植物生化学 第6回講義

窒素代謝

今回は、窒素代謝について主に解説しました。今回の講義に寄せられたレポートと、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:植物個体内で硝酸イオンを亜硝酸イオンに変換するNitrate reductase(NR)は硝酸イオンが恒常的に存在する場合、その濃度に日周変化をおこす。NRのmRNA量は夜間に増えていき、日の出の時刻にほぼピークに達する。そして日中では、mRNA量は激減している。しかし、日中にNRのmRNA量が激減し、夜間にmRNA量が増加していくのは、NRによる硝酸同化過程に光を必要とする反応を含むことと矛盾するように思われる。以下、この理由を考察してみる。
 活性型NRにはセリン残基がOHのものとリン酸エステルのものの2種類が存在し、両者は相互変換する。このうち、リン酸エステルのついたNRは阻害タンパク質によって活性を阻害され、また、生体内ではほとんど阻害タンパク質と結合した状態で存在するようである。さて、NR-Ser-OHからNR-Ser-OPへの変換は光によって阻害される。従って、夜間にNRを合成すると、光の当たる昼間に比べて活性型NRの平衡はNR-Ser-OPの方にかたよるであろう。活性型NR-Ser-OPの多くは直ちに阻害タンパク質と複合体を形成して不活性型になるので、つまり、夜間にNRを合成すると不活性型NR-Ser-OPの形でのNRの存在量が昼間に合成するより多くなると思われる。ここからは推測であるが、阻害タンパク質の結合のために、この不活性型NR-Ser-OPが分解される速度は、寿命の短い通常のNRの分解される速度に比べて遅くなっているのではないだろうか。分解が遅くなっているとすると、寿命が短いために、通常は困難なNRの貯蔵が可能になる。不活性型NR-Ser-OPの形で、NRが貯蔵されているとするとどうなるであろうか。光があたる日中になるとNR-Ser-OHからNR-Ser-OPへの変換が阻害されるので、NR状態の平衡はNR-Ser-OHに傾くはずである。すると、一時的に高濃度の活性型NRが、細胞中に発現することになる。この多量のNR-Ser-OHを使うと、少しずつNRを発現させたときより短時間で一挙に硝酸イオンの取り込みを行えるだろう。こう考えた場合、日中にNR合成量が減るのは、光が当たってすぐに大量硝酸イオンを取り込んだ結果生じたグルタミンによるNR遺伝子転写のフィードバック阻害によって説明がつく。また、こうして短時間に一挙に硝酸イオンをアミノ酸の形で取り込むと、毒性のある亜硝酸イオンを細胞内にとどめておく時間も短くてすむはずである。さらに、NR分解速度が頭打ちになるほどの高濃度であるならば、活性型NRの寿命が比較的長くなり、効率よく硝酸同化が行えるだろう。
 以上まとめると、『硝酸イオンが十分に存在する場合、植物はNRを夜中に合成し、不活性型NRの形で貯蔵する。光が当たると不活性型NRを活性型NRに変化させ、短時間で一挙に硝酸同化を行う。こうすることで寿命の短いNRを効率よく使用してエネルギー消費を抑え、また、有毒な亜硝酸イオンの細胞内での存在時間を出来るだけ短くする。』という仮説がたてられる。この仮説の真偽を判定するには阻害タンパク質のついた不活性型NRと、通常のNRのin vivoでの分解速度の比較や、光を当てる前後での植物細胞内グルタミン含有量の変化を調べるとよいと思われる。

A:不活性型のNRが夜間に蓄積するという仮説は興味深いですが、私 は答えを知りません。NO3-イオンは夜中の間に蓄積し、明け方に最大値になるそうなので、この仮説のように短時間で一挙に硝酸同化を行なうことは可能かもしれません。NiRの活性はNRの活性よりもかなり高いので、生体内ではNO2-はほとんど蓄積しないようです。さらにNiRの発現はNRの発現と協調するように制御されているようです。


