植物生理学I 第8回講義

水ポテンシャルと植物の分布

第8回の講義では、植物における水輸送の原動力となる水ポテンシャルについて説明したのち、導管の通導を妨げるエンボリズムと、それが気候帯による植物の分布に影響を与えている話と、形成層が幹を太らせる仕組みを中心に講義を進めました。以下に、いくつかのレポートをピックアップしてそれに対してコメントしておきます。


Q:今回は、エンボリズムについて学んだ。エンボリズムは、通導器官の直径が細い方が起こりにくく、太い方が起こりやすいとのことであった。私はこの現象は、植物の通導器官のサイズの前後でのみ起こる現象ではないかと考えた。常緑針葉樹の通導器官よりも細すぎる場合は、授業で扱ったポワズイユの法則により、断面積が非常に必要になってしまう。そのためそのような細すぎる通導器官をもつ樹木は存在しないが、もし存在する場合はエンボリズムが起こってしまうのではないかと考える。これは、細すぎるために泡が小さくてもすぐに隙間がなくなってしまうためと考えられる。また、常緑広葉樹のような太さよりも大きな通導器官が存在する場合、空気の泡がいくら大きくても隙間ができ水の通り道ができると考えられる。さらにこのような通導器官のサイズの場合、ポワズイユの法則により、大量の水を上部に運ぶことができる。以上から、より太い通導器官をもつ植物の方が生存に適しているのではないかと考えた。しかし、そのような植物が存在しないということは現在の通導器官よりも大きくすることによるデメリットが大きいのだろうと考えられる。それは、植物体がその通導器官をもってしまうと支えきれないのではないということだと考えられる。

A:ある現象をある原理で説明する場合に、その適用可能範囲を考えることは非常に重要ですから、科学的な考え方の例としてこのレポートは評価できます。ただ、エンボリズムのメカニズムとしては、泡が導管を塞ぐのではなく、トリチェリの実験を紹介して説明したように、水の柱が切れることが問題なのです。その誤解だけ修正しておいてください。


Q:今回の授業ではエンボリズムと植物の分布の関係性について学んだ。常緑広葉樹の平均道管径は北方に行くにつれて小さくなっていく。常緑広葉樹の平均道管径は北海道や東北以外は一定である。一方で落葉広葉樹の平均道管径はバラツキが見られた。落葉広葉樹もエンボリズムを防ぐための形態であるので、日本全国とおして平均道管径に変化なしまたは、北方域に数値にのみ特徴があるはずだ。しかし、落葉広葉樹の平均道管径は北方だけでなく、南方でも大きい。さらに関東地方付近では比較的小さい。このことについて考察をする。まず関東地方での落葉広葉樹の平均道管径の小ささは標高が原因であると考えられる。関東地方は他の地方に比べて標高が低い。雪も少なく山間部に比べて冷え込まないと仮定すると、この平均道管径は納得できる。しかし、南方の平均道管径の説明はできない。そこで乾燥の視点から説明する。道管径が大きいのはより多くの水を吸い上げるためである。水が豊富であればそれでいいが、乾燥していれば無用の長物である。このことから南方の落葉広葉樹は、乾燥時に葉へ送るだけの水がないため落葉をするという仮説だ。つまり、雨季では広い道管径を用いて水を効率よく吸い上げ、乾季では落葉して調節をするということだ。これらのことから落葉広葉樹はエンボリズムを防ぐために落葉する北方種と、乾燥時に水の調節のため落葉をする南方種の二種類が存在すると考えられる。

A:これは、データの細かい点をよく見て、その意味を考えている点で評価できます。もっとも、ここで扱っているような生態学的なデータは、きわめてばらつきが大きいので、データの平均値に違いがあったとしても、それが有意な違いなのかどうか、という点を常に考える必要はあると思います。


Q:導管径の小さい針葉樹は冬季にエンボリズムが起きにくいということであった。理由としては気泡ができにくいということであった。細い導管で太い導管と同じだけの栄養量を運ぶとすると、単位時間当たりに通す導管液の量を増やす、つまり速度を上げるか、導管液中の栄養物質の量を増やすかが必要であると考えられる。導管液の移動速度を上げるとなると、蒸散で放出する量を増やして吸い上げる力を上げなければならないと考えられる。しかしその場合、乾燥が起きやすくなってエンボリズムは起きやすくなると考えられる。溶液では凝固点降下がおきて、溶媒よりも凝固点が下がる。したがって液中の物質量を増やせば、より凝固点が下がってエンボリズムは起きにくくなると考えられる。また、溶液濃度を上げるのは細い方が有利なので太い導管より凝固点を下げやすい。この点から見ても、冬季は細い導管の方が有利であると考えられる。

