植物生理学 第2回講義

オルガネラのゲノムと葉緑体の起源

第2回はオルガネラの共生説を中心で、オルガネラが独自のゲノムを持つことや葉緑体やミトコンドリアの祖先生物の推定についても触れました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:細胞は、その働きを器官ごとに分化させたほうが効率的である。そのため葉緑体は光合成を行う「場」を提供し、自身の遺伝情報を細胞核に移行させて細胞内での機能の分化を図ったのであろう。葉緑体ゲノムのほとんどは細胞核に移行してしまっている。しかしなぜ一部の遺伝子が未だ葉緑体に保持されているのだろうか。ホストにシアノバクテリアが共生したとき、細胞内での機能の効率化をもとに遺伝子の9割を移行させたのだろう。しかし残りの1割はどうだろう。これは、光合成を行うのに非常に重要な遺伝子だったのではないかと考えられる。なぜなら、遺伝子の移行にはリスクが伴うからである。遺伝子が移行するということは核のゲノムに葉緑体のゲノムが組み込まれるということであり、これは必ずしもうまくいくとは限らない。組み込まれる位置の如何によってはコドンの読み枠がずれ、正確なタンパク質を合成することができなくなってしまう。そのため、初期の時点では重要な遺伝子は核に移行させなかったのではないかと思われる。これはルビスコという光合成にとって重要な遺伝子が核と葉緑体にちょうど一対一に二分されていることからも分かる。ではなぜその後も遺伝子の移行が起こっているのだろうか。それはやはり細胞内の効率化に尽きるだろう。しかしその後の変化は生物そのものが進化するのと同じようなペースで起こっており、遺伝子の移行というのがそれだけ危険性の高いものであるということを示しているのだと思われる。

A:確かに遺伝子の核への移行というのには、危険が伴うでしょうね。でも、それだけだとルビスコのように1つの機能分子の一部を核に、一部を葉緑体にコードするというのは説明できない気がするのですが。


Q:原核細胞の細胞膜はエネルギー代謝にかかわるが、真核細胞ではそれをミトコンドリアに任せることで細胞膜の働きを軽減している。これによってより多くの物質を行き来させることだけでなく、細胞間の情報伝達までも可能にした。しかしそれらの働きを可能にしたミトコンドリアがいなければ、大量に蓄積が開始された酸素の中で原始的なそれまでの嫌気性生物が生き延び真核生物へ進化していくことはなかったであろう。そこで共生説についての疑問で、クリプト藻類の説明から明らかに真核生物に70Sの原核が共生したものが、さらに二次共生している生物が発見されているのに未だに仮説なのはなぜですか?共生した葉緑体が、DNA量を減らし宿主に依存するまでの過程が見つかっていないからですか?

A:まあ、仮説といっても、現在の生物学者のほとんどは信じていると思います。ただ、進化というのは実験的に「証明」するのが難しいですからね。シアノバクテリアを人工的に共生させたら葉緑体に変化した、なんていう実験ができたらすごいでしょうけれども。


Q:私は渦鞭毛藻に興味を持った。特に、光合成を行うものと、従属栄養を行うものの2種類がいることに興味を持った。なぜ2種類いるのか。
 これは体細胞分裂を行う時に2種類できたのではないかと考えられる。もとは葉緑体を持っていた渦鞭毛藻が、細胞分裂をして、葉緑体を自分の中にとり入れることができた娘細胞と、そうでない娘細胞が生まれたと考えられる。そして後者は、たまたま環境が良かったりして、従属栄養でも生きていけたのかもしれない。
 細胞分裂の際、オルガネラが紡錘糸のようなもので引っ張られて分かれるということを、私が知らないだけかもしれないが、聞いたことがないので、前述したようなことも起きないとも限らないと思った。実際オシロイバナの斑入りの葉は、細胞分裂で葉緑体を得ることができなかったために、白くなる部分ができると聞いたことがある。だから、マラリアのように葉緑体が退化したものもいるかもしれないが、もとは光合成能力があったが、分裂がうまくいかずに、それを失ってしまったものもいないとは言えないと思った。

A:藻類の中には、一細胞1葉緑体のものがあり、その場合は、細胞分裂と同時に葉緑体も分裂して娘細胞に受け継がれます。恥ずかしながら、渦鞭毛藻の分裂様式はよく知りません。なかなか視点が鋭いですね。


Q:今回の講義で最も興味深く感じたところは、オルガネラゲノムから細胞核への遺伝子移行についてである。このような移行が起こった原因として、宿主細胞核によって細胞全体の一括コントロールを行おうとした結果であると考えられる。葉緑体やミトコンドリアは呼吸や光合成を行うため、宿主にとって非常に有用ではあったが、それらが完全に独自の転写・翻訳を行っていたのでは、その能力を十分に細胞のために使うことができない。そこで、葉緑体やミトコンドリアの遺伝子の一部を細胞核内に移行させることで、その遺伝子発現を制御し、それらの能力を必要なときに必要なだけ使えるようにしたのだと考えられる。

