植物生理学I 第4回講義

植物の葉と環境

第4回の講義では、環境が植物の形に与える影響を中心に、水中環境や風の強さがどのように葉の形や大きさに影響を与えると考えられるかを解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:植物の環境応答について、植物は環境の変化によって葉の形などを変化させることを知った。そこで現在栽培しているモミジ科の植物(青枝垂れ)が異なる二種類の葉をつけていることを発見し、なぜ異なる二様の葉をつけているかに注目した。葉の形について、一つはシダレモミジ様の葉であり、多くの切れ込みが不規則に入っているもの。もう一つは一般的なモミジ様の切れ込みが6の掌状の葉である。葉の形の分布は上部と中部がシダレモミジ様の葉、根に非常に近い下部が掌状の葉である。この植物体は幹全体にわたって大量の害虫が取り付いており、幹上部の枝はほとんど枯れている状態であった。このことから下部の掌状の葉は植物が光合成産物を得るために緊急的に伸ばしたものと考えることができ、通常のシダレモミジ様の葉よりも光合成効率が良い葉であると考えられる。この仮説を実証するために、次の実験系を考えた。シダレモミジ様の葉と掌状の葉の光合成速度を次の二つのパターンでそれぞれ計測する。a日光が直接当たる場所、b直射日光が当たらない場所。つまり、掌状の葉がもう一方に比べて光飽和点が高い点(a)と、光の届きにくい下部に伸びる掌状の葉の補償点が低い点(b)を調べるのである。この実験の結果a.b両方の場合において掌状の葉の光合成速度が優位であった場合、今回の仮説は実証されると言える。

A:考え方は面白いのですが、もし、どちらの場合においても掌状の葉の光合成速度が優位であった場合、すべての葉をその形にしない理由を説明する必要があるように思います。


Q:水中では、二酸化炭素の拡散速度が空気中よりも1000倍遅いため、細胞層を多くすると二酸化炭素を内部に取り込めなくなってしまう。そのため、水生植物の葉の細胞層は2,3層でクチクラも持っていないと今回の授業で教わった。地上植物に比べ細胞層が少ない、つまり葉の単位面積当たりの細胞数を水中への再進出の過程で減らしたということは、葉の葉緑体の数を減らしたということでもある。このことから、水中では植物の光合成を律速する要素は、あくまで光のエネルギーである(葉が平たいため。また、頻繁な葉緑体運動により光の吸収能率を上げる工夫はしていることからもわかる)がその優先度は多少下がり、二酸化炭素供給量も重要な要素になっていることが分かる。水中では、二酸化炭素と同様に酸素の供給量も低い(むしろ二酸化炭素より空気中と水中の酸素濃度の差は大きい)ため、呼吸量も地上の植物よりも低いと思われる。また、水が豊富にあるため、蒸散によって根から水を吸い上げるために呼吸を行う必要性も地上植物よりも低い。すなわち、水中植物は光合成・呼吸による生体内の物質循環の総量を下げて水中環境に適応しているのだろう。そして、クチクラや単位面積当たりの細胞数を減らしたことは不必要な機能によるエネルギーや物質の消費を減らす点でも有利に働いているのだろうと考えた。

A:よく考えてはいると思うのですが、関連する事項を次々に渡り歩いている感じなので、レポートとしての問題点がはっきりしません。できれば、最初に問題点を設定して、最後にその問題が解決するような形で論理を展開すると、理系のレポートっぽくなります。


Q:サトイモの葉が撥水性を持ち、それは光に濃淡差があると光合成量が減ってしまうという話を聞き、本当に撥水性を持たなくなると光合成量が減るのか知りたくなった。これを知るためにはサトイモの葉における乳頭突起の発現を司る遺伝子をノックアウトし、対照実験を行えば良いわけであるが、そのような遺伝子はまだ発見されていないようである。しかし、イネの撥水性を持たない変異体は存在し、そのような遺伝子を同定する実験は進められているようである(1)。そこで、まずはイネの変異体を用いて光合成量が有意に変わるかどうかの実験をしたいと思った。このような実験で有意に変化が見られるようならば、確かに光の濃淡差による光合成量の減少を防ぐために撥水性を持つと考えられる。しかし有意に変化が見られない場合は撥水性をなぜ持っているのかという他の要因を考えなければならない。撥水性というと昆虫の羽が思い浮かぶが、昆虫の羽には水滴による物理的な重みを解消するという理由の他にも細菌の細胞を切り裂くという殺菌効果があるようである(2)。このような実験をサトイモの葉でも同様にやってみて、殺菌効果が見られれば、撥水性は光合成とは関係のないところで生きていたということになる。
・参考文献:1.植物科学最前線 6:102 (2015) 「葉の表面構造と撥水性の発現機構」、2.Ivanova, EP et al, “Bacterial activity of black silicon” Nature Communications, 4:2838, NOV 2013

