植物生理学I 第9回講義

水ポテンシャル

第9回の講義では、導管における水輸送を駆動する水ポテンシャルと導管要素の分化を中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。

Q:今回の授業では裸子植物と被子植物の木部について興味をもった。裸子植物が細い管を大量に持つのに対して、被子植物は太めの管を少数持つ。しかし、管を大量に持つ裸子植物よりも、管の数的には少ない被子植物の方が管を通る液体の量的には多いとのことだった。輸送効率が低い細径の管を多量に持つ方式をなぜわざわざ保持しつづけているか理由を考えた。一つ理由として考えられるのは、植物体が物理的外傷を受けた場合に、管が少ない場合に比べて、管の多い方が全体的な輸送量に及ぼす影響が相対的に少ない可能性があると考えた。輸送量の多い管を少量持った場合、管が一つ使えなくなると全体的に大きな影響が出るが、輸送量の少ない管が大量にあれば、数によるカバーが期待できるためである。また、主目的ではないだろうが、少量の管を大量に持つことで断熱効果も期待できると考えた。これ小さな空間がたくさんできることにより、外部の温度に対する緩衝空間が多数生まれることで断熱効果が高まり、植物体の耐候性の上昇が期待できる。これらのメリットによりより環境への適応性が高まることがあ輸送効率が高いというメリットを上回った結果、裸子植物はこの方式を採用していると考えられる。

A:きちんと考えていてよいと思います。後半の断熱効果については、切り出した木材についてはその通りなのかもしれませんが、導管が機能している時には中身は空気ではなく水になりますから、断熱効果はそれほど大きくないかもしれません。


Q:つる植物は力学的支持を他の植物に依存しているため、茎の大部分を導管として用いることができ、蒸散速流が非常に速い。そのため、効率的な光合成を行うことができると考えられる。しかし身の回りでつる植物を見る機会は存外少ないように感じる。そこで、一見生存に有利なつる植物が植物の大部分を占めていない理由を考察する。一つ目につる植物は他の植物に巻き付いて成長するため、茎の長さがより必要となるデメリットが考えられる。自身で体を支える植物は真っ直ぐ真上に成長するだけで済むが、つる植物はそれらに巻き付きながら上へと成長していくため、他の植物よりも茎の長さを長くしなければ、高さを得ることができない。そのため、力学的支持を他の植物に依存して光合成効率が良くなったとしても、結局は茎を伸ばすことに大量のエネルギーを割かなければならないため、イメージしたような効率の良さは維持できないのだと考えた。次に、つる植物は他の植物に、文字通り「依存している」ことに着目した。つる植物は他の植物がいないと体を支えることができず、高さを得ることはできない。そのため、周りに他の植物が生息する競争環境下でしか生存することができず、つる植物独自の群落を築くことはできないため、生息域等も他の植物に依存せざるを得ない。また、何かの影響でつる植物以外の植物が個体数を減らせば、つる植物は個体数を維持することはできない。よって、力学的支持を他の植物に依存するという選択は、他の植物に生息域や個体数を制限されてしまうというデメリットがあると考えた。
 以上のように、一見効率が良さそうなつる植物であるが、メリットだけではなくデメリットも多く抱えていると考えられる。そのため、つる植物だけが圧倒的に有利であるというわけではなく、植物の中でつる植物が大部分を占めるということは生じないのだと考えた。もし仮につる植物が圧倒的に有利で大繁栄し、全ての植物がつる植物になったとしても、誰にも力学的支持を依存することができない。よって、つる植物は他の植物の生存を脅かすほど繁栄することはなく、今の個体数が維持されているのだと考えた。

A:考えようという努力は感じられてよいと思います。大学生のレポートとしては若干ナイーブな気もしますが。


Q:今回の講義前半において、導管の周りの(導管要素になった)細胞は導管要素に分化しやすいとのお話があり、植物のような中枢神経がない生物であっても動物細胞に見られるような細胞の運命決定?機構があって、植物の場合はVND7というシグナル伝達物質が働いて細胞が葉肉細胞になるか導管要素になるかの分化を誘導し、選択させているということを学んだ。では、このVND7分泌は何によってコントロールされているのだろう。VND7の分泌が止まらないと細胞全てが導管に分化してしまうと考えられるが意図的に過剰分泌させない限りそうはならない。一番に考えられたのは導管内を通る水の圧力である。導管の役割は水の通路の確保なのである程度の水が通れれば良いと思われ、水が細胞を押す圧力を細胞が感知すればそこがVND7の分泌の境界線となるとなる。しかし、講義内でアポトーシスが引き起こされた細胞によって導管は形成されていると言っていたので、死んだ細胞が圧力を感知することは考えにくく、水の圧力感知は違うと推察した。続いて、水に関して重要な役割を持つのは葉であると考えた。根から水を吸い上げるのにも葉で行う蒸散が関係していると以前の講義で学んだので、根ではなく葉にVND7分泌を制御する仕組みがあると推察した。植物は二酸化炭素よりも水の確保を優先し、蒸散流によって水は循環しているので、植物が自生している環境下(温度や湿度)における蒸散流速度が葉の細胞に及ぼす影響がVND7の分泌を制御していると考えた。乾燥・寒冷な環境では蒸散流が抑えられ、VND7を抑制し、湿潤な環境では促進するなど。結論、葉の細胞において周辺環境(温度や湿度)による蒸散流の速度を感知してVND7分泌を制御しているのではないかと考えた。

