植物生理学I 第2回講義

光合成と生命

第2回の講義では、エネルギーとエントロピーの側面からみた生命と地球生態系について解説しました。今回は、主に、僕が求めるレポート像とのギャップを指摘するという観点からコメントを付けました。


Q:今回の講義を受けた中で、自分が一番関心を持った箇所は、太陽対人間においての単位質量あたりのエネルギー放出量が約1万倍も違うというところでした。以前、どこかで人一人の発している熱量が豆炭1つと同等、のような話を聞いたことがあり、またなんといっても太陽のエネルギーを放出する手段である「核反応」のネームバリューの大きさから、最初は太陽の方が大きいであろうと思っていましたが、今では生物の太陽を凌ぐほどのロスを省いたエネルギーの変換効率の良さに、生物学専修として改めて感服しています。ここで自分は、人体の中でも特にエネルギーの熱変換に関与している、褐色脂肪細胞について調べました。通常、生物の熱エネルギーはATPを取り出すときのロスとして産生され、人体では肝臓と筋肉が主な熱エネルギー産生器官として働いていますが、褐色脂肪細胞は食物を直接熱に変換するため、肥満との関係などの研究において注目されています。通常、生まれた時には多く、そのため赤ちゃんは体温が高いのですが、年が経つにつれて減少していき、老人が体温が低く太りやすいのもこのためと考えられている褐色脂肪細胞ですが、近年ではprdm16という因子を白色脂肪細胞という別の細胞の前駆細胞に注射したところ、その前駆細胞が褐色脂肪細胞に分化したという実験結果が得られており、人工的な褐色脂肪細胞の増加による肥満の改善が、肥満大国アメリカでは特に待ち望まれているそうです。もし、この熱効率がなければ、人類はより多くの食料を必要とし、現在問題となっている食料飢饉もよりひどいものとなっていたでしょう。このような機構が保温動物のほぼすべてで日常的に行われているということは、非常に興味深いものであると感じます。
文献:Cell Metabolism,Volume 6, Issue 1, 11 July 2007, Pages 38-54, Transcriptional Control of Brown Fat Determination by PRDM16, Patrick Seale1, 5, Shingo Kajimura1, 5, Wenli Yang1, Sherry Chin1, Lindsay M. Rohas1, Marc Uldry1, Genevieve Tavernier2, 3, Dominique Langin2, 3, 4, Bruce M. Spiegelman1

A:このレポートは、普通の講義のレポートとしては評価されると思いますが、この講義のレポートとしてはもの足りません。褐色脂肪細胞について調べていますが、調べたことを書いただけのレポートは評価されません。調べたことの前後の部分は、感想という側面が強いようです。この講義のレポートには、もっと自分なりの論理を追求するようにしてください。


Q:今回の授業で“エントロピー”というワードが何度か出てきていました。エントロピーについて先生の自宅の写真を例にエントロピーが高い状態、低い状態を説明していましたが、それを見て思ったのはエントロピーという概念はさまざまな見方ができるのではないかと思いました。授業中に生命活動がエントロピーを維持する方法であると紹介がありましたが、そのほかにもエントロピーを考える系を小さく区切ることでもそのなかのエントロピーを維持することができると思いました。たとえば2枚目の写真で先生のお子さんが活躍された後の状況では、確かに本やランドセルが床の上に無造作に置かれており部屋全体で見たときにエントロピーが大きい状況になったとみることができます。しかし、ここで視点を変えて、閉ざされておりお子さんの手が加わらなかった引き出しの中を考えてみるとそこはまだエントロピーが小さい状態で保たれているととれる。この考えで行くと、要は床に散らかった本でさえも、本一冊の単位でみてみればそれがたとえ床の上にあろうと本棚の中にあろうとエントロピーは小さい状態で維持されていると考えることができる。これをさらに進めていくと、その部屋にあるすべてのものを原子単位のような極めて小さな単位で見るとたとえお子さんが活躍された後でも(お子さんを系の中に含めても)それらはすべてエントロピーが低い状態で保たれていると考えることができ、そうであるならば部屋全体のエントロピーを考えた場合にもエントロピーは小さい状態に保たれているのではないかとおもわれる。しかし、実際はそうではない、これはおそらくエントロピーという概念にはただ単純に物質というものを考えればよいわけではなく、物質を含めた小さいな“系”同士においてもエントロピーという概念が生まれてくるためにこのような一見矛盾したようにも見えるエントロピーに関する法則が成立しているのだと考えました。

