植物生化学 第2回講義

呼吸を中心とする基礎代謝

今回は、エネルギー代謝の基礎となる呼吸の反応を中心に、基礎的な代謝のあらましを解説しました。また、酸化還元電位についても簡単に触れました。今回の講義に寄せられたレポートと、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:植物の電子伝達系では複合体Iから複合体IVに直接電子を渡さずに,段階的に他の複合体に電子を渡してから,複合体IVに移される.酸化還元電位を考慮すると,複合体Iの方が複合体IVよりも還元力が強いので,複合体IからIVに直接電子を渡せるはずである.複合体I→ユビキノン→複合体III→シトクロムc→複合体IVという電子の経路では,複合体はH+をマトリクスから膜間腔へ運搬するだけである.よって複合体Iと複合体IVさえあれば,酸素を消費し,ATP合成を行えると考える.ただし,条件として,普通の植物細胞では複合体IIIでもH+輸送しているので,H+濃度勾配を正常に近く作るには,複合体Iを多数用意しないといけない.これを確かめるには,ミトコンドリアのような二重膜の構造体に複合体IとIV,ATP合成酵素,NADH,O2を用意し,無細胞系でもATPが正常に合成されることを示せばよい.ユビキノンは電子のプールが主な働きなので,ATP合成に必須な構造ではないと考える.よって好気性細菌は酸素を用いたATP合成を確立した後にユビキノンを追加したと考える.

A:最初に一つ。今回話した呼吸の話は、特に植物に限ったものではありませんので誤解しないで下さい。さて、ユビキノンの役割ことを少し考えてみましょう。電子の伝達は酸化還元反応という、化学反応の一種ですから、分子と分子が出会うことにより反応が進みます。一般に、温度を上げると化学反応の速度も上昇するのは、分子の動きが速くなって、分子同士の出会う確率が上がるからです。そこで、膜の中の大きな複合体と、ユビキノンのようなより小さな分子を比べたら、その動く速度はどうなっているでしょう?そこを考えると、ユビキノンの役割がわかると思います。また、キノンがプロトンの輸送に関わる仕組みについては、次回の講義で触れる予定です。


Q:ミトコンドリアの呼吸電子伝達と、葉緑体における光合成電子伝達経路は似ている。ミトコンドリアの電子伝達経路は、ルーメン側のH+濃度を高くし、それがマトリックス側に流れる事でATPを得る。一方葉緑体での電子伝達経路は、チラコイド膜において内外膜間側のH+濃度を高くし、それがストロマ側に流れる事でATPを得る。これらは膜の向きが逆になっている。葉緑体はラン藻が、ミトコンドリアは好気性細菌が共生した結果と考えられている。 どういう過程を経て似た構造の(おそらく同一起源の)膜が裏表を逆にしているのか。
 ミトコンドリアの外膜が、宿主の細胞膜由来とすると、過去の好気呼吸細菌は細胞外にH+を放出し、それを利用して細胞内にATPを作る形になる。ATPが細胞内に生産される点で自然であるが、細胞外にH+を放出すると拡散してしまうのだから、酸性条件下で生活していたのかもしれない。葉緑体の場合、一番外側に存在する膜を宿主の細胞膜由来としても、膜における反応は全て細胞内において完結している。ここでこの共生前のラン藻のチラコイド部分は元はラン藻の細胞膜であったと考えるのが自然である。やはりミトコンドリアの元になった好気性細菌と同様に、細胞外のH+濃度が高く、細胞内にATPをためていたのだ。さらにさかのぼれば、酸性条件下でATP合成酵素のみを使用している生物だっただろう。電子伝達部分がどの時点で現れたのかは不明だ。しかし、細胞膜で行う時点では拡散のため無駄になる点、葉緑体とミトコンドリアで似ている点をかんがえると、それぞれ独立にできたか、細胞膜と細胞内の呼吸光合成元器官膜の間が流動的であったはずである。ATP合成酵素の分子モーターとしての意義はよくわからない。

A:そういえば、原核生物の呼吸については、全く説明しませんでしたね。実は、原核生物でも、細胞膜の外は、すぐに外界にはなっていないのです。グラム陽性細菌という細菌の仲間は、確かに細胞膜を1枚しか持っていないのですが、その外側に厚いペプチドグリカンの層(細胞壁)を持っています。また、グラム陰性細菌の場合は、細胞膜の外側に、薄いペプチドグリカンの層とさらにその外側に外膜を持っています。ですから、細胞内からくみ出したプロトンは、外界に拡散していくのではなく、ある一定の場所に制限されて、ATP合成に役立つのです。