A:よく考えていていいですね。ただし、1つ目に関しては、「水が細胞を押す圧力」というのが気になりました。その後で「根から水を吸い上げるのにも葉で行う蒸散が関係している」と書いているように、導管には陰圧がかかりますし、その点については、掃除機のホースとの類似性を使って説明したと思います。


Q:今回の講義内に導管の獲得に関して、2回起こっていると紹介があった。その際の仮導管を有する事の意義に関して考察する。裸子植物においてはほとんどの場合仮導管を有している一方で、グネツム類においては導管を有している。一方、殆どが導管を有している被子植物のアンボレラでは導管を有していない。この際、まず、グネツム類に関しては被子植物と酷似した見た目を有するグループであることが知られており、このことから、講義内において紹介のあった仮導管の導管と繊維への機能分離による多様性の獲得が示唆される。しかし、この獲得とは別に被子植物においても仮導管を有する植物種が存在しており、これら2つが独立して存在している以上、環境適応の面で、仮導管を有した方が得られるメリットが大きい環境が一定割合で存在することは自明である、と考えるのが妥当である。導管を有するメリットは講義で紹介のあったような形態的な多様性の獲得と通導量の大幅な増加がある一方で、デメリットとして考えられるのは、何がしかの成長阻害をもたらす物質が水に溶存した状態で通導を行った際に影響の出る面積が、通導を行う管の太い植物体の方が大きいと言う仮説である。この際、仮導管を有する植物においては仮導管が集合していると言う形態を取っており、確率論として、数本の太い導管に通導を担わせる場合と比較して、管に異物が混入する確率を下げるもしくは量を阻害閾値まで達さないことが可能であると考えられる。つまりは、導管を有することで流速を大きくすることが可能な一方で、根から吸収した水分をより分散した形態で運搬できないことが挙げられる。この際、分散させた方が植物体として対処しやすいケース(例えば細菌など)も考慮される。加えて、植物には他の植物の成長を阻害する物質を根から分泌する種もいる。この際、導管、仮導管両方において「根」から吸収した際の単位時間当たりの液量に関しても、通導量に差が出た場合、前者の方が多くなってしまう。そのため、単位時間当たりの吸収阻害物質量も同様にして導管において多くなってしまい、仮にその物質が枯死を促す際には導管を有する植物種の方が早く枯死してしまう。このような観点より、通導量が多いことは必ずしも生存に有利に働かず、仮導管を有した方が生存に有利である場合もあることが示唆される。

A:これもよく考えていて素晴らしいですね。ただし、一点だけ、「被子植物においても仮導管を有する植物種が存在」とある部分はその通りですし、「仮導管を有したほうが得られるメリットが大きい環境」が存在することも確かなのですが、アンボレラは被子植物の分岐の基部に存在するので、アンボレラが被子植物の中で仮導管を獲得したのではなく、アンボレラが分岐したのちに、被子植物が導管を獲得したと考えるのが自然でしょう。


Q:今回の授業で、一般的には導管を持つ被子植物と仮道管を持つ裸子植物では、被子植物の方が通導面積が大きくなっており、輸送の観点では被子植物の方が有利であるということを学んだため、なぜ輸送能力で劣る裸子植物が現在まで生き残っているのか疑問に思い、考えた。自分は、この原因は植物の蒸散流速が植物によって異なるからであると考えた。蒸散流は、蒸散によって(仮)導管の水ポテンシャルが-4程度に下がることで起こると習った。つまり、蒸散の速度が速いほど、(仮)導管内の水ポテンシャルが下がり、蒸散流速が速くなるということである。ここで、各植物ごとの蒸散流速の最大値に注目する。具体的な数値は授業で扱ったため省略するが、おおまかに
針葉樹=硬葉樹<細い導管の落葉広葉樹<湿潤な熱帯の広葉樹<太い導管の広葉樹<草本<つる植物
の順である。針葉樹はそもそも葉面積が少ないため蒸散速度が遅く、硬葉樹は乾燥を防ぐため夏期の蒸散を押さえる特徴がある(文献1)。湿潤な地域では空気の水ポテンシャルが乾燥空気よりも高いため蒸散が抑えられる。これらのことから、蒸散速度が遅い植物はそもそも通導面積を広くする必要がないから通導面積が小さいと考えれば、細い導管の落葉広葉樹と太い導管の広葉樹の蒸散流速についても説明がつく。
参考文献:1 日本光合成学会、「硬葉樹林」、https://photosyn.jp/pwiki/index.php?%E7%A1%AC%E8%91%89%E6%A8%B9%E6%9E%97