A:このレポートは、エントロピーの概念にミクロな部分を導入して考えたらばどうなるだろうか、という点に独創的な点があります。講義で紹介した部屋の乱雑さは、エントロピーの概念を考える上では役に立つと思いますが、エントロピーの定義として使えるものではありませんので、それだけで議論を進めることは危険ですが、アイデアとしては面白いと思います。このように自分なりの考え方・論理を展開することがこの講義のレポートには求められます。


Q:植物の光合成は昨今の日本社会では環境問題、とりわけ地球温暖化と絡めて考えられる機会が多いと感じます。これは光合成の仕組み、つまりいかにして植物がエネルギーを得ているかということではなく、生態系ひいては地球全体の酸素や二酸化炭素循環に重点が置かれていることを示していると思います。確かにここ数十年の平均気温の上昇を見れば、地球温暖化は我々人間にとって重要な課題であることは一目瞭然です。しかしそれはあくまで「人間にとって」重要な問題だと考えます。ホッキョクグマの絶滅を危惧したり、生物多様性を守ろうとしたりしていても、一番心配なのは我々自身にどう影響が出るのかということに違いありません。しかし植物、そして地球環境の歴史を学べば今回の温暖化は地球にとって大したものではないことがわかります。ホットプルームの影響で超大陸パンゲアの多くが砂漠状態になり生物が大量絶滅したことに比べれば今回の温暖化は月とスッポンでしょう。さらに石炭紀には鱗木などの植物によって大量に酸素が放出され、地球の酸素分圧は急上昇したこと、逆に恐竜が闊歩していたジュラ紀や白亜紀は現在よりも二酸化炭素の割合が高く、そのために植物の成長も速く、恐竜の生存に一役かっていたことを考えれば、気候変動がおかしなことではないことがわかります。また生物の営みが気候と密接にかかわっていることはもはや自明の域ですが、それはつまり人間がコントロールする対象としてはあまりに大きすぎることにつながると思うのです。映画の話になってしまいますが、「デイ・アフター・トゥモロー」という作品では温暖化によって海流の流れが変わってしまい、地球が氷河期に入ったという描写があります。それが起こりうるかどうかは別として、一度始まった温暖化を躍起になって止めようとするのもどこかやり過ぎなような気がするのです。先に述べた映画のように環境は予測不能な変化を起こすため、単純に二酸化炭素を減らして酸素濃度を上げるだけで数十年前の環境に戻るというのは都合がよすぎるような気もします。もちろん現在進行形で進む環境問題への取り組みは良いことだと思いますが、もっと植物や環境を俯瞰することも心の衛生上必要な気がします。そして俯瞰するのに必要なのは正しい知識であり、その中の一つとして植物の光合成があげられると考えます。今回は光合成の重要性を地球温暖化と絡めて考察しました。

A:このレポートはエッセイとしては評価できます。全体としてある種の主張があって、それを個別の事実によって説明しており、きちんとした文章の構造があります。一方で、科学的なレポートとして考えた場合は、論理展開がやや弱いように思います。同じ事実に基づいても人によっ主張は異なる可能性があります。できるだけ個人的な主張ではなく、必然的な論理を展開するようにしてください。