Q:生物の呼吸反応において、糖は全てグルコースに変換される。同じ化学式で表される糖は他にも何種類か存在するのに、なぜ他の糖ではなくグルコースに変換され呼吸反応が行われるようになったか考察してみる。
 まず、光合成を行う好気呼吸生物について考えてみる。光合成によりグルコースを合成するので、呼吸の基質として最も手に入りやすい糖は当然グルコースということになる。従って光合成を行う生物では、グルコースを呼吸反応の大本の基質にする経路がはじめに発達したと考えられる。後に、他の糖を呼吸の基質にする必要が生じたときに、その糖をグルコースに変換する機構を加えると、既存の経路が使え効率がよいのでそうなったと考えられる。
 次に、従属栄養型の好気呼吸生物について考えてみる。従属栄養生物は、その大本は独立栄養生物が固定したエネルギーを得ることで生活している。さて、独立栄養生物の中で最も捕食しやすいのは光合成を行う生物であるはずである。(なぜなら、他の炭酸固定経路と比較し、光合成では圧倒的に多くのエネルギーを得られ、その分繁殖にまわせるエネルギーも多く個体数が多いから。)光合成を行う生物を補食した際に最も多く得られる糖はグルコース(あるいはその多糖)であるので、やはり従属栄養生物もグルコースを呼吸反応の大本の基質にする経路がまず発達していき、他の糖をグルコースに変換する機構が後から付け加わったと考えられる。

A:「手に入りやすさ」が原因だと見るわけですね。面白いと思います。ただし、呼吸の起源と光合成の起源を比較すると、実は呼吸の起源の方が古いらしいことがわかっています。そうすると、光合成生物から出発して考える議論は、もしかしたら難しいかも知れませんね。


Q:今週の授業の中でMitchellの化学浸透説の話が出てきた。この考え方はMitchellによって提唱され、のちにJagendorfが実験により証明した説である。そこで、もし私が化学浸透説を証明しようとしたらどのような証明方法があるか考えてみた。まず最初に、ミトコンドリアもしくは葉緑体の膜をひっくり返して表裏逆にし、膜の外側と内側はプロトン濃度の高低の差があるだけで他の成分は同じという状況を作ってあげて、ATPがどこに作られるか観察する実験を思いつくだろう。化学浸透説が正しければ、膜を挟んで正常時と反対側に作られるはずである。ただ、膜をうまくひっくり返す方法がわからないのと、膜をひっくり返す作業により傷がついたりしてATP合成に何らかの影響がでることが予想されるため、実際にこの実験を成功させるのは容易ではないと考えられる。また、葉緑体のH+の能動輸送をするタンパク質に対応する遺伝子領域をノックアウトする実験もするだろう。ノックアウト細胞の葉緑体ではATPが著しく少なくなるだろう。しかしもしノックアウトするべき遺伝子が核以外の遺伝子だったらこの方法も困難であることが予想される。またATPが作れず、ATPを作っているのかどうかを調べられるようになる前に死亡する可能性もある。やはりJagendorfの実験が最も容易に対象への負荷を最小限にとどめて行える実験である。

A:実は、チラコイド膜の表裏をひっくり返すことは、界面活性剤を使うと簡単にできます。ただ、そもそも、プロトン濃度勾配によってATPができさえすれば、どこでできようとも化学浸透説は証明されたことになりませんかね?


Q:タンパク質の代謝では、アミノ酸からアミノ基転移酵素によって窒素が外されてクエン酸回路に入る。このとき外されたアミノ基はアンモニアとなるが、アンモニアには毒性があるため、窒素同化を行えない動物はこれを無毒化するか排出するかしなければならない。魚類や水棲の両生類はアンモニアのまま、陸棲の両生類や哺乳類は尿素に変えて水溶液(尿)として、爬虫類や鳥類は尿酸に変えて固体として体外に出している。
 魚類の場合は体のまわりが膨大な量の水であるため、アンモニアのまま排出してもすぐに薄められて、尿素や尿酸に変える必要性がなかったのだろう。しかし両生類が陸に上がって陸上動物となると、近くに必ず水があるとは限らなくなり、むやみに水分を体外に捨てるわけにはいかなくなった。腎臓などの機能が発達して尿からの水分の再吸収を行うようになると、アンモニアは体内で濃縮されてしまう。この問題をアンモニアを尿素に変換することによって解決する動物が現れ、これが現在の両生類や哺乳類の祖先になり、それがさらにアンモニアを尿酸へと変える仕組みを獲得して爬虫類や鳥類の祖先となったのだろう。水分を無駄にしないという点においては、哺乳類よりも爬虫類・鳥類の方が優れていると言える。
 しかし、アンモニアを尿素や尿酸に変えるためにはかなりのATPが消費される。体内のタンパク質や核酸を作るための窒素源としてタンパク質(アミノ酸)は必須の食物だが、上記のように代謝されてアンモニアを生じるのは、タンパク質や核酸の生合成のための分を除いた余剰分である。ヒトによる代謝では、炭水化物もタンパク質も1 gあたり4 kcalのエネルギーが得られるそうである。(この数字がアンモニアを尿素へと変えるためのコストを差し引いたものであるかどうかはわからないが…。)アンモニアがあっても問題ない魚類は別にしても、尿素・尿酸を作る動物にとっては、得られるエネルギーが同じであるのなら、糖に比べて危険性があり余計なコストのかかるタンパク質は、必要以上に摂取しない方がよいのではないだろうか。わざわざ食物を肉に限るなどしてタンパク質を多量に摂取することもないように思われる。
 魚類や水棲の両生類に比べて、陸上に生活する動物の方が全体に占める肉食の割合が明らかに少ないようであれば、タンパク質を多く摂取することはやはり陸上動物にとってデメリットが大きいということになるのではないだろうか。ただし、何を食物とするかというようなことは、その動物の食物連鎖の中での位置といった複雑な相互作用の中で決まっているので、判断するのは難しいかもしれない。

