植物生理学 第2回講義

オルガネラのゲノムと葉緑体の起源

第2回は植物というものが、そもそも何であるかを把握するため、シアノバクテリアから藻類、そして陸上植物への進化と、オルガネラとしての葉緑体の確立について紹介しました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の講義で一番興味を持ったものは「ハテナ」です。ここではハテナの葉緑体について考察します。ハテナは藻類を取り込み、葉緑体を獲得します。しかし、葉緑体は1つなので分裂時に片方の細胞は葉緑体がなくなるのです。普通の植物の葉緑体は増殖するのでこの様なことはおこりません。なぜハテナの葉緑体は増殖しないのでしょうか?
 取り込む前の藻類は分裂を行っていたはずなので、ハテナに取り込まれることで分裂が抑制されたと考えられます。細胞分裂は周囲の環境、栄養状態などにより開始されます。ハテナ内の葉緑体は光合成をしますが、その栄養分をハテナが利用します。つまり、ハテナによって栄養分が取られたために細胞分裂が起こらないと考えられます。あるいは、ハテナの分裂のスピードが葉緑体の分裂スピードよりも速いために葉緑体を持たないハテナが生まれるとも考えられます。この場合、両方とも葉緑体を持つハテナに分裂することもあるはずです。

A:考察の最初の一歩ととしてはきちんと考えていると思います。ただ、ここで、ハテナの葉緑体だけでなく、普通の植物の葉緑体ではどうなっているだろう、という点と比較できると良かったですね。普通の植物でも細胞は分裂しますし、しかも、通常の場合、細胞の中に何十という葉緑体が存在します。そうすると、葉緑体の数はどのように制御されると考えられるでしょうか。そこを考えてから、もう一度ハテナに戻って考察できれば完璧です。


Q:カルビン回路の全ての酵素は葉緑体のストロマに存在し、カルビン回路における炭素固定の第一段階はルビスコが触媒している。高等植物において葉緑体でのタンパク質の合成はごく一部で、大部分は核での合成によるタンパク質を葉緑体へ移行することで補っている。ルビスコは大サブユニット(LSU)と小サブユニット(SSU)から構成されており、それぞれ葉緑体のゲノム,核のゲノムにコードされている。ルビスコが触媒反応を行うにはpH8付近でのCO2とMg2+による活性化が必要で、葉緑体のストロマ内で高い活性を発揮する。そのために、触媒部位をもつLSUは葉緑体ゲノムにコードされているのだと考えられる。しかし、何故SSUは核のゲノムにコードされているのだろうか。複合体の安定化や触媒効率の増加に働いているなら、その働きを行うには核の方が有利だからだと考えられる。核の方が有利となる理由には、至適pHの違いによるもの,光照射の影響によるもの,LSUに比べてSSUが小さいことによるもの、等が考えられる。LSUとSSUを協調させずに、片方の機能を封じたまま植物を生育させ それによる変化を調べれば、SSUの働きと それぞれをコードするゲノムが異なる理由を明らかにできる。
参考文献:”光合成の科学 東京大学光合成教育研究会編” , 東京大学出版会 , p.122-125.

A:葉緑体のタンパク質は、葉緑体に輸送されて働くのですから、特に触媒サブユニットといっても核にコードされていては困る、ということはないように思います。「核の方が有利となる理由には、至適pHの違いによるもの,光照射の影響によるもの,LSUに比べてSSUが小さいことによるもの、等が考えられる」という部分もよくわかりませんでした。これは、何のpH、何に対する光照射の影響、SSUが小さいことがなぜ理由になるか、などがわかりません。一つ一つの言葉の意味を充分に考えてレポートを書くと、論理が通ったレポートになります。


Q:今回の授業で、葉緑体やミトコンドリアの元になる祖先が共生したら、膜が二重になるはず、というところに疑問を持った。なぜ、共生したら膜は二重になるはずを断言しているのか。結果的にミトコンドリアや葉緑体は二重膜になっているし、内膜と外膜の組成が違っているからそれで説明はつくのだろうが、葉緑体などの元になる祖先シアノバクテリアが、細胞中のリソソームなどのように一重膜、つまり他の生物がそのままの形でオルガネラになることはありえないのだろうか。細胞膜の外にあるペプチドグリカンなどからなる細胞壁はリゾチームによって分解されてしまうが、調べてみたらリゾチームは、卵白や涙に含まれていて生物が病原体から身を守る働きを持っているが、細胞質気質中に含まれているわけではないので、シアノバクテリアが、とある細胞内に細胞内小器官として入ることができたら細胞壁を壊されることなく共生できたのではないか。したがって、共生したら膜は二重になるはずと断言することはできず、共生したら膜は二重になると考えると、葉緑体の起源を説明するのに都合がいいとするべきだと思う。

