生命応答戦略科学 第2回講義

光の受容とエネルギーの変換

第2回の講義では、植物がどのように光のエネルギーを獲得し、それを酸化還元反応を通して化学エネルギーに変換する方法について説明しました。以下に、学生からの意見とそれに対する回答を示します。


Q:エネルギー効率について手計算しました。
発生のエネルギー  6CO+6HO→C12+6O−2808kJ/mol(糖)
あたりで468kJ/molの吸熱反応です。
光子1個のエネルギーは E=hν=hc/λ
E (J/mol(光子))=

Nmに変換すると、E(kJ/mol)=

効率=

680nm付近で効率が最も高く、効率は =24.8%になる。

葉緑体の内部構造、特に反応中心が非常に気になりました。置換基部分を交換して、吸収波長を測定する等の実験はなされているのでしょうか?特にRがアルデヒドならば、アルデヒド部分のみを修飾するのは容易だと思います。

A:反応中心とアンテナのクロロフィルは、基本的には同じものなので、反応中心のクロロフィルのみを修飾するのは難しいかと思います。タンパク質内でなく、有機溶媒中のクロロフィルを修飾するような実験は行われています。例えば、葉緑素入りのガムの中のクロロフィルは、確か、カイコの糞から抽出したものを(カイコは葉っぱは食べますが、クロロフィルは分解しません)中心金属を銅に置き換えて銅ポルフィリンにして安定化して使っていたような気がします。また、もちろん、天然のさまざまな置換基を持つクロロフィルの性質を調べるような実験はなされています。


Q:植物の葉の構造のところで、葉はエネルギーを集めやすいように平たく、内部は柵状組織と海綿状組織を配置することでより光を多く、有効に使用できる構造になっていると仰っていましたが、植物の種類による違いはどうなのでしょうか。 また、葉緑体は外部からの二酸化炭素取り入れのために細胞壁に沿うように配置されているとのことでしたが、原形質流動の影響はないのでしょうか。むしろ細胞膜にくっつくような機構が発達した方が有利であったといったことはないのでしょうか。

A:もちろん植物の種類によっては、そもそも柵状組織と海綿状組織が明確に区別できないような葉もあります。例えば、イネ科の植物の葉などは垂直に立つことが多いので、あまり表裏の区別がはっきりしません。ツバキの葉のような、厚手の「典型的な」葉の場合の話だと考えてください。基本的に葉緑体は細胞質にぷかぷか浮いているのではなく、きちんと位置が制御されています。従って原形質流動の影響は受けません。


Q:学部の時は動物系を勉強していましたが、 移動することのできない植物の環境適応やエネルギー獲得系の効率の良い驚くべきシステムを知る度に、植物に興味を持つようになりました。いつも思うのですが、この植物エネルギー獲得系をモデルとした、新しい太陽光エネルギー利用システムの開発や研究はどの程度進んでいるのでしょうか。開発において一番の難点と思われる点はどのような点でしょうか。また、クロロフィルのポルフィリン環と動物の血色素(ヘモグロビンのFeを中心としたヘム部分)の構造が非常に良く似ているのですが、進化的な関連はあるのでしょうか。

A:人工光合成の研究はかなり昔からなされていて、光エネルギーによる最初の電荷分離の部分についてはかなりの効率で可能になっています。しかし、そこから、電気を安定的に取り出すまでには至っていません。逆反応を抑えようとすると効率も下がってしまう、などの問題点があるようです。ポルフィリンとヘム(それにフィコビリンも)の生合成系は部分的に同じ経路を使っています。進化的にはきっと同一だったんでしょうね。


Q:今週の講義は少しだけ物理的な話がからんでいて,個人的にはなかなか興味を持てたテーマでした.白色光には波長の違う様々な光が含まれており,植物にはクロロフィルやフィコエリスリン,フィコシアニン,アロフィコシアニンといった吸収波長の違う組織が存在していること,またこれをシアノバクテリアはうまく利用していて,電子伝達が不可逆的に行なわれているようにしている仕組みなど,吸収波長をうまく利用した植物の光合成の仕組みの理論が理解できたと思います.

A:光合成の電荷分離などは、厳密に理解しようとすると量子力学的な知識が必要となります。生物の研究分野で、量子力学的な議論がなされるのは、光合成以外にはあまりないでしょうね。


Q:光合成については学部の授業で何度か聞いたはずなのですが、漠然と“この言葉聞いたことがある”程度しか身についておらず、今回授業を聞いて、やっと内容と用語が結びついたような気がしました。電子伝達の仕組みで少し引っかかったのですが、『P700が光を受け活性化状態になる→系の中間部質に電子が次々受け渡されていく』過程は、より前段階の物質と後段階の物質間の平衡によるものと考えて良いのでしょうか。

A:そうです。特に酸化還元反応で、電子が受け渡されていく反応を1つ1つみると、平衡関係にあり、条件によっては反対方向に電子が流れることもあります。


Q:太陽光がどのように葉のクロロフィルにとりこまれ、エネルギーをとりだしているかについての講義だった。葉の構造自体が光を効率良く吸収できるようにできていることに興味を覚えた。オゾン層の破壊により紫外線量が増えると植物の光合成の速度が遅くなるという話があるが、それは光合成経路のどの部分に影響がでるからなのだろうかと疑問をもった。