A:そのように見ている人は大勢いますね。そこから一歩進んで、逆にオルガネラの側が宿主の核を支配することはできなかったのか、と考えてみるのも面白いかも知れません。


Q: 葉緑体は植物細胞の中に、ミトコンドリアは動物細胞の中に共生体として現在存在しているが、動物細胞に葉緑体が共生していてはどうなるのかということに考えてみました。まず、植物の色素の元が葉緑体であるため、動物の皮膚も緑色に近い色になると思われる。そして葉緑体の働きから、光合成によってエネルギーを生産するため、飢餓の状態でも生存できる期間が延び、さらに、人間のような高等動物は補因子であるビタミンを体の中で生産できないが、植物の性質を持つことで、ビタミンを生産できるようになり、健康状態が向上し、寿命も延びるのではないかと思います。

A:昔懐かしい萩尾望都が書いた「11人いる」というSF漫画の名作にそういう話が出てきましたね。


Q:今回の講義で改めて思ってたのは高等といわれる植物はどうしてクロロフィルaとbしか持たないのか、ということです。どうせならクロロフィルabc、すべて持っていればより効率的に可視光線を利用できるのではないかと思います。紅藻類はクロロフィルaをもち渦鞭毛藻はクロロフィルacを持ちます。クロロフィルaはどの植物も持つことから、植物が最初に獲得したクロロフィルで、そのあとにb、cと変化させていったのではないかと考えられます。しかしやはり高等植物がクロロフィルabしか持たないことがわかりません。クロロフィルcをもつのは、水中に生息する渦鞭毛藻やケイ藻類です。水中においては吸収できる可視光線が異なるからクロロフィルcをもつ、ということなのでしょうか。そうならば比較的深い海域に住む植物は全く違うクロロフィルを持つことになります。また、クロロフィル系は緑の光は利用できず、青紫と赤の光を吸収します。エネルギーの高い青紫の光を利用するのは納得できますが、わざわざエネルギーの低い赤色の光を使っているのが疑問です。

A:なかなか鋭いところまで考えていますね。光合成色素と環境の話は第4回の講義で触れる予定です。基本的には空気中と水中では、水中の方が光環境の多様性が多い、ということでかなりのことが説明できます。


Q:今回のレポートの内容は前回のものと多少重複してしまうが、共生ということについても植物のシステムを見たとき、我々の社会の縮図であるように更に感じた。葉緑体、核、ミトコンドリア、色素体・・・。これらは全くかはわからないが、働きの異なった器官である。我々の地球を考えてみると、人間、動物、植物、細菌・・・。これらも全く形態の異なった生物である。1つの細胞の中に色々な器官が存在し、あるものは更に共生によって取り込まれ無駄な機能を省いたというなら、同様に我々も地球という細胞の中に共生し食物連鎖というシステムの中で他から栄養を取り込めるものは栄養を作らなくなったというのも同じことと言えるのではないだろうか。人間がある種類のたんぱく質を合成できないのはそのいい例だと思う。

A:人に頼っていると能力がなくなっていくのは個人的にも感じます。最近ワープロに頼っているとどうも漢字が書けなくて・・・


Q: 今回の講義を聞いて、藻類群のうちクリプト藻類とクロロラクニオ藻類の葉緑体には、ヌクレオモルフが現在でも残っているということに興味を持ちました。二次共生については理解できましたが、なぜこれら2つの藻類群のヌクレオモルフは、ゲノムを持っているのか疑問を感じました。結果的に、ゲノムを持っていたからこそ藻類は多様性を獲得できたのだと考えられますし、実際にヌクレオソム内のゲノム情報を調べることによりこれらの祖先はどのような真核生物だったのかわかると思います。(実際に文献を調べたところ、「リボソームRNAの系統からヌクレオモルフは紅藻類の核に近縁であり、クリプト藻の核とはかけ離れていることが明らかにされた。これは紅藻類に近縁の真核生物が他の真核細胞に共生し、ミトコンドリアを失い、また核が退化してヌクレオモルフに変化したことを示している。」とされていました。)ゲノムを残す理由として、私は情報という形で子孫を残すためだと考えましたが、ほかに説があるなら教えていただきたいです。
 また、クリプト藻は4ゲノム生物あると書かれていましたが、私は、共生した真核藻類のミトコンドリアがあったはずなので、5ゲノム生物と呼ぶのではないかと考えました。

A:最後のクリプト藻のゲノムの数ですが、ミトコンドリアは二次共生後に退化するようです。葉緑体は少しでも多く持っていた方が有利なようですが、ミトコンドリアはある程度の数があれば、それ以上はいらない、という感じでしょうか。