A:これは、論理としてはペプチドグリカンからなる細胞壁が壊されなければ三重の膜が残ったはずだ、ということでしょうね。一つ考えなくてはいけないのは、細胞壁は細胞膜ではない、ということです。細胞膜というのは脂質の二重層からなる生体膜の一種ですが、細胞壁は名前は似ていますが、細胞膜とは全く異なる構造体です。また、講義の中でも紹介しましたように、灰色藻類では二重の膜の間にペプチドグリカンの層が見られますから、構造体としては三重の構造を持ちます。ただ、この場合にも、三重の「膜」を持つとは言えないでしょう。


Q:今回の講義ではオルガネラと共生について詳しく学びました。その中で一番納得できたのが、オルガネラの存在意義が生体膜を増やすためである、ということです。生体膜ではいろいろな重要な生体反応が行われていますが、その中でも特に重要なのが生きていくのに必要なエネルギーであるATPを合成することだと思います。宿主の限られた生体膜の表面積をどのように増やしていくか、と考えると共生することはとても効率がいい方法だと思いました。また、さらにこの効率を上げるためにはどうすればいいか考えたところ、小さな細胞をたくさん共生させることがひとつ上げられると思います。理由は、共生する細胞が小さければ小さいほど、取り込んだ場合に宿主の細胞表面とオルガネラを取り囲む膜の和である全体の生体膜の表面積の増加に対してオルガネラの体積の増加度が小さくなるからです。共生させる細胞数が多いほど、生体反応に利用される膜の表面積が多くなり、ATP合成量が増加して宿主側にとって有益であると考えました。そのためには宿主の細胞は体積も限られているため小さい細胞を取り込むのがベストだと思います。

A:これは面白い考え方ですね。藻類の葉緑体は、通常数が少なく、細胞1個に葉緑体1個ということもあるのですが、陸上植物では通常、細胞一個に数十の葉緑体があります。このような事実も、もしかしたら表面積の議論で説明がつくかも知れませんね。


Q:葉緑体やミトコンドリアといった細胞のオルガネラが真核生物と共生関係を持つにあたって,なぜ各オルガネラが自身のもつゲノムを真核細胞膜に移行させる必要があったのかに疑問をもった.転写効率の点から考えてみると,もちろん原核生物であるオルガネラと,真核生物である細胞核の転写システムは異なっている.そのため,オルガネラは自身の遺伝子を真核細胞核に移行させて,同一の転写システムに一本化されることよって各々のオルガネラに必要なタンパク質を産生したほうが転写効率的観点からして良い,と思われる.だが,実際はそんなにすっきりとしておらず,葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ独自のDNAをおおよそ全体の10分の1程度持っている.これは何なのか.あくまで推論に過ぎないが,仮に真核細胞が転写の1本化を目指していたとして,このオルガネラに残ったDNAは転写効率を差し引いてもどうしても残る必要があったと考える.ここで,翻訳されたタンパク質の輸送に注目すると,原核生物と違って真核生物では細胞の複雑化に伴いオルガネラも多く,DNAが細胞質にあるわけではないのでDNAとオルガネラは距離的にも遠い.翻訳されたタンパクはそれぞれ的確な場所に運ばれなくてはならず,その輸送関係でなんらかの障害(物理的or化学的)がありどうしても自身で合成しなくてはならなくなったのではないか.

A:このレポートは問題点をきちんと定義して、それに基づく議論を後半やや抽象的とは言え展開できています。立派なレポートだと思います。


Q:今回の講義では共生について学び、その中でも私は「ハテナ」に興味を持ちました。ハテナが藻を取り込むのには何かメリットがあるからだと考えられますが、では何故分裂によって藻を持たないものと持つものに分かれるのでしょうか。ハテナは藻を取り込むわけですが、取り込んで自分の一部とするわけでないため、ハテナ自身とは別固体として扱われ分裂の際に一緒に分裂する事ができないのでないかと思われる。では何故一緒に分裂できるように進化しなかったのでしょうか。ここで考えたのがハテナは種を残すために分裂をしているのではないかということです。葉緑体を持たないものが出来るという事は、未来にハテナのDNAが残されていくということです。つまり種の保存です。逆にもう片方は、進化の可能性が広がっています。藻以外のものを取り込むことがあれば、別な生物となります。これが現在より良い共生であれば、共生相手が変化するかもしれないです。また、葉緑体のDNAは生物によって異なるため、より良い葉緑体を得ることも可能となります。だからハテナは、葉緑体を持つものと持たないものに分裂するのだと考えました。

