植物生理学II 第6回講義

転流、植物の根

第6回の講義では前回の続きとして転流の仕組みについて補足したのち、植物の根の働きについて解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:C3植物はCO2濃度が高い状況では光合成基質が多くなることになるので光合成速度が速くなるが、生成された糖の濃度が増加し、光合成遺伝子が抑制されてしまい長期的には植物の生産につながらないが、イモはでんぷんをためることによってその糖を貯蔵しているために光合成遺伝子の抑制が起こりにくい。ではなぜイモ以外の植物はシンクを作らないのかを考える。これは、そもそもイモを作る理由が冬などに光合成器官がなくなっても後になって蓄えておいたデンプンで発芽ことが出来るようにしたものであって、植物が十分に生育できるような環境ではそれだけのデンプンをためておくメリットがないからだと考えられる。一年中光合成が行えるようにし、呼吸量より光合成量による有機物産生量を多くしておけるような環境ではためておいた糖を使う必要はなく、その分余計に細胞を増やすだけになのでその分多くの根を張ってより多くの窒素を獲得する方が合理的であるために、多くの植物ではイモを作ることにより多くのシンクを獲得することを選んでないのではないかと思う。

A:きちんとした考察だと思います。もし、この仮説が正しければ、「イモを作る植物の比率」は冬が厳しいところで多くなるはずです。レポートとしては、そこまで踏み込むと満点です。


Q:ポリマートラップセオリーが転流に採用されている理由について考えてみる。まず、導管でのアポプラストと比べると細胞膜の経由、糖の付加などが起こるため運搬効率が悪くなるが、逆流が起こりづらくなる。このことから運搬する主物質の違いが関係するのではないかと考えられる。導管の主な役割が根から吸収した水と栄養の運搬であるのに対し、師管は光合成組織で産生された糖の運搬である。つまり、転流においては導管のようなポテンシャルが得られないため、必然的に水に糖を拡散させる方法でしか運搬が出来ない。この時問題になるのが飽和である。物質の均一な溶解にはある程度時間がかかるため、単純に糖を拡散させているだけではいずれ部分的に飽和してしまい光合成がストップしてしまうと推測できる。つまり、このポリマートラップセオリーが採用されている理由は糖の付加を行い別の物質にし、間を区切る事で部分的な飽和状態が起こることによる光合成機能の停止を防ぐためであると考えられる。また、このことにより結果的に単純な拡散よりも速く物質の移動が行われているのではないかと考えられる。

A:これもきちんと考えています。ただ、全ての植物がポリマートラップを使っているわけではありません。ポリマートラップを使っていない植物では、どのように問題点を回避しているのか、という視点も必要でしょうね。具体的には、講義の中で紹介した、プロトンとのシンポートによるスクロースの能動輸送を考えればよいと思います。


Q:モジュール構造について学んだ。ヤマハンノキではモジュールが自律しており、他のモジュールに転流は起こらなかった。コナラでは果実がある部分に向けてなら他のモジュールに転流が起こっていた。私は、枯れ始めて元気が無い葉は、取り除いた方がよいのだと思っていた。なぜなら、美観の問題ではなく、元気の良い葉で作られた栄養が枯れかかっている(葉が黄色い、一部枯れている)葉に転流が起こると考えていたからだ。ヤマハンノキやコナラから考えると、そのようなことは基本的に起こらないと考察できる。ただ、ヤマハンノキもコナラも樹木なので一概にはいえないかもしれない。しかし、疑問に思ったことがある。挿し木では根がモジュールと関係なく生えてくる。根が生えてる普通に生育した植物であれば、根は栄養の貯蔵庫であるので、根を増やすのであれば、それから使用すればよい。挿し木の場合、コナラのように考えるとすると、根は、果実のように有性生殖ではないが、無性生殖であるとして、転流が起こるのだろう。

A:悪くはないのですが、全体としてみた時に、「もっとも主張したい点は何か」ということが読みとれないように思います。考えたことを文章に書きとめた後、改めて読み直して1つの論理の通った主張にまとめる、という作業を重ねると、もっとよいレポートになると思います。


