植物生命機構学特論I 第5回講義

光合成の蛍光測定と過剰なエネルギーの消去

第5回は、近年、光合成の測定方法として一般的に用いられるようになってきているパルス変調蛍光測定法の原理について説明し、その測定から得られる情報について解説しました。また、そのための理解に必要な、過剰なエネルギーの消去系の例についても紹介しました。以下に寄せられた感想および質問と、必要に応じてそれに対する答えを掲載します。


Q:今回の講義では強光によって光化学反応がどのように変化するのか、蛍光を測定して解明していく方法についてのお話でした。強い光が当たると、放出される熱の割合が増えるという話と、もう一つ、活性酸素を生成することによって余分な光エネルギーを消去する方法があると考えらるということでした。前回までのお話では、活性酸素の蓄積が害を及ぼすということでしたが、今度は逆に活性酸素を利用する反応経路がある可能性があるということで驚きました。私は普段生物が生きていくために備わった生命機構について考える機会がないので、光化学反応や活性酸素のお話は新鮮です。高校の生物の光合成についての実習で、植物体から抽出した溶液が蛍光を発しているのを見たことがあります。私には蛍光についてはこれくらいの経験しかないので、パルスを測定するための実験操作を具体的に想像できなかったので、この実験を行ったときの実験の様子をもっと知りたいと思いました。

A:確かに自分がやったことのない実験だと、具体的なイメージがわきませんよね。パルス変調の蛍光装置は小型の持ち運びできるものもあるので、本当は授業の中で測定を実際に見せながらできると一番いいのでしょうね。


Q:パムの原理は大変勉強になりました。今まで漠然としたイメージしか持っていなかった物が形として見えてきたような気がします。話としては、活性酸素をいやいやながらではなく、逆に積極的につくることによって、光のエネルギーの消去に使っているという話が興味深かったです。話がそれてしまうかもしれませんが、正常な人がガン細胞を普通に持っているという話を本で読んだことがあります。ガン細胞の増殖力が細胞には必要で、そのため、悪性となりえるかもしれない細胞を進化の過程で捨てなかった、というものです。人がある一面から考えれば、害なものでも、自然の原理ではそれを取り入れ、逆に利用すらしていく。そのもののいいところ、利点を最大限に利用する方法を自然の法則(原理)というものは持っている、または知っているのかもしれないと、考えました。生物学は学んでいけばいくほど、人の知らないことの多さに驚きます。
 園池先生の話は、ストーリーがあって、全てがいろんなものに関連づけられていて、面白かったです。できれば、OHPでは時間的にノートに写せないので、重要な図はプリントでいただきたいです。(カラーでなくていいので)特にこの間の授業のStromaのPSIとPSII のエネルギー消去の経路は、プリントしていただきたかったです。

A:自然が残しているからには、何らかの意味があるという考え方はできますね。ただ、正常な人がもっているガンの話は、ガン細胞ではなくてガン遺伝子ではないですか?図に関しては、ほかの人からも言われているのですが、なかなか準備ができません。そのうち、ホームページに載せようと思いますので、そうしたらそこからダウンロードしてくださいな。


Q:今回のお話で、パルス変調法(PAM)の理論的な仕組みを理解することができました。実際に測定するまでの形や標本の作成なども少し織りまぜてお話していただけたら全体としてのイメージをさらにとらえることができたように思います。また、測定結果(パルス変化の図)など、今回は特にノートにまとめにくい箇所もあり、OHPに附随したプリントをいただきたいと思いました。

A:実際の実験手順を見せられると一番いいのですがね。図に関しては、上にも書きましたが、ホームページに載せようと思っています。


Q:植物にとって、強光時の光化学系の過剰な電子伝達がダメージとなる事は講義を通じて学んで来ました。今回は、強光時PSIでは余ったエネルギーを消去するために熱エネルギーに変換するシステムが備わっていることがPAMによる蛍光測定でわかったわけですが、エネルギー変換に関していわれてみればそうかなと思う反面、無駄の無いシステムが植物にも備わっているという事から植物が誕生してから長い歳月を掛けて作り上げて来た生命機構の奥深さを感じました。同じ生物なのに、動物と比べていまいち植物に魅力を感じる事が出来なかった私ですが、それは知ろうとしていなかっただけで、この講議を通じて植物に対する見方が大分変わってきたようです。本当にありがとうございます。