A:例えば人間の場合、エネルギー源として使用可能なものに糖質、脂質、タンパク質がありますが、エネルギーが必要な時に最初に分解されるのは糖質、次に脂質となり、それでもどうしても足りない時に最後にタンパク質が分解されます。これなども、上のような考え方で説明できますね。


Q:「動物はエネルギーを使ってアンモニアを尿素にして捨てる」一方で、「植物と細菌では窒素同化を行う」。ならば、動物が排出したアンモニアを原料に、植物・細菌がタンパク質等を合成して一部は動物に供給するという、共生系が存在すれば、効率は非常に良いはずだ。もちろん視野を生態系にまで拡張すれば一般に見られるが、個体レベルでは少ないらしい(調べた限りでは)。希少な例として、サンゴと褐虫藻の共生では、「褐虫藻からサンゴへの有機窒素の供給、サンゴから褐虫藻へのアンモニア態窒素の供給」という窒素リサイクルの可能性が、指摘されている。しかし例えば、窒素固定における植物と細菌等の共生系は、比較的多く見られる。なぜ、アンモニア再利用の共生系は少ないのか? 思考実験ではあるが、この理由を考えてみたい。
 可能性1:共生して節約するほど困っていない(=共生して得られる利益が相対的に少ない)。オルニチン回路では、アンモニア1分子を処理するのにATP3分子を消費するが、タンパク質代謝で得られるエネルギーに比べれば少ない?(タンパク質代謝を詳細に評価する必要あり)
 可能性2:もし窒素同化の反応が、オルニチン回路反応よりも遅ければ、「アンモニアの毒性」も理由になりうる(=共生はむしろマイナス)。窒素同化が遅ければ、処理待ちのアンモニアが体内で悪さをしてしまう?(毒性の強さ、各反応の速さを評価する必要あり)
 可能性3:動物が排出するアンモニアと、植物・細菌が利用するアンモニアは形態が違う(=そもそも共生が難しい)。いったん尿素などとして排出して、外界と反応してからでないと、植物・細菌は利用できないのかもしれない。(両者の反応経路を調べる必要あり)
 可能性4:進化がまだ到達していない(=まだ時間がかかる)。
 憶測ではあるが、おそらく2と3の両方が絡んでいるのではないかと予想している。ただ、「本当にアンモニア再利用共生系が少ないのかどうか」も含めて、きちんと調査する必要はある。

A:非常に面白いと思います。2に関しては、宿主と共生者の比率が適切であれば、問題は解決するように思います。また、3については、アンモニアはイオンなので、形態が違うというほど、いろいろな形を持たないと思います。タンパク質の場合、必須アミノ酸というのがありますから、それを考えると、一番相対的に少ないアミノ酸以外は、必ず過剰に摂取することになります。それらは、エネルギーが必要であろうとなかろうと分解してしまう必要がありますから、案外1が正しかったりするかな、と。僕も正解は知りませんが。


Q:動物が代謝によって発生したアンモニアを尿素に変換して捨てる理由について考える。アンモニアは毒性が高いため尿素に変換して毒性を低くして、排泄に必要な水の量を減らすためという理由が教科書などに載っているがアンモニアは水に大量に溶けるので少ない水でも大量に排泄できるのではないかと思う。また、血中のアンモニア濃度は腎臓で尿に排出するのと肝臓で尿素に変換するのとでは大して変わらないはずである。なぜアンモニアを大量に溶かした尿を排泄するのではいけないのか?まず尿はアンモニアを大量に含むとアルカリ性になると考えられる。これが腎臓の組織にダメージを与えてしまうのだろう。アンモニアにさらされても耐えられる様な構造はどうして作られなかったのかはわからないが、動物がアンモニアを尿素に変換して排出するのは血中のアンモニア濃度を減らすというよりは腎臓の負担を減らすためにやっているのではないだろうか。実際、水が豊富に得られる魚類はアンモニアをそのまま排出しており、アンモニアは低濃度であればそのまま排出しても腎臓にダメージはないと考えられる。

A:今回は、窒素代謝の話はほんのさわりだけで、話のついでに紹介しただけなのですが、レポートの話題としては割合と人気ですね。窒素代謝の部分(特に植物の)については、今後の講義の中で、野口先生からお話があると思います。