植物生理学I 第9回講義

栄養塩と水の吸収、窒素固定と共生

第9回の講義では、植物の根に焦点を当て、栄養塩の吸収や微生物との共生、他の植物の寄生、水の取り込み、窒素固定の仕組み、自他認識などの話題を取りあげてみました。。

提出されたレポートの11の例とそれに対するコメントを以下に示します。

Q:今回の講義では根粒菌の共生について扱ったが、共生がどのように始まったか考察する。まず、根粒菌と共生する植物はマメ科くらいしか知られていないため、もともと植物はすべて根粒菌と共生していたというのは考えにくい。そして、ストライガのように、共生を開始するメカニズムを利用して寄生するような種がいることから共生には一定のリスクがあるものと思われ、ある日突然簡単に共生が始まったというのも考えにくい。よって、長い時間をかけて徐々に共生するようになっていったものと考えられる。根粒菌は植物から窒素を提供する代わりに炭素の供給を受けて共生している。このことから根粒菌は単独で生活していたころは炭素の供給に苦労していたと推測される。土壌中における炭素の供給源は動植物の死骸であり、そこには光合成産物の一つであるフラボノイドも含まれていたと考えられる。かつて窒素固定を行う植物は多くあったが、そのメカニズムは必要なエネルギー量が非常に多いことから捨てた植物が多くあると講義中にあった。そうなると窒素源は土壌中になる。しかし、同じ場所からずっと窒素を取り入れていると、だんだん枯渇してくる。そのため根を広げて広い範囲から窒素を取り入れようとする。その時に土壌中に窒素を固定する生物がいれば、その付近では窒素が枯渇することは少ない。根を広げる労力を最小限にしつつ窒素の吸収量を維持するためには根粒菌の周辺に根を広げれば効率が良いことから、そのように生育したのがマメ科植物だったのではないだろうか。ここで、フラボノイドがある場所には植物の死体があるということでフラボノイドを足掛かりに食物を得ていた根粒菌と、窒素が多い土壌に根を発達させたマメ科植物が何度も接触を繰り返すうちに共生関係になったのではないかと推測される。

A:進化の問題は、直接実験で確かめることは難しいことが多いのですが、その分、想像力を働かせることが重要になります。このレポートでは、まさに想像力を働かせている点が評価できますし、単に夢想を広げるだけでなく、一定の理屈を考えているところもよいと思います。もちろん、研究としては、その想像をどのようにしたら裏付けられるのか、という問題が重要ですが、レポートとしてはこれでよいと思います。


Q:「窒素固定と共生」の講義で、根粒菌や菌根菌について学んだ。ここでアーバスキュラー菌根菌は、様々な植物に感染し、リン酸を効率よく吸収することからその植物と共生するということであったが、細胞内に感染することで植物体の細胞の形態に影響を及ぼすことはないかと思った。例えば、植物細胞の各細胞は一つ一つがセルロースの硬い細胞壁に覆われているため細胞の形が変形したり拡大したりすることはないので、その限られた範囲に樹枝状体が侵入することで、何かしらの現象が起きるのではと考えた。だが、菌根菌が感染することで植物はリン酸やミネラルなどを効率よく吸収できており、全く悪影響もなく、よい共生関係であることがわかった。ここで考えたのは、このアーバスキュラー菌根菌は細胞内に菌糸を伸ばして感染させるものであり、菌糸は微小な細い細胞列であるから、影響があまりないということである。また、植物細胞の内部の大部分は液胞が占めているため、仮にこの液胞が少し縮小したとしても植物体にとっては影響はないだろうとも考えた。液胞には水分などが多く含まれており細胞壁とともに細胞の大きさを保つ役割があり、また細胞内ででた老廃物をため込む役割も担っている器官であるので、万が一多少形が変化したとしても関係ない。こうして陸上植物の多くは菌根菌が感染することで植物は多少厳しい環境でも生育することができるので、正の影響を大きく受けているといえる。

A:これは、細胞の中で共生する菌類の菌糸がどんどん増えることによる副作用がないのだろうかという点に着目したレポートで、僕自身はあまり考えたことがありませんでしたし、他の人のレポートにもなかったので、独自性が高いと思い、ここに紹介しました。液胞がバッファーになっているという説明も面白いと思います。


