植物生理学 第3回講義

生体のエネルギーと代謝

今回は、基質レベルのリン酸化、酸化的リン酸化、発酵、といったATPを合成する仕組みを中心にエネルギー代謝の話をしました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:植物は呼吸をし、光合成をしている。光合成と呼吸は似ているにも関わらず我々は光合成をする事ができない。一般的に人間は全生物の中で1番優れていると思いがちだがそうではない。植物から得た成分を用いた薬は多くの人間の命を救ってきた。それらの植物を絶やしてしまう事は我々にとって大きな損害だ。植物と違い、我々は自らエネルギーを作り出す事ができないのだ。我々は多くの植物の力を借りてこの世に存在している事を忘れてはならない。

A:これは、別に間違っていることを言っているわけではありませんが、レポートとは言えませんね。第1回の講義で最初に言った、レポートの評価のところをもう一度読んでみてください。


Q:今回の授業で特に興味を持ったのがATP合成酵素の回転とPathway解析の二点でした。僕は特に関心を強く持ったMetabolic Pathways(代謝経路)について調べました。現在分かっている限りでも生体内の代謝(化学反応)はおびただしい数が存在します。僕らが深く習っている糖新生はTCAcycleですら生体内のごくわずかな反応経路だったのです。しかも酵素数の数も無数に存在し、あたかも生体内の反応はいくらでもつぶしが利くようになっています。ところがたった1つまたは2つの酵素が欠損しただけで、生体は異常をきたしてしまいます。例えばフェニルケトン尿症では『フェニルアラニンヒドロキシラーゼ』や『ジヒドロビオプテリンレダクターゼ』と言った酵素のどちらかが欠損するだけでフェニルケトンをチロシンに変えることが出来ず、その結果、精神遅滞や頭髪・皮膚の色素低下が現れます。代謝経路は『それぞれが補うように重複された反応機構』ではなく『各経路ごとに役割を担ったつぶしの利かない反応機構』のように思えます。そう考えれば、過度な生体反応が起こるときのフィードバック機構などの体内調節も一対一(経路1つに対してフィードバック経路1つ)や一対二(経路1つに対してフィードバック経路2つ)に抑えて簡易化できます。生体反応は最小限の経路で最大限の活用を出来るように調節しているようです。

A:いわゆる代謝マップというのを見ると、全体では網の目のようになっていますが、所々に結節点のような、反応が集中している部分があります。おそらく、代謝系は、網の目によって一部の酵素の欠失が起こってもあまり影響を受けない部分と、結節点のようなそこを変化させると全体に影響の出るような部分を両方持つことによって、安定性と制御可能性の両方を獲得しているのではないかと思います。


Q:今回の講義を聞いて発酵と呼吸について考えてみた。発酵と呼吸は酸素を必要とする、しないの違いがあるがともに解糖系を用いるなどの共通点がある。このことからこの二つはもともとが同じ起源であると予測できる。また、発酵をメインに使うのは酵母や乳酸菌のような下等生物ぐらいで、高等生物では基本的に発酵ではなく呼吸が用いられている。これは、現在の地球の環境では酸素を必要としないがエネルギー産生効率の低い発酵よりも酸素が必要だが効率の高い呼吸のほうが生存に適していて、それに合わせて生物が進化してきたことを示していると思われる。そして、現在の大気中の成分に含まれる多量の酸素を生み出したのは光合成である。よって、発酵は光合成が始まる前から行われ、光合成の出現によって地球環境が激変した後に発酵から呼吸が出現したのだろう。ここで、呼吸は発酵から出現したと推測したが、仮にそうならば発酵するだけの生物は存在しても呼吸するだけの生物は存在しないかとても少ないのではないだろうか。なぜなら、呼吸はほとんど発酵の経路に新しい経路がくっついただけのものだから、呼吸する生物の中には発酵の経路がほぼ保存されているため、簡単に発酵が起こりうるからである。