A:考え方は面白いと思うのですが、導管で「栄養」と言われると、正しいイメージを持っているのかどうかやや心配になります。もちろん、導管は無機栄養塩の重要な輸送手段ですが、篩管での篩管液糖濃度が0.9 Mにも達するのに比べれば、導管液はほぼ水のようなものです。また、栄養塩の輸送もさることながら、やはり導管の最重要な役割は蒸散によって失われた水の補給でしょう。そのあたりを理解したうえでの議論であればよいと思います。


Q:今回の授業においては針葉樹がどうして寒い地域に生息しているのかを茎の面積の関係から考えて結論を出していた。今回葉の面積あたりに注目して論じる。針葉樹は広葉樹と比べて葉の面積が小さい。このことから葉の面積が小さいということは葉に水を吸収させなければいけない量が広葉樹と比べ針葉樹は少ないということが言える。冷帯地域は当然水が枯渇している地域が多く、また茎の中で水が凍ってしまうことがある。水が凍らないように針葉樹では茎の導管半径を小さくすることでエンボリズムが起きづらくしている工夫がある。それが実現可能なの葉に供給される水の量が広葉樹よりも針葉樹のほうが少ないからであり、そのことが針葉樹が広葉樹と比べ冷帯地方に生息している原因である。

A:言っていることはほぼ正しいのだと思います。ただ、日本語と論理の進め方がややあいまいですね。「葉に水を吸収させなければいけない量」という表現など、言いたいことはわかりますが、もう少し表現を工夫できると思います。科学的なレポートでは、もう少しカチッとした日本語で丁寧に論理を組み立てられるといいですね。


Q:今回の講義で針葉樹が寒い地域に分布することができるのは導管径が小さく、冬季にもエンボリズムが起きにくいからだという話を聞いた。針葉樹は寒く乾燥している地域に分布していることから水分を保つために気孔を閉じていることが多く、蒸散が少ないため必要な水分が少ないので導管径が小さくても木に水分を巡らせることができる。ここで乾燥しているが気温が高い砂漠に生息する植物の導管径の大きさは大きいのだろうか。砂漠では空気が乾燥しており、降雨も少ないため水分を保つ必要がある。しかし気温が低いわけではないため、エンボリズムは起こらないと推測できる。ここで砂漠の植物の導管径が大きい場合と小さい場合のメリットを考える。導管径が大きかった場合、ポアズイユの法則より速く水分を吸収することができるため水分の確保の効率が良くなると考えられる。また導管径が小さかった場合、導管以外の組織の体積が増えてより多くの水分を貯水することができると考えられる。この二つのメリットを比較した時に、砂漠ではそもそも吸収する水分が少ないため、吸水効率を良くするよりも貯水能力を高くした方が砂漠におけるメリットが大きいと考えた。よって砂漠に生息する植物の導管径は小さいと考えられる。

A:これは着目点が面白いですね。メリットデメリットをきちんと考察していてよいと思います。一点だけ、講義では、乾燥した気候で蒸散が極めて大きくなった場合に、導管の陰圧が大きくなり、外から空気を引き込んでエンボリズムを起こす場合があることを説明したと思います。それを考えると「気温が低いわけではないため、エンボリズムは起こらないと推測できる」という書き方は、ちょっとさらっとしすぎている感じですね。


Q:植物の道管流は主に空気の非常に大きな水ポテンシャルと水の凝集力によって引き起こされていることを学んだ。根からの吸収を考えたときに、道管の浸透圧ポテンシャルの寄与はあまり大きくない。そこで、マングローブ等根が塩水にさらされている植物を考える。ここで問題となるのは植物と周囲の水の浸透圧差である。道管での水輸送に関して考えると、上述の通りそもそも浸透圧ポテンシャルの寄与は小さいため、水の取り込み自体は問題ないとしてよいだろう。そこで、取り込む水の浸透圧を考える。根の吸収経路にはシンプラスト経路、アポプラスト経路、膜横断経路の3つがある。シンプラスト経路は原形質連絡を通るため、イオンを弾くことはできない。アポプラスト経路は細胞壁を通り、細胞壁は全透性だがカリパリー線を持ち根に入る物質を選択できる。膜横断経路は細胞膜を通るため選択性を持つ。よって、塩水に根を張る植物はアポプラスト経路、膜横断経路が主な吸収経路だと予想する。

A:これは面白い点に注目しましたね。今までのレポートになかった支店ではないかと思います。根の構造の話は、これからする予定でしたが、そこと結び付けて考えていて非常に良いと思います。