Q:植物の光合成だけでなく、光は人間の視覚にも使われると授業で扱った。光が植物と動物とでどのような吸収のされ方をし、その両者の違いから、光を受容する働きがあるのに、なぜ動物の視覚にはエネルギーに変換する役割が伴ってこなかったのかを考える。
 先ず、植物の場合、光の吸収は葉緑体内で行われる。これには主色素と補助色素からなる光合成色素がそれぞれ光化学系ⅡとⅠを形成し、これが光によって励起されることで光化学反応が起きている。光合成色素はそれぞれ吸収する波長が異なっており、反応中心である光化学系Ⅱでは680nm、光化学系Ⅰでは700nmの波長の光がよく吸収される。光化学系Ⅱでは光エネルギーによって励起されると水が分解され、電子が放出される。そして電子伝達系を通してATPと還元酵素であるNADPH2が生成され、その後炭酸還元反応によりグルコースが合成される。動物のミトコンドリア内でも、クエン酸回路と電子伝達系にて、植物と同様にATPとNADPH2が生成されるがこれはグルコースを分解することで、エネルギーをATPの形で得る逆の反応である。
 次に、動物の場合、人間の目を例にとると、光は受容体である目の網膜に適刺激として受け取られる。この時網膜に存在する桿体細胞と錐体細胞と呼ばれる2種類の視細胞によって、それぞれ明暗と色の区別が行われている。桿体細胞では、光の刺激による視物質の分解合成に伴う興奮により明暗を感じ取るのに対し、錐体細胞では430、530、560nm付近の波長を吸収する色素を含む3種類の細胞により色を区別している。
 上記に挙げたように色素によって光を吸収するという点においては錐体細胞の働きは、植物での働きは似ている。しかし、光を吸収した時に起こる反応が植物と動物で、大きく異なっている。植物では、光が当たると水が分解し、電子が放出される。この段階で光エネルギーは化学エネルギーに変換されていると考えられるが、視覚における錐体細胞の光の吸収はこれを興奮として受容し、電気的刺激、伝達物質を介し大脳に視覚を成立させる。同じ光を吸収するという機能が備わっている両者でもあるが、植物は光を変換する形は違えどエネルギーとしての流れを保った状態で取り込み、動物は光を受容した段階でエネルギーとしての光ではなく、新たな情報の伝達を開始させる刺激として取り込んでいると考えることができる。ゆえに、動物の視覚における光の受容は、進化の過程でエネルギー変換とは全く異なった経路で発達してきたと考えられる。
 また、動物が光を受容することが出来るにもかかわらずエネルギー変換に全く寄与してこなかったその形跡を植物と動物両者の性質を持つ原生生物のミドリムシを例にとって見ることが可能と考えられる。ミドリムシは鞭毛をもち運動を行うと同時に、葉緑体を有し光合成を行う特殊な生物である。細胞小器官に眼点と感光点と呼ばれる光の受容体が存在し、葉緑体による光の吸収とは別に、この眼点と感光点において光を吸収し、光の方向を感じ取っている。このように、葉緑体と眼点・感光点という2つの光の受容することが出来る器官が1個体で全く別の働きをしていること系統的に単純な生物体に見られるということは、すなわち進化においても初期の段階からこのエネルギー変換と視覚とで、それぞれ光の受容の目的が決定していたと考えられる。また、その後の進化においてミドリムシのような原生生物に葉緑体がなく運動性が高い生物が出現し動物界の分岐を歩んでいった理由としても、眼点と感光点の発達に伴いより自由に運動が可能になったことで、他の生物を捕食することでエネルギーを得ることが可能になったことの寄与が大きいのではないかと考えられる。 以上のことから同じ光を使う植物と動物であっても、その使い方は全くの別物であり、その進化の目的と経路も異なったものであると考えられる。
参考文献:初歩からの生物学、鈴木範男、三共出版、2008年3月1日、スクエア最新図説生物、吉里勝利、第一学習社、2008年1月10日

A:長い!これは、植物の光合成と動物の視覚を比較したもので、アイデアとしては良いと思うのですが、冗長になっていて論点が見えづらくなっています。事実の紹介の部分はもう少し省略して、論理の展開を前面に打ち出すようにするとわかりやすくなります。


Q:単位質量あたりの発熱量は太陽よりも人間のほうが一万倍ほど多い。太陽光での発電は面積当たりの発電量が少なく、また天気次第で発電が不可能になる? そのため、発電の主要方法には現在なりそうにない。しかし現在20パーセントほどの変換効率の改善と発電用の大規模な土地を用意できれば主要化に踏み切ることも可能なのではないかと考えられる。

