植物生化学 第7回講義

脂質代謝、硫黄代謝など

今回は、前回積み残した部分の窒素代謝について補足すると共に、脂質代謝と硫黄代謝について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートと、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:シロイヌナズナの不飽和化酵素の変異体であるfab2は低温条件では葉肉細胞の細胞伸長が阻害される.これより細胞膜の流動性がどのように細胞の成長に関与するかを考察する.細胞膜を構成する脂質に流動性がなく詰まった状態であると,細胞を大きくするときに新たな脂質を配置させにくい.流動性があり,細胞膜が隙間の多い構造であると,その隙間に新たな脂質を配置できる.fab2の表現型より,細胞が成長するにはまず細胞膜の面積が増加し,それに引き続いて細胞質の体積が増加すると考える.細胞の体積が小さければ,その分オルガネラ数が減少するので,体の構成に使う資源が減り,細胞の成長が阻害されると考える.ただし,毛は葉肉細胞と比較すると成長が阻害されていないように見受けられる.fab2の毛はWTのものよりは小さくなっているので,Fab2がコードする不飽和化酵素により毛の細胞膜の脂質が不飽和されているが,同時に毛では他の酵素によっても細胞膜の脂質が不飽和化されていると考える.

A:細胞膜に新しい脂質を組み込む仕組みはわかりません。しかし、脂質も代謝回転され、古い脂質が分解され、新しい脂質が組み込まれているはずですので、不飽和脂質が多く、隙間が多いと面積を広げやすいという可能性はそんなにないと思います。葉の毛状突起(トライコーム)の発生がfab2 plantでそれほど阻害されていないのは、別の酵素が不飽和化している可能性もありますし、毛状突起では細胞膜面積が小さいのかもしれません。


Q:講義で植物体内での脂肪酸の不飽和化について説明があり、デサチュラーゼ転写物が30度以上の高温では20度程度のときと比べて20パーセントまで減少するということが書かれていた。脂肪酸の不飽和化を温度に応じて調節する意義について考えてみる。まず、膜に不飽和脂肪酸が多く存在すると膜の流動性が増加することが知られている。もしも高温でも不飽和化を減少させなければ、膜の流動性がさらに増加することが考えられる。流動性が過度に増加するとおそらく不都合があるために、高温で膜脂質の不飽和化を抑制しているのだろう。膜の流動性を一定に維持することで膜上で起こる様々な反応を安定して起こるようにしているのだと思う。もしそうだとすれば、20℃よりもさらに低温条件下では膜の不飽和化を促進して流動性を増すしくみがあるかもしれない。今回のレジュメのグラフでは20℃までしかのっていないので実際どうなっているか分からないが、調べてみたら面白いと思う。植物にも恒常性を維持するしくみがあるのだとすれば興味深いことだと思う。

A:20℃よりもさらに低温で生育している植物もありますから、そのような植物では生体膜の脂質の不飽和化がさらに進行しているはずです。低温では膜脂質の不飽和化と同時に、低温で活性が高いタンパク質の誘導、細胞質pHの変化、細胞質に糖類、プロリン、グリシンベタインなどの中性溶質の蓄積による浸透濃度の増加などが起きます。液体窒素温度でも耐えられる北方の樹木などでは細胞膜の直下に嚢胞状小胞体が誘導され、低温により細胞が脱水収縮されても、細胞膜と他の細胞内膜系との物理的な接近を妨げる仕組みがあるようです。


Q:TCA回路に関わっているアセチルCoAが、硫黄代謝と脂質代謝のどちらにも出てきた。それぞれの反応では、CoA部分が変化することはなく、CoA(補酵素A)の名前のとおりであった。このアセチルCoAのCoA部分を調べてみると、アデノシンニリン酸を含む化合物であることが分かった。このアデノシンはDNA・RNAの構成物質であり、またアデノシン三リン酸(ATP)はエネルギーの普遍的な通貨といわれている。また、生物の電子伝達を担うNAD+もFADも共にアデノシンを構成要素に含んでいる。サイトカイニンもアデニン部分を持つ。アデノシンという構造が、生物の様々な重要部分で働いている。酵素は、ある特定の反応を触媒する。しかし、無差別に反応が起こっては困るため、基質特異性が存在する。また生物は突然変異によって進化するため、今までできているものが組み合わさったり、改良されることで進化する。これらのことから、アデノシンが様々な部分で働いているのは、はじめにできたアデノシン認識部位を持つ酵素ができ、それが流用されたのだと考える。そして、そのかなり生命の初期段階で起きたのだろう(これは四つの塩基中でのアデニンの選択で、やはり塩基でなくてもよかったわけではないだろう)。反応経路は化石に残らない。また現在に残っている生物は、ある程度効率が上がって反応経路が確立された(例えば代謝の回路部分とか)一握りの生物のみから生まれたと考える。そのためそれらの方法では生物のもっとも重要な部分がどのように進化したのかを推測するのは難しい。それ以降なら、反応経路の進化の推測は起源が古い酵素の反応からできていったとすることが可能かもしれない。

A:アセチルCoAの話を簡単にしましたが、CoAの話は省略してしまいました。なぜアデノシンが使われているかはわかりませんが、上記のような理由なのかもしれません。アセチルCoAは講義で話した通り、様々な反応で使われますが、膜を通過しないため、各場所で合成されているようです。その理由はわかりません。