Q:今回の講義によると、針葉樹や広葉樹の分布は、導管液の凍結によるエンボリズムの影響を受けているとのことだった。エンボリズムを回避するために、それぞれ低緯度に分布したり、導管を細くしたりといった工夫がなされているわけだが、そもそも導管液が凍結する場合、細胞周囲の水分も凍結してしまい、活動不能になるのではないか。このことに対して、植物はどのような対処をしているのだろうか。凝固点を変化させればよいので、圧力を上げるという方法と濃度を上げるという方法が考えられる。まず、圧力を上げる場合、細胞内部の圧力を上げるなら、細胞を外から押してあげればよい。しかし、植物の細胞は細胞壁で囲われているため、冬の間だけ変形することは難しい。また、細胞内の圧力を上げると、細胞周囲の圧力が下がるなど、植物全体のコントロールも難しくなる。続いて、濃度を上げる方法だが、これは凍らせたくない液中に冬の間だけ糖などの物質を溶解しておけば、凝固点は下がるので、凍りにくくなり、生命活動を維持しやすくなる。このことから、植物内の溶液の濃度を全体的に上げることで植物は氷点下でも生命活動を続けることが可能になると考えられる。

A:論理の流れの中で否定はされていますが、圧力を上げるという選択肢を考え付いたこと自体評価できます。普通はあまり考えないのではないかと思います。溶質の濃度を上げることを含む低温応答のしくみについては別途講義の中で触れる予定です。


Q:今回の授業では、寒い地域では針葉樹林が多いといった植物の分布が生まれる理由に導管の水が凍ることが関係しているということがわかった。ここで、植物において導管は死細胞からできているから凍ったとしても生き延びることができるが、導管以外の細胞が凍ると細胞小器官(葉緑体やミトコンドリア)の機能が失われしまい生きることができなくなるのではないかと考えた。ここで、これらの細胞小器官が凍らないであろう理由を考えた。まず、細胞内にはカリウムやナトリウムといったイオンや糖といった様々な溶質が解けているため、凝固点降下により液体が固体になりにくいと考えられる。また、細胞内にあり、最も液体を多く含むと考えられる液胞だけが凍るしくみになっていると仮定することでさらに有利になると考えた。周囲に氷があると、細胞内にあるまだ凍っていない水が氷に引きつけられ液胞の氷は大きくなるだろう。その結果、細胞内の濃度が高くなり、凝固点降下がさらに生じ、より液体が固体になりにくい状態を作ることができる。(1)によると「液胞内には,糖,有機酸,無機イオン,二次代謝産物,タンパク質,酵素など様々な物質が集積」と述べられているので、液胞が1番凍りにくいという可能性も考えられるが、低い温度下では物質の溶解度が小さくなり、その結果再結晶により物質が析出しているということが考えられる。よって、低温下では液胞内の液体の濃度は低く、凍りやすい状態になっていると予想する。
参考文献:(1)日本光合成学会 光合成辞典、https://photosyn.jp/pwiki/?液胞

A:こちらも凝固点効果についてのレポートですが、液胞についてのユニークな考察が面白いですね。実際には、ここで述べられたような液胞の役割を、実際にはアポプラストが担っています。そのあたりは、また改めて講義の中で取り上げる予定です。


Q:木本において,形成層は一次木部と一次師部に挟まれた部分にあり,そこから二次成長によって二次木部と二次師部を形成し肥大成長するが,もとの円周でつくられていた最外層のコルク層は幹の円周が大きくなるため剥がれ落ちていくということが紹介された。しかし,せっかく作ったコルクが剥がれ落ちてしまうのはもったいないはずであり,新しい細胞を最外層に作り出すことで,幹の円周に合わせて無駄なく肥大成長をしたほうが一見よりよいのではないか。実際にはそうでないということは,形成層の位置に関して,デメリットを打ち消すほどのメリットがある,あるいは最外層に新しい細胞をつくることの大きなデメリットがあると予測される。まず,最外層に新しい細胞を分裂させていくことは,できて間もない比較的小さな細胞を,外部からの刺激を受けやすい場所に置くことになる。そのため,新しい細胞は外部からの刺激に耐えるような細胞をつくらなければならない。しかし,外周にどんどん新しい細胞を作っていくことになれば,ある時点で最外層にある細胞も次の細胞層を作るときには内側に入ることになるが,その最外層にある期間だけのために頑丈な細胞をつくる資源を投入することはあまり賢い選択とは言えないかもしれない。また,新たな細胞をつくるにはそれだけ多くの水や有機物が必要となる。これらは,木部や師部の細胞によって供給されるが,次第に幹の径が大きくなるにつれて分裂細胞は維管束から離れていくため,水・栄養成分の運搬距離が大きくなっていく。この輸送のためには,師部~最外層の細胞は生細胞であることが必須であると考えられるが,そうすると生細胞の数が大きくなり,「維持費」が大きくなっていく。以上から,形成層が維管束にあるということには大きなメリットがあると考えられる。