A:短い!まあ、考えてないわけではないでしょうけれども、どんな人でもこの長さできちんとした論理を展開することはできないでしょう。複数の文によって論理をきちんと展開する努力をしてください。


Q:講義を聞いて、とても興味をひかれた話題はエントロピーについての話である。そもそも、エントロピーが低い状態というのは確率論的に考察しても非常に稀であり、この状態に保っていること自体が付加がかかっている状態である。では、何故エネルギーを消費してまでエントロピーを低い状態に保たなければならないのか。高エントロピーの状態が自然な状態なのではないのか、何故それでは生きられないのか。地球規模で考えると話が壮大になり過ぎてよくわからなくなるので、私の部屋で考えてみる。私の部屋は今現在ものすごくエントロピーの高い状態にある。春休み中、エントロピーの低い状態に戻そうと何度か試みたが失敗に終わった。それはなぜか。エントロピーを低い状態に維持するためにはエネルギーを要する。春休み中体調を崩し続けていた私には、その作業に当てるだけのエネルギーが無かった。その結果、私の部屋のエントロピーは増大していった。この現象からもエントロピーはエネルギーを加えなければ増大していくことが分かる。しかし、私はそれでも生活できている。机が使えない状態でも、ベッドの上でレポートは書ける。宿題もできる。ならば、生物も高エントロピーのままで生活できるのではないかと考えた。 この考えには大きな間違いが二つあることに気付いた。第一に、この仮定において、ベッドは低エントロピーの場所であるという事だ。エントロピーの高い机は物の置き場がなくなってしまっており使えない。床も物のある(エントロピーの高い)所を避け、物のない(えんとろぴーの低い)所を通る。これによって、生物はエントロピーが低く秩序がないと生きられないということが理解できた。第二に、生物の身体の作りは遺伝情報によって形成されており、1つの生命に一つの身体しか与えられない。高エントロピーの場所から低エントロピーの場所へと逃れるすべがない。よって、私が高エントロピーの部屋で何とか暮らしていくのとはわけが違う。以上から、生物がエネルギーを消費してまでもエントロピーを低い状態に保つことが理にかなっていると言える。と同時に、部屋のエントロピーは無理してまでも低い状態に保たなければならないというわけでは無いということも言える。

A:これは、高いエントロピーの状態で生命が維持可能かという問題設定をして、それを部屋の状態の観察から論証しています。また、問題設定およびその論証も人の論理ではなく、自分なりのものを持っていますので、僕のレポートの必要事項を満足しています。


Q:動物は体内の秩序を保つ、すなわち呼吸したり運動したりといった生きている状態を保つために食物を摂取して、エネルギーを補給している。ここで、今回の授業で、太陽エネルギーは膨大だが、このうち地球に届くエネルギーはわずかであり、エネルギーのロスが大きいという話があった。私は、このように食物を摂取してエネルギーを取り入れるが、消化しきれない分のエネルギーロスがあるのではないかと考えた。もちろん排泄によるエネルギーロスはあるが、他にもあるのではないか。調べてみると、ヒトでは消化の際にエネルギーを消費する。厚生労働省によると、「たんぱく質のみを摂取したときは摂取エネルギーの約30%、糖質のみの場合は約6%、脂質のみの場合は約4%」(出典URLhttp://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-030.html 2013年4月21日閲覧)が消費される。さらに、なぜタンパク質はエネルギーロスが多く、糖や脂質は少ないのか仮説を立てた。タンパク質はエネルギー産生に関与しない窒素を含むために、ロスも多いと考えた。また、糖や脂質はエネルギー産生にかかわる炭素、水素の含有率が高いため、エネルギー産生効率が高いのであろう。たとえばブドウ糖は約47%、パルミチン酸は約88%である。

A:このレポートは、太陽エネルギーのうち地球に届く割合が少ない所から説き起こして人の消化の際のエネルギーロスを考察したもので、アイデアは面白いと思います。ただし、最後のタンパク質・糖・脂質の間の違いの考察の部分は、やや類型的で、独創的とは言いかねます。あと一息ですね。