Q:真核細胞のミトコンドリアや葉緑体は、真核細胞にシアノバクテリアやαプロテオ細菌が寄生することが始まりで、その共生関係はそのまま進化して真核細胞の一部となった。細菌の重要な遺伝子は真核細胞の核へ移動し、細菌自身は特定の作用のみをする遺伝子が残った。このことから考えると、逆にミトコンドリアや葉緑体に真核細胞の核から遺伝子が移動し、本来寄生した細菌が持ち得なかった有益遺伝子を持つという進化も考えられるのではないかと思う。真核細胞が細胞外細菌から遺伝子をもらったように、細菌の方が寄生した真核細胞から遺伝子をもらい、さらに進化を続けて今度は寄生した細胞から独立していくという可能性もありうる。これはかなりとっぴな発想ではあると思うが、このようにして真核細胞から遺伝子を手に入れたミトコンドリアや葉緑体が進化し、真核細胞を見捨てて独立生物に戻るという未来像もありうるのではと考えた。

A:僕はこのような発想が好きなんです。あとは、そのようなケースが実際にあるかどうかをどうやって確かめるかまで考えることができたら完璧ですね。


Q:今回の講義で最も興味深かったのが細胞核への遺伝子移行である。オルガネラの遺伝子の一部はなぜホストの核に移行していったのかが気になった。メリットの少ない不利な方向へ進化することはないであろうから、この移行は何かメリットがあるのであろう。オルガネラ内のタンパク質をコードする遺伝子がホストの核にあると、そのタンパク質は一旦オルガネラの膜を通らなければならない。その膜は共生説から考えると細胞膜と同質であろう。これをタンパク質が通るのは容易ではないだろう。しかし、講義のスライドにあったオルガネラの存在意義に「物質、状態の局在」というものがあった。このことから、核に移行していったオルガネラの遺伝子がコードするタンパク質は、そのオルガネラの中の条件よりも、ホストの細胞質の条件で翻訳されたほうが効率よく翻訳され、膜を通ったとしてもオルガネラの中で翻訳されるよりもよいからではないだろうかと思った。

A:講義の中で得られた情報をうまく組み合わせて考察していますね。面白い考え方だし、このような応用力は将来大事ですよ。


Q:第二回目の講義で核とオルガネラ(ここでは葉緑体)の協調についてふれたので、これについて少し考えてみました。
 葉緑体は昔ラン藻が真核生物に一次共生してできたものだといわれています。では葉緑体と核が何をどのようにして協調しているのであろうか。まず葉緑体は独自のDNAを持ち分裂しているが、その分裂周期は核分裂と同調ではない。このことから共生後も核から分裂についてのシグナルのようなものは受け取っていないと思われる。これは、同調するには何かしらのシグナルが必要だと僕は思うからです。では核と葉緑体の共通点は何か考えてみました。葉緑体は先ほど述べたように独自のDNAをもつのでタンパク質を合成できるにもかかわらず、構成タンパク質は核にコードされたタンパク質である。よって核と葉緑体のシグナルをはたしているのはこのタンパク質であると思われます。しかしこの考えだと核からの一方的な連絡でしかない。ここで、葉緑体は糖を合成しているので糖に注目したが、核は糖を用いないので、結果的に葉緑体から核へのシグナルはないと思われる。
 余談ですが、核は違うがミトコンドリアは糖を用いるオルガネラなのでこの考えだと、もしかしたら葉緑体とミトコンドリアの共生したもの同士で、ある種の連絡をかわしているかも知れません。

A:葉緑体と核、葉緑体とミトコンドリア、といった異なるオルガネラ間の情報のやりとりは、今も盛んに研究が進められているホットな部分です。呼吸と光合成の関係については、第6回の講義で触れる予定にしています。


Q:現在、植物と動物の最も大きな違いは、独立栄養と従属栄養の違いである。したっがて、もし動物に葉緑体が存在していたならば、食物連鎖は存在しなくり、すべての生物がそれぞれ別々に生活していただろう。このような状況では、他の生物に脅かされることが現在よりすくなるため、現在のような進化が起きることはなかったであろう。こう考えると、動物に葉緑体が存在しなっかったおかげで、現在の様な生物の多様性すなわち遺伝子の多様性がうまれたのであろう。このことから、私は動物に葉緑体が存在しなかったことが幸運に思える。また、生物学的見地からではなく、すべてに何の問題も抱えていない存在が幸せであるとは、私には思えない。なぜなら、自分に足らないものがあるから努力すること、別のもので補おうとすることが、進歩の原動力であると思うからである。

A:人生訓としてはよいのですが、動物がいなくても植物の間では光をめぐる熾烈な競争が繰り広げられているのです。葉緑体は自動栄養供給装置ではなく、光合成のためには、光と二酸化炭素と水が必要です。植物は上を他の植物に覆われてしまったら光を得ることができなくなってしまいます。第1回の講義で、光の重要性については話しましたよね。