A:確かに、呼吸には酸素が必要で、酸素は光合成によって作られたわけですから、呼吸よりも光合成の方が古そうに思えます。しかし、生物の中での分布を見ると、どうも呼吸の方が起源が古そうなのです。ここで言う、呼吸というのは、解糖系の部分だけではなく、電子伝達の部分も含めたものです。今回の講義でやったように、別に酸素がなくても、電子伝達によって硝酸などを酸化剤としてエネルギーを得ることができます。エネルギー代謝の起源を考えるのは実はなかなか難しいのです。


Q:今回の講義で一番印象に残ったことは、植物も光合成する部分以外の根っこでは発酵を行う、ということです。そこで今回はなぜ植物が根っこで発酵を行っているかについて考察します。植物は主に光合成によってエネルギーを得ているはずなので、本来ならば発酵を行う必要性はないはずです。にもかかわらず発酵を行っている理由として、光合成だけでは植物の生命の維持に十分必要なエネルギーが賄えないので、補助的な役割として発酵を行っているのではないかと考えました。しかし植物にとって光合成の出来≒成長というぐらい主要なエネルギー源であり、はたして根っこだけで行う発酵でエネルギーの補助ができるかどうかは疑問が残ります。そこで、日中、常に日光のあたる場所に生えている植物と、あまり日光にあたらない場所に生えている植物との発酵によりうみだすエネルギー量を比較すればいいのではないかと思いました。

A:エネルギーというのは、個体全体である一定量あればよい、というものではないのです。植物は葉の葉緑体で光合成をしてエネルギーを得ています。では、葉以外の部分の細胞はどうしているでしょうか?1つの可能性は、葉っぱからATPの形でエネルギーを送る、もう1つの可能性は、糖などの光合成産物の形でエネルギーを送る、というものです。それぞれ、どのようなメリットデメリットがあるかを考えると、上のような疑問は解決すると思います。ヒントとしては、全ての細胞は葉であれ根であれ、ミトコンドリアを持っているという点です。


Q:今回の講義は代謝というテーマで扱われていたが、私としては前期のちょうど3回目で聴講したかったと思う。スライド形式で代謝に関することがとてもコンパクトに収められていたが、そこに書いてある単語はどれもがキーワードだった。糖や脂質やタンパク質は体内に入ったら吸収されなければならない。高校生のとき体内でタンパク質がアミノ酸まで分解されて、そのあとそのアミノ酸が自身の体を構成するタンパク質に合成されることを知らなかった。解糖系はグルコースを分解する過程でエネルギーを獲得する。クエン酸回路はあらゆるものが分解されて得たアセチルCoAからスタートしてひとつの回路として回り続ける。そのあと電子伝達系と呼ばれるところで酸化的リン酸化が行われて大量のエネルギーを獲得できる。糖の燃焼には高温が必要だが生体内では高温を必要とせずに酵素の力だけで完全燃焼できる。これは科学のなかでもっとも注目されるべきところだと思う。酸化還元電位のスライドで0.06などの具体的数値が出てきたが、これらの式を導き出した科学者を尊敬したい。しかし-2ATP+4ATPトータルして解糖系において2ATPが産生されるという考え方はどのようにして生まれたのだろう。顕微鏡をみていてわかったことなのか。酵素による触媒効果とはどういった点で活性化エネルギーを小さく抑えているのだろう。複雑すぎるのか自分の勉強不足なのかわからない。先生、このへんのことについて知るのにはどういう本を読めばいいのか教えてください。

A:最後のこの辺のところ、というのは、代謝について、ということでしょうか、それとも酵素の化学反応論について、ということでしょうか。どちらでも、まずは、基本的な生化学の教科書から出発するのが一番でしょう。昔だと、コーン、スタンプの「生化学」などが有名で、あとはヴォートの「生化学」などでしょうか。


