植物生理学I 第9回講義

光合成の初期過程

第9回の講義では、前回積み残した発酵と関連する代謝経路について補足したのち、光合成の初期過程、電子伝達などについて説明しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:微生物は発酵によりエネルギーを得ることができることを学んだ。その方法としてNAD+をNADHに変換することでブドウ糖をピルビン酸に代えるというものである。さらにNADHをNAD+に戻してやることでピルビン酸を乳酸に代え不要物として細胞外に放出するというものである。このようにNADHとNAD+を交互に使用することで効率よくATPの合成を行っている。では、なぜ効率の良いこの方法をヒトが行っていないのであろうか。この方法でATPの合成を行えるのであれば、わざわざ呼吸をしなくてもよいのである。 好気呼吸と発酵ではATP合成という面では同じであるが1 gのブドウ糖から得ることのできるATPの量が異なるということが理由の1つであると考えられる。微生物はその体の大きさから発酵により多少のATPでも生活することができるが、私たちヒトなどは微生物に比べ体が大きいため発酵によるATP合成では賄えないからである。また好気呼吸ではブドウ糖から最終的に二酸化炭素と水に分解する。二酸化炭素は気体であるが故、排出が簡単である。しかし発酵により生じる乳酸は気体ではないため排出が困難である。この理由からもヒトにとって好気呼吸の方が発酵より優れていると考えられる。

A:体が大きくても、人は細胞から成り立っています。1細胞の酵母が生きていけるならば、60兆個の酵母も生きていけることになり、それならば人間だって生きていけるはずだ、という論理が成り立ちます。単純に「大きさ」だけでなく、別の観点からの議論が必要でしょう。


Q:キノン回路に興味をもった。プラストキノンのおかげでチラコイド膜を通過するプロトンの数が2つ増えた。しかし、ただ単にキノン回路で電子がくるくると回るわけではないので、Q0からFeSに電位の変化する力を利用して共役的にキノン回路が成立していると学んだ。ATPを合成するためには、プロトンの濃度の差を作り、プロトンがチラコイド膜をストロマ側へ通過すればよい。これが、実現させるためには、まずプロトンをストロマ側からルーメン側に移動させる(今回学んだプラストキノンの働き)方法がある。これをもっと効率的に行うために、キノン回路をb6/f複合体だけでなく、光化学系Ⅱでも行えるのではないか。上に書いたように共役的にキノン回路ができるのであれば、光エネルギーと共役してキノン回路が行えるはずだ(b6などがあれば)。ルーメン側に沢山のプロトンを発生させる方法がある。これが水が酸素とプロトンに化学反応するものである。これも、光化学系ⅡだけでなくⅠでも行えるとさらにルーメン側にプロトンが増える。

A:生物の働きに関して「こうすればもっと効率がよくなるだろう」と思った時には、「では、進化の過程でなぜそのような方法を取らなかったのだろう」と考える習慣をつけてください。「タダだけどこうすれば大儲けできますよ」という話を聞いたら、必ず眉に唾をつける必要があります。


Q:今回の授業では光合成の電子伝達に関わるシトクロムb6/f複合体の構造内にカロテノイドやクロロフィルが含まれていることに興味をもった。この働きはまだ不明であるということだったが、その意義を自分なりに考察する。まず、シトクロムb6/f複合体では光エネルギーが使われていないので、これらの色素は光化学系に含まれている光合成色素とは異なった働きをすると考えられる。一方で、カロテノイドは光化学系ではクロロフィルに高エネルギー電子を伝達するアンテナの役割を果たすので、シトクロムb6/f複合体においてもこの機能が維持されている可能性が高い。そこでシトクロムb6/f複合体におけるカロテノイドとクロロフィルの配置に注目したところ、カロテノイドが分子の外側に、クロロフィルはそれよりも内側に存在していた。このことから、まず分子の外側に位置するカロテノイドがプラストキノンが運んできた電子を受容し、それをクロロフィルに受け渡すことで電子を複合体の内部に運び入れる働きをしているということが考えられる。これらの色素はQサイクルにおける電子の周回経路の形成にも貢献しているのではないかと考えられる。

A:どうも電子と光をごっちゃにしているようです。もっともこのような混同は、うっかりすると植物生理学の教科書でも見られますから、無理もないことなのかもしれません。光を吸収した色素は励起状態になり、その励起エネルギーを別の色素に渡すことができます。アンテナ色素間のやり取りはこれに相当します。この部分はエネルギーのやり取りで、電子のやり取りはありません。一方、反応中心クロロフィルだけは、励起状態になった時に電子受容体に電子を渡すことができます。これが光エネルギーの酸化還元の化学的なエネルギーへの変換です。その後は、電子は複数の電子受容体に受け渡されますが、この電子伝達の部分は純粋に化学的な酸化還元反応です。励起エネルギーのやり取りは物理的な反応で、電子のやり取りは化学的な反応と言ってもよいでしょう。


