植物生理学I 第9回講義

代謝とエネルギー

第9回の講義では、一次代謝の概要について概説したのち、呼吸によるエネルギー獲得のメカニズムについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:授業でコラーゲンが直接肌に効果がないといった話を聞きました。確かに、コラーゲンは体内で分解されアミノ酸になり、他のタンパク質に再び合成されるので意味ないように思われます。しかし、では逆に分解されても再びコラーゲンが合成されるようなものを摂取すればよいのではないか考えました。調べてみたところ、ヒドロキシプロンというコラーゲンの螺旋構造を作るのに必要な物質があり、それは天然ではコラーゲン以外には含まれていないので、コラーゲンを食べることでしか吸収されないようです。ですから、コラーゲンを食べてその効果を得るためには、体内でコラーゲンを合成するために、ヒドロキシプロリンを体内に効率よく吸収するコラーゲンを摂取することが必要です。これは低分子コラーゲンペプチドうを使用したコラーゲン製品が適しています。よってコラーゲンが肌にまったくもって効果がないというわけではなく、こういった適したもの摂取し続けると効果が現れるのではないかと考えます。

A:他にも同様の指摘をしたレポートがありましたが、生物学を専門とする学生なら、もう少し頭を使ってください。コドン表を見ても、どこにもヒドロキシプロリンというアミノ酸は出てきませんよね。ということは、タンパク質が翻訳される時点ではヒドロキシプロリンは存在せず、翻訳後修飾によりヒドロキシ化されるはずです。そうであれば、アミノ酸をヒドロキシプロリンとして持っていても、コラーゲンの合成に役に立たないことは明らかでしょう。


Q:タンパク質は消化吸収の際、アミノ酸にまで分解されてその後体内で新しいタンパク質に組みなおされるので美容のためのコラーゲンの経口摂取は効果がないのではないかという説明が授業にあったのでそのことについて調べた。webの参考文献(http://www.jilr.or.jp/research/pdf/tennensozaicollagen.pdf)によるとコラーゲンの一部(30~40%)はほかのタンパク質と異なりどういうわけかアミノ酸にまで分解されずにオリゴペプチドの状態で体内へ吸収され、そのペプチドの血中濃度が短時間で上がるらしい。理由についてはよくわからないが、コラーゲンを分解して体内で組みなおすよりも、そのままに近い状態で吸収して使用する方がヒトにとっては効率がよい(エネルギーを使わない)のではないかと考えられる。体内のアミノ酸が全体的に不足している状態で実験を行えば、また違う結果が得られるかも知れない。

A:紹介された参考文献で言っているのは血中のオリゴペプチド(コラーゲンの中と分解産物)濃度が上がる、ということです。しかし、タンパク質の合成にはオリゴペプチドを使うことはできませんから、食べたコラーゲンが、新規合成されるコラーゲンに選択的に使われるということはない、ということにはかわりありません。


Q:今回は、直接摂取した食べ物が人間の体内ではそのまま取り込まれるわけではなく、消化回路に取り込まれることで変換されてから人間の体の一部となることを学びました。ここで、私は遺伝子組み換え作物に対する根強い不信感を抱いている自分の考えを再考することにしました。私は、遺伝子組み換え作物について学んだ当初から、故意でなくとも何か悪影響のある遺伝子が組み込まれてしまう可能性がある遺伝子組み換え作物には不信感がありました。例えばガン遺伝子が組み込まれていたら、体に完全に影響がないとは言い切れないと感じていたからです。しかし、代謝経路に取り込まれた遺伝子組み換え作物が果たしてその遺伝子を維持したまま体内で悪さをするのかと授業を聞いて疑問に思いました。調べた結論から言えば、代謝経路に取り込まれる段階で、元々の遺伝子組み換え作物の遺伝子はバラバラにされ、悪影響を与えることもほぼないと思われます。さらに、長年の研究により、花粉症の症状を緩和する作物など病気に対する薬のような役割を持つ作物を作ることもできるようです。しかし、これを悪用すれば、故意に悪影響を及ぼす遺伝子組み換え作物を作ることも可能で、完全に信用することはできないと感じました。遺伝子組み換え作物がより活躍するには、悪用されないための法整備や環境改善が必要だと強く感じました。
参考文献:jbpress.ismedia.jp/articles/-/35535

