植物生理学II 第4回講義

オルガネラの成立・光の吸収

第4回の講義では、細胞内共生について、その共生関係を成立させたと考えられるシアノバクテリア/葉緑体から核への遺伝子移行について解説したのち、光合成の最初のステップとなる光の吸収について話しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の講義では光についての話があり、光は吸収することで作用し反応を進める・ものを温めるなどの現象を起こすことが紹介された。また、植物の光合成有効放射は400 nmから700 nmにあり、赤と青の光を最大吸収波長としてもつために吸収の弱い緑色がクロロフィルの色として見えるということだった。しかし、植物が吸収する波長をよく見てみるとピークに比べると小さいが緑色もまったく吸収していないわけではないことが分かり、光が吸収されることで反応を起こすのであれば吸収された緑の波長も光合成に利用されるのではないかと考えた。もし利用するならば、とくにこれを利用するのは植物のどこなのかを考えたい。
 まず、利用先として考えられたのが暗い群落の深部である。葉に光が当たるととくに群落の上層では赤と青の光が吸収されると考えられ、群落の下部では緑の波長のみよく届くことが予想される。文献1ではとくに葉のよく茂った群落の下部で光合成に利用される光の50%はサンフレックによるものとされていたが、これも100%ではないため、むしろよく届きやすい緑色光のほうが群落内部で利用されるのではないかと考えた。
 次に考えたのは葉の裏側である。文献1によると葉の柵状組織に入射した光は光チャネリングによって高い透過率で海綿状組織に到達し、ここで光散乱が起こって葉の厚さの4倍以上の距離を通ったのちに葉から出ていくとあった。これが柵状組織で吸収されなかった緑色光にも起こっているのであれば、葉の中で緑色光が葉緑体に吸収される機会は非常に多くなる訳で、数値以上に使用されていることになるのではないかと考えた。
 上記2つの予想からは、葉の裏側で緑色光が利用されるのであれば群落の深部に届く光がかなり少なることが予想されるために役割としては小さくなり、群落の内部で利用されるのであれば群落上層の葉は緑色光を透過しなければならないと、排他的な関係になることが指摘できるだろう。これを確かめるために、緑色光のみで植物を育てて海綿状組織の発達を調べたり、赤と青の光で育てた植物と白色の光で育てた植物の上層・下層の葉の様子を比較してみるのも面白いのではないかと考えた。
文献1: L.テイツ, E.ザイガー, I.M.モーラー, A.マーフィー 編. 西谷和彦, 島崎研一郎 監訳. 植物生理学・生態学. 原著第6版. 初版. 講談社. 2017. pp.246-248

A:この点については、次回の講義で詳しく解説する予定です。しかし、大筋の議論は的を射ています。よく考えていてよいと思います。


Q:真核生物が二次共生する際は、プロモーターの新生が起きるとの話を伺った。これによりホストが葉緑体やミトコンドリアの遺伝子を獲得して現在の高等植物へと繋がったのであり、その際に伝播した遺伝子配列はプロモーター活性を持つ反復配列を含むトランスポゾンであるという考えに至る。ただ、ここで疑問なのは、トランスポゾンはjumping geneと言われるように移動するものであり、なぜ移動せずに葉緑体として定着できたかということである。これにはメチル化、ヒストン脱アセチル化といったエピジェネティックな機構が働き、トランスポゾンを不活性化する方向に働いたと説明できる(1)。 ただ、必ずしも共生当初にトランスポゾンにエピジェネティックな制御が入ったとは考えにくく、共生当初からトランスポゾンを制御する機構がたまたま働いた種が生き残ったか、ある世代でエピジェネティックな変異が起き、それまで葉緑体遺伝子がトランスポゾンの状態で不安定に存在していたが移動が不活性化され現在の植物で普通に見られるように安定して細胞に葉緑体が存在するようになったと考えられる。いずれにせよ、エピジェネティックな変異が遺伝するのかという現代解明されつつある疑問が存在するが、エピジェネティックな変異の遺伝こそ葉緑体の欠損を防ぎ高等植物の繁栄を生んだと言っても過言ではないのではないだろうか。
《参考文献》(1) Taiko K. et al. Arabidopsis HDA6 Regulates Locus-Directed Heterochromatin Silencing in Cooperation with MET1. PLOS GENETICS. Vol. 7. Issue 4. April 2011