Q:根の役割のひとつに植物体の固定が挙げられることを学んだ。植物体は、基本的には自由に動くことが出来ずに一定した位置で生存する。そこで、植物体が固定のために根をはりめぐらせた『土壌』環境が著しく変化してしまった場合の根の形態変化を、水分含有量の大小の点から考察する。土壌内の水分含有量が著しく減少したとき、土は砂塵として風に舞うようになるため地上付近に根をはると、安定性が欠如することが考えられる。また水分量が減少するために根は地下水を求めて地中深く、少しでも水を多く得るため細長く数多く広範囲に分散していくと考えられる。地中深く広範囲に根が存在することで、安定性の維持と水分の確保が可能となる。一方、水分含有量が著しく増加すると、根周りの水分量は十分にあり広範囲に分散する必要性はなくなる。しかし、減少時と同様に水分含有量過多による安定性の欠如が考えられる。そこで、一本一本を太く、また丈夫な外装にすることで地上付近に根をはったとしても一本一本そのものが安定性を持っており植物体が吹き飛んだり土から浮き出てしまうリスクは低くなるといえる。以上の比較から、植物体の生存戦略に対応しなければならない根は、直径、長さ、本数をある程度後天的にに制御できるようプログラムされている可能性が高いと推測することができる。

A:2種類の環境条件を考え、その環境の植物体に対する影響を論理的に考察しており、非常によいと思います。しっかり書けていますね。


Q:水は根から葉への一方通行でしか流れないということを今回の授業で知った。しかし、一方で糖などは葉で合成され、根に送られて貯蔵される。水は導管を通って輸送され、糖は篩管を通ることを考えると、管によって流れる物質輸送の方向が違うのだと理解できたが、実際には導管の輸送は一方しかないが、篩管は葉から根と根から葉への両方向へと物質が流れている。このとき、篩管が両方向の輸送を担い、水も運ぶことができるのなら、篩管だけで植物は成長できないだろうか。実験として導管を削り取った植物と、対照として何も手を加えていない植物を用意し、同条件で育てて観察すれば、成長の比較ができるだろう。植物の物質輸送は水を溶媒として行われているため、篩管だけで成長はできるだろうが、水の輸送効率が下がるため、対照よりも成長度合は下がると考えられる。

A:篩管の中の水の動きは浸透圧によっていますから、ソースの細胞からシンクの細胞への動きです。とすると、篩管ではソースの細胞に水を送れないことになりますよね?導管の働きを篩管で代替できるというのは、方向を考えると難しいことがわかります。「方向が違うのだと理解」が今一つかな。


Q:シンプラスト輸送とアポプラスト輸送に興味を持ちました。この2つは、限られた植物体の中で使い分けられているという点に疑問を持ちました。この理由は物質の選択の異なりにあると考えられる。アポプラストは、水の流れ、拡散によっての輸送である。一方シンプラストは原形質連絡を用いる。アポプラストは受動輸送に近いため、エネルギーを使わないという点で負担が少なく植物体にとって良いと考えられる。しかし、シンプラストが使われているのは、根にはカスパリー線という構造があり、これはアポプラストによる水、養分の流出を防いでいる。この構造によってアポプラストが利用できない場面でシンプラストが使われている。よって、シンプラストは予備の輸送であると考えられる。また、溶質が含まれる量によっても変化が見られると考えられる。溶質はを多く含む植物の場合はシンプラスト、逆の場合はアポプラストが使われていると考えられる。

A:これは面白い比較だと思います。ただ、必ずしも「アポプラストは受動輸送に近い」とは限りません。細胞から能動輸送によって特定の物質を放出し、それを次の細胞が取り込むという、細胞とアポプラストを両方使う輸送は、能動的なものである場合が多いようです。


Q:今回の授業ではシンクリミットを扱った。これは二酸化炭素濃度に比例して光合成産物の量が増加するというのは間違いである、という論文である。これは二酸化炭素の増加により糖が増加すると、糖が光合成関連遺伝子を抑制するシグナルを出すことによって発生する。しかし芋のようなシンクの大きい植物は例外で、二酸化炭素に比例して光合成産物の生産性は上がる。今の段階ではシンクが大きい植物のほうが効率よく栄養を蓄えられると、私は思う。ではなぜ全部の植物がシンクを大きくする進化を遂げなかったのか。これには地球温暖化が最近になって加速してきたからだと考えられる。今までは二酸化炭素濃度に関係なく光合成産物を作っていた植物が得をしていたが、地球温暖化によって空気中の二酸化炭素濃度が高くなっているのだと考えられる。

