リン酸化の図でのプロトンの運ばれる図は正確なものではなく、光合成の電子伝達の場合と同じメカニズムでプロトンが運ばれると考えてください。ただ、酸化的リン酸化ではありませんが、別のシステムでは、プロトンポンプと呼ばれる、物質を輸送するようにプロトンを運ぶ複合体もあります。


Q:脂肪酸酸化回路は脂質の合成の際逆回しされ、ピルビン酸が付加されて脂質が合成されるとのことですが、この逆回しは光呼吸などでも見られますよね。では他の回路が逆に動いたりすることはあるのでしょうか?例えばピルビン酸が脂肪酸酸化回路でなく解糖系の逆回しに入り、脂質ではなく糖になるとかです。もしそういうことがないとするとそれはなぜですか?

A:基本的に、代謝回路は酵素反応で進みます。酵素の触媒作用によって活性化エネルギーは小さくなりますが、反応の前後のエネルギーレベル(酸化還元反応の場合は酸化還元電位)は酵素の有無によりません。反応の前後でのエネルギーの差が小さければ逆反応が可能ですが、差が大きくなると、逆回しはできなくなります。従って、回路の中に逆に回せない部分があるかどうか、によって決まるのだと思います。


Q:エネルギー代謝を系統立てて学んだ経験がなく、ポイントをおさえた説明は新鮮だった。生物がなぜそのエネルギー獲得方法を選択したのか、考えればきりが無いのだが、なぜ、植物は光を利用するようになったのか。地球上で無償に手に入れることができる最大のエネルギーは光であるから、それを利用するように進化するのはやはり当然なのだが、では逆に、現在光をエネルギー源として利用することができる生物が限られているのはなぜか。もし、動くことのできる動物が光合成できたとしたら「向かうところ敵無し」状態だと思うのだが…

A:光はエネルギーとしては「薄い」エネルギーです。つまり、単位面積あたりのエネルギー量が小さく、エネルギーを獲得するためには大きな面積が必要です。僕は、「大きな面積」と「動くことができる」というのが両立しづらいのが、動物が光合成できない原因ではないかと思っています。


Q:活性化エネルギーを小さくするためにクエン酸回路でC2ではなくC6を用いるアイデアと酸素発生に光化学系IIつが必要であるという解決法に驚いた。今回疑問に思うのは二つの光化学系は進化的に細菌の2種類のもの由来ということだが、これは獲得形質の遺伝なのではないかと思ってしまいます。それともやっぱり突然変異なのでしょうか?

A:光化学系の獲得の場合、遺伝というよりは、共生のようなプロセスで2種類の光合成細菌が融合したのかも知れませんね。