生命応答戦略科学 第3回講義

過剰なエネルギーの消去

第3回の講義では、植物が場合によっては過剰な光エネルギーを何らかの形で消去しなくてはならなくなること、消去に失敗すると活性酸素による障害を受けること、そしてエネルギー消去のメカニズムのいくつかについて解説しました。また、光が過剰なときのシアノバクテリアがどのように対処しているかについても触れました。この部分は、埼玉大学の日原さんとの共同研究です。あと、講義の冒頭に、前の週のオープンキャンパスの際に行った「ピーマンの実やスイカの皮が光合成するかどうかの実験」の解析結果について触れました。以下に、学生からの意見とそれに対する回答を示します。


Q:本日の講義を聴いて,一見静的に見える植物においても葉の向きを変えることで単位面積当たりに受ける光量を動的に制御したり,光の強さに応じて葉緑体が移動したりと,植物が環境の変化にうまく適応している仕組みを知ることができました.

A:ためになったのかな?


Q:えんどう豆(でしたっけ)の鞘と豆の差についてです。えんどう豆の豆を光が当たる環境に露出して成長させた場合、量子収率で鞘との差はなくなるのかが気になりました。

 他に、コロニーの大小の差についてです。講義の内容では、どの部分の遺伝子が関与しているのかが判明したわけですが、突然変異を起こした遺伝子がどのような反応を起こして、変化を出しているのでしょうか?

 シアノバクテリアのLタイプとSタイプの増殖速度についてモデルを作ってみました。
1.一種類のタイプだけのとき。その数量をNとして、増加率がdN/dt=k×N×(NMAX−N)となる場合
2.NとMの競合のモデル
A:増加率は以下の通り
 dN/dt=k×N×(MAX−N−M)
 dM/dt=k×M×(MAX−N−M)
B:ほぼ満杯(MAX=N+M)になったら植え替えをする。
 つまり、NとMの両方を100分の1にする。
C:Bの操作を何回か繰り返し、NとMの変化を見ると、数回でMが絶滅する。

 対数で表示すると・・。 

2のモデルに片方(初期に有利なほう)の増加率が時間と共に減っていく項を追加する。そうすることによって、現実に近い系を表現する。
 減少率は、dk/dt=kN とおき、一回の植え替えで半減するようにする。

 対数表示

 OHPで見た比率にかなり近づいたので、これでだいたいモデルがあっているのかと思います。

A:なかなか、長文のレポートですね。
 豆(枝豆)についてはその通りだと思います。ただ、露出させてきちんと生育すればですが。例えば、ダイコンでも地上に露出すると首のところが緑色になりますが、きっとあそこは光合成活性があると思います。
 コロニーの大小を決める遺伝子 pmgA の働きについては、未だに謎のままです。遺伝子のホモロジーからは特に有用な情報は得られませんでした。
 モデルについてですが、実際の実験においては、植え継ぎの際、希釈率を一定にするのではなく、一定の濃度に希釈しました。また、増殖が飽和する前に植え継いでいます。その辺の前提条件が違いますが、それにもかかわらす、かなりきれいにシミュレートされているので驚きました。


Q:シアノバクテリアの野生株と思われていた株が、実験の過程で自然突然変異を起こし、強光応答の違いからWSとWLという2種のポピュレーションにわけられていたという事実を偶然発見できたという点がとても面白かった。培養の条件がたまたま、強光下でグルコースがないという特殊な状態で生存できるWL株をセレクションしていたということに驚いた。普段、中立だと考えがちな実験系だが、時に、知らず知らずのうちにその系自体がある変異に有利に働き「進化」を引き起こすこともあるのだと考えさせられた。また研究というのは、予想外の結果が出たときに、それに気付き検証することで思わぬ新展開を見せるものであると改めて実感した。

 A:その通りだと思います。研究は、予想外の結果が出たときの方が面白い展開になることが多いと思います。やはり、所詮人間が予測することは、自然を超すことができないのではないでしょうか。面白い結果を見過ごさない目こそが、研究者にとってもっとも必要だと思います。

Q:実験室内でシアノバクテリアを培養していく中で突然変異体が得られた話が面白かったです。 しかしもしWTが完全に変異体に凌駕されて変異体が100%になった場合、それを自然状態に戻したらまた同じところに変異が入ることでWT(とよばれるゲノム構成)100%になると考えられるものでしょうか。
 また、地球上の地域によっても環境条件、時期による差があり、それに適応した系統が生き残っていると思うのですが、何がWTとして位置づけられるものなのでしょうか。安定したものがWTで系統として認識されるのでしょうか。適者こそがWTと考えて良いものですか。

A:おそらく、「自然状態」という1つの状態があるのではなく、自然は常にある一定の幅を持って変動しているのでしょう。その変動幅の全てに適応していないと、生物は生き延びられないのだと思います。おそらく、WL型の細胞の表現型は、適応できる環境の幅が非常に狭いので、自然状態では生き延びられないのだと思います。何が野生型か、という問題は難しいですが、そもそも、自然環境下での生物集団はクローンではない(中立的な遺伝変異が常にある)ので、遺伝的には混合物と考えなければならないでしょう。その意味で、あるクローンを「野生型」と呼ぶのは、研究者の都合でしかないのではないでしょうか。


Q:研究室内での進化の話を、とても興味深く聞かせていただきました。私は現在細胞を飼っているのですが、進化の性質と条件によっては、かなり短い期間の植え継ぎで「適者」が群の大半を占めてしまうこともあるのだな、と、少し怖くなりました。先生の経験上、このような事態はよく起こるのでしょうか?