Q:葉のNR遺伝子の発現は硝酸イオン存在下で日周変化を示す。発現量は明け方が最大でその後日中になると発現量は急激に減少する。発現量は夕方から増加しはじめて明け方まで増え続ける。しかし、亜硝酸の同化には光が必要なので明け方まではNRによって作られた亜硝酸は同化出来ない。亜硝酸は有毒であり、わざわざ同化できない時間に作る理由はないように思える。昼間にNRの発現量を増やしてできた亜硝酸をどんどん消費していくほうが植物にとっては効率がいいはずである。なぜこのようなことをするのだろうか?1つはNRタンパク質を明け方までに一気に作っておいて日中はそれでしのいでいるということが考えられる。もう1つの理由としては亜硝酸を液胞にためておくことで亜硝酸の毒性は問題にならないので、夜のうちに亜硝酸を作っておいて朝が来ると同時に一気に同化して昼間の光合成への影響を最小限にするということが考えられる。そうでないとすれば亜硝酸がたまるリスクをおかしてでもやる理由があるはずである。しかしこの理由は考えても思い付かなかった。やはり昼間にやる方が効率がいいような気がする。

A:NRの遺伝子産物は明け方に最大になりますが、NRタンパク質の日変動はそれに遅れる変動を示すはずなので、午前中にNR活性が最大になるのでしょう。NRは光がない条件では活性は抑えられているので、夜間に亜硝酸イオンが蓄積することはありません。NiRの発現はNRの発現と協調するように制御されているようですので、日中に生じた亜硝酸イオンはただちにアンモニウムイオンになると思います。


Q:植物はNを硝酸で取り込み、色素体内でアンモニアに変換する。硝酸は有機物分解の際のアンモニア由来であるので、一度硝酸に変換することなくアンモニアを使用できたらN利用効率が上昇すると期待される。アンモニアが毒であるため、植物体は取り込めないことになっているが、エンドサイトーシスの小胞のようなものを利用して色素体に直接輸送すれば、アンモニアは本来合成される色素体内しか存在しないので、害はなさそうである。これとは異なるが、植物の根にはアンモニア輸送体があるらしく、これはN源が不足しているときは働くらしい。アンモニアを直接利用するのが主流の植物はいない理由としては、N源を貯蓄できないことを考える。アンモニアを硝酸に変換する過程を現在の植物は持たないと考えられるため、アンモニアを主に使用するとなると、N源を貯蓄する機能を失う。しかし、これでも周りに豊富にあるであろうアンモニアを直接利用しないことに疑問が残る。

A:アンモニアの根の吸収の話はしなかったので、誤解されたようです。根ではアンモニウムイオンも吸収します。いくつかの植物では輸送体も同定されています。窒素循環の話で少し話したような記憶がありますが、冠水したときなど土壌が嫌気的条件になると、酸素を使う「硝化」が進まず、土壌にはアンモニウムイオンが蓄積します。田んぼのイネではアンモニウムイオンが主たる窒素源となります。イネでは吸収したアンモニウムイオンは根の細胞でただちにグルタミンに変換され、地上部に輸送されたり、根で使われたりするようです。ただし、植物によっては導管内に割と高濃度のアンモニウムイオンが含まれることもあるようです。この場合には地上部でグルタミンに変換されていると思います。


Q:地上部と地下部のどちらで窒素同化しているのか?硝酸態窒素同化は、普通草本類は地上部で、木本類において地下部で同化している。この違いをもたらす原因として考えられるものに、1.地上部と地下部の必要な窒素の割合がそれぞれの植物で違う、2.必要な窒素の割合は同じだが、輸送される窒素が硝酸よりかアミドよりかが違う、という二つが考えられる。ここでは2の窒素の輸送形態が違う場合について考えてみたい。
 硝酸からの窒素固定は基本的に根の白色体においても葉の葉緑体においても同じである。しかし、違うのは、葉緑体においては光によって調節されている点と、硝酸は液胞に貯めることができる点である。光によって窒素同化が進む。葉の同化組織においては光による調節ができる硝酸のほうが都合がよいだろう。一方葉や葉以外の同化組織においては、光による調節は必要がない。そのため、地上部の同化組織の多い草本類では、地上部の非同化組織が多い木本類より窒素に関して硝酸での輸送が必要だということがわかる。なぜ全て硝酸で輸送しないのかという点については、光がないと葉では硝酸の同化が行われないため、光が左右されない窒素が必要ならアミドの形で葉へ輸送したほうが好ましいからだろう。窒素の転流について考えると、師管液の流れは光合成産物に左右されるため、葉からの窒素の転流は光合成産物の行き先と一致している。すると光合成産物が必要な地下では逆に窒素は豊富なため、来た窒素を転流しなければならない。これは硝酸ではなくアミド以降の形で行われるため、光が当たらない枝を切り捨て、また全体が大きい木本類は根に流れ込む窒素が多く、そのためにアミド型の輸送が発達しているのではないか。

