植物生理学I 第11回講義

花粉管の伸長と受精、植物の生殖

第11回の講義では、被子植物における受精のメカニズムを、花粉管の伸長や自家不和合性などにも触れながら、解説しました。以下に寄せられたレポートのいくつかにコメントをつけて掲載しておきます。


Q:花粉は表面を硬く頑丈にすることで移動に適した形になったということを今回の講義で学んだ。しかし花粉の表面が硬いと雌蕊の柱頭についた際に花粉管を伸長させるのが難しくなるのではないかと考えた。調べてみると、花粉の表面は二層の細胞膜で覆われているが、花粉管を伸長させるための発芽口と呼ばれる溝や孔を持つことが分かった①。発芽口の部分では安定な外側の細胞膜がなく、花粉管が伸長しやすくなっている。しかし花粉管の伸長できる位置が決まっていれば、花粉のつく向きによっては花粉管伸長ができなくなってしまうと考えられる。花粉が多様な形になったのはこれを防ぐためではないかと考えた。発芽口を持つ花粉粒の中には複数の発芽口を様々な向きにつけるものもあり、これらは発芽口を増やすことでどのような向きで柱頭についても花粉管をのばせるようにしていると考えられる。しかし発芽口を増やすということは内膜がむき出しになる場所が増えるということでもあるため、移動する間の衝撃に弱くなるという欠点もある考えられる。そのため植物は花粉の周りの発芽口の数を制限しつつ、柱頭についた時に発芽口から花粉管をのばしやすいようにしなければならない。花粉の形を変えて柱頭につきやすい向きを限定すれば、発芽口を作るべき位置も限定される。花粉全体に発芽口を作る必要性がなくなり、より多くの面を頑丈な細胞膜で覆うことができる。したがって、花粉の形を変えることは柱頭での花粉管伸長をしやすくし、かつ花粉の強度を高めることにつながっているのだと考えられる。
① 福原達人「花粉粒」https://ww1.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/kafunryuu.html (参照2020-07-23)

A:発芽口の話はしませんでしたね。発芽口の数は、植物の分類にも使われる形質なので、案外保守的なようです。面白い着眼点だと思いました。


Q:被子植物は、重複受精という仕組みのおかげで、受粉できなかったときエネルギーが無駄にならずに済む。重複受精はよくできた仕組みだが、正常な種子の形成のためには卵細胞と中央細胞の両方が精細胞と融合する必要がある。もし重複受精と同じ役割をもつ仕組みを私が設計するとしたら、卵細胞と精細胞の融合によって卵細胞からシグナル分子が出て、それが中央細胞の核に作用して胚乳形成が起こる、とするだろう。私の案の方が複雑かもしれないが、この方法を用いることで精細胞は卵細胞とのみ融合すれば済むようになる。つまり、卵細胞とのみ融合して中央細胞との融合に失敗するというリスクを回避できる。精細胞とは違い、卵細胞と中央細胞は同個体の細胞なので、細胞間のシグナル伝達は簡単かつ確実であろう。しかし、現実の被子植物はどれも重複受精をする。このことから、重複受精に大きなメリットがある、あるいは、前述の私案に大きなデメリットがあると考えられる。調べたところ、2つの記述が見つかった。
①「被子植物の重複受精では余った精細胞も利用して、効率良く胚乳形成を行えるようになった。私たちの実験はそんな可能性を示している。[1]」
②「胚乳では、母親と父親のゲノムはそれぞれ違う役割をします。(中略)母親のゲノムは胚乳の発達を抑えるブレーキの役割を、父親のゲノムは胚乳の発達を促進するアクセルの役割を持ちます。これは、(中略)自分の子どもたちに均等に資源を配分したい母親と、自分の子どもさえ成長すればよい父親の利害の対立として説明されます。[2]」
①からは、重複受精のもつ大きなメリットが明らかになる。一方、②からは、重複受精に特別なメリットがあるわけではなく、競争の結果として重複受精するように進化したということが読み取れる。ただし、②を前提として私案のような受精様式に進化するためには、雌性の卵細胞が積極的に雌性の中央細胞の「ブレーキ」を外しにいく必要があるので、利害の観点からこの進化は起こりにくいだろう。以上から、余った精細胞を利用することには大きな利点があり、その上で雌雄の利害対立が起こったために必然的に重複受精へと進化していったと考えられる。また、私は精細胞が「卵細胞とのみ融合して中央細胞との融合に失敗するというリスク」を心配していたが、それは重複受精のもつメリットに比べれば取るに足らないようなリスクであるといえるだろう。
参考文献:[1]東山哲也."被子植物の繁栄を支える重複受精の瞬間を見る".JT生命誌研究館.https://www.brh.co.jp/publication/journal/071/research_2.html,(閲覧 2020-07-24).、[2]"植物の重複受精について".日本植物生理学会 みんなのひろば.https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=3605,(閲覧 2020-07-24).

