植物生理学I 第10回講義

栄養塩と水の吸収

第10回の講義では、水や栄養塩を根からどのように吸収しているのかという点を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。

Q:リン酸が極めて少ない土地では植物はクラスター根を発達させて、有機酸の分泌を増加させたり、ホスファターゼ活性を高めたりすることで量の少ないリン酸を吸収しやすくしている(1)。同じくリン酸が欠乏している際に、植物は菌根菌との共生を始める場合があるが、クラスター根をつくる植物は菌根菌と非共生のものが多いとされている(1)。なぜクラスター根を生やすか、菌と共生するかで分かれるのだろうか。菌根菌は植物の根が広がる範囲よりも遠くに張り巡らすことで植物に栄養をはこんでいるが(2)、その地域に含まれているリン酸の量が極度に少ない場合は菌根菌を使って広く浅くリン酸を吸収するよりは、クラスター根のようにわずかな栄養分を搾り取るのにコストをかける方がいいのかもしれない。逆に地域全体でリン酸が極度に少ないというわけではなく、ある植物が生息する近辺に限定して少なくなった場合は、クラスター根でわずかに残ったものを吸収するよりは、菌根菌で別の場所のリン酸を吸収した方が効率よく多くの栄養を得られるのではと考えられる。
(1) 丸山隼人・和崎淳. 低リン条件で房状の根を形成する植物の機能と分布 低リンストレスに対する植物の適応機構. 化学と生物.2017, Vol. 55, No. 3, p.189-195、(2) 浜島書店編集部. “植物の環境応答”. ニューステージ生物図表. 株式会社浜島書店, 2019, p.237

A:参考文献の1つ目は、多くのレポートで挙げられていました。単にキーワードで検索して何か参考にならないかなと探すと、どうしても人と同じものにぶつかります。科学では独自性が重視されるので、やはり参考になるものを探すときにも自分なりの考え方が必要です。ただ、クラスター根と菌根菌の比較は、それほど悪くないと思います。


Q:今回の授業では土壌中に固定化されてしまったリン酸を分解するために植物がフォスファターゼなどの酵素を分泌することでリン酸を可溶性にして吸収していることを学んだ。そこで、現在行われている生物学基礎実験Ⅱの授業内では「アルカリフォスファターゼ」を用いた実験を行ったが植物が分泌するフォスファターゼの最適pHはどの程度であるの興味を持った。資料1より、「土壌中では酸性フォスファターゼもアルカリ性フォスファターゼも確認することが出来るが、アルカリ性フォスファターゼは主に細菌が生産しており植物が分泌するのは酸性フォスファターゼ」であることが分かった。このことから、植物が分泌するフォスファターゼの最適pHは酸性に傾いていることが分かる。植物が酸性フォスファターゼを分泌する理由について、私はまず土壌pHが一般的に酸性に傾いており、その環境に適応したからではないかと考えた。確かに日本のように雨が多く降る地域では雨に空気中の二酸化炭素が溶け込むため土壌pHは弱酸性に傾くと考えられる。しかしながら地中海や砂漠地帯のように乾燥していたり、土壌に含まれる石灰量が多い地域では土壌は弱アルカリ性に傾いている。そのような地域があるにもかかわらず、アルカリ性フォスファターゼを分泌するのは菌類であり、植物が分泌するのは酸性フォスファターゼであるのはなぜだろうか。この理由について私はアルカリ性土壌と比べ酸性土壌の方がリン酸固定が進みやすいからではないかと考えた。資料1よりリン酸固定とは無機リン酸が鉄やアルミニウム、カルシウム、マグネシウムと結合して難溶性になってしまうことであると分かる。ここで、鉄やアルミニウム、カルシウム、マグネシウムなどは酸性条件下においてよく溶ける事からアルカリ性土壌と比べ酸性土壌中の方がリン酸固定が進みやすいと考えられる。以上のことから、植物はリン酸固定が進みやすい酸性土壌において難溶性リン酸の分解を効率よく行うために酸性フォスファターゼを分泌するのではないかと考えた。また、授業内容からは逸れてしまうので今回は触れないが菌類がアルカリフォスファターゼの分泌を行うのはなぜかについて興味を持った。
資料1. 國頭恭,諸人誌,藤田一輝,美世一守,長岡一成,大塚重人, "リン可給性をめぐる土壌微生物群集",土と微生物,土壌微生物研究会, 73巻2号,p. 41-54,2019年10月

A:注目点はよいと思います。植物の場合は、フォスファターゼを土壌中に分泌しているわけですが、細菌の場合もそうなのかどうかが重要なポイントでしょう。「土壌中に確認できる」フォスファターゼは、細菌の細胞の内部で働くものであった場合、議論の前提は大きく変わることになります。


Q:今回の講義では土壌中のリンの吸収で、土壌リン酸量が絶対的に少ない地域ではクラスター根の発達が見られることを習った。これに関連して、昨年の基礎生物学では普通の植物がリン酸飢餓のときに合成するS-like RNaseが食虫植物では常に発現していることからリン酸を確保するために食虫植物は虫を捕ると考えられることを習った。ここで疑問に感じたのは同じリン酸不足に対してなぜ異なる対応策を取る方向に進化が起きたのかということである。その理由としてリン酸不足の状況として他の植物との競争が激しいかどうかということが考えられる。クラスター根の発達はリン酸が不足している環境において根の表面積を大きくすればある程度のリン酸を確保することができたためだと考える。これに対し食虫植物は他の植物とのリン酸を確保するための競争が激しく、クラスター根の様な根を発達させたとしても他の植物も同様に根を発達させた場合、必要量のリン酸を確保できる保証がなかったため、虫を捕るための葉を発達させたと考える。したがって競争圧力の違いがリン酸不足という似たような環境に対し異なる進化を促したと考える。