A:論理の流れは良いと思います。ただ、このままだと、針葉樹はなぜ葉面積が少ないのかが気になるかもしれませんね。


Q:今回授業で、植物細胞の維管束形成においてアポトーシスが挙げられることを知った。アポトーシスによって液胞が破壊され、それに伴いDNA、タンパク質分解酵素が解き放たれる。これにより細胞間に空洞ができ、導管などの通り道ができる。ここで私は、最初から維管束を形成しない理由について考えてみることにした。まず、初めに細胞を形成するうえで維管束形成という過程が弊害になっている、という仮説が立てられる。植物の器官組織は細胞分裂によって形成されていくため、細胞同士が密接していればいるほど、組織形成の効率がいいと考えられる。つまり、初めから維管束形成を考慮して複雑な構造を形成しようとするよりも、一気に密度の高い組織を形成してから壊す方が手軽である、ということである。二つ目に考えられるのは液胞の排除である。液胞は細胞から出る不要な水分や排出物の塊である。液胞は壊されるまではどんどん増大して大きくなっていき、細胞内のスペースを埋めてしまう。ここで、液胞の破壊と同時に維管束形成のスペースを得ることができれば一石二鳥である。これらの理由から、植物の維管束形成では初めから維管束を形成するのではなく、あえて細胞を壊す、というシステムを加えることで、作業の効率化、不要物の排泄という利点を得ているのではないかと考える。

A:これは、最初に葉肉細胞を作らずに、という意味ですね。確かに作ってから壊すのは二度手間に思えますから、よい視点だと思います。ここに提案されている仮説の場合、導管にならない葉肉細胞の液胞がどうなるのか、やや心配になります。


Q:今回の講義では、傷ついた維管束の修復にはオーキシンとサイトカイニンが作用することで行われることを学んだ。オーキシンとサイトカイニンが作用するには傷ついた場所を検知する必要があるため、維管束が傷ついたことはどのようにして検知されるのか疑問に思った。文献①によると、維管束内の形成層と導管、篩管の周辺にある柔細胞を通ってオーキシンは極性移動しているとしている。よって傷ついた部分は維管束が切断されることになるため、維管束内や維管束周辺の細胞を移動するオーキシンが傷の周辺に蓄積する。このようにオーキシンが蓄積することによって傷ついたことを検知するのではないかと考えられる。また、傷が修復して維管束が元通りになり、オーキシンが蓄積しなくなれば傷が修復したことを検知することが出来ると考えられる。このようにオーキシンの濃度が傷の有無を検知しているのではないだろうか。
参考文献① 日本植物生理学会.みんなのひろば.ホルモンは植物体のどこを通って移動するのか. 閲覧日2022年12月10日、https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=995

A:植物の場合は、ここで提案されているように、積極的な検知というよりは、減少が起こったときにそれがある意味で自動的に検知されるようなシステムを作っておく場合が多いと思います。その意味で、植物らしい視点のレポートだと思います。