A:シアノバクテリアのような単細胞生物ではかなりよくあることのようです。Synechocystis PCC 6803は全ゲノムが決定されていますが、各研究室が持っている「野生型」の株を比較すると、それで系統樹が書けてしまうような状態です。それでも、シアノバクテリアはフリーズストックを作れるのでよいのですが、そうではなくて、培養し続けなくてはならないような細胞では、遺伝的に変異していくことを頭に置いておく必要があると思います。


Q:今回の光エネルギー消去についての講義は、葉緑体の定位運動さえ知らなかった私にとってまさに目から鱗の、大変面白い内容でした。2つの光化学系が存在する理由の一つに、この光エネルギー消去反応の存在も関与していると考てよいのでしょうか。また、この短期的応答の光の強さに対する適応能は植物により、かなり差があるのでしょうか。ある種の陰葉植物の生態学的分布、太陽光照射量と光エネルギー消去能力との関連を調べると面白い結果が得られるのではないかと思いました。

A:光エネルギーの消去は、光化学系が2つあることの直接の理由にはなっていないでしょう。光に対する応答の違いは、植物種により大きく異なります。確かに、エネルギー消去能力のような分子メカニズムを用いた生態学的実験というのは、今まであまりなかったので、今後の研究の方向性の1つになるかも知れません。


Q:植物は光合成によって酸素を発生するため細胞内酸素濃度が動物より 4 桁も高く、活性酸素による障害を受けやすい。そのため植物は活性酸素を消去するために、酵素やビタミン以外に「植物栄養素」を独自に発達させてきた。イチョウのギンコライト、ぶどうのアンソシアニン、トマトのリコピンなどが有名である。活性酸素を消去するという同じ目的に対して、植物によって生成する植物栄養素が異なることは非常に興味深い。

A:トマトのリコピンなどが活性酸素の消去に効いているかどうかには疑問があります。活性酸素の発生速度は、おっしゃるように光合成をしているところで圧倒的に高いのですが、トマトにリコピンが蓄積するのは、緑色が退色して光合成速度が低下していくのと同時です。もし、活性酸素消去能がその存在理由ならば、まだ緑色の時にこそたくさんリコピンを持たなくてはなりません。これは、目立って鳥にでも食べてもらって、種子を運んでもらうのが目的なのではないでしょうか。


Q:今回の講義内容は自分の興味とは違う話も多かったので深く理解しがたかったが、全員の要求を満たすのは困難なのでこれは仕方が無い。そんな中で、研究室内での培養細胞の進化によって適者生存が再現されたとの話が印象に残った。私が所属する研究室では病原体の遺伝子機能解析をするにあたり、病原体のある能力を必要としないような環境下で培養を長期に渡って続けて継代させ、その能力を欠損した変異株を得ることをしている。これは研究室内での進化と言うより退化と言うべきかもしれないが、余計な機能を捨てることによって身軽になり、増殖力を高めて生存競争に勝ち抜いた点では進化だと思う。進化について興味があるので第5回に予定されている地球と生命の歴史に期待したい。

A:確かに、ある遺伝子を捨てるのも進化の一種でしょうね。地球と生命の歴史は、やや他の話題と毛色が違うので、場合によっては変更しようかと思っていたのですが、それではやりましょう。


Q:ピーマンの実は光合成をするか?のスライドで、スイカの黒い部分も光合成をしているとありました。緑の部分よりもクロロフィルが集合して黒くなるとのことでしたが、実効量子収率は変わらないのに、なぜスイカはクロロフィルが集合している黒い部分を作る必要があるのか、緑と黒の縞模様にするとスイカにとってどういういいことがあるのかと不思議に思いました。
 また、講義の最後に話された、研究室でのシアノバクテリアの進化の話が興味深かったです。自然界の生命現象を正確に理解したいがために、自然ではありえない環境で生物を研究観察しなければいけないといころに、研究をするジレンマを感じました。

A:うーむ。縞にして有利な理由というのは思いつきませんねえ。縞の方が目立つでしょうから、やはり、動物などに食べてもらって種子を運ばせるのが目的なのでしょうか。
 研究では、自然の一部を切り取って実験する場合が大部分ですが、その際に、切り取ることによって失われた条件というものを、常に頭の隅に置いておく必要はあるでしょうね。