A:実は、次回の講義で話す予定ですが、コルク層は、二次木部とはさらに別にコルク層のための形成層で作られます。その際には、まさに維管束からの距離が重要な役割を果たします。


Q:今回の講義の中で、木々の成長に関して、細胞自体の大きさは変わらない代わりに樹皮が剥がれ落ちたり割れることにより成長をする、という話があった。そこで、木々以外にそのような成長をする生物がいるかどうか考えたところ、カメの成長方法に行き当たった。昔ミシシッピアカミミガメを飼育していたが、カメの甲羅は細胞が大きくなることではなく、剥がれ落ちることにより大きく成長していたのだ。ここで、細胞が剥がれ落ちることにより成長する生物の共通点を考えた。共通点として、両者とも質感が硬めであることが挙げられる。硬めであるということは、細胞壁の構造が何らかの強固な構造を持っているといえる。細胞壁が強固な構造を持つことによる利点は、外部からの力に耐えられることであると考えられるが、一方で体の全体的な可動範囲が小さくなることが不利益であると言える。したがって、木々やカメは可動範囲を広くするよりも外部の影響に耐えることを選択し、成長方法として細胞を剥がれ落とす方法を選んで進化したと考えられる。

A:視点は良いと思います。あとは、剥がれ落ちるタイプでない生物の場合と対比させて記述すると、カメと植物の共通性を浮かび上がらせやすくなると思います。一般論として、違いをはっきり記述したほうが、共通性がはっきりしますから。


Q:今回の講義で、なぜ脱皮をする生物が存在するのかという疑問が生まれた。脱皮という行為は自分の外側の殻や皮膚をすべて失うためエネルギーの消費も大きく、さらに脱皮直後は新たな表皮はやわらかく天敵に捕食される可能性も高いと考えられ、哺乳類や植物のように外側の古くなった層を徐々に失っていくほうが良いと考えられる。では、脱皮の利点について考えていく。ここで注目するのはカニやエビなどの節足動物だ。節足動物は内骨格を持たないため、体を支えるのに大きな役割を担っているのは外骨格だ。そのため、もし哺乳類や植物のように外側の古くなった層を徐々に失っていく仕組みを持っていると外骨格の一部が欠けている時間が増えることにより強度が減り、体を支える力や天敵から身を守り力が減少すると考えられる。また、脱皮のほうが圧倒的に短時間で体の大きさを増加させることができると考えられる。そのため、長期的なリスクを背負いゆっくり成長するよりかは短時間大きなリスクを背負うものの急激に成長するほうが節足動物にとっては都合がよく、脱皮というシステムを持つと考えられる。ただ、脱皮をする生物は脊椎動物にも存在し、代表的な例としては爬虫類がある。爬虫類の中でもワニやカメなどは鱗を徐々に落としていく脱皮をするため哺乳類や植物の成長と似ているが、ヘビは体全体を一気に脱皮する。これはなぜなのだろうか。そこで、生活環境が似ているが脱皮のシステムが違うワニとヘビの違いを考える。一つ目は手足の存在だ。ワニは手足があるため一気に脱皮をするのが大変だが、ヘビは手足がないためスムーズに脱皮ができると考えられる。もう一つは捕食頻度だ。ワニは獲物を頻繁に捕食し、消化スピードも速いが、ヘビは捕食頻度が極端に低く(自分の知人が飼育しているヘビは2週間に一度ほどしかエサを食べない)、消化スピードも遅い。ここで、脱皮はエネルギー消費が大きいことを考えると、捕食頻度が高くエネルギー供給が安定しているワニは脱皮の頻度が高くても問題ないが、捕食頻度が低くエネルギー供給が不安定なヘビはエネルギーが豊富に存在するときに一気に脱皮をおこなったほうが良いと考えられる。つまり、体の構造と捕食頻度により、ヘビは体全体を一気に脱皮するシステムを持つと考えられる。

A:これも、着眼点がいいですね。論理の流れもきちんとしていると思いますが、脱皮のエネルギー消費が大きい、という前提の妥当性が気になりました。脱皮しない場合にも、徐々に鱗を落としたりするわけですよね。エネルギー消費が一時期に集中する、とは言えますが、通して考えた場合のエネルギー消費の大きさは同じ程度なのではないでしょうか。