Q:今回の講義の中で、イネ科の植物の窒素濃度が、マメ科のTriforiumとともに育てられるとその影響を受けるという内容があった。具体的には、イネ科の牧草とTriforiumの割合を変えたとき、互いの影響がなければ、イネ科の牧草に含まれる面積当たりの窒素濃度が、イネ科の牧草の割合に正比例するはずだが、実験データからはおおむね正比例の傾向はあるものの、上に凸な曲線を描くようグラフが得られた。これにより、周囲のTriforiumがイネ科の牧草の窒素供給に関与しているということが言える、という内容であった。私はどのようにTriforiumが影響を及ぼしているか疑問に思い、考えてみることにした。
 まず、今回のスライドで見たグラフについて、Triforiumの影響がないとした場合の直線と比べて、中央付近が上に上がっているから曲線になったのか、それとも両端が下に下がったから曲線になったのかを考える必要がある。この変化の意味を考えれば、前者である場合、イネ科とTriforiumの割合がだいたい3:7~6:4くらいの時、Triforiumの存在のおかげでイネ科の牧草の窒素吸収量が増加したと解釈できる。一方で後者の場合、Triforiumの割合が非常に高いときにイネ科の牧草の窒素吸収が妨げられ、Triforiumの割合が非常に低いときもまたイネ科の牧草の窒素吸収が妨げられた、ということになる。後者のうち、Triforiumの割合が高すぎて、イネ科牧草の本来得るべき窒素がTriforiumに横取りされてしまうとしたらTriforiumの割合が低いときの説明がつかない。それに、グラフを見るとTriforiumの割合が0の時のイネ科牧草のデータがあって、これはTriforiumの影響を一切受けていないデータであるはずだから、それを基準にすると、どうやら中央が盛り上がったことで直線が曲線になったのではないかと考えられる。
 では、何がどのように影響してイネ科牧草の窒素濃度を上げるのだろうか。ここで、窒素固定量に関しては根粒が地上部と連絡を取っているのだった。もし、葉が発するシグナル物質がTriforiumの体内から土壌に漏れ出すとしたら、それを隣り合う個体が受け取る可能性もある。また、今回の講義の最後に、植物は個体間で自他の識別をし、他者の根とは競争しあうという説明があったことから、Triforiumの根と隣り合うイネ科牧草の根は非常に接近する可能性があると思われる。以上の二つを結び付けると、他個体であるTriforiumとイネ科牧草の根は互いに近づきあう場合があり、その時にTriforiumの根からリークした窒素吸収を指示するシグナルが、イネ科牧草の根に作用しうると考えられ、これがイネ科牧草の窒素吸収の増加を引き起こす原因であると思われる。すると、Triforiumばかりが多くても、隣がイネ科牧草である確率が下がってしまうからシグナルが余ってしまうし、逆にイネ科牧草ばかりが多くても、シグナルを受け取れないものが出てきてしまうから、イネ科牧草の窒素濃度の増加率が大きくなる条件は、イネ科とTriforiumがだいたい1:1の割合で存在するくらいなのではないか、と予想される。

A:よく考えていて面白いのですが、何らかのシグナルがあることが最初の前提となっているので、発想がやや狭い範囲にとどまっている印象を受けました。例えば、窒素固定生物からの窒素が何らかの形で環境にリークすれば、別にシグナルを仮定する必要もないかもしれません。発想を広げるには、なるべく最初に予断を持たない方がよいでしょう。


