植物生化学 第8回講義

二次代謝

第8回は、普段あまりなじみのないかも知れない二次代謝について紹介しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:どうしてクロロゲン酸は熱に不安定(コーヒー豆中に含まれるクロロゲン酸は多くが焙煎によって分解されてしまう)なのだろうか。クロロゲン酸は構造上、キナ酸とコーヒー酸が脱水縮合してできたものである。そのため、脱水縮合によってできた部分の結合は加水分解によって分解されやすい。加水分解は反応物に水と熱を加えて起こる反応である。そのため、熱を加えると(焙煎すると)コーヒー豆中に含まれるクロロゲン酸は、コーヒー豆中に含まれる水分によって加水分解によってキナ酸とコーヒー酸に分解されてしまうのだろう。クロロゲン酸は今日ダイエットに効果のある成分として注目されているようだが、クロロゲン酸はタンニンの1種であるため、その食味は私たちに渋みを感じさせる。豆の焙煎によるクロロゲン酸の分解によってコーヒーの渋みが和らぎ、生じたコーヒー酸やキナ酸によって、コーヒーの味に深みが生じるのであろう。

A:コーヒー豆に多く含まれるクロロゲン酸は、リンゴ果実の褐色の原因にもなり(クロロゲン酸が酸化される)、多くの植物組織に含まれるポリフェノールです。コーヒー豆を食害する幼虫がクロロゲン酸をどのように分解(もしくは回避)しているかを調べても面白いですね。


Q:青いカーネーションの紫っぽさに不満を感じて、もっと青いカーネーションを作れないものかと考えてみた。 青いカーネーションの青色は、ペチュニアからのF3'5'HとDFRを作る遺伝子を組み込み、デルフィニジンを作らせることによって得たものである。だが、もともとデルフィニジンを作らない植物でもpH調節や、金属錯体であるメタロアントシアニンを作り青色の花を実現しておるものもおり、そっちのほうが青いカーネーションよりも青い。では、どうすればその仕組みをカーネーションに組み込めるだろうか。メタロアントシアニンを作らせるためには金属イオンが必要であり、植物体内で作ることが出来るものではないため、遺伝子をいくつか導入する程度ではできそうにない。金属の供給源は土壌であろうから、おそらく金属イオンの輸送にかかわる部分に影響を与えて、花芽形成時に花弁に金属イオンを送ることが必要になりそうだ。この方法ではメタロアントシアニンによる青いカーネーションへの道のりは遠いだろう。pH調節による青いカーネーションなら、pH調節機構自体はもともと植物が備えているだろうからいじりやすいのではないだろうか。実際に、pH調節によって青い花を実現している植物がどのような仕組みであるかを解析し、それをつかさどる遺伝子群を見つけることが出来ればより青いカーネーションに近づけると思う。

A:アジサイの花の色を調べている名古屋大の吉田さんのお話によると、アジサイ花弁の表皮細胞の液胞pHは細胞ごとに異なり、細胞ごとに発色される色も異なるようです。我々はその複合した成分の光を見て、紫色や青色と認識しているようです。細胞ごとに液胞pHがどのようにして異なっているのかが分かれば、青いカーネーションの作製に役に立つのでしょう。


Q:二次代謝産物は、生物の成長や分化に直接的な働きを持つとは考えられないものとされる。それらの物質は植物体の形成、色素体の合成や食害・病害への抵抗など様々な生理活性を持つが、それらの物質の合成にかかるコストは確実にエネルギー収支に対してはマイナスになっていると思われる。生物がこのような二次代謝産物を持つ理由について考えてみる。生体内では様々な化学反応が起き、種々の生体機能を担う物質が生成されるが、その反応の際、ある程度の主産物でない反応の副生成物が生成され得ることが予想される。しかし生体反応の特徴として高い選択性があり、酵素を用いるなどして副生成物が生成しないような仕組みが生体内では達成されている。この理由として、致死的になるような反応が起きる場合にはその生物個体の遺伝子は保存されないことになり、反応の選択性は自然選択の結果として実現されているのではないかと考えられる。そして逆にこれは、適応度を低下させない変化ならばその遺伝子は保存され得る、ということであるとも思われる。つまり遺伝子配列の変異に伴う酵素の構造の変化などにより予期せぬ物質の生成が起きた時にも、それに対する反応が自発的に起こる、または反応を行う酵素が存在し無害化される。その物質が生体内の反応に与える影響がないか無視できるほどに小さい、などに相当すればその生物は生存はでき、その遺伝子は保存される可能性があると思われる。しかし、二次代謝においても外部から得た生存に必要なエネルギーや反応基質が利用されている以上、収支の面から言えばある程度の適応度の向上が期待される。植物においては病害への抵抗性などの生理活性の他に、未知の病原菌に対する予防策など長期的な面での適応度の向上が挙げられ、また過剰な光エネルギーの散逸に用いられる可能性もあるのではないだろうか。現在見られる二次代謝物の多様性は、このように自然選択の結果として存在するものと考えられる。

A:講義でも話したように、二次代謝産物には多くの植物に共通した化合物(リグニンなど)と、ごく限られた植物しか合成しない化合物(コカインなど)とに二分できます。前者の合成コストは一般的に低く、後者の合成コストは高いことが多いです(もちろん例外もあります)。熱帯地域の植物で二次代謝産物の種類が多様なのは、暖かく光合成の稼ぎが高いことが一つの理由だと思います。暖かい地域では余剰の光合成産物が得られたために、寄生者と宿主の軍拡競争が発達したのでしょう。逆に寒い地域では、二次代謝物質を合成するタイミングや量がかなり制御されているのかもしれません。