A:このレポートは、ハテナが分裂した細胞の片方にしか葉緑体を持たない理由を、多様性に求めた点がユニークで、これだけでレポートの価値があると思います。「目の付け所」で成り立っているレポートと言えるでしょう。


Q:通常の藻類の葉緑体と非光合成藻類の色素体、さらにアピコンプレクサのアピコプラストのゲノムサイズを比較すると、通常の藻類の葉緑体の方が非光合成藻類の色素体より塩基対数が多く、アピコンプレクサのアピコプラストは一番少ないという結果があった。これより、光合成で得るエネルギー量と塩基対数の関連性について考察する。通常の藻類の葉緑体のDNA量は他のものと比べるとかなり大きいことから、光合成を重要視していることが推測できる。しかし、非光合成藻類の色素体はDNA量が少なくなっているが完全になくなったわけではない。さらにアピコプラストもDNA量はかなり少なくなってはいるが決してゼロではない。これは構造を維持するだけではなく、光合成のほかに何か機能しているのではないか、例えば光合成ではグルコースが生成されてそれがエネルギー源となるが、それ以外にも何らかの生成物があるのではないかと思われる。そのように考えると、非光合成藻類の色素体、アピコンプレクサのアピコプラストのDNA量がそれなりに残っていることに対して説明がつくのではないかと考えられる。

A:これも、葉緑体のゲノムサイズから、その機能を推測しようという論理が良い点だと思います。実際、色素体では、光合成以外にも脂質の代謝などに重要な役割を果たしています。


Q:植物の系統樹において、光合成生物と非光合成生物が混在していることについて考察する。もしある程度系統が分かれてからそれぞれのグループにおいて独自に光合成能力を獲得したのなら、こうも同じ機構をバラバラに発達させることなどあるのだろうか。また、バラバラに獲得した能力であるなら、光合成ほど効率的ではないにしても、光合成と同じようにグルコースを生産する機構が他にもあるのではないか。これらのことを確かめるための実験として、始原細胞により近い細胞を用いて、光合成能力が獲得されたであろう時期の地球に見立てた環境下で細胞を培養し、光合成能力またはそれに似た能力を獲得するかどうかを調べる、というものを考えた。最終的な結果が得られるのには時間がかかりそうだが、少し進化の進んだ細胞を用いたり、環境を劇的に変化させることで何かしらの結果は得られると思われる。また、もう一つの可能性として、例えば大腸菌の持つプラスミドのように、光合成という能力の情報だけがゲノム遺伝子とは独立して他の細胞に移動することで他の系統にも広がったのではないかというものも考えられる。
 質問です。400字程度とあったので短くまとめようと思ったのですが、ホームページに載っていたものには結構長いものがありました。400字を大きく上回っても減点にはならないのですか?

A:講義の内容が完全に伝わらなかったようですが、光合成が進化したのは1回(つまり光合成の起源は1つ)だと考えられます。一方で、できあがった光合成が葉緑体のかたちで二次共生を何度もしたので、そのために、系統樹の上で光合成生物と非光合成生物が混在するようになったのです。
 レポートの長さはあくまで400字「程度」なので、400字「以下」ではありません。数十字といったあまりに短いものはちょっと困りますが、長い方は特に問題はありません。