Q:本講義で栄養分の吸収、窒素固定を学んだ。マメ科植物と農業の関わりについて、マメ科植物とイネ科植物をおおよそ半分ずつ入れてやると収量が多い牧草地ができる。これはマメ科植物はイネ科植物に窒素固定したものをなんらかの形で渡していると考えられるので、どのようにイネ科植物は窒素を他の植物に送っているのか考察したいと思う。まず第一に、意図的に大量のエネルギーをかけて他の植物のために根から窒素源を供給するとは考えられないため、マメ科植物が大量に窒素源を個体内にため込んだ結果、個体が枯れ、土壌中の微生物に分解され、それを他の植物が利用したかもしれない。また逆にわざわざ周囲に窒素源を与えるという仮説があるのならば、品種改良をされた種であるのかもしれない。品種改良種の中のには自然選択に逆らって生まれてきたものもあり、肥沃な牧草地を作るのには窒素源を作れるマメ科が最適であったのかもしれない。前者と後者の仮説に真偽をつけるために、ある実験を用意する。マメ科の植物を、窒素を同位体窒素で置き換えた空間を用意し、その中でしばらく育て、個体に同位体窒素を固定させる。そのあと移植をし、またしばらく放置して他の植物に同位体窒素が取り込まれているかを確認する。もし確認されたらマメ科植物が生きている間も周囲に栄養を与えていることになる。確認されなかったら死んだあと分解され、栄養が土壌中に取り込まれると考えられる。

A:これも上のレポートと同じ話題について書いており、いろいろ考えていてよいと思います。面白いと思ったのは、品種改良による人為的な影響を考慮に入れている点です。農作物などについては、このような視点を持つことが往々にして案外重要です。


Q:今回の授業で硝酸輸送体の酵素は、二重親和性を持つことを学んだ。これにより、基質濃度が低いときには、酵素の親和性を高く保ち、そして反対に基質濃度が高いときには最大活性を大きくすることができるという利点を持っている。ここで一つ疑問であったのは、一般的な人体内にあるような酵素は二重親和性を持たないのかということである。言い換えるのなら、二重親和性を持つことのデメリットとはなんだろうか。結論から言ってそれは、複雑な構造となり合成のコストが高まるということであると考える。タンパク質の合成にはアミノ酸や有機酸などの材料や、またエネルギーを必要とする。その材料は人体内においては食物から得るものである。ほかの生物に関しても材料は限られている。そのため、いたずらにタンパク質の機能を増やすことは、必ずしもメリットにはなりえない。なるべく最小限のコストで必要な機能をもつものが適しているのだ。また生体内においては基質の濃度が大きく変動することはない。それは生命が一定の状態を維持するからである。そのため硝酸輸送体は、硝酸イオン濃度が不定の生体外からの取入れを行うために、このような機能を持っているのだと考えられる。

A:このレポートは、よくできたシステムに思える二重親和性の酵素のデメリットをあえて考えている点が評価できます。基質が低い時には親和性を上げ、基質が多い時には最大速度を上げるという戦略自体は、よさそうに思えますが、全ての酵素がそうなっていない以上、何らかのデメリットがあるはずです。最後に、どのような場合にメリットがデメリットを上回るのか、という点がちらりと触れられていますが、この部分は、もう少しきちんと議論できる余地があるように思いました。


Q:今回の講義で窒素固定を行う際に働く酵素であるニトロゲナーゼが酸素によって失活してしまうことを防ぐためマメ科植物の根粒は同体積あたりの表面積が小さい球体をしていることを学んだ。写真では小さな根粒が複数あった。表面積を小さくするならば、同じ体積で比べたときに、複数の小さな根粒の表面積の総和よりも、一つもしくはごく少数の大きな根粒を作ったときの表面積の総和の方が小さくなるため、少数の大きな根粒を作る方が都合が良いのではないかと考えた。しかし、実際にはマメ科植物は複数の小さな根粒を持つため、後者では表面積が小さくなるというメリットに見合わないデメリットがあるはずである。そのデメリットとは何なのか。私が考えたものの一つとしては、根粒を一つにまとめた場合では外敵などの作用による根粒の損失の危険性が、根粒を分散させたときと比較して高くなってしまう。根粒の損失の危険性の低減のために分散していると考えられる。二つ目としては、一つあたりの根粒の体積が大きくなることで、根粒の植物の根から見て末端で作成したADPの輸送にかかる時間が長くなることの影響が考えられる。効率よく栄養を輸送するには体積が小さく、末端で作成した栄養の輸送にかかる時間が短い方が望ましい。よって、マメ科植物は複数の小さな根粒を持っているのだと考える。

