植物生化学 第11回講義

ゲノムワイドな遺伝子機能の解析

今回の講義では、研究内容の紹介を中心にゲノムワイドな遺伝子機能の解析について解説しました。光合成のクロロフィル蛍光を用いて光合成以外に働いている遺伝子の機能解析まで行なおう、という野心的なプロジェクトです。今回の講義に寄せられた意見とそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の内容は全体的に興味深いものだった。ただ、なぜTypeA変異株はグルコース条件で育たないのかがよくわかならかった。(来週質問させてもらいます)
 さて、ゲノムワイドな遺伝子機能解析方法の探究で、形が似ていることを定量化する際、sll1961破壊株に対する偏差二乗和や微分類似距離を使用していた。これは基準にする株(sll1961破壊株)の選び方で結果が大きく左右されるだろう。WTを基準にしてこのような定量化を行えばもう少し普遍性が増すだろうが、WTからの違いの大きさでも違いの方向性が違うものを分類できないのでは意味がない。できれば他の株との相対値を使うのではなく、絶対値による定量化を試みたいものである。例えば一次ピークの高さと二次ピークの比など(このような簡単な数値ならすでに試されている可能性が大きいけれど)はどうだろうか。またTypeAと比べてTypeBは一次ピーク値が高く山の頂上辺りが尖っているので、開始値と一次ピークとの比の値の正負など、こちらも定量化による分類に有用な指標となりうると思われる。

A:実は、講義の後、野口先生にもグルコース条件で変異体が育たない理由について質問を受けました。結論から言うとまだわかっていません。光は光合成の電子伝達に還元力を供給しますし、グルコースは呼吸鎖に還元力を供給します。最初は、光・グルコースの混合栄養条件にすると還元力が過剰になって細胞が死ぬのではないかと考えていました。それならば、還元力の消費先である二酸化炭素濃度を上げると細胞が死ににくくなるはずですが、実際にやってみるとどうも反対のようです。もっとデリケートに、どこかの中間代謝産物が過剰になると死ぬ、といったことがあるのかも知れません。
 何を基準にするか、という点についてですが、1つ1つの株を基準にとって類似距離のリストを作り、それらを全ての変異体についてまとめて計算させることにより、クラスター解析をすることができます。講義の中でちょっと出した、系統樹のような図がそれです。クラスター解析では、単に1つの株を基準に取るのではなく、全てのお互いの距離を計算に使っていますので、論理的には非常に有効なはずです。ただ、講義の中で触れましたが、表現型の弱いものが野生型のクラスターに引っ張られるので、そこをどのように改善するかが課題となっています。


Q:今回の講義では遺伝子変異株の表現型をゲノムワイドに解析するシステムについて説明されていた。これに必要な条件として3つがあげられていたが、ここでは”単純な数値データとして扱える表現型であること”について考えてみたい。単純な数値データで扱うことの有利な点としてはデータ量が少なく処理の手間が少ない、表現型の差異が分かりやすいことなどがあると思う。多くのパラメータで表現型を記載する場合の問題点としてデータ量が多くなること、異なる表現型の間でデータの比較が出来ないことがあげられていた。他の欠点としては使用したパラメータ同士に相関があり、表現型が過大評価される可能性があることがあげられると思う。しかし、多くのパラメータを用いてゲノムワイドに解析することができるようになれば形態などの複雑な表現型についても解析できるようになるのではないだろうか。そうすれば、遺伝子の機能解析がさらに進展すると思う。

A:形態などの複雑な表現型を多くのパラメータで解析すること自体は可能です。ただ、講義の中でも触れましたが、酵母の形態の解析に使うパラメータと、ショウジョウバエの解析に使うパラメータは、違うものを使わざるを得ませんよね。その点、クロロフィル蛍光の時系列データの場合は、光合成生物に全て共通に使える、という利点があるわけです。


