植物生理学II 第7回講義

光合成電子伝達の仕組み

第7回の講義では、光合成の電子伝達鎖を構成する成分の概略と、電子伝達に伴ってどのようにプロトン濃度勾配が形成されるかについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:現在地上で主にみられる光合成植物は水を用いることで最大限の効率で電子伝達をおこなっている。一方で、これらの複雑な化学反応系を獲得する以前の光合成細菌は硫黄などを利用して光合成をおこなっていることがわかっている。このことから進化の順序としては硫黄を用いる光合成細菌が最初の段階で発生したと考えられる。しかし、海中には利用できる硫黄が局在しており、熱水噴出孔などの一部に限られている。このことから、現在の陸上植物の祖先は光が全く届かない熱水噴出孔に生息する化学合成細菌である可能性が考えられる。

A:「硫黄」となっているところは、「硫化水素」ですね。いきなり最後に「化学合成細菌」が出てきますが、なぜ光合成細菌の話をしていたのに、ここで化学合成細菌に変わったのかをきちんと説明する必要があるでしょう。単に、熱水噴出孔に生存する典型的な生物だから、ということなのでしょうか。


Q:今回の授業では、Zスキームと呼ばれる機構で光合成が行われていることを学んだ。光化学系はⅠとⅡの二つに分かれて成立している。なぜ2つに分かれているのだろうか。このことの意義について考えて見る。光化学系では光を利用するため、光がよく当たる方が効率よくはたらくことができるはずである。そのため、光化学系を分けて、反射光なども当たるようにしているのではないだろうか。P680とP700では光の吸収スペクトルが同じではないので、お互いに利用しなかった光を反射することで、効率よく光を利用できるはずである。

A:二つの光化学系の意義については、次回の講義で詳しく解説する予定です。


Q:なぜシトクロムb/f複合体は光合成系ⅠやⅡのように酸化還元電位を還元側にもっていかないのか考察する。シトクロムb/f複合体も同様の機能を持てば、より確実にH2OからNADPHを獲得できると考えられる。還元側にもっていくにはもちろんエネルギーが必要であり、本レポートでは自由エネルギーの式(ΔG = ΔH - TΔS)に注目して考えてみる。光合成は光から熱をもらう吸熱反応(ΔH>0)であるためエントロピー(ΔS)の大きさによって自由エネルギーが決定し(絶対温度Tは成育できる温度と考えてほぼ一定とする)、エントロピーが小さいほど自由エネルギーは大きくなる。ここで電位の飛躍が可能な光合成系ⅠやⅡはエントロピーが小さく、シトクロムb/f複合体はエントロピーが大きい…①と仮説を立てる。もちろん色素は動きを持つ物質であり、密度が小さい場合は動き回るスペースが十分存在しエントロピーが大きくなる。光合成系ⅠとⅡは反応中心に光を集めるためアンテナとしてクロロフィル等の色素を多量に持つので、光合成系ⅠとⅡはシトクロムb/f複合体に比べて色素の密度が大きいと考えられる。光合成系ⅠやⅡとシトクロムb/f複合体の色素量を顕微鏡で測定し密度の違いを示すことで、①の仮説は成り立つのではないだろうか。シトクロムb/f複合体に色素が存在する理由が未解明とのことだったが、この仮説が成立すると考えるとシトクロムb/f複合体はシトクロムb/f複合体内のエントロピーが大きく色素が密に存在しないため電位を飛躍させたくてもさせることができず(逆を言っているようだが)、その分のエネルギーを獲得できないためこの機能を持たないと考えられる。密に色素を持つようになればこの機能も獲得できるのではないだろうか。

A:面白い考え方ですが、ΔSは、エントロピーそのもの(S)ではなく、反応に伴うエントロピー変化です。従って、色素量がエントロピーを反映するとした場合は、反応の前後で色素量が変化することを考えることになりますが、電荷分離の反応の速度を考えるとそれは難しそうですね。