Q:オルガネラ内に存在するDNAのがどのように遺伝するのか疑問に持ったので調べてみた。オルガネラは細胞質遺伝という方法で形質が受け継がれ、雌親の形質がそのまま子に伝えられていることがわかった。このような方法でオルガネラのDNAが伝えられるということは、無性生殖と同じようにDNAが伝えられるということである。ではなぜこのような遺伝方法をとっているのか。有性生殖の利点は遺伝子に多様性が生むことができるということである。つまり、無性生殖と同じように親から子へそのまま伝えられるオルガネラのDNAには多様性が必要とされていないと考えられる。このように考えたのには二つの理由がある。ひとつはオルガネラの役割は光合成や呼吸と決まっているので、それらの働きを維持するための遺伝子に多様性は必要とならず、逆にぶれがあっては困るであろうという考えである。もう一つの理由は、講義中にも述べられていた、葉緑体の遺伝子移行という現象の存在である。遺伝子移行によって、多様性の必要な遺伝子は核に移すことによって細胞質遺伝の不利な点を解消することができる。オルガネラのDNAを取り出し、その中の遺伝子の機能を確かめることによってこの考えの真偽がはっきりするであろう。
参考文献:ミトコンドリアDNA複製の常識の一端が覆る- ミトコンドリアDNA複製開始には遺伝的組換え開始と共通の装置がはたらく - http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2006/061205/detail.html

A:単に、オルガネラが無性生殖をする、ということを調べただけでなく、その意義まで考察したところが、このレポートの良い点ですね。ただ、「ぶれがあっても困る」のは多くの生命現象でも同じでしょうから、なぜ、光合成と呼吸だけが、という点をもう一息考察できると完璧だと思います。


Q:今回,疑問を抱いたのは生物のゲノムの数に関して,クリプト植物などの藻類は何故4つのゲノムを持つのか。また,4個ゲノムを保持する事の意義とは何かという点です。そもそも,藻類などに特有のゲノムであるヌクレオモルフは,クリプト藻類においては,その由来である紅藻類に近縁の真核生物が他の真核細胞に共生し,ミトコンドリアを失い,萎縮した核(と葉緑体としての光合成能)が残ったものだと考えられています。ヌクレオモルフには転写,スプライシング,翻訳といった遺伝子発現に関する機能があります。また,繊毛虫はこのクリプト藻類を共生させて哺乳類草食動物の胃の中に6ゲノム生物として存在し,体内でのセルロース分解の役割を担っています。以上の事から推測するのは,繊毛虫は細菌であり動物にとってはあくまで毒物であるため,体内にはごく微量にしか存在できないという条件があり,その中でより効率よくセルロース分解を行うために,少ない個体数でもそのゲノムの数でウィークポイントを補っているのだと思います。さらにその影響でクリプト藻類も,より多くのゲノムを保持する事が有利となるために進化したのだと思います。

A:これも、なかなかユニークな点に着目したレポートです。ゲノムの数が多い方が生存にとって有利なのかも知れない、という仮説ですが、論理自体はちょっと弱いかも知れません。「体内にはごく微量」というときの微量というのは必ずしも意味がわかりませんし、個体数が少ない時にゲノムの数が多いとどのようなことが起こるのかの具体的なイメージもつかみづらいように思います。ただ、着目点がユニークであるだけでもレポートとして価値があると思います。


Q:生物の分類で昔は動物界と植物界の二つの界に分けられていた二界説であったが、現在はホイッタカーが提唱した五界説が主流となっていることは高校の授業で教わったが、今回の講義で「生物界の認識と変遷」で五界説が出てきて、真核生物では動物界、植物界、菌類、原生生物界の4つの界に分けられているのに対し原核生物はモネラ界のみなので、モネラ界についてさらに分類ができると思い、以下にまとめてみる。
 原核生物は細胞壁をもつ生物が主流であるが、例えばwebによるとマイコプラズマという原核生物は細胞壁がない構造をしており、他の原核生物とは構造は異なる。また栄養摂取の方法も異なると考えられる。例えばラン藻類のように光合成能力がある生物は光によってエネルギーを得ている。一方、マイコプラズマは葉緑体を持たないので異なった栄養摂取の方法だとわかる。ホイッタカーの五界説は主に栄養摂取の方法によっても分けられていると書かれてあったので、このようにみて見るとモネラ界も細かく分けることができると考えられる。このように同じ界に属しても1つ1つ調べていくと大きく異なることがわかる。そして現在はDNAやRNAの構造を昔よりはるかに簡単に調べることができるためその生物の系統を調べることができるのことにより、より詳しく原核生物の分類ができると考えられる。

A:モネラ界をさらに分類する、ということ自体は面白いと思います。ただ、マイコプラズマが良い例かどうかは、また話が別かも知れません。植物の中にも寄生植物がいて、そのエネルギー獲得様式および形態は、通常の植物とは大きく異なります。しかし、これは、寄生という生活様式によって変化したものであり、分類群として植物と寄生植物を分けるのは、あまり適切ではないように思います。その場合、マイコプラズマも同様ではないでしょうか。