Q:今回は細胞内の情報を取り出すために,クロロフィル蛍光強度をそのプローブとして用いるものであったが,シアノバクテリア以外にも細胞内情報を得るために普遍的に使用できそうな対象を考案する.クロロフィル蛍光は植物限定であるが,これは様々な代謝系の働きに大きく影響されるため,代謝系の影響を受ける点を残したい.ここで,真核生物ではミトコンドリアを普遍的に持っており,ミトコンドリアの呼吸は様々な代謝と相互作用を持つことが分かっている.ミトコンドリアは蛍光を発しないが,ミトコンドリア内では多くの電子の流れが存在する.ここで,ミトコンドリアの内外に電極を挿し,その電位変化のパターンを記録できたら,その電位変化パターンにより多くの表現型を分類できると考える.分類できたら,ある遺伝子が何の働きに関与しているかを絞ることができそうである.ただし,ミトコンドリアの電位を測定する方法はあるが,これはin vitroの方法である.細胞を損傷せずにミトコンドリアに電極を挿す方法がないことが、この方法を使うときの壁である.

A:世の中には、膜脂質に溶け込んで、膜内外の電位差に応じて蛍光強度の変わる蛍光色素、というものがあります。これなどいいかも知れませんね。やろうと思えば、いろいろ面白いことが実際にできるかも知れません。


Q:ゲノムワイドな遺伝子機能解析を他の生物に応用する手段を考えてみた。その方法とは、無毒化し、さらに蛍光タンパク質を合成するように遺伝子組み換えした病原体を用意し、それを遺伝子機能解析したい生物に感染させ、生物内の病原体の発する蛍光強度の変化を時間との関係で表し、比較するというものである。ここでは、自然免疫による病原体(+蛍光タンパク質)の破壊で生じる蛍光強度の変化を用いているが、自然免疫を用いた理由として、(1)自然免疫がほぼすべての生物でみられること、(2)非特異的な反応のため生物種間で相同性が高いこと、(3)反応が比較的短時間で進むこと、(4)病原体感染シグナルの受容、そのシグナルの伝達、遺伝子の活性化、タンパク質の合成、病原体への攻撃など多彩な反応を含むため、ある遺伝子を不活性化したときに、これらの経路のどこかに異常が出て、蛍光パターンに変化が出ることが期待されること、が挙げられる。また、この方法ならばクロロフィルを持たない生物でも蛍光変化での遺伝子機能解析が可能となる。ただし、問題点として、1.おそらく多くの蛍光パターンがピークが一回生じ、後は右肩下がりになる(病原体がある程度増殖した後に免疫反応で死滅する。)という形になるため、変化が測定しにくい可能性がある、2.多様な経路を含むため、全く機能の違う遺伝子変化どうしでも同じような蛍光パターンを示す可能性がシアノバクテリアのクロロフィル蛍光比較より高い、3.分化の進んだ多細胞生物には応用しにくい、といったものが考えられるので、もう少し改良が必要であろう。

A:面白そうですね。やはり問題点の1が問題でしょうか。どれだけ多様なパターンが得られるかによって解析できる限界が決まります。クロロフィル蛍光の場合は、講義の中でも触れましたが、10個のパラメータで近似できる程度の複雑さを持つ波形になりました。1回上がって下がるだけだと、4つのパラメータで充分でしょうから、ちょっと苦しいかも知れませんね。もう一工夫必要でしょう。


Q:遺伝子の機能解析をゲノムワイドに調べたい生物の栄養源に、一定期間放射性同位体を加え、その後放射性同位体を除く。得られるデータは最終的な放射性同位体の量である。取り込んだ放射性同位体量は、どれだけその生物の代謝・成長が活発に行われているか、を示す。この方法で観察するものは非破壊的に測定可能な表現型であり、単純な数値データとして扱える表現型である。非常に多くの遺伝子の変異の影響が現れる表現型であるかどうかは疑問である。そこそこ影響が出そうではあるが、この方法で多くの変異の差を検知できるかはわからない。少なくとも生きてさえいれば、異なる表現型の間でデータの比較はできる。代謝を行わない生物はいないため、この方法はあらゆる種の生物に適用できる。C、N、Hなどの放射性同位体のどれを使用するのがいいだろうか。脂肪や糖などを調べるならCを使い、タンパク質が調べたいならNを使うのがよい。最終的な取り込み量もしくは全体に対する比率だけでなく、与えられてからどのように蓄積していくかも調べられるといいかもしれない。

A:これも面白そうですが、やはり、データの多様性が少ないように思います。おそらくこれも、1回上がって下がるだけになりそうですよね。複数の放射性同位元素の間の比較をすると、もう少し情報量が増えますかねえ?