Q:電子のやりとりがチラコイド膜内で不均一である理由について考察してみる。電子の流れとしては光化学系ⅡからⅠへ、そしてATP合成酵素へと移動する。すると電子の流れとして逆流したりすることは、正常な電子伝達を妨げてしまうことにつながる。つまり高等植物のチラコイド膜モデルのように内から外へと電子の流れができるのは自然である。ところが一部分では光化学系Ⅰとチトクロム、ATP合成酵素複合体のみで光化学系Ⅱはほとんど見られないのも、チラコイド膜の先端をなすところで、チラコイド膜の楕円状の構造上光を効率的に集めにくい部分である。これはチラコイド膜の中心付近で豊富に存在する光化学系Ⅱが励起して放出した電子を先端で受け取るような流れを作っているのである。

A:最初の「電子のやりとりが」という部分は、「電子のやり取りにかかわる複合体が」という意味ですね。また、電子はATP合成酵素へ移動しません。ATP合成酵素を通るのは、電子伝達によって勾配ができたプロトンです。少し誤解があるようですが、グラナチラコイド膜とストロマチラコイド膜における複合体の不均一性を自分なりに考えている点はよいと思います。


Q:今回の講義では、呼吸と光合成の一連の酸化還元反応が似ているということ、酸化還元電位の小さい分子へと電子が伝達されていくため光合成では光化学系ⅠとⅡで光エネルギーを利用していること、電荷再結合を防ぐための仕組みなどを学んだ。その中で、シトクロムb6/f複合体は電子を流すだけにも関わらずβ-カロテンとクロロフィルaを持っており、その理由は未だに解明されていないということだったのでこれについて考える。シトクロムb6/f複合体はプラストキノールにより還元され、Q-サイクルを作ることでATP生産量を倍増させているということだった。つまり、他の複合体(光化学系ⅠおよびⅡなど)よりも電子の伝達量が多いと考えられ、この電子が酸素分子と反応し活性酸素となり細胞や葉緑体を破壊する危険が考えられる。したがって、β-カロテンとクロロフィルaを持つことで、クロロフィルaが余剰により遊離した電子(エネルギー)を吸収し、そして、「クロロフィルがエネルギーを吸収した状態におかれると、その一部が三重項クロロフィルと呼ばれる特別な状態になります。この三重項クロロフィルが酸素と反応すると一重項酸素という活性酸素が生じ、細胞に害を与える可能性があります。β-カロテンは、この三重項クロロフィルまたは一重項酸素と反応して、それらを元のクロロフィルや酸素に戻して危険が広がらないようにする役割を果たす」(1) という働きにより余剰エネルギーで活性酸素を生成しないためにシトクロムb6/f複合体はβ-カロテンとクロロフィルaを持っていると考えられる。
・引用文献:(1) 光合成の森, 光合成色素, β-カロテン, http://www.photosynthesis.jp/shikiso.html, 2017年11月28日

A:これは初めて目にする仮説です。オリジナリティーがあって評価できます。β-カロテンが何らかの形で活性酸素を消去するところまでは考えると思いますが、クロロフィルaが電子の吸収材になっているというアイデアは面白いと思います。


