生命生存応答学 第5回講義

植物の低温感受性

第5回の講義では植物の低温感受性を中心に、植物の環境応答についてお話ししました。


Q:同じ植物でも低温に対する感受性には差があり、またこれを人為的に調節できれば、農業作物の改良につながる。授業で示された結果からは、低温による光合成の阻害が、光化学系Iの鉄硫黄クラスターの破壊と、それに対応したサブユニットやクロロフィルの分解によるものだと示唆されたが、植物間に差がある理由は不明のままである。そこで、低温に抵抗するにはどのように植物を改変すればいいか少し考えてみた。
1.抗酸化物質の増加によってスーパーオキサイドを除く。寒冷適応種との比較によって、これが実際に役立っているかどうかは判断できると思われる。
2.鉄硫黄クラスターを持つサブユニットを過剰に供給する。ダメージを受けたサブユニットを速やかに交換できれば、影響を小さく抑えられるかもしれない。
3.脱共役によって熱を発生させる。動物のミトコンドリアでは水素イオンの濃度勾配を解消してしまうことで、ATPの代わりに熱を産生する場合がある。これを葉緑体に行わせることが可能かどうか分からないし、そもそもよけいなエネルギーを使うので作物としては不利かもしれない。

A:おそらく2の場合は、損傷を受けたサブユニットを分解する過程も必要ですから、過剰発現だけではだめでしょうね。脱共役による熱発生は、実は植物でも報告があります。


Q:系Iの阻害には閾温度があり、光に弱い系Iを光から保護している機構が低温では失活さしてしまうため系Iは阻害される。系Iの阻害はサブユニットの分解を伴っており、さらにそのサブユニットの代謝回転は遅い。よって系Iが電子伝達反応を律速していることになる。また低温処理後におこるクロロフィルの分解は系Iの活性低下と相関があるといえる。高等植物は系Iと系IIと2つの光化学系を持っているが、その両方の系が低温による阻害を受けても、閾温度があるのは系Iであって電子伝達反応の律速段階になっていることは興味深かった。進化上、1つの片方の系しか持っていない生物で、系Iのみの生物は閾温度を持ち、系IIのみはそうではないのだろうか。また系Iの阻害は非可逆的であるのに対し、系IIが可逆的であることの意味は何であろうか。両方とも不可逆的であれば、低温障害に対しとても高い感受性を示し生育には有利ではないだろう。両方とも可逆的であれば、低温障害を受けたとしてもまたいずれは回復するため、生育には有利だと言える。系Iだけが非可逆的である意味を考えるのだとすれば、系Iが非可逆的でなかなか活性低下が回復しないことが引き金となりクロロフィルが分解されることによって低温障害におけるシグナルが伝達され、他の部位の構造体などで低温に適応しようとするの反応、例えばATPaseなどのポンプやイオンチャネルの発現量が増加し細胞内の凍結温度の上昇というような現象が起こったりはしないのだろうか。

A:低温感受性植物は、低温に弱いわけですが、もし、それだけで何の利点もないのだったら、世の中から低温感受性植物はなくなるでしょう。とすると、低温感受性植物は、低温感受性であることによって何か得になる点があるはずです。そのような視点を忘れないことは重要ですね。


Q:植物には 低温に晒されるとストレス応答を示すものがあることが知られている。低温では温度依存である炭酸固定と非依存である光化学系のバランスが崩れ、光化学反応によってうまれた過酸化水素により、光化学系Iの電子受容体が破壊されてしまう。また、これに関連してクロロフィルが分解される。低温感受性を示 す植物がある一方で感受性を示さない植物もある。これらの差は何であろうか。村上ら(2004)は通常低温感受性を示すイネに活性酸素消去酵素遺伝子を形質転換させた。これにより低温での過酸化水素発生量が少ない、低温耐性のイネを得た。しかしまた、分子シャペロン活性を持つ熱ショックタンパク質遺伝子を形質転換させることによっても低温耐性のイネを得た。このことから、植物の低温感受性はひとつの要因によるものではなく、複数の要因によって決定されているといえる。今後、要因となる遺伝子同士のネットワーク構造が解明されることが期待される。

A:少なくとも、キュウリなどで見られる光合成の低温傷害は、講義の中で示したように非常に特徴的な閾温度を示しますから、複数の要因がそれぞれ少しずつ低温感受性に寄与している可能性はあまりありません。複数の要因によって低温感受性が決定する場合、それらが独立の要因ならば、そのうち一番高温でも効く要因が全体のいわば「律速」になって、そこを強化した場合は効果がありますが、律速ではない、他の部分を強化した場合には、効果がないはずです。一方で、複数の要因が組み合わさって低温感受性を作り出している場合は、どれか1つの要因を強化しても効果は現れないはずです。遺伝子操作などによって低温耐性が獲得できた、とする研究はいくつもありますが、その評価はなかなか難しいと思います。


Q:植物は低温にさらされると炭素固定能が失活するが、受ける光の量は物理現象であるため、温度の影響を受けることがない。そのため、光エネルギーは供給されるが、そのすべてが光合成に使われることはなく、余剰のエネルギーが生じる。従って、低温ストレスは光阻害によるものであることが分かる。今まで、植物の低温感受性について、それが過剰な光エネルギーによって引き起こされるなど知らなかったし、驚きであった。 植物には温度順化という、生育温度で光合成の温度依存性が変化する現象がある。生育温度によって光合成系のタンパク質の量比が変化し、酵素活性が変化する。そのことが光合成の最適温度を決める一因となる。この考えから、低温へと酵素活性がシフトすれば炭素固定能が失われず、そのことによって過剰なエネルギーの産出を防げることが導ける。

A:後半、単に「変化」というだけでなく、もう少し具体的に考えて欲しいですね。