A:論理がもう一息ですね。多様性の説明を1つの事象で行なうのは通常困難です。後半、地球温暖化の速度に進化の速度が一部の生物にのみ追いついていないことが多様性の原因である、ということだったら、その部分をきちんと論じるとよいでしょう。


Q:切断されたシュートがある場合、そのモジュール内で合成される光合成産物は近隣のモジュールへ分配される方が植物全体の養分運用の観点からは効率的に思える。しかし実際には各モジュールは自律性を保っている。その理由について考察してみる。例えば切断されたシュートを含むモジュールの葉が合成した養分が、そこから一番近いモジュールへ供給されると考えた場合、供給されたモジュールのシュートは他のシュートよりも単純計算で二倍早く成長することとなる。そうなると、予定より長くなったシュートを物理的に支える新たな構造(シュートをつけた一年枝の補強など)が必要になり、余計な手間がかかるため、自律性を保つことが最適戦略となるのではないか。花芽形成の観点から考えると、植物は最終的には花芽を形成し果実をつけ子孫を残すことを目的としている。すると一つのシュートが他よりも比較的に成長することで得られる花芽、果実形成上の利点が考えられない(ヤマハンノキの場合、先端部に花芽を形成するが、結局他よりも成長した枝も一つの花芽しか形成できないため、通常通りに成長した枝との間に優劣がつなかい)。比較的成長した枝が利点を発揮するならば、その枝からさらに複数のシュートを形成することで多くの花芽を形成することとなるが、そうなると供給を受けたシュートは当年は花芽形成をしないこととなり(花芽形成とシュート形成は両立できない)、全体としては損益につながってしまうのではないかと考えた。これらのことから、各モジュール間で光合成産物を共通化する利点が存在しないため、結果として自律性を保っていると考えられる。

A:ポイントはよいのですが、特に後半、花芽形成を含めて考える場合は、花芽を持つシュートと持たないシュートを分けて考えないといけないでしょうね。また、自律性がない場合は、光合成をあまりできない劣悪な環境にあるシュートが他からの援助を受けて生き延びることになります。そのことがよいことなのか、悪いことなのか、という議論も必要でしょう。


Q:今回の講義においてシンク・リミットということを知り,大変興味深かったです.高CO2になると限りなく生産性があがるのかと思っていました.ここから考えられることは,植物生理とは関係はないかもしれませんが,高CO2で生産性が上がらないのならば,かつての地球では植物がいたころにはシンク・リミットになるほどのCO2濃度にはなったことがないことが考えられます.

A:着眼点は非常によいのですが、それをきちんと敷衍して論理的なレポートにする努力が必要でしょう。このままだと、一発芸のような感じで、レポートとしてはあまり評価できません。


Q:植物におけるモジュールの自律性に興味を持った。ヤマハンノキでは非繁殖枝から繁殖枝へ転流が生じなかった、という実験結果が講義中に示された。このような自律性のメカニズムについて、圧流説に基づいて考えてみた。2点をつなぐ一本の管が篩管であると考えると、非繁殖枝から繁殖枝へ転流が生じないということは両者の間の圧が等しいと解釈できる。具体的には、両者での糖の取り込み・放出に伴う水の移動量が等しいため、篩管流が生じないと考えられる。このとき、篩管の両端でのショ糖の輸送体の量が等しいはずである。つまり、モジュールの自律性は各モジュールの入り口部分におけるショ糖輸送体の量が等しいことによって成り立っていると考えられる。そしてモジュール内の末梢ほどショ糖輸送体の量が多く、そちらのほうへ篩管流が生じやすくなっているのではないだろうか。電気回路的に考えると、各モジュールの入り口は等電位で、奥に行くほど電位が低くなっているイメージである。また、モジュールの自律性について聞いたとき、光合成器官を持たず水をくみ上げるだけの根が、エネルギー収支的に最も損をしてしまうのではないかと疑問に感じた。根が糖を必要とするときは(あるいは貯蔵根は)、一気にショ糖輸送体を増やして篩管流を起こし、モジュールの自律性を崩すように働く場面があるのではないかと推測する。