A:これも、他に見たことがないアイデアだったので取りあげることにしました。表面積を小さくしたいのであれば、1つにまとめる、というのは確かに選択肢の一つかもしれません。レポートでは、根粒を複数に分散させている理由として2つの考えを提出していますが、自然に考えると、数を多くしておく方が調節がしやすい、という側面が大きいのではないかと思います。


Q:根粒菌と共生することによって、植物は窒素を多く取り込むことができる。しかし、共生するためには低酸素状態の根粒を維持する必要がある上、窒素固定のためのエネルギー源を根粒菌に渡さなければならない。そのため、植物の利用可能な窒素が十分にある条件では、根粒菌との共生は有利なものではなくなる。このことと、「窒素固定は独立に何度も失われた」ということから、植物をとりまく環境の変化について考えた。進化には長い時間を要する。その長い時間のあいだ選択圧がはたらき続ける必要があるから、数千万年前までの地球はずっと植物にとって窒素不足状態にあったと考えられる。そしてあるとき、ついに根粒をつくるように進化した植物が現れたのだろう。その後しばらくの間は根粒をつくる植物が多様化したが、あるころから窒素が豊富になり、共生の利点が少なくなったために「窒素固定は独立に何度も失われた」と考えられる。窒素が豊富にあるとすれば、根粒を放棄したとしても特に不利はないだろう。また、自分自身は根粒をもっておらず他の植物が根粒をもっているという状況さえ、不利なものとは限らない。根粒をつくるマメ科植物の近くにある非マメ科植物において窒素量が多くなることから、運良くマメ科植物などの近くに生育できればコストをかけずに窒素が手に入ると考えられる。この状況では、根粒をもたない植物は根粒の維持にエネルギーを使う必要がないので、マメ科植物などとの競争に大きく負けることはないだろう。以上から、植物は長い時間を経て根粒菌との共生を始めたものの、それが有利にならない状況に置かれたために早々と共生を放棄し、ごく一部の植物のみが根粒をもち続けたと考えられる。

A:窒素固定の進化を考察していて面白いと思います。窒素固定が独立に何度も失われたことから、レポートでは地球環境の窒素濃度が上昇した可能性を考えていますが、空気中の二酸化炭素濃度とは異なって、土壌中の窒素濃度は場所によって局在していると思いますから、地球規模での変化を考えなくてもよいかもしれません。


Q:私は、今回の講義を聞いてシアノバクテリアが窒素固定を行うためにヘテロシストを作ること学んだ。共生説では、原始的な真核細胞にシアノバクテリアが共生したことで葉緑体に進化したというのに、葉緑体ではヘテロシストを作り、窒素固定を行わないことが気になり考えてみた。講義でもあった通りシアノバクテリアには、ヘテロシストを作るものと作らないものがある。ここでは、ヘテロシストを作るシアノバクテリアをAとヘテロシストを作らないシアノバクテリアをBと呼ぶ。まず、真核細胞にシアノバクテリアが共生したときに、Bだけが偶然共生したとは考えにくいので、AもBも真核細胞に共生したと考えられる。その後、植物が陸上進出したときに、Aと共生したものに比べて、Bと共生したもののほうがヘテロシストを作る遺伝子がないためゲノムサイズが小さい、光合成効率が良いという利点があったこと。また、シアノバクテリアに比べて、陸上植物は様々な器官を持っていて、植物個体全体で考えたとき、葉緑体は酸素を作ることに集中させ、他の器官に窒素の吸収をさせたほうが結果的に植物の成長にとって有利であったこと。これらのことから、Bと共生した個体のみが陸上で生き残り、そのため、葉緑体がヘテロシストを作り、窒素固定が行われないと考えられる。しかし、この仮説はBのほうがAより光合成効率が良くないと成立しないので、同じ光強度の条件下で光合成速度の測定を行う必要があると考えられる。