A:動物に比べると、植物は見かけは動きが少なくて何もしていないようですけど、環境変化から逃れるすべを持たない分、いろいろな環境応答システムを持たないといけないのだと思います。


Q:さて、今回はPAMの原理的な部分のお話が前半で、後半はそのデータを具体的に用いた、低温処理、低温処理+DCCDなどとの比較実験のお話でした。励起光と測定光について考え込んでいた間にお話が先に進んでしまって、いまひとつ理解しきっていない感じもするのですが、専攻違いとはいえ、消化不良のままでは後味がわるいので、このプロトコルなどについて解説されている手頃な本があればお教え下さい。
 後半のキサントフィルサイクルのところは、毎度ながら生物というのはよくできているものだ、と感心しながらお話を伺っておりました。 熱としてエネルギーを浪費する過程も、全体的に見れば決して無駄になっていない、というあたり、特に、「強光阻害」は植物体自体の保護作用があって、必ずしも『阻害』とは言い切れないのではないか、といった部分には、専攻している用語によって現象の意味が見えにくくなってしまう事もあるのだろうか、などと感じました。

A:PAMについては、あまり良い日本語の本がないんですよね。英文でよければ Ecophysiology of Photosynthesis という本の第3章 Chlorophyll Fluorescence as a Nonintrusive Indicator for Rapid Assesment of In Vitro Photosynthesis というのが比較的初心者向けでわかりやすいです。この本は、Springer-Verlag からでている Ecological Studies というシリーズで 1994年に出たものです。
 「阻害」という言葉については僕も同感です。最近では英語では Down Regulation という言葉が使われている例があり、これなどはいい言葉だと思うのですが、ぴったりした日本語が思いつきません。


Q:質問ですが、なぜ室温で出てくる蛍光はPSII(P680)がほとんどでPSIからの蛍光が観察されないのですか?室温ではPSIIからPSIへ電子伝達が起きないわけではないですよね。
 今回の講義でPAMが紹介されていましたが、必要な成分を取り出して観察できるというのはいいですね。PAMを使ってアンテナ色素‐タンパク質複合体の中でのエネルギー移動(ChlbからChla)を見ることも可能な気がします。うまくすればエネルギー移動に要する時間が計れて、そこからChlbとChlaの距離が導けるのではないでしょうか?
 今回の講義で一番驚きだったのは、「積極的に活性酸素を生成してそれを分解することでエネルギーをサイクル的に発散させることができる」という仮説です。活性酸素はとにかく植物(生体)に有害であるということしか考えていなかっただけに、逆にそれを利用しているという考えは新鮮でした。

A:室温での蛍光がPSII由来のものがほとんどである理由はよくわかりません。蛍光強度の温度依存性はPSIとPSIIで全く異なり、これはアンテナの性質に由来すると考えられますが、なぜといわれると、どうも答えられません。
 PAMでアンテナのエネルギー移動を見るのは難しいです。PAMは最高でも100MHzの変調で測定しますが、これは10 nsの分解能に相当します。ところがエネルギー移動の際の時間の単位はpsです。エネルギー移動を測定しようと思うと、別の専用の測定機器が必要となります。


Q:光化学、蛍光、熱の関係についてのお話でしたが始めて聞く内容でしたので理解するのに少し時間がかかりましたが、植物について新たな視点で見ることができました。それと同時に、植物の実験系の複雑さに改めて驚きを感じました。

A:実験系の複雑さというのは、おそらくPAMについてだと思うのですが、これは、植物というよりは光合成系の複雑さだと思います。光合成系は、理解するのに、場合によっては量子力学まで必要な数少ない生物の分野ですが、もし、DNAレベルで仕事をするのであれば、別に他の植物の分野や動物の分野と特に変わったとこはありません。