植物生理学I 第3回講義

緑色でない葉

第3回の講義では、紅葉や斑入りなど、緑色でない葉の進化的な意義やメカニズムについて解説しました。以下に、質問とそれに対する回答を掲載し(この部分はMoodleと重複します)、また4つのレポートをピックアップしてそれに対してコメントすることにより、この講義ではどのようなレポートを求めているのかを示したいと思います。あと、論理的な文章を書くことを放棄したようなごく短いレポートを提出した人が数人いました。別に長いことがよいわけでは全くありませんが、この講義のレポートには論理的な展開を求めているわけですから、少なくともそのような展開を許容する長さが必要である点は、再度指摘しておきたいと思います。

講義に対する質問と回答

Q:モミジのように紅葉する植物と,イチョウのように黄葉する植物が存在するのはなぜでしょうか.それぞれのメカニズムと意味,ただ枯れずにわざわざ変色する理由が知りたいです.

A:今まで知られている主な事実は以下の通りです。
1.秋に葉のクロロフィルが分解されても、黄色のカロテノイド色素は分解されずに残るため、イチョウなどは葉が黄色になる。
2.モミジなどにおいては、クロロフィルの分解と共に、赤色のアントシアン色素の合成が誘導されるため、赤やオレンジに葉の色が変化する。
3.アントシアンの蓄積は、(1)葉に強い光があたる、(2)葉に糖が蓄積する、条件で促進される。なお、紅葉は夜間に冷え込むようになるときれいになるといった経験則がありますが、これは(2)の条件により説明できるかもしれません。
4.アントシアンの蓄積は、秋の落葉前だけでなく、春に新芽が出る際にも引き起こされる場合がある。
5.アントシアンは、光を吸収する色素としての側面を持つとともに、活性酸素を消去する作用を持つという報告がある。
このぐらい知っていれば、アントシアンに関する知識としては僕とほぼ同レベルです。そこにどのような「意味」を見い出すのかは、その人の考え方(と一般的な植物に関する知識)次第でしょう。


Q:ユキノシタは見かけ上白くなっている場所がありそこでは葉緑体がはたらかないと習いましたが、見かけ上白いだけなら、葉緑体を働かせることができるような気がします。なぜはたらかせないのでしょうか。光が反射するため利用できないからでしょうか?

A:はい。その通りです。色が白く見えるということは、葉に入射した光の多くが反射して戻ってきていることを意味します。そうであれば、その白い層の下にある葉緑体には光はわずかしか届いていないはずです。したがって、白く見える層をはがしてしまえば、下の葉緑体に光があたり、光合成をする可能性はあります。ただ、突然強光があたると、それによって大きな傷害を受ける可能性はもちろんありますが。

提出されたレポートの4つの例とそれに対するコメント

Q:今回の講義に関しての回答は中々思い浮かばず、ヒントを得るため裏高尾の林内へ入った。ここで気が付いたのが、V字状の斑が入った葉がいくつかの種類で見られたことである(下記図参考)。授業で扱ったように、斑入りの部分は葉緑体量が少ないか、存在してもその上の細胞層に空気や別の物質が介在していることなどに由来する。一般に、斑がない方が光合成をより効率的に行える傾向にあるが、それにも関わらずV字状斑が複数種の間で共通している。よって、この形質に何か生物学的意義があると考えられ、今回はこのことについて考察していこうと思う。
 まず、3種の生育環境の共通点を見ると、いずれも地表付近で見つかり、他の植物と重なり合うように生育していた。ヒメツルソバは外来種でヒマラヤ原産だが、ミズヒキは日本全国、そして中国やヒマラヤにも分布するという。よって、一番過酷と考えられるヒマラヤの環境を考慮すると、一日の寒暖差・積雪・小さい平均気温・紫外線が強いといった点があげられる。これらの中で斑が環境適応として可能性があるのは、低温耐性と紫外線耐性である。前者については、斑の色が他の葉の部分よりも黒っぽい、つまり吸光度が高いことから、日光をより吸収し、葉の中心付近にV字状をとることで、日光を吸収した斑の熱が全体に効率よく伝導しているのではないかという仮説を考えた。これを実際に確かめるのであれば、斑の有無や形状による強弱光下における葉の温度や光合成活性の比較実験を行う必要がある。後者については、葉の光合成活性をできるだけ保ちつつアントシアニン等による紫外線耐性を得るために、トレードオフの結果V字状の斑に落ち着いたという仮説を考えた。こちらも確かめるためには、斑の面積や形状を変化させることで紫外線による影響を比較実験する必要があると考える。具体性に欠け歯切れの悪い仮説が目立ってしまったが、今回の私の主張は以上である。

A:「下記図」が消えていた(テキスト形式での提出なのでシステムで消えてしまうようですね)ので、それなしで判断します。植物の共通性から、その機能を考えていて非常に面白く思いました。ただ、V字状であることの特殊性、つまり他の形ではなぜいけないのか、という点の議論がないので、やや説得力に欠けるように思います。また、ヒメツルソバとミズヒキは、どちらもタデ科の植物で、近縁といってもよいでしょう。その場合、系統的な制約を考える必要もあるかもしれません。