Q:ATP合成酵素内をプロトンが通過するエネルギーを利用してATPを合成する。そのとき,プロトンが通過する“穴”が大量のプロトンや他の分子が詰まって,使えなくなることはないのかという疑問を持った。実際,酵素は滞りなく働いているので,“穴”は詰まらないと仮定し,“穴”が詰まらない原因を考えた。まず,“穴”を作るタンパクが電気的に負電荷を帯び,プロトンを引き寄せ,電気的に中性な水や陰イオンを排除しているのではないかと考えた。これを確かめるためには,チラコイド内腔にどのような物質が含まれているのか分析し,プロトン以外にどのようなイオンが含まれているか調べる必要がある。次に,“穴”の大きさでプロトンを選択しているからと考えた。“穴”の直径がプロトンしか通らないくらいの大きさならば他のプロトンよりも大きな物質は通ることはできない。文献によると,水素原子の直径は50Å(wikipedia,“水素”),“穴”の半径は55Å(“ヴォート生化学 上 第3版”,東京化学同人,2006,P647)より,プロトンがほぼ通過できる大きさであるといえる。他の分子は水素よりも大きいため,入り込むことはできないと考えられる。

A:ATP合成酵素に関するレポートはたくさんあったのですが、「感想」の域にとどまるものが多かったのが残念です。その中で、このレポートでは、ある程度、調べた結果とそれに対する考察が対になっているのが目を引きました。


Q:今回の講義で、「代謝反応と燃焼の比較」のところで呼吸による糖の分解と糖の燃焼について、糖の分解が呼吸によるとき、反応は少しずつ反応し糖も少しずつ異なった物質になって分解される。これは糖の持つエネルギーを最大漏らさず使うためのものでありそれぞれの段階で、反応することで、その時発生する熱により人の体温が作られているのではないのかと考えた。これを基に考えると運動時にはATPの分解以外にも糖の分解などにより、発生する熱量が上がるため体温が上がるが、非運動時は、筋肉による発熱などを考えなければ、人の体温は個々人の代謝能力によると考えられると思った。

A:今回、このレポートも含めて、運動時の体温の上昇と、代謝の速度を考えたレポートが複数寄せられました。しかし、考えてみると、通常、36度の体温の人が運動をしたとしても、体温の上昇は、せいぜい1−2度でしょう。例えば、体温が40度を超したら、運動どころではないことになります。恒温動物の場合、体温の変化が代謝に与える影響は、0ではないですが、それほど大きくはないと思います。動物の重要な性質として恒常性があります、この点については、植物は全く別の戦略を取ります。動物と植物の環境応答の違いについては、あとの方の講義でもう一度取り上げます。


Q:今回の講義で一番感じたことは、生物はよくできているなぁ、ということだ。効率よく合理化されている。人為的にではなく、自然に生物が進化してきたことを考えると、命への畏れというものをまじまじと感じた。また、完璧に合理化されていないようなところを見ると、まだまだ進化の途中なのではないかと思った。 トピックとしてはATP合成酵素に興味をそそられた。疑問に思ったのが、濃度勾配からATPが合成されるまでのエネルギー収支だ。水素イオンの濃度勾配エネルギーを、酵素の回転機構を用いてADPと燐酸からATPへ変換するというが、酵素が回転することによって無断なエネルギー消費を生んではいないのであろうか。熱力学第二法則を考慮すれば、完璧にエネルギーを別の形態へと変換することは不可能である。しかし果たしてこの回転触媒構造がエネルギー損失を最少にする合理的構造なのであろうか。具体的エネルギー値や解答を見つけることはできなかったが、予想となる情報が見つかった。ファインマンによるブラウン・ラチェット機構だ(wikipedia)。これと類似の仕組みが、細胞膜上でイオン勾配に逆らってイオンを能動輸送しているイオンポンプなどで実現されているらしい。運搬されるイオンは電位勾配の他に分子衝突によるブラウン運動を行なっているおりイオンポンプのタンパクであるトランスポーターは化学的に作用するエネルギーにより形が絶えず変化して、偏ったポテンシャルをつくり出しては消している。これによってランダムな運動を利用しつつ、イオンポンプはイオンを勾配に逆らって運搬すると考えられている。故に、主に運動エネルギー(ブラウン運動)により酵素の回転が起こり、電位勾配がATPのエネルギーへと変換されると考えられる。よって、ATP合成酵素は、濃度勾配エネルギーがATPの結合エネルギーへとほぼ変換され、エネルギー損失は少ない構造となっていると考えられる。