A:このあたりの意義は、ある意味で自由に考えられるところなのではないかと思います。ただし、重複受精が結果として受精後にだけ次世代に栄養を供給するという点は非常に重要なのですが、そのメカニズムについては案外柔軟性がある(もしくは必然性はない)という可能性はあるように思いました。


Q:今回のカンコノキとハナホソガの関係は、前回のランの距とガの口吻の関係のように段階的に伸びていったというような変化ではなく、まるでお互いが示し合わせて同時に始めたような共生関係に見える。なぜなら、蜜を作らないことと雌蕊に産卵することには直接的な因果はなく、「カンコノキは徐々に蜜を作らなくなり、ハナホソガは徐々に雌蕊に産卵するようになった」という説明はできないからである。そこで、ウラジロカンコノキとウラジロカンコハナホソガの関係がどのように構築されていったのかについて考えてみる。まず、初めはカンコノキも他の植物と同様に蜜を使って虫を呼び寄せていた。そして、花に集まっていた虫の中で、雌蕊に産卵すると安全だということを偶然発見したハナホソガが個体数を増やしていった。しかし、そうして種子を作れなくなったカンコノキの中で、産卵された種子を認識してその種子を落とす個体が現れた。しかし、産卵された種子をすべて落としてしまったカンコノキは自身も子孫を残せなくなった。一方、6つの種子のうち2-3個のみに産卵された場合であれば、種子を落とさないという個体が残り、蜜を作らない個体は蜜を作る個体と比べて不要なコストを削減できたため現在のような形になったのではないかと考えた。前回のランとガの共進化は生殖の確実性と餌の獲得という恩恵をそれぞれ受けていたが、今回のカンコノキとハナホソガの関係はどちらも生殖に関することであるため、この関係が崩れた瞬間に両者とも子孫を残せなくなるというリスクがある。ハナホソガが産卵しすぎて種子が落ちるのは両者にとってマイナスのケースであり、それがお互いの子孫の存続に直結するため、種子6個につき2,3個までというセンシティブな比率が保存されているのではないかと考えた。

A:他の場合にも当てはまりますが、進化の過程というのは、最終的な結果だけを見ると、なぜそのようなことが可能だったか見当がつかないことがよくあります。それでも、このように、いろいろ考えてみることが重要だと思います。


Q:今回の講義では、ウラジロカンコノキとウラジロカンコハナホソガの共生関係が紹介されたが、私は講義スライドの写真において、近接する全ての雌花が卵を2つ以上生みつけられずに種子として成熟しているように見られたため、ウラジロカンコハナホソガは、既に卵を産み付けられた雌花とまだ卵が産み付けられていない雌花を見分ける能力があるのではないかと思った。ウラジロカンコノキには、複数の卵が産みつけられた花を選択的に振い落るい落とす機能が備わっており、1つの花に複数の卵を生むウルジオカンコハナホソガは子孫を残せず淘汰されてしまうということであったが、ウラジロカンコハナホソガが既に卵が産み付けられているか区別することができる場合、この振るい落とし機能はより効率的なものになる。ウラジロカンコハナホソガはウラジロカンコノキから放たれる匂いによって、寄生する植物を嗅ぎ分け、ウラジロカンコノキの目立たない花に到達するということであったが、匂いによって植物およびその雌花と雄花を明確に区別する機能が備わっている(文献1)ということは、受粉後の雌花と未受粉の雌花においても、放たれる匂いによって、受粉の有無について区別している可能性が考えられる。

A:実際にそうなのかどうかは知りませんが、ここで推定されているようなことがあるかもしれませんね。面白い考え方だと思います。


Q:今回の授業で,サクラソウはめしべの長いピン型とおしべの長いスラム型の2種類の個体が存在することで,マクロな仕組みの自家不和合性を実現させているという話があった。この話を聞き,一つの疑問がわいた。スラム型ではハナバチが花粉を体につけやすく,ピン型ではめしべに花粉をつけやすい。これによってピン型は受粉できるが,スラム型は他家受粉が困難である。するとスラム型は自家受粉をするしかない。したがって私はこの生殖法はスラム型での他家受粉を諦めており,ひいては多様性をある程度諦めているとも言えるような仕組みであるのではないか,と感じたのである。そこでサクラソウのような二花柱型の遺伝子型について調べると,一遺伝子座の対立遺伝子Sとsによって決定されており,スラム型がSs,ピン型がssという遺伝子型であることを知った(文献)。ここで私の考えが間違っていることを知った。上の考えはスラム型が自家受粉をして生まれた子孫がスラム型であるという誤解から生じた。実際には,スラム型は自家受粉によってスラム型とピン型の子孫を残すことができ,ピン型は自家受粉ではピン型の子孫しか残せないということである。構造的に他家受粉をしにくいスラム型は自家受粉をすることでピン型の子孫を残すことができ,ピン型は構造的に他家受粉をしやすい。したがってスラム型が他家受粉をしにくい構造も含めて,多様性を生み出す仕組みであると考えられる。 【参考文献】神山康夫,植物が自己花粉を認識するメカニズム,化学と生物 Vol.32, No.9, 1994

A:ちょっと説明が不足だったかもしれませんが、花粉を体につけることもできますし、頭につけることもできます。なので、実際には、どちらかが自家受粉するしかない、ということはありません。なので、ちょっと前提は違いますが、考え方は面白いと思いました。


Q:本講義で「花粉管は花柱を通ることで胚珠に引き寄せられるようになる」という話を聞いて、花柱を通らなくてはいけない必要性が分からなかったため不合理な性質であるように思えた。そこで、花粉管が花柱を通ってからのみ誘導されるようになるメリットについて考察した。花柱を通っていない花粉管は胚珠に引き寄せられないため、なんらかの変化により花粉管が花柱を通る過程で誘引物質に対する感受性をもつようになっていることが推測される。このような仕組みを取るメリットとして、自家不和合性が関係していると考えた。講義内でもあったように、自分と同じタイプの花粉は花粉管を伸ばせなかったり、途中で伸長が止まってしまったりする。そうならずに無事に花粉管を伸ばし続けられたものだけを誘引することによって、さらに遺伝的多様性を高めていると考えられる。損傷などにより花柱を通らなくても花粉管が胚珠に近づけるようになってしまっても花柱を通らなければ誘引されないため花粉管は胚珠の場所が分からずにたどり着けず、本来のルートを通った花粉管だけが胚珠にたどり着ける仕組みになっているのではないだろうか。

A:これはその通りだと思います。花柱も一種の関門として考えることができます。