A:最初の部分は誤解です。プロモーターの新生の話は、一次共生の時のものとして話しました。一次共生の場合は、原核生物が真核生物に共生するため、プロモーターなどのシステムが全く異なり、基本的に働かないのはずである、という点が背景にあります。あと、トランスポゾンが移動する遺伝子であることには間違いないのですが、異動する遺伝子はすべてがいわゆるトランスポゾンである、という言い方にはやや問題があるように思います。


Q:植物の葉緑体の遺伝子が核ゲノムへと移行していることについて触れられた。遺伝子を移行させることが生存に有利に働いたと考えられるので、その理由を考察した。まず、シアノバクテリアが共生を始めてから初期のうちに大量の遺伝子が核ゲノムに移行したと学んだが、現在でも葉緑体ゲノムが核ゲノムへかなり頻繁に混入していることが示唆されている(1)。ここから推測されることは、共生後現在までずっと葉緑体ゲノムは一部が核ゲノムに無秩序に混ざり続けてきたということである。この事象が生存に必要だった理由は、葉緑体の持つゲノムは核ゲノムと違い母性遺伝のためそのままでは多様性が生まれないので、核ゲノムに混ぜることによって間接的に葉緑体遺伝子の進化速度を上げるためだと考えられる(真核ゲノムには遺伝子重複とエキソンシャッフリングによって新しい遺伝子を生み出す機構がある)。つまり、細胞内共生とは、共生してきた細胞のゲノムを頻繁に取り込み、淘汰圧に耐えられるだけの進化速度を維持できた場合にだけ成立したのではないかと考えられる。葉緑体の遺伝子が消失する理由は、核の遺伝子との機能重複により必要なくなるためだと考えられる。また逆に、まだ葉緑体に残っている遺伝子は、もうそれ以上進化させる必要性が薄いものであると考えられる。
参考(1)小保方潤一『遺伝子が「一生を過ごす場」としてのゲノム』 https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/056/research_11_2.html

A:これは、面白い点に着目していてよいと思います。しいて言うと、せっかく、前の講義で原核生物の遺伝子の多様性を保つ仕組みについて触れているので、シアノバクテリアが葉緑体に進化すする過程で、その仕組みが失われたはずだ、という点から出発すると、レポートに厚みが出ます。


Q:光合成色素と光の吸収を考えるにあたり、授業内で「紫外線は生物にとって有害である」という説明があった。紫外線と植物の関係について調べていたところ、「多くの植物では紫外線による障害を防ぐために、紫外線照射によりアントシアニンなどの紫外線吸収物質が表皮細胞などで合成されることが知られている。」*1との記述を見つけた。アントシアニンと言えば目に良いことが広く知られており、注目度の高い成分である。この記述から私は、「紫外線照射量を調節すればブルーベリーなどの農産物のアントシアニンの量を調節できるのではないか」と考えた。アントシアニンの基となるアントシアニジンの合成については、「アントシアニジン自体の生合成過程には紫外線を必要とする反応はありませんが、生合成に関わる酵素遺伝子群の発現を促進するMybという別の遺伝子の発現が紫外線で促進されます。」*2と述べられている。すなわち、アントシアニンの合成に関わる遺伝子を持っていれば紫外線照射量によって量を調節することは可能であると考えられる。しかし合成遺伝子の導入や紫外線照射量の調節によって、本来アントシアニンが含有されないものにアントシアニンを作らせたり、アントシアニンの量を増加させたりするような農作物はあまり見受けられないように思う。この理由としては遺伝子導入や紫外線照射の手間とコストが需要に見合わないことが挙げられるだろう。
*1 三村徹郎・川井浩史 編、『光合成生物の進化と生命科学』、培風館、2014年
*2日本植物生理学会、https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2669、(2019/10/26)