Q:今回の授業で、何も手を加えない状態でいると物事はよりバラバラの方向へと進んでいき、ざっくり言うとその複雑さの具合のことをエントロピーと呼ぶということを聞きました。そして宝くじの例からバラバラになるのはその確率が高いというだけで、ありえない話ではないということも理解できました。そこから考えたのは、空間中の粒子で比較的エネルギーの高いものが偶然特定の地点に集まり、何もない状態から急に高エネルギー状態になる可能性もゼロではないのではということでした。しかし実際の世界ではコップの中の水が急に沸騰したり、突如目の前で爆発が起きた、などといった経験を過去も現在も聞いたことがありません。なのでそれは空間中の粒子の数の組み合わせの数に対して、その現象が起こる可能性のある空間の数が少なすぎるために発生しないのだと考えます。しかし自然発生は天文学的確率だとしても、それを人為的に起こすことができれば空間の中の熱エネルギーを取り出して利用することができるのでは、とも思いました。ただ授業で扱った鉄のように、たくさんあってもバラバラの状態ではあまり利用価値がなく、集まっている状態になって初めて利用価値が生まれると思うので、バラバラの熱エネルギーを集めて取り出すことはエネルギー効率的にそんなに意味のあることではないかもしれません(取り出すためのエネルギーが取り出すエネルギーよりも多くなるように思えるので)。それよりも、ゴミ焼却場に併設されている温水プールや地熱発電のように、熱が発生することがもともとわかっている場所で、その熱が拡散する前に利用するほうが賢いように思えます。エネルギー政策を考えるとき、私たちは取り出せる量ばかりに目が向いてしまいますが、現存のクリーンエネルギーも、取り出せるエネルギーよりエネルギーコスト(発電施設をつくるためのエネルギーなど)のほうが大きいものがあるのかもしれないので、収支的な面から考えていかなければならないと感じました。

A:熱エネルギーを取り出すことの困難性を、鉄が集積して初めて利用可能になるという事実と結び付けて議論したレポートは他にもありましたから、独創的というわけではありませんが、このように異なる2つの事象を結び付けて議論を展開すること自体は評価できます。ただ、やはり最後は「感じました」で終わらずに、何らかのかっちりした論理的な帰結に導いてほしいと思います。


Q:熱力学の第2法則、エントロピー増大の法則に関して述べる。生物はこの法則に抗うために、つまり生物を秩序立たせるためにエネルギーを使用していると学んだ。確かに、このエントロピー増大の法則をそのまま受け入れるならば、私たちの体さえ保てないだろう。細胞一つ見ても、たとえ膜で囲まれているといえども、その膜から細胞液が浸透してしまうだろう。またそもそもエントロピーに逆らわなければ、膜などでできようがない。授業でも物理の原理に逆らうことができないので、エネルギーを使用しているということが強調されているように感じた。しかし、私は、むしろ生物はこの物理法則を利用していると考えた。この物理法則なくして、生物は存在しえない。例えば、ホルモンなどの生理活性物質がある。動物ではアクチビン濃度勾配による中胚葉誘導や植物ではオーキシン濃度勾配による根の伸長などがある。これらは拡散、つまりエントロピー増大の法則を利用している一例だ。また好気呼吸の電子伝達系のように拡散を利用してエネルギーを得ることもできる。このようにエントロピー増大の法則は生物にとって不可欠である。またこのような性質は全ての生物は細胞を単位としていることより、生物の特徴ともいえる。ただし、ウイルス(一般的には無生物)は殻を有し、エントロピーに逆らっているが、自らエネルギーを作り出しているわけではないため、前述の特徴を生物と無生物の区別には用いることができないと考えられる。

A:物質の拡散は、確かにエントロピーが増大する現象ですから、生命現象にとってエントロピーが増大することが常に悪いわけではありません。そこを取り上げている点は評価できます。ただ、そこまで気がついたら、どのような場合にエントロピーの増大が役立ち、それとエントロピーを低く保つということがどのようにつながるのか、という点を考えてみるとさらに良いレポートになったでしょう。