A:人類が経験していないタンパク質を発現させるような場合、それがどの程度ヒトに消化されるのか、という問題は常に存在します。難消化性のタンパク質はアレルゲンとなる可能性がありますから、現在は、遺伝子組換え食品においては、生産タンパク質の消化性をチェックするシステムになっています。悪用という点からすると、例えば毒性のタンパク質を発現する植物を作ること自体は可能だと思いますが、人に毒を盛るのであれば、もう少し効率的な手法がいくらでもあるように思います。


Q:今回の授業では主に代謝に関する事項を学んだ。解糖系に関してはこの反応は基質レベルでのリン酸化によって起こり、言い換えると必要な酵素と基質さえあれば試験管の中でも反応が起こるということを学んだ。さらにこの反応では差し引き2分子のATPと2分子のNADHが得られることも確認した。NADHは代謝の中でも還元剤として働く非常に重要な物質である。また、授業ではピルビン酸デヒドロゲナーゼ多酵素複合体についての知識を得られた。これについて考えると、 この酵素は一般にほとんどの生物が行うことのできる解糖系とTCA回路をつなげるという点で非常に重要な働きをしており、かつそこでの反応を複合体を形成することで効率的に行っていることは生物の一連の代謝の流れで非常に重要であると考えられる。かつて原核生物が現在のミトコンドリアとなる生物を細胞内に取り込んだ際にすでにこのような複雑な酵素ができていたとは考えにくいので、進化の過程でピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体のような効率的な酵素ができたのかもしれない。

A:前半の講義の振り返り部分は、僕の講義のレポートにおいては必要ありません。単刀直入に自分のロジックを展開してください。後半はよいと思います。ただ、原核生物には複雑なタンパク質複合体がないだろう、というのは偏見ですよ。


Q:前回の授業で最も印象に残ったのは当然であり導入のことであったが「牛を食べても牛にならない」とのことであったので、そのことについて考えてみたい。捕食者が、その被食者の形質を手に入れることがあるのだろうかという疑問が残った。脂質は分解経路が違うためそのまま残ることが多い話も講義で扱ったが「牛になる」といったような大胆な例が他にあるかどうか考えてみた。まず最初に思いついたのは、免疫にかかわる抗原提示細胞等の細胞は、貪食した抗原の一部分をそのまま抗原提示することから、ある意味では一時的には抗原の性質を膜表面に現すということになるということである。また、鱗翅目の昆虫類の幼虫は食草の色がそのまま体色となる例があるが、これは体色や臭いが天敵からカモフラージュする役割を直接的に担うことからも、捕食したものの性質を利用していることにはなるであろう。ただ、これらは遺伝的にはそれぞれの生物種でしかないわけであり、別の何者かになったわけではないのであるが、外的な要因であろうと食した者がある生物の生存に影響を与えることは少なくなさそうである。捕食でなくとも、植物と葉緑体の関係や、植物と菌根菌の関係など、共生関係はそれに近いような影響を持つものも多い。また、他生物の寄生によって大きくその挙動や形質を異にする生物も知られている。そのことを考えると、生物は自分の身体を自身で操っているように思えるが、利己的な要因であれ外的な要因であれ、何かを取り込むことがその性質を変える事例というのは研究課題として非常に魅力的と思います。ヒトとチンパンジーは95%以上のゲノムが同一と言われますが、外的な要因で制御することでヒトがチンパンジーとは言わずとも別の何かになる可能性はあるのではないでしょうか。駄文、失礼いたしました。

A:原核生物では、実は遺伝子の水平伝播は、かなりの頻度で起こっています。真核生物が、外来のDNAを細胞内に取り込んで組換えを起こしてしまうことは、ウイルス感染以外ではあまりないと思いますが、原核生物では珍しいことではありません。海洋性細菌における遺伝子の水平伝播の研究では、最近いろいろ面白いことがわかってきているようです。