A:これも着目点はよいと思います。ただし、要因を競争に絞った理由がよくわかりませんでした。栄養塩のレベルの差でも同じロジックで説明可能な気がします。


Q:今回講義中で、植物がリン酸を吸収するために金属イオンによって固定化(キレート)されたリン酸をどのような機構で植物に取り入れているのか学んだ。それを踏まえた上で一つ疑問が生じた。感覚的な理解として、酸性雨はpHが低いため一見植物にとって害を与えそうではあるが土壌を酸性にするという点ではメリットなのではないだろうかという疑問だ。リン酸を植物細胞内に回収するにあたっては、水素イオンを細胞の外に出し、土壌が酸性になった後、カルボン酸を外に出す。このカルボン酸が酸性条件でキレートされたリンがリン単体にできて、カルボン酸金属塩になるという流れがある。そこで酸性雨には最初の土壌pHを高めるという点ではメリットである。しかし参考文献よりpH3以上では葉面に損傷は現れないという記述があり、ますます酸性雨が本当に植物にとって悪影響を及ぼすのか疑問である。しかし、酸性雨による土壌の酸性化には土壌中のアルミニウムを溶け出させるという性質があるという。アルミニウムは金属イオンであるため他の金属イオンである鉄,カルシウムなどと同様にリン酸と結合する。そのため、土壌を酸性条件にするという点ではメリットであると考えられるが、リン酸を細胞内に吸収するという点ではデメリットになると考えられる。
参考文献:古川 昭雄「酸性雨によって植物は枯れる?」https://www.nies.go.jp/kanko/news/8/8-2/8-2-08.html、国立環境研究所,(2023年12月16日閲覧)

A:「酸性雨による土壌の酸性化には土壌中のアルミニウムを溶け出させるという性質があるという」といった伝聞の形式をとっているので、何かを参考にしたのだと思います。そうであれば、その出典を参考文献として挙げるようにしてください。レポートのストーリーとしては、知っている人には当たり前の内容ですが、一応、論旨は通っていると思います。


Q:今回の講義内で二重の親和性を持つ硝酸輸送体が存在することを知った。硝酸濃度が低い場合に親和性が高い状態となり活性がすぐに上昇するグラフになるが早めに頭打ちになる。一方硝酸濃度が高くなると親和性が低くはなるが頭打ちになりにくい酵素活性に切り替わる(栄養素が少ないときに頭打ちにならずに多く取り入れるようにする)。この酵素は環境に適応できるので有利に見えるがこの機能を持つ酵素は少ないため、何か不利益な点があるということだったので、その点を考える。また、それらの不利益を踏まえて、あえてこの機能を持つ理由も考える。まず、このたんぱく質の具体的な仕組みを調べた。「機能を備えたNRT1.1(二重親和性を持つ硝酸の輸送体)は細胞膜中で二量体になっていて、Thr 101のリン酸化模倣変異により二量体が構造的に分離して、一相性の高親和性輸送体へと変換されることが分かった。(中略)NRT1.1がリン酸化により制御された二量体化スイッチの働きによって2つの異なる親和性での硝酸取り込みを可能としていることを立証している。」[i]という研究があった。模倣変異はよくわからなかったが、機能を変化させるときに二量体の分離ということはタンパク質に物理的変化が起こっていると言える。タンパク質の構造変化というのは基本的にエネルギーが必要である。ATPを必要とするのはコストのかかることであり、コストは必要最低限にとどめるのは生物にとって重要である。硝酸の輸送体は1つの細胞内にもたくさんあり細胞自体も非常に多いためこの輸送体の構造変化だけでも多くのエネルギーを必要とすることを考えると、全ての輸送体が濃度によって構造変化などでエネルギーを使っていたらさらに重要な生命維持(呼吸など)にエネルギーがまわらなくなる可能性がある。そのため限られた輸送体のみがこの機能を持っていると考えられる。次になぜ硝酸に限ってコストのかかる機能を持ったのかを考える。植物は硝酸をNO3-として植物体に取り込み硝酸還元を経てグルタミン酸回路に入り種々アミノ酸へ合成[ii]される。生物はタンパク質が生命維持に非常に重要でありタンパク質のもとになるアミノ酸を安定的に取り入れることは同様に不可欠であると言える。したがって、上記のようにコストをかけてでも硝酸が低濃度のときにもなるべく多く硝酸を取り入れるようにする必要があるため輸送体が親和性を変化できる二重親和性の機能を獲得できたと考えられる。
[i] Springer Nature Japan, “Nature ダイジェスト” Nature , Nature ハイライト:融通の利く硝酸輸送体 | Nature | Nature Portfolio (natureasia.com) , (2023/12/13) .、[ii] 吉岡勝利 他 , スクエア最新図説生物 , 第一学習社 , 2018 .

A:まあ比較的考えやすいロジックなので、それほど独創性があるとは言えませんが、きちんと考えて論理を展開しているように思えます。