A:シアノバクテリアの一部は窒素固定をするのに、葉緑体はなぜ窒素固定をしないのか、という問題設定のレポートで、いままであまりなかったタイプの考え方なので取り上げることにしました。2点だけ補足しておくと、まず、真核細胞へのシアノバクテリアの細胞共生は、進化の歴史の中でわずか2回程度しか起こらなかった非常にまれな現象であると考えられます。もう一つは、講義の中で紹介したシアノバクテリアが光合成と窒素固定を共存させるメカニズムを、何からの形で葉緑体でも実現させない限り、葉緑体で窒素固定をすることができないという点です。このあたり、もう少し考察があってもよかったかもしれません。


Q:今回の講義ではマメ科植物に共生する根粒菌などについて学んだ。根粒菌の共生により植物は窒素同化の能力を獲得することができ、光合成器官の光合成量と根粒菌の使用するエネルギー量で上手く釣り合いが取れているような条件下では、植物はより効率的に生育することができる。ここで疑問に感じたのは、根粒菌が植物に感染しある程度の数の根粒が形成された後に植物に何らかの環境的変化が起き、光合成速度のエネルギー産生が著しく低下した場合、植物はどのような反応を示すのかということである。つまり、植物体のエネルギー産生量が大きく変化しないような条件下では、そもそも共生する根粒の数が制御されていると考えられるが、すでに一定数の根粒を形成し終わった後に植物体に環境変化が起きた場合、植物は植物体を維持するためにどのように反応することで呼吸量を減少させるのかということである。考えられることとしては、植物自身の葉などを枯れさせ、落葉させることで呼吸量を減少させること、または、植物がすでに形成された根粒を退化させるような仕組みを持っており、それにより窒素固定に使用されるエネルギーを減少させることの二つである。そもそも、植物は植物体の生育のために根粒菌と共生していることからも、自分自身の維持が第一優先であり、ここから判断すると、第一に根粒を排除することでエネルギー消費を減少させることが理想的であると言える。ただし、植物が一度共生した根粒を排除するような機構を持っていない、つまり、一度共生すると根粒はもはや植物体の一部となってしまうような場合では、葉を落葉させることでしか植物は応答することができないと考えられる。これらを確かめるためには、通常環境下において、植物に根粒が共生したことを確認したのちに、水、光、土壌条件などをそれぞれ細かく変化させ、植物のエネルギー産生量を著しく減少させた際に根粒数が変化するのか葉が落葉するのかを確かめる。

A:一度できた根粒を減らすことが可能なのかどうか、という点を考察したレポートは初めてだったので、取り上げることにしました。ここで、もう一つ考えるべきは、自然界で、窒素濃度が大きく変化するのがどのような場合で、どの程度の頻度で起こるのか、という点でしょう。植物が窒素を吸収していけば窒素濃度は低下するはずですが、窒素濃度が上昇するのはどのような時であって、どの程度の頻度で起こるでしょうか。それによって考察の方向性はずいぶん変わるかもしれません。