Q:硫黄取り込みとグルタチオンの関係について考察してみる。植物が硫酸イオンの形で硫黄を取り込むためには、3ATPと2還元力が必要であり、かなりコストがかかる。このコストをまかなうためには当然光合成産物が使われるはずである。ここで、グルタチオンの働きを見てみると、これはストロマ局在性活性酸素除去機構の一員である。硫黄取り込みをするためには光合成を活発に行う必要があるが、そうするとストロマ局在性活性酸素の量も増える。あまり活性酸素が増えすぎると葉緑体の膜が破壊されてしまい、光合成収率は落ちてしまう。グルタチオンはこれを防ぐ働きをしていると思われる。以上まとめると、硫黄取り込みには活発な光合成が必要である。だが、そのままだと活性酸素が増えて、葉緑体が破壊され、光合成収率が落ちる負のフィードバックがかかってしまう。この負のフィードバックを防ぎ、むしろ正のフィードバック調節を行って光合成を活発化するためにグルタチオンは合成される、というのが自分の考えである。なお、硫黄取り込みに光合成が必要であることから、植物は硫酸イオンを夜中液胞にため込み、昼間に硫黄同化するということも考えられる。

A:硫酸イオンの吸収の時間変動を調べても分からなかったのですが、硝酸イオンと同様に夜に吸収される可能性が高いと思います。硫黄同化は上記にあるように昼間の葉緑体で起こります。硫黄同化に使われ、酸化されたグルタチオン(GSSG)は電子伝達系で生成されるNADPHや酸化的ペントースリン酸回路でできるNADPHからNADPH依存型のグルタチオンレダクターゼにより還元型グルタチオン(GSH)に変換されます。


Q:Phytoremediaionは植物を使って広い地帯に広がった土壌や地下水の低濃度の汚染物質を浄化する技術で、金属汚染の場合、金属は植物の根より吸い上げられ葉の中に分散することによって土壌中の金属が除去される。この方法の主な特長として、植物を利用するため、太陽がエネルギー源であり環境負荷が軽減る、処理費用が従来の50%程度になる、軽度の汚染に対しては数ヶ月で浄化することが可能となる(通常は半年から3年程度の浄化期間)、溶出量(環境基準)に加えて含有量値の低減に有効である、汚染が土壌表面に留まっている場合は根の届く範囲(50センチ程度)だと掘削が不要となるなどさまざまな点が挙げられる。日本は世界最大のカドミウム消費国で95年の消費量は米国の4倍強にもなっている。また国の基準のゆるさから低濃度の汚染米が出回り、日本人のカドミウム摂取量は健康への影響が心配される水準にあるとも指摘されている。そこでイタイイタイ病になりたくない私はPhytoremediationを使って日本の土壌からカドミウムを除去できないかと考えた。いろいろな研究を調べてみると、畑状態で栽培した場合に土壌中のカドミウムをたくさん吸収するイネ品種が数種あることを知った。どの品種も茎葉部に20ppm程度のカドミウムを蓄積し、節水栽培することで更に土壌中の可給態カドミウム濃度が上昇してイネが効率的にカドミウムを吸収できるようになるようだ。イネは栽培・収穫の機械化・能率化が進んでいること、ゲノム解析が活発に行われているためにカドミウム吸収の仕組みを解明してもっと吸収効率をよくしたり他の植物にも応用したりできであろうことを考えると、土壌浄化の使用に適していると言えるだろう。また日本におけるカドミウム使用はその8割が電池材料への使用によるので、収穫物をメタノールや発電等のバイオエネルギーとして有効利用すればカドミウム電池自体の使用も減って汚染の軽減につながる。

A:講義ではごく簡単に話しただけでしたが、カドミウムのイネによるファイトレメディエーションはかなり行なわれているようですね。イネは日本では従来から広く栽培されていたので、海外の植物を用いる場合に比べ、廻りの植生に与える影響が少ないようです。重金属を吸収した植物はどうするのですかという質問にうまく答えられませんでしたが、やはり焼却して重金属を回収するようです。


Q:脂質の不飽和化の話のところで、ラン藻の不飽和化酵素遺伝子の発現制御ということでグラフが紹介されていた。不飽和部分の数や位置が脂質二重膜の流動性を左右するので、低温で流動性が低下しないように、不飽和化酵素のmRNAが安定になるということはとても理にかなっており納得した。どのような仕組みで安定化しているのかわからないので、そのためのコストなどについて考えることができないが(遺伝子配列が変わっているわけではないので、分解が抑えられるのではないかと思われる)、なぜ暖かいところで培養されたラン藻では、mRNAが不安定なのだろうか。どんな温度でも安定なmRNAを作っていてはよくないのだろうか。mRNAがすぐに分解される理由として考えられるのは、温度が高い場合、脂質の過剰な不飽和化が生体に何かの悪影響を及ぼすということである。膜の流動性が高すぎると必要な膜タンパクの局在がコントロールできなくなるかもしれない。また、不飽和脂肪酸は酸化されやすく、活性酸素と反応して極めて有害な物質になるため、不飽和脂肪酸の量をある程度抑えておく必要があるのかもしれない。ヒトでは、ある種の不飽和脂肪?酸のとりすぎによってアレルギーが起きやすくなるという指摘もあるそうである。過剰な不飽和化がどのような影響を及ぼすのか、不飽和化酵素の過剰発現によって調べれば、飽和と不飽和のバランスについて何かわかるだろう。

A:高温生育のシアノバクテリアで不飽和化酵素のmRNAの分解が速い理由はわかりませんが、不飽和脂肪酸が酸化されやすいのは確かです。不飽和脂肪酸は活性酸素と反応して、MDAなどの高反応性化合物を生成します。植物の葯の脂質には、飽和脂肪酸が多く、そのため葯は他の器官よりも低温感受性が高いようです。低温耐性を犠牲にしても、不飽和脂肪酸を増加させない理由があるのかもしれません。