A:紫外線の影響は、光合成の2つの光化学系の内、光化学系IIに影響を与えるとされています。


Q:まず、葉の内部構造から始まり、エネルギー吸収および電子伝達そして、それらを利用したエネルギーの獲得。それらの全ての段階で、その物理的配置、構造が重要な役割を果たしていることが分かり、生物にとってそれらが持っている独特な形というのもが意味のあるものであるというのを実感しました。

A:植物の場合は、葉、茎、根、どれをとっても機能的要請から、形が決まっている気がします。でも、動物でもそうなんでしょうね。


Q:石などの無機物が太陽の光エネルギーを獲得した際に、熱としてエネルギーを放出して基底状態に戻ってしまうのに対し、植物は光エネルギーによって光化学系が励起した状態から基底状態に戻るよりも早く、次のもの (A1, Fx, Fa/b)を近くに配置し、エネルギーを渡すことで電子伝達を起こし、植物が利用できる化学エネルギーに変換するという、無機物と植物の違いが分かりやすかったです。無機物と植物で最初に与えられた光エネルギーは同じなのに、アウトプットは全く違う。自然界は、こんな複雑かつ精巧な仕組みを手に入れてまで、なぜ植物をつくる必要があったのか不思議に感じました。
 レッドドロップの話は大学の授業で聞いていたのですが、すっかり忘れていました。今回はいい復習になりました。酸素発生の量子収率とZ-schemeから頭の中でだけで、PSIとPSIIを予想し結果その通りですごいな、と学部生の時感じたのを思い出しました。

A:確かに、量子収率の波長依存性のような無味乾燥な図から、2つの光化学系の存在を予想するというのは、科学的イマジネーションがないと無理ですよね。そのようなイマジネーションこそが研究者に必要な能力なのでしょう。


Q:まだあまり分析技術が発達していない時代に、光化学系IとIIの2つの光化学系複合体の存在を昔の人が思いついたのはすごい不思議に思っていました。まさか、シトクロームfを酸化するものと還元するものがあることから考えたとは思いつきもしませんでした。そのようなすごいことを思いつける人と思いつけない人で何が違うのかは大きな疑問です。個人的には、授業の難易度とスピードは今のままがちょうどいいと思います。

A:上に書きましたが、違うのは、一種の想像力なのではないでしょうか。メカニズムが与えられていて、その結果を予測するのは論理的な力ですが、結果からメカニズムを予測するのには想像力が必要な気がします。


Q:植物は太陽の光エネルギを吸収し変換するため、吸収においては葉の上部は冊状、下部は海綿状構造をとることで効率をよくし、変換においては可逆反応を抑制するために電子伝達経路の配置を近接させることで、エネルギ損失はなくすといったメカニズムを有しているということを理解できた。質問に関しては、電子伝達の分野の理解にはその計測系の開発が必要ですが、技術的な側面でノイズ除去など様々な工夫がなされてきたと思います。この計測系の改良されてきた点など教えて下さい。

A:電荷分離のような速い反応の解析には、閃光分光という手段が使われます。光合成の場合、反応の開始を光によって制御することが可能なので、短い閃光を照射して、その後の反応過程を吸収変化や蛍光発光の変化によって追跡することができます。50年前はミリ秒レベルの解析がせいぜいでしたが、その後技術の発展と共に、マイクロ秒、ピコ秒となり、現在はフェムト秒レベルの解析が行われています。フェムト秒レベルになると、光の速度を持ってしても何cmといった距離しか進みませんから、閃光照射のタイミングなどは光路や電気回線の長さで調節することになります。


Q:高等植物は2種類のクロロフィルを用いて太陽光に含まれる様々な光の波長のなかの、可視光の赤と青の領域の波長を利用してエネルギーを獲得いる。私も植物病理の研究に用いる植物を人工光の元で育成しているが、うまく育たずにウイルス接種実験に使えなくなってしまう事が多い。これは、可視光の他に赤外線や紫外線の量も植物の生育に重要であるためらしい。ひょっとしたら朝焼けや夕焼けに特徴的な波長も必要なのかもしれない。光と植物の関係の詳しいメカニズムはわからない事が多く、大変興味深い。光合成だけでなく、赤外線や紫外線が植物に与える影響についても学習してみたい。

A:植物栽培に話を限ると、光の可視部のスペクトルの変化は通常あまり大きな影響を与えません。一番栽培に影響を与えるのは、光(特に赤外線)による温度の上昇(とそれに伴う湿度の低下)です。ですから、弱い光で育つシロイヌナズナなどの栽培が人工光でも容易なのに対して、イネなどの比較的強い光が必要な植物を人工光で育てようとすると、温度管理がきわめて難しくなります。普通のランプの場合、紫外線の強さはあまり問題になるほどではないと思います。