Q:今回の講義の内容で、根における自他の認識実験に興味を持った。植物は自分の根を広げていくときに自分の根とは競争をしないが、他の個体の根とは競争をするという報告があった。そこで、ある植物の個体とそのクローンを競争させてみたところやはり自分の根とは競争をしないがクローンであっても他の個体ならば競争をするという結果となった。この現象のメカニズムは明らかにされていないという話があったが、本レポートはどのような原因で自他認識が起こっているのか考察したい。
 自然界には自他を認識する生物がある程度存在しているが中でも広く知られているのはアリのフェロモンによる同じ巣の仲間の区別であろう。アリは、同種であっても違う巣で生活している個体同士ならば違うフェロモンを持っている。山岡氏によると「異なる巣のクロヤマアリの体表成分のガスクロマトグラフ(GC)分析を行ない、組成を比較してみた。すると面 白いことに、どの巣のアリのGCチャートにも同じピークが表れていたが、その高さが違っていた。同じ種類の炭化水素が、異なる濃度で混ざっているということになる。この組成比の違いが本当に巣特異的であることをはっきりさせるため、同じ巣の個体を個別 に調べてみたが、どれもきわめてよく似た組成比であった。アリは、炭化水素の組成比をも認識して、同巣の仲間かどうかを判断していたのだ。(中略)女王のいるグループと、いないグループを作ってみると、女王がいるほうは組成比が均一だが、いない方では徐々に均一性が失われることがわかった。女王がいなかったグループに女王を移し替えてやると、組成比が均一化してくるので、女王の存在が体表炭化水素の組成比の均一化に必要とわかる。」とある。アリの場合、同種であっても違う巣に住む仲間ならばその巣の女王の体表炭化水素の組成比の違いにより働きアリらの体表炭化水素の組成比に違いが生まれ、その違いより仲間を区別しているのである。
 では、今回の様にクローン植物の場合どのような原因が考えられるであろうか。植物もアリのフェロモンの様に、自らが地中に分泌する化学物質と他の個体が地中に分泌する化学物質を区別することで自他の認識をしているのではないかという考えもできるが、講義内でもあったようにクローン植物ということは根から分泌する化学物質等に違いは見られないはずである。そこで、根から地中に分泌される化学物質の組成とは先天的に決定しているものではなく、水分や栄養分による影響など後天的要因により変化していくものではないかと考えた。連結した土壌中で生育されていても土壌中の養分や水分を完全に均一な状態とすることは難しい。同種のアリでも女王アリを移し替えるなど環境の変化により体表炭化水素の組成が変化するように、クローン植物であっても少しの環境の変化により分泌される化学物質の組成が後天的に変化することで自他を認識しているのではないかと考えた。また、この考察があっているならば根は少しの違いを認識するためにかなり優れたセンサーを持っていると言えるだろう。
参考文献 山岡亮平「アリは仲間をどう見分けるか?」、生命誌23号春(1999)、JT生命誌研究館 (https://www.brh.co.jp/publication/journal/023/ss_1.html) 2020年07月11日閲覧

A:アリの話は面白いのですが、それが、根の自他認識のメカニズムの考察に今一つ生きていないように思います。「連結した土壌中でも・・・均一な状態にすることは難しい」というのは確かにその通りなのですが、そうすると、同じ個体の根も場所によって違う物質をつくるようになって、かえって自他認識が難しくなるのではないでしょうか。


Q:植物が、根粒菌とのコミュニケーションにフラボノイドを利用していることの理由について考察する。講義の動画でフラボノイド(ルテオリン)の構造を見たときに、どうしてこの化合物である必要があるのかと思った。ルテオリンは化学式で表すとC15H10O6であり、分子量は286である。そもそも、植物体で窒素固定をするにはコストがかかりすぎるということが原因でフラボノイドを出しているので、根粒菌を呼ぶために多くのコストをかけるというわけにはいかない。そう考えれば、炭素が15個も必要になるルテオリンを使わずに、もっと単純な構造のコストのかからない物質を使えばよいのではないかと思った。この理由を考えてみたときに、根粒菌とのコミュニケーションに使う物質に必要な要素として、根粒菌との特異性というものが大きいと考えた。特異性がなければ、その植物にとって必要な根粒菌だけでなく、無意味な、もしくは有害な生物を呼んでしまう可能性があるからである。その点において、このフラボノイドは有利なのではないかと考えられる。フラボノイドは、葉や茎にも存在し、植物自身が紫外線による活性酸素から身を守ったり、種子を害虫から守るための抗菌や殺菌をしたりなど、多くの自己防衛機能のためにつくり出している物質である(1)。また、フラボノイドは天然に4000種類以上(2)あることが知られている。このことからフラボノイドは、植物にとってすでに産生する系を持っていて、かつ植物によって異なる種類の物質を作ることができるという点において適当な物質であると考えられる。つまり、葉や茎では植物体を守る物質として、根では根粒菌を呼ぶための物質として利用することによって、そのための遺伝子や産生系を不要にしているのではないかということである。 公益財団法人長寿科学振興財団. フラボノイドの効果と種類と摂取量. 閲覧日2020/07/11 https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/shokuhin-seibun/flavonoid.html

A:なぜフラボノイドなのかという視点も、他のレポートには見かけませんでした。面白いと思います。ただ、炭素が15個という点については、窒素固定を必要とするのは、N/Cの比が低いときであって、相対的に見れば、炭素が過剰になっている条件だと解釈できることには注意しておく必要があるでしょう。