A:ブラウン運動を利用したポンプというのは、発想からして面白いですよね。最近は、ATP合成酵素の回転の例からもわかりますように、生化学的な現象を一分子観察することが可能になってきました。今まで、何千・何万という分子の平均値しか見ることができなかったのに対して、一分子で見る世界はだいぶ変わってきそうです。これからの重要な研究トピックの一つになるでしょうね。


Q:酸化的リン酸化の図において、講義で「ユビキノンの別名はコエンザイムQ10である」と知り、現在サプリメントや化粧品などで耳にするこのコエンザイムQ10に興味をもちました。そして、コエンザイムQ10は肌に良い効果があるとよく聞くので、いったい身体の各部分にどのような割合で存在するのか疑問に思い、調べ考察してみることにしました。まず、結論から言うとユビキノンの多い順に、心臓、腎臓、肝臓、筋肉、膵臓、脳、肺、皮膚である。そして、ユビキノンの組織内濃度は心臓では約120μg/g、腎臓は約80μg/g、そして、皮膚は約2,3μg/gである。よって、ユビキノンが化粧品に配合される理由は、肌には少ないからだと言う事がわかる。また、生物はATPというエネルギーにより活動しているといえる。そして、このATPを合成している場所がミトコンドリアであり、その中にユビキノンが存在している。ユビキノンは補酵素で、ATPの合成における酵素の働きを助け生産能力を上げている。逆に、ユビキノンが不足すると、エネルギーの産生も止まってしまうと考えられる。よって、ユビキノンの組織内濃度が高い組織で多くのエネルギーが産生していると考えられる。つまり、このユビキノンの濃度が高い組織で多くエネルギーを必要としているのではないかと考えました。したがって、生きるうえで最も重要な心臓で一番ユビキノンの濃度が大きいのではないかと思いました。

A:誰かがユビキノンと化粧品の関係を論じてくれるのではないかと期待していました。でも、このレポートともう一通だけでしたね。エネルギー生産とユビキノンの関係についてはよいと思うのですが、逆に言うと、肌に少ないのは、エネルギー生産の必要が少ないからだ、ということになりませんか?とすると、それを理由に化粧品に配合するのはおかしな気が・・・。あと、ユビキノンは多くのビタミンと違って体の中で合成可能です。そうすると、もしそれが体に本当に必要なら、自分で作るでしょう。そのあたりも含めて議論して欲しかったと思います。


Q:今回の講義で私が興味と疑問を抱いたのは、代謝反応と燃焼の比較についてです。生物が利用している代謝反応は波の形を取りながら、少しずつ糖を分解しているのに対し、糖の燃焼は活性化エネルギーが大きい代わりに一回山を越えるだけで済むことがプリントを見ても分かります。そこで生じた疑問なのですが、ヒトのように体温が安定している恒温動物ならば波の形をしたグラフになって当然だと思います。しかし変温動物の場合は少し勝手が違うのではないでしょうか。例えば砂漠に住む爬虫類には40℃を越える環境にいるものもあります。体温は1℃違うだけでも大きな違いに感じます。しかし100℃なんて高温に耐えられる生物がいるとも思えないので控え目に言いますが、限りなく“燃焼”の形に近いのではないでしょうか?そして、より燃焼の形に近くなった生物というのは、体内で起こる細かい分業が不要になり色んな器官が退化してゆくのでしょうか?その2点が主に疑問に思ったことでした。採用されるレポートが少ないなら、答えていただけると幸いです。

A:反応を複数のステップに分ける意義として、活性化エネルギーの低下の他に、発生したエネルギーを熱にしない、という面も説明しましたよね。エネルギー代謝の目的は、エネルギーをATPなどの形に変換することです。ですから、たとえ、活性化エネルギーのバリアを超えて反応を進めることができたとしても、結果としてエネルギーが全て熱になってしまったら何の足しにもならない、ということです。あと、初回の講義の際に言ったと思いますが、オープンクエスチョンの形で終わっているレポートはあまり評価しませんので、まずは、その疑問の答えを自分で考えるようにしてみてくださいね。