A:ここで述べられているような応用は、いわゆる植物工場における野菜の付加価値を挙げる手段として研究が進められています。一般論としては、「コストが需要に見合わない」のですが、植物工場のようにもともとコストが高い場合には、相対的な追加コストは小さくなりますから、商業的なチャンスが現れるのでしょう。


Q:今回の講義では、シアノバクテリアが真核生物に取り込まれた時、つまり、細胞内共生が発生した時に葉緑体(となるシアノバクテリア)から宿主の細胞核への遺伝子の水平伝播が起きるが、宿主の細胞核から葉緑体へという流れで遺伝子の移行は起きないことを学んだ。このように遺伝子の移行が一方向で起きる理由を考える。まず、細胞内共生における遺伝子の移行が持つ意味であるが、葉緑体の遺伝子に一部欠損が生じることで、葉緑体の自律的な機能に制限がかかり、それを補うように葉緑体は細胞核由来の物質に依存するようになる。そして、葉緑体の宿主への奴隷化が進むと考えられる。これは葉緑体で欠損した遺伝子が消滅せずに細胞核に移行することから推測できる。そして、真核生物では細胞核に流入した原核生物の遺伝子コード領域に対し、的確なプロモーターの新生が起きることを学んだ。おそらく、細胞核から葉緑体への遺伝子の移行がないのは、原核生物由来である葉緑体に真核生物の遺伝子を転写するシステムが存在していなく、もしも核由来の遺伝子が流入しても転写されないのが一因ではないかと考える。

A:この場合、核へ移行した場合にはプロモーターの新生がおこる一方で、葉緑体へ移行した場合にはプロモーターの新生がおこらない理由を考える必要がありそうです。そこを思いつくかどうかがポイントになりそうですね。


Q:ホストの真核生物へシアノバクテリアが共生体として入るとき、大量の遺伝子が移動したと言われているが、その後の遺伝子の流れは緩やかであるとされている。このことについて、最初の大量の遺伝子伝播が発生したことに疑問を感じた。まず考えられるのは、そもそも一段階目の大量の遺伝子流入は発生していなかったということだ。つまり、初期段階から遺伝子の核への流れは緩やかであり、その段階の生物が発見されていないか、もしくは共生関係にあると認められておらず、結果としてその区間がブランクとなり、あたかも大量の遺伝子が流入したのではないか、ということである。この考え方の根拠としては、ハテナが示すように、共生の初期段階ではシアノバクテリアとホストは完全に一体化しているわけではなく、ホスト側の生物に葉緑体が存在しない時期があるということだ。言い換えれば、葉緑体の遺伝子の流入を追いかけるならば、完全に共生関係にある生物のみを比較することでは不十分ということである。
 次に考えたいのは、仮に大量の遺伝子流入が発生したとして、そのメカニズムはどのようなものだったのかということである。推測であるが、共生が始まる前はホストとなりえる生物もシアノバクテリアを捕食し、分解していたのではないかと考えている。そうして、分解したシアノバクテリアからの遺伝子が徐々にホスト側に蓄積し、ある段階でホスト側の生物がシアノバクテリアを異物(捕食対称)として認識できなくなったのではないだろうか。つまり、ホスト側がシアノバクテリアを有益な関係を結べる生物として認識したのではなく、ある程度シアノバクテリアがホスト側の細胞内で生存できる環境が徐々に整えられてのではないかという考えである。これらの考えは全て妄想に過ぎないが、別の角度から共生関係を考える糸口にならないだろうか。

A:いつもシアノバクテリアを食べてるうちに、シアノバクテリアの遺伝子にいわば「感染」したのではないか、という仮説ですね。ユニークでよいと思います。ただ、そうすると、シアノバクテリア以外でも、捕食対象との間に様々な遺伝子交流がおこりそうですから、それらの遺伝子の痕跡が見つかってもよさそうですね。そのあたりの考察が少しあると、もう少し説得力が増すかもしれません。