A:大雑把に草本では地上部で窒素同化する例が多く、木本では地下部で窒素同化する例が多いと話しましたが、例外が多数存在します。同化組織の量や割合で窒素同化の場所の多様性をどれだけ説明できるのかは興味深いです。窒素固定はN2をNH3にする反応ですので、窒素同化と混同しないようにしてください。


Q:授業の終わりの方で、窒素の代謝回転の話があった。光合成タンパク質(特にRubisco)のために葉に大量にある窒素分を、葉が落ちるまでにはほとんどすべて分解して、新しい葉や種子を作るために回しているということだった。資料として出ていたグラフなどではイネについてのものが多かった。イネはもともと熱帯原産で、日本で栽培されているジャポニカ種は本当は多年草であるが、日本では気温の関係上年を越せない上、もし越しても2年目以降は収穫量が激減するので、年を超えての栽培は行わず、栽培上の扱いは一年生である。刈り取らないままにして年を越したとすると次の年どうなるのか見たことがないのでわからないが(葉がずっと残っているのか、あるいは地上部がなくなって根だけで冬を越すのか)、もし冬を越して2年目にも緑の茎を伸ばし葉をつけるのだとしたら、1年目の種子形成の時に、種子のために窒素を多量につぎ込むわけにはいかないのではないだろうか。イネの亜種の一つであるインディカ種はもともと一年生であるので、穂の形成のために回す窒素の割合がジャポニカ種とは違っているかもしれない。またジャポニカ種の中でも、暖かい地域で(10文字程度文字化け)として何代も重ねたものと、越冬できない寒い地域で何代も重ねたものとでは、1年目の穂形成につぎ込む窒素の割合が異なってくるのではないだろうか。

A:穂の形成のために廻す窒素の割合は、インディカ種とジャポニカ種でもちろん違うのでしょうし、ジャポニカ種内でも品種間差があると思います。穂の窒素の多くは他の器官から転流されると思いますが、通常の窒素施肥条件では、イネの葉や地下部にまだ多くの窒素が残っていると思います。ジャポニカ種では冬越しして、春に地上部を延ばすはずですが、どのくらい冬に地下部に窒素を回収しているかは知りません。しかし冬に地上部が枯れてしまう野外の多年生草本では、窒素の多くは地下部に転流され、蓄積しているようです。


Q:今回の講義では窒素代謝について学んだ。中でも私の興味を引いたのは、Rubisco-containing bodyであった。ミトコンドリア中のRubiscoを小胞に内包した状態で液胞に運ぶもので、恐らくRubiscoはその液胞中で分解されているのではないかと思われる、というものだった。そこで、Rubiscoが分解される場所が液胞であることを確かめるために、Rubiscoになるタンパク質をコードしているDNA領域にGFPなどのレポーター遺伝子を結合させてRubiscoの局在を見る方法を考えた。液胞・ミトコンドリア以外の場所で分解されていたら、その二つ以外の場所でもレポーターによる蛍光が観察されるだろう。ミトコンドリアと液胞でのみ蛍光が観察されたら、ミトコンドリアから液胞へ輸送されるためのシグナルタンパク質の生成を阻害してみる。ミトコンドリアで分解されているならば阻害前より大幅に蛍光が増えることはないが、液胞で分解されている場合はRubiscoが分解されずに溜まり、阻害前と比べて蛍光がはっきり強くなったり、普通ならばRubiscoが存在しないようなところに誤って輸送されることも起こるだろう。

A:東北大の石田さんたちは免疫電顕だけでなくGFPのお仕事もされていたと思います。Rubiscoは液胞以外にはミトコンドリアでなく、葉緑体内でタンパク分解酵素によって分解されるようです。液胞に運ばれる比率と葉緑体内で分解される比率はまだわからないと思います。