Q:今回の講義では、植物の電子伝達系の仕組みについて学んだ。講義の中で陸上植物の系Ⅱの電子の流れは紅色硫黄細菌の光合成系の電子の流れと、系Ⅰは緑色硫黄細菌の光合成系の電子の流れと酷似していることから、陸上植物の光合成系は紅色硫黄細菌と緑色硫黄細菌の二つの光合成系を獲得して進化してきたことが分かるというお話があった。そこで、第三回の講義で、光合成細菌とシアノバクテリアの進化の中間生物が未発見である、進化の過程が謎であるというお話を思い出したのでそれについて考察する。シアノバクテリアと光合成細菌の光合成系で大きく異なるのは系Ⅱの光合成色素の酸化還元電位が、光合成細菌のそれよりもっと大きな値(酸化よりの値)であり、そのおかげで電子を水から受け取れるようになったことである。そこで、シアノバクテリアが、緑色硫黄細菌と紅色硫黄細菌の遺伝子の水平伝播により系を二つ獲得する過程が二つ考えられる。一つ目は、紅色硫黄細菌と緑色硫黄細菌のそれぞれの系をそのままつなげた後、系Ⅱの光合成色素の酸化還元電位が酸化寄りに移動したという流れ。もう一つは、紅色硫黄細菌の光合成色素の酸化還元電位が水から電子を受け取ることが可能な程度に酸化還元電位が酸化寄りに移動した後に、緑色硫黄細菌との遺伝子の水平伝播により系Ⅰも獲得したという流れである。一つ目の仮定した流れの場合、系Ⅱの酸化還元電位が酸化寄りに移動するまでの間(その変異が起きるまでの間)はH2Sから電子を受け取り系Ⅱと系ⅠのどちらもNAD+を精製し、変異が起きた後は系ⅡではNAD+は合成できなくなるが、系Ⅰで合成可能なため生存に不利益があまりなかったのではないかと考えた。一方、二つ目の流れは、紅色硫黄細菌が光合成色素の酸化還元電位を酸化寄りに移動させるとNAD+を合成できなくなるため、そのような紅色硫黄細菌がまず現れない(あらわれても生存できない)ため考えにくい。よって、もしシアノバクテリアと光合成細菌の進化の中間段階の生物が見つかるとしたら、光合成系を二つ持っているが、系Ⅱの光合成色素の酸化還元電位が水から電子を受け取れるとこまで移動していない生物ではないだろうかと考えた。

A:これは、眼の付け所も面白いですし、そのあとの仮説も論理的に考えていて高く評価できます。


Q:今回の講義で、光合成色素が光エネルギーによって励起され、その励起エネルギーを近傍の光合成色素に伝えることを繰り返して最終的に反応中心まで伝えることを学んだ。ここで疑問に思ったのは、なぜこのようなバケツリレー方式のエネルギー伝達を行うのか、1つの光合成色素が1つの反応中心に直接伝える方法ではいけないのかということである。なぜこのような伝達方式になったか考察してみよう。考え付いたのは、反応中心を作るためのコストの節約である。光合成色素が直接励起エネルギーを反応中心に伝える場合、1つの光合成色素のすぐ近傍に反応中心を配置する必要がある。多くの光エネルギーを得るには多数のアンテナ色素を用意する必要があり、それに応じて必要な反応中心の数も多くなってしまう。これでは膨大なコストがかかってしまう。一方で、バケツリレー方式では多くの光エネルギーを得るために増やす必要があるのはアンテナ色素だけであるから前者に比べると、かかるコストは格段に少なくなるだろう。以上の考察のとおり、光合成の際にバケツリレー方式のエネルギー伝達が行われるのは、反応中心の作成コスト削減のためと考えられる。

A:これも、きちんと考えていてよいと思います。やや常識的かな、とも思いますが。


Q:今回の授業でプロトンを垂直に輸送するメカニズムについて習ったが、なぜ小腸上皮細胞のように他の物質の輸送をつかってプロトンを輸送しないのかという点に疑問をもった。小腸上皮のような輸送というのは例えば、プロトンが多量にあるとしてチラコイド膜の両側にチャネルのようなものがあればその物質の輸送でプロトンも輸送できるのではないかよいうことだ。まず、このやり方で行うなら、エネルギーを生み出す絶対量が不足しそうな気がするのだが、このやり方だと光が照射されない時間も少量をいつでも輸送できると思う。ただ、他の物質に依存してしまうという欠点もある、電子というのは水があればいくらでも生み出せるが、チャネルを通るようなイオンは数の点で圧倒的に電子にはかなわない、このような点からも電子の移動を介したプロトンの輸送になっているのだろう。

A:光合成の電子伝達の話なのだと思うのですが、そうだとすると、まず考えなければならないのはエネルギー源です。「水があれば」というよりは「光があれば」いくらでもプロトン輸送ができるのは、光がエネルギーを供給しているからです。他の物質を使う場合は、その物質の濃度勾配をつくるためにATPを消費しますから、結局、いくらプロトンを輸送してATPを合成しても、差し引きはマイナスで、何の役にも立ちません。