Q:今回の授業では、導管と水ポテンシャルの関係について学習した。その中でも私は、地球上における植物の進化史に注目した時、2回の導管獲得が起こったとされることに興味を抱いた。なぜ導管獲得という出来事が2回生じたのが疑問に思ったため、以下ではその考察を行う。
 結論から言えば、導管獲得に至った要因は2回とも「生息地での環境適応変化」が関係しているのではないかと考える。授業では、植物の系統樹の中で、裸子植物のグネツム科の植物が導管を持つという事実、そして被子植物のアンボレラ科の植物は導管ではなく仮道管を持つという事実を知った。アンボレラ科(Amborellaceae)の植物は被子植物に分類されるが、この植物についてDNAの塩基配列による系統解析を行った結果、現生の被子植物のうち最初に分かれたことが明らかとなっている(参考1)。つまり、これはアンボレラ科以降の植物から導管が形成され始めたことを意味し、生息地の環境から仮導管のみで水の輸送と物理的強度を保つことが難しくなったことから、水の輸送を「導管」で、物理的強度は「繊維」で賄うというシステムを形成したと予想する。この仮説を立証するには、導管がない植物(裸子植物など)を過酷環境下に置き、その変化を観察する実験を提案することが出来るが、実験に選択するべき裸子植物や条件下の設定など考慮するべき観点が複数あると思われるので、今の私の知識だけではこの実験には不確実性が残されてしまっていることも否めない。
 そこで私はもう一つの導管獲得の歴史を持つ、グネツム科(Gnetum)の植物に注目した。この植物は裸子植物であるにもかかわらず、導管を持つ。ここにはグネツム科植物の生息環境が関係していると予想した。グネツム科の植物は、アフリカや東南アジアの熱帯で、他の被子植物たちに混ざって唯一生息している裸子植物である。裸子植物は一般的にマツやスギのような針葉樹のものが多いが、グネツム科の植物は姿が被子植物にそっくりで、広い丸みを帯びた葉をつけている(参考1)。ここで私はこの環境下が、導管を持つように進化せざるを得なかった理由なのではないかと考えた。先ほど述べたように、被子植物は水の輸送と物理的強度の維持のため、水の輸送を「導管」で、物理的強度の維持を「繊維」で、というように機能的分化が生じたのだと考えられている。ここで私は水の輸送という観点に注目した。仮導管は導管に比べ、水の輸送が非効率になってしまうデメリットがある。グネツム科植物は被子植物が周囲に存在している環境に生育している。周りに水の輸送効率が高い植物が多ければ、その分土壌に含まれる水分を被子植物に取られてしまうため、生存に不利な状況を生じてしまっている。そこで、導管を形成することは、水輸送の効率化を図ることが可能となる。また、水ポテンシャルの観点から、葉からの蒸散速度が導管の水の原動力になると授業で先生が仰っていた。つまり、蒸散速度を上げることが水輸送の効率化につながるため、グネツム科植物の葉が被子植物のように、大きな葉をしている理由は蒸散を行う気孔の数を増やすことで蒸散速度をあげ、導管の水移動の原動力にするために必要であったからだと推測する。以上のことから、導管形成には植物の生息環境が大きく関係しているからだと考察した。
【参考文献】1)東京大学 小石川植物園, “植物多様性の保全”, 参照日:2022/12/09, https://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/common/conservation/.

A:非常に面白いと思います。後半の議論について少し思ったのは、被子植物とグネツムの仲間が同時にいることがグネツムの変化の原因だとした場合、針葉樹と広葉樹の混交林で針葉樹の変化が起こらなかった理由は何なのだろうか、という疑問です。これは、前半の議論ともかかわるのかもしれませんが。


Q:植物の葉肉細胞は一度分化した細胞にも関わらずシグナルを受けると導管要素に形質転換するという話があり、仕組みを調べた。植物の細胞の中でも一部の細胞のみが幹細胞に変化し、ステミン遺伝子と呼ばれる遺伝子によって発現したステミン転写因子によってさらに幹細胞化に関わる多くの遺伝子の転写が開始されるという、特定の遺伝子によって幹細胞となる点ではiPS細胞にも似たような仕組みであるといえる。ここで疑問に思ったことは、何故動物細胞と異なり植物細胞は広く再生能力を持つのかということである。正確には、動物にも再生能力があり、サンゴやクラゲなどの原始的な動物ほど強く、哺乳類等の高等動物でも多少は成体幹細胞を持つが、植物の葉肉細胞のように体全体に広く分布するのではなくあくまでもごく一部にしか持たない。理由として考えられるのは、植物体"全体に広く"といったが、植物はそもそも動物と比較すると葉などの繰り返し構造が多く、体内に存在する細胞の種類自体が動物細胞と比較すると多くないため、それぞれの細胞種に特定のリプログラミング過程を割り当てることがより低コストでできるからなのではないかというのがある。また、逆に動物細胞が植物細胞のような再生能力を失った理由を考えると、細胞種の多さや構造の複雑さ以外に、動物が植物ほど再生能力を必要としなかったということも考えられる。再生能力が高いクラゲやサンゴなどの動物は、哺乳類やその他の脊椎動物と比較すると運動性が低いという点で植物の特徴に似ている。運動性が低い生物は再生能力が高い、と仮定すると、植物が再生能力を持つ理由として運動性が低い故に自ら生息環境を選ぶことができないため、障害物や捕食者がいる前提の環境へのフィードバックに動物よりも大きなコストを割いているのではないかと考えた。
○参考文献 石川雅樹. "植物がもつ再生能力の秘密 ? 分化細胞を幹細胞へと変化させる”ステミン遺伝子”の発見". achademist Journal . 2019-12-02. https://academist-cf.com/journal/?p=12174(参照:2022-12-10)

A:これは、今までにない視点のレポートで素晴らしいと思います。最後の移動能力とのかかわりを論じた部分などは、他であまり見たことのない論理展開で、独自性が感じられます。