Q:常緑樹であるクスノキ (Cinnamomum camphora) は春の新芽が出現する頃に葉の入れ替わりが起こる。このとき、新芽と落葉寸前の葉の両方にアントシアニンの蓄積が見られる[1]。まず、新芽のアントシアニンの役割について考えると、講義内でも説明があったように「若葉は目にまぶしい」ということから、新芽にはまだ十分な葉緑体が発達しておらず、紫外線によって葉の組織が障害を受ける恐れがある。これを防ぐためにアントシアニンは、葉緑体が発達するまでクロロフィルの変わりに光を吸収する役割を担っているのではないかと考えられる。一方で、落葉寸前の葉に蓄積するアントシアニンに対しては新芽のアントシアニンと同じ役割があるとは考えにくい。なぜなら、「落葉」寸前であるからわざわざアントシアニンを合成して葉の組織を保護する必要はないはずである。ではどのような役割を持つのかということを検討したところ、落葉寸前の葉のアントシアニンは新芽の食害を防ぐ役割があるのではないかと考えた。新芽は葉緑体が未発達なだけでなく、成熟した葉に比べると柔らかく[1]鳥や昆虫による食害を受けやすいと予想される。また、クスノキの新芽にはアントシアニンの蓄積があることから、緑色の葉の中では目立ちやすく、食害を受ける確率がさらに高くなっている可能性がある。よってこの新芽の食害を防ぐために落葉寸前の葉も新芽同様アントシアニンの蓄積を行うことで新芽をカモフラージュする効果があるのではないかと考えられる。落葉寸前の葉であれば食害を受けても大きな損害はなく、アントシアニンの蓄積による光合成阻害の影響も少ないといえる。この仮説を検証するためには、自然なまま生育させたクスノキと、新芽以外でアントシアニンの蓄積が見られた葉を次々取り除いて常に緑色の葉のみがあるようにしたクスノキで新芽が受ける食害の頻度を比較するという実験が有効であるといえる。

A:これも、独自の考え方に基づいたレポートで面白いと思います。ただ、落葉時に紅葉する植物の中で、同時に新芽が紅葉する植物がごく一部であるとすると、紅葉の意義を一般化して議論するのは本来難しいでしょう。


Q:今回の授業では緑色ではない葉について学んだ。緑色ではない葉と聞いて思い浮かんだのはサラダによく出てくる葉の一部分が赤いサニーレタスである。家にあったので観察してみると葉の先端領域、つまり栽培されているときに日光を受けやすい部分が変色していた。さらに多くの葉で赤みが見られるのは向軸側のみであったが、外側の葉や葉の縁は背軸側。赤みの原因は蓄積したアントシアニンであり、日光を受けやすい部分が変色することより紫外線もしくは強光がこれを引き起こしているのではないかと推察した。強い紫外線などはDNA損傷を引き起こすといわれているためアントシアニンを蓄積することで一種の防御機構を作っているのではないだろうか。また向軸側に多く赤みを確認できることについてはアントシアニンが光の照射によって合成されるからであり、非常に強く照射された部分に関しては多くの量が蓄積されていくことで背軸側まで色づくのではないだろうか。強光と紫外線のどちらが影響を与えるのかについては温度、水、空気、土壌条件を同じにした環境で照射する光の種類を変える実験よって判断できるのではないだろうか。

A:生物学(というより科学全般かもしれませんが)にとって、このような観察から出発する思考というのは非常に貴重だと思います。研究というのは、実験を繰り返して遂行するものですが、その研究アイデアそのものは、ちょっとした観察に基づく場合もよくありますし、そのような観察眼というものは、研究者にとって貴重な能力だと思います。


Q:講義の中でユキノシタの話が出ていたのでいろいろ調べていたらよく似た葉を持つアリストロキアチレンシスという植物が目についたのでこれについて考えてみた。チリの日射の強い乾燥地域に生えているこの植物はまるでネペンテス系の食虫植物のような捕虫葉そっくりの花を咲かせる。異臭を放つその花はハエを寄せ付け花弁の中に入り込んだハエをなかなか逃がさない。夜になると花がしぼんで花粉をたっぷり付けたハエが外に出られるようになる。そんな植物があるのかと感心した。
 今回は花でなく葉の色についての授業なのでこっからが本題だが、私は斑入りというのが完全にメリットのないものだと思っていた、実際斑入りの品種の管理はかなり難しいと聞くし黄金ガジュマルのように野生化では簡単に淘汰されてしまうものだからだ。しかしこの植物のような一部のものは野生下で斑入り遺伝子を保存しているように思える。斑入りのメリットとは何なのであろうか。
 少しまえにシマウマの縞は熱の蓄積度の違いで皮膚上に空気の対流を生み出し体温の上昇を防いでいるという面白い話があった。アリストロキアチレンシスの生息するチリの高原は雨が降らないため水は貴重な資源となる、またかなり日射が強い。よって日中葉の向軸面の気孔はなるべく開かないはずである。また光エネルギーは十分に存在するため光合成量は植物体周辺の二酸化炭素濃度に主に依存するであろう。そこで、斑入り植物も葉上で微小な対流を作るのはないかと考えた。風が少ないところでは葉の表面で生じた対流によって葉の裏に風を送り込んでいると考えてもおかしくはない。この仮説を証明するには実験は不可欠である。視覚的には、細かい粒子(植物体に無害)の舞う無風の条件を用意し植物を入れ、光を当てるのがわかりやすい。そして空気の流れの変化をみる。植物自身の大気の取り込みと掃き出しの影響をかんがみて慎重に観察する必要がありそうだ。気孔の位置に関係しない空気の流れが観察できれば仮説の立証につながる。

A:シマウマの縞に関する知識を斑入り植物と結び付ける論理は面白いですね。前振りが長すぎる気もしますが、まあ、本体がしっかりしているので、それに好きなことを付け加える分には構わないと思います。