Q:今回の講義ではピルビン酸脱水素酵素について少し触れた。ピルビン酸デヒドロゲナーゼ多酵素複合体は60ものサブユニットからなり、その構造故に基質と酵素の反応が効率よく行われている。このシステムを知った際に、生体内に存在する連続した酵素反応も同様にいくつかのサブユニットから形成されている方が効率が良いのではないだろうか、と思った。しかし生体内での酵素反応でこのシステムが広く使われていないのはなぜだろうか。そこで酵素の特徴から考えてみることにした。まず、酵素はその種類によって幅広い特異性を持つ。しかし、特異性はサブユニットを形成しない原因とはなりにくいだろう。次に反応条件である。酵素は温度やpHなど外的要因によってその反応が大きく左右される。もしサブユニットとして共存する酵素同士の最適温度やpHが大きく外れているとしたら複合体を形成していても、その反応自体が進むことがなく効率化にはつながらない。ここに生体内での酵素関係で複合体の形成がされていない理由があると考える。もし、複合体が形成されるとすれば酵素同士の最適温度やpHが近しいもの同士が連続的な反応をする関係にある場合か、または生物がかなりシビアな環境で生活しており所有している酵素の反応条件の多くが偏っている場合などが考えられるのではないだろうか。

A:複合体を形成するメリットとデメリットをきちんと比較して考察していてよいと思います。全ての酵素が複合体を形成していない以上、複合体が効率的に見えても、その陰には何らかのデメリットがあるはずだ、という考え方は、生物学において重要だと思います。


Q:電子伝達系は、ミトコンドリアの膜間腔へプロトンが輸送されることで膜間腔‐マトリックス間にプロトン濃度勾配が生じ、内膜上のATP合成酵素がこの濃度差を利用してATPを合成する。よって濃度勾配形成は膜間腔があってこそ、すなわち内外の2枚の膜があってこそということになるが、ここで外膜はミトコンドリアの祖先の共生後の産物であることが気になった。ATP合成酵素は内膜上にあることから、濃度勾配ありきで働くこの酵素をミトコンドリアの祖先は外膜ができる前から持っていたことになる。しかし膜間腔という狭い空間にプロトンを貯めこめない以上、ミトコンドリアの祖先の体外に輸送されたプロトンは拡散し、現在のミトコンドリアほどの濃度勾配は形成されずATP合成効率が低かったと考えられる。それでもこの祖先が太古には確かに生きていたということは、合成効率が低いといってもクエン酸回路も合わせてなんとか生きられていた(そして幸運にも他生物に取り込まれて外膜を獲得したことで大量のATP産生が可能になり現在に至る)、あるいは電子伝達系、クエン酸回路以外にもATP合成系を持っていたが共生後の外膜獲得により必要なくなって退化した、という可能性が考えられる。

A:よい点に気が付きましたね。実際には、細菌の細胞膜は一重であっても、その外側に細胞壁を持っていますから、細胞壁と細胞膜の間にせまい空間を保持している、と考えることができます。


Q:前回の講義で”栄養分”の話が出たが、そこでひとつ疑問に思ったことがある。小中学生の頃、理科の授業で「植物には養分が必要」と習ったが、その”養分”とは具体的にどのようなものをさしているのだろうか。調べてみると、酸素、炭素、水素、窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、硫黄、塩素、ホウ素、鉄、マンガン、亜鉛などたくさんのものがその養分に含まれていることがわかった。これらを見たところ、”養分”とは、・光合成に必要なもの、・呼吸に必要なもの、・その他の代謝に必要なもの、・体組成に必要なもの、など、具体的な用途としては多岐にわたっていることがわかる。この様々な”養分”が、どのようにして植物体内に取り込まれ、どのようにして使用され、どのようにして植物体外に排出されるのか、その一つ一つの経路をすべて知れたら、とても勉強になり、とても面白いだろうと思った。

A:実は、中学校のレベルでは、栄養分の使い方が大きな問題となっています。つまり、ここで言われているような「養分」を原料にして植物が作るデンプンなどは、人間にとっての「養分」なので、そちらにも同じ言葉が使われる例が多いのです。無機栄養源と、有機栄養は区別すべきですが、そこを中学で教えるのは案外難しいポイントになります。