A:科学的な実験としては、撥水性をもたない変異体をもつ変異と比較しただけでは不十分です。その変異体は、撥水性以外の点においても野生株と異なっている可能性があるからです。葉の表面構造を変えれば、撥水性が変わるかもしれませんが、同時に二酸化炭素の取り込み効率も変化する可能性が十分にああることは、今回の講義でわかったと思います。そのあたりをどのように検証するかが重要なポイントになるでしょう。


Q:本日の授業の最後で、タビビトノキと呼ばれる植物の葉について紹介してもらった。若葉の時が完全な形を保っているが、古い葉になると、ちぎれてしまうという不思議な形質を持つ。新宿御苑の温室に生息している個体を比べることで、沖縄の強い風が原因だったと思われている。しかし、ランダムではなく、葉の幅を横切る綺麗な切れ目を見れば、本当に風が直接に切ったのは考えにくい。そのため、タビビトノキ自身は特殊な構造或いは特殊遺伝子レベルの制御機構を持ち、風はただ環境に適応する個体を選択したと考えられる。タビビトノキの葉は大きく、表面に気体の動かない層が大きいため、二酸化炭素をより多く取り込むには葉の面積を小さくする必要がある。進化の過程で、チケット上のミシンのように、葉の上にも遺伝子発現の制御によって脆い領域が多数存在し、一つ大きい葉が風に容易に切られて二酸化炭素を巡る競争に勝った個体が生き残ったことが原因だと考えられる。もう一つは、ヒト発生における指の形成のプロセスのように、成長途中に風の強さが感知できる機構が存在し、一定の強さを超えると、決まった領域の細胞をアポトーシスに誘導する機構を持っている。このような個体が風への抵抗を小さくし、折れないようにできるのみならず、ばらばらにされた葉っぱがより多くの二酸化炭素を取り込めることによって、他の個体より生存に有利だと考えられる。これらのような進化の過程で、適応な形質を手に入れた個体が生き残ったことが、現存のタビビトノキが持つ不思議な形質の原因だと考えられる。

A:よく考えていてよいと思うのですが、「もう一つは、」でつながる2つの部分の関係を明示したほうがわかりやすくなるでしょうね。たとえば、最初に考えられる2つのメカニズムを挙げて、どちらがもっともらしいんかを議論する、というのが一つの方法だと思います。


Q:今回の講義の内容から、トチカガミ(水生植物)の葉における気孔について考察を行う。トチカガミの葉は主に水に浮かぶ浮葉であるが、成長が盛んになり、葉が重なり合う状況になると、一部の葉が立ち上がり抽水葉になることが分かっている。浮葉においては、葉の裏面が水に接触しているため、表面にのみ気孔が存在しているのに対し、抽水葉では葉身全体が気中に存在し、主に表面で光合成を行うことになるため、裏面に気孔が存在する必要があると考えられる。このことからトチカガミの葉が浮葉から抽水葉に移行する際、気孔が表面から裏面に移動する、もしくは表面の気孔が消失し、裏面に新たに気孔が作られるという仮説を立てた。この仮説を立証するための実験系を以下に示す。まずトチカガミの浮葉表面に存在する気孔の細胞にGFPなどを導入し、可視化する。その後、一部の浮葉に光が当たらなくなるよう覆いをする。これによって浮葉から抽水葉への移行を促し、標識された気孔細胞の動向を観察する。ただし今の段階では、トチカガミの浮葉が抽水葉へと移行する要因が明らかになっていないため、この実験系の正確性には不安が残ると考えられる。
参考文献:異端の植物「水草」を科学する (BERET SCIENCE) 田中法正

A:ここで重要なのは「葉が重なり合う状況になると、一部の葉が立ち上がり抽水葉になる」という部分の解釈です。スイレンなどの葉を観察すると、葉は、サクラの葉のように一定の季節に一度に出るのではなく、時間をおいて次々に出てきます。その場合、特定の一枚の葉に注目した場合、その葉が出てくる前に水面が他の葉に占拠されているか、それともまだオープンの水面があるか、そのどちらかでしょう。すでに水面が占拠されている場合は、新しい葉が抽水葉になるとすれば、それまで水面を占拠していた葉は影響を受けないことになります。そのように考えた場合は、一枚の葉が「浮葉から抽水葉に移行する」ことはないとしてもおかしくはありませんよね。


Q:今回の講義では、水中植物の葉が気中植物の葉に比べ、CO2を直接表面から取り込むために薄い構造をとっているということを学んだ。しかし水中といってもその環境は多岐にわたる。例えば海藻にしても、その存在する水深によって環境状態、ひいては植物の形態も異なるのではないかと考えた。水産庁掲載の画像を見ると、水深の浅い環境ではアオサやヒトエグサなど比較的薄い葉が生息し、水深の深い環境ではコンブやワカメなど厚い葉が生息していることが分かる。水中植物の葉が薄いのは水の中でのCO2拡散速度が低いからであり、したがって水深の深い環境ではその理由を上回るほど厚みを増さなければならない理由が存在すると考えられる。例えば、高い水圧環境下に耐えるため、水流によって体がちぎれるのを避けるためなどが考えられる。また水深が深い環境ほど光は弱くなるため、光合成のし易さを考えれば浅瀬、湿度環境を無視すれば陸上を選んだ方が都合よいのは明白であり、水深の深い環境を選択した植物たちは光合成以外の条件で陸上や浅瀬より生きよい理由、外敵や乾燥状態にさらされる状況を回避する目的があると考えられる。それによって、厚みが増した方が外敵に捕食される可能性が薄まる(小魚などはあまりに厚みのあるものは食べられないと考えられる)万が一乾燥状態にさらされたときのための水分を保有しやすいなどの利点も存在するとも考えられる。
参考:水産庁HP「藻場の働きと現状」http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/tamenteki/kaisetu/moba/moba_genjou/

A:よく考えていると思います。ただ、最後の「万が一乾燥状態」というのは、水深の深い環境では葉が厚いと言っているわけなので、むしろない方が論理はすっきりしますね。


Q:今回の授業は葉の構造の多様性と環境とのかかわりがテーマであった。その中で出てきたキクモという気中葉と水中葉の両方を持つ植物について考えてみようと思う。キクモの気中葉と水中葉は葉の形が異なる。気中葉は羽状であるが、水中葉は糸状である。気中葉と水中葉の形成はどの段階で決定されるのだろうか?葉が形成される段階で気中にある場合は気中葉に、水中にある場合は水中葉になるのだろうか?それとも既に気中葉(水中葉)として存在する葉を水中(気中)に入れることで時間とともに水中葉(気中葉)に変化していくのだろうか?これを確かめるには実際に実験をして気中葉(水中葉)を水中(気中)に入れて観察するのが一番よいだろうが、今回は理論だけで考察してみる。
 まず、気中葉と水中葉には形態的な違いがある。水中葉には気孔やクチクラなどの器官が存在せず、また細胞層も気中葉のそれよりも薄い。もし、環境によって気中葉と水中葉が相互変換するとしたらこれらの器官をその都度形成したり、消失させたりすることになる。そのようなことは非常に効率が悪い。また、葉形成時の環境に合わせて葉が作られるのだとすれば次のような理由付けもできる。水中葉が糸状であるのは水の流れを受け流すためである。一方、気中葉は水の流れを考慮する必要がなく、また光合成効率を高めるため水中葉に比べると横に広い葉を持つと考えられる。以上の考察より、キクモの気中葉と水中葉はお互いが相互変換するものではなく、葉形成時の環境によってどちらの葉になるのかが決まり、気中葉は終生気中葉のままであり、水中葉は水中葉のままであると考えられる。

A:その通りでしょうね。実験として水から出したり水に入れたりする実験が実際に行われているようです。水に突然入れたりするのは、葉にとってかなりストレスになりそうですけれども、気中葉から水中葉への変換は植物ホルモンであるエチレンの添加によって誘導されることがわかっていますから、葉の形成初期のいろいろなタイミングでエチレンを添加するような実験をすれば、よりマイルドにどこで形が決まるのかを見ることができるかもしれません。