Q:クロロフィルの1/200が反応中心で、残りの199/200はアンテナとして機能していると学んだ。反応中心の概念によると、クロロフィルの数は元より、時間に比例して植物体ごとに光合成反応によって得られる酸素とATPの量が変動することになるのではないだろうか。反応中心の概念がなく、植物に存在するクロロフィルが全て一律に反応を起こしているならば、各々が独自に酸素を生成出来るため、一見効率が良いようにみえる。そこで、反応中心の概念をクロロフィルが取り入れた背景について考えてみると、植物の葉には全て一律に光が当たるのではなく、一部は絶え間なく光を吸収できるが、一部は殆ど光を得ることが出来ない場合が自然界では殆どである。光を得ることが出来ないクロロフィルらは、光合成反応を始める事すら出来ず、役割を全う出来ないままくすぶってしまう。にもかかわらず、機能を維持する為に貴重なエネルギーを使用している。植物にとっては百害あって一利なしの存在である。そこで、このようなクロロフィルを反応中心クロロフィルとして機能、光をたくさん吸収できる位置のクロロフィルをアンテナクロロフィルとして特化させることで、無駄なクロロフィルを出来る限り少なくしたのではと考えられる。したがって、反応中心クロロフィルとアンテナクロロフィルは遺伝的作用によるものではなく、環境に依存する非遺伝的作用だと推測することができる。

A:最後の部分は、アンテナクロロフィルの存在が光環境に依存して変化するだろう、ということですね。非常によく考えていると思います。200分子のアンテナというのは、あくまで概数で、実際に環境条件によってアンテナのサイズは変わることが知られています。なお、細かいことを言うと、反応中心クロロフィルはクロロフィルの2量体からできています。したがって、正確に言うと「2/200が反応中心」ということになります。


Q:呼吸と光合成の電子伝達系では極めて似たタンパク質複合体が電子伝達を担っており、これらは進化的に同一の起源を持つと考えられる。即ちミトコンドリアと葉緑体の起源である好気性細菌とシアノバクテリアは近縁の種であると考えられる。シアノバクテリア以前の光合成細菌は2つ現存する光化学系の一方しか持たず、これらが共生することでシアノバクテリアが誕生した。この共生が1度しか起こらない現象であるとすれば、光化学系との相同性が考えられる複合体を2つもつ好気性細菌の直接の祖先であるとは考えられない。従って、シアノバクテリアの光合成電子伝達系に変異が生じ、光エネルギーの代わりに化学エネルギーを用いてプロトン勾配を生みだすようになった種が好気性細菌であると推測できる。

A:これは非常に面白いところに着目していると思います。ただ、後半の論理が少しわかりづらいと思います。ミトコンドリアの祖先の好気細菌と、2種類の光合成細菌に、共通の祖先があった、と考えれば話は通るのではないかと思いますが。2種類の光合成細菌からシアノバクテリアが誕生して、そこから葉緑体が生まれるとすると、説明がつきませんか?


Q:植物は基本的には冠水した根での例外を除き発酵をしないということであった。常に冠水した状態である植物の根はどのように呼吸をしているのか気になったので調べた。冠水した状態で生育する植物で有名なものでマングローブがある。調べたところ、マングローブは呼吸をするために水面上へ出した呼吸根で呼吸をしていることが分かった。また、身近な植物の例ではイネがある。イネは冠水時の根においてアルデヒド脱水素酵素が現れ、アルコール発酵による呼吸の際に生成する有毒なアルデヒドを分解し、障害を緩和していると考えられている。したがって根の冠水に対して、マングローブは形態学的、イネは生理学的な進化をしたといえる。この理由としては、マングローブは木本であるため、呼吸根という構造を作りやすかったのではないか。比較的柔らかい草本であるイネは水面上に根を出しにくいため、根での嫌気呼吸を選択したと考えられる。しかし、イネの場合、アルデヒド脱水素酵素のはたらきにも限界があるため、長期間の嫌気条件下では枯れてしまう。雨季による比較的短期の冠水に特化した進化と言えるであろう。 参考 http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmg/nakazono4.html

A:これは、一つの現象に対する二つのアプローチを考察していて高く評価できます。ただ、イネの場合も形態的な適応を全くしていないわけではありません。地上部自体がある意味で通気孔の役割をしていることがわかっています。


Q:今回の授業ではシトクロムb6/f複合体に興味を持ったので、調べてみたところ、参考文献1を見つけた。この論文では、シトクロムb6/f複合体において、クロロフィル、カロテノイドが蛋白質の構造を安定にするような働きがあることを示唆していた。これについて、面白いと思ったので、どのような経緯で、クロロフィルとカロテノイドがシトクロムb6/f複合体の構造に含まれるようになったのかを考察した。まず、シトクロムb6/f複合体はもともと光化学反応を行っており、多数のクロロフィルとカロテノイドを持っていたが、光合成の反応の仕組