A:講義で扱ったモジュールの自立性を同じく講義で説明した圧流説に基づいて考えるという視点は高く評価できます。ただ、根については若干誤解があるかもしれません。そもそも光合成器官を持たずにいれば、糖の濃度は低くなることが予想されるので、それだけで勾配ができるはずです。圧流説というのは、損をしているところに分配されるシステムですから、根の場合、解釈の問題はそれほど生じないでしょう。むしろ、自立性のある場合の方が、そのための特別なメカニズムを考えないといけないわけです。


Q:二酸化炭素濃度の操作による生産量の拡大はシンク・リミットにより長期的な観点からは望めないことがわかった。しかし、光合成関連遺伝子の発現が抑制されるには糖の濃度が重要であり、イモなどがデンプンとして貯蔵するなど完全ではないがリミットが緩和される例もある。授業では師管液について調べる方法についても触れていたが、師管液から糖分を抜き出し外部に移すシステムを考えたらどうか。サトウキビであれば糖を茎に溜め込む性質や、その茎自体が太く折れにくいことから糖を吸い出す仕組みを導入し易いのではないか。また現在サトウキビは廃糖蜜がバイオエタノールの原料として有望視されている植物でもあるため生産拡大と糖を獲得できるシステムには価値があると考える。ただし二酸化炭素濃度を高めるにしろ糖を吸い出すにしろそれぞれコストが高くかかり、大規模農法と比べて実用的だとはあまり言えないだろう。

A:まあ、その通りなのですけど、ちょっと常識的な線に落ちついてしまった感じですね。せっかくだったら、実現可能性はなくとも、独創的な糖の取り出しシステムを提案してほしいところです。


Q:高CO2濃度での植物の光合成活性については、生態学的にもとても興味のある分野だ。CO2濃度が高くなれば、特にC3植物の光合成効率が上昇する。しかし、窒素やリンなどの栄養塩は限られており、また高濃度の糖は光合成関連遺伝子を抑制するので、長期的にはCO2施肥効果は少ないということだった。しかし、CO2施肥効果は、かなり高濃度のCO2を施した場合に現れるものと考えられる。化石燃料の消費によるCO2増加も、おそらく500ppmを超えるようなことにはならないだろう。そのようなCO2濃度では、地球温暖化の方がはるかに問題となる。今、地球の平均気温が上昇した場合に、植物の光合成活性がどのように変化するか、生産量と呼吸量の差し引きである生態系純生産量(NEP)がどのように変化するかが注目されている。わたしの研究は温暖化実験ではないが、草原生態系では、昇温によってNEPは増加する傾向にあるようだ。また、植物の中には生育している温度に応じて、最大光合成速度を実現する温度を変える能力をもっているものがあることも知られている。例えば、5℃で育てたコムギは5℃付近に、15℃で育てたコムギは15℃付近に光合成のピークを持つのである。この様な例をみると、温暖化によって植物の光合成活性は変化しない、もしくは上昇する可能性があると言える。しかし、光合成活性の上昇=NEPの増加とはならない。なぜなら、CO2を放出する過程である生物呼吸は温度の上昇と強い相関関係を持つことが分かっているからである。CO2施肥効果、昇温による光合成活性の上昇が起こっても、呼吸活性の上昇がそれを上回っては全体として生態系はCO2の放出源になってしまう。やはり、CO2の固定能を上昇させるには、NEPがプラスとなるような広大な森林が必要であると考えられる。

A:これは、知識に基づいてきちんと議論されていて、普通の講義のレポートだったら非常に高く評価されるものだと思います。ただ、やはり、一般的な知識に基づく議論の枠組みの中で、終わってしまっているという印象は否めません。この講義のレポートとしては、なるべく人が考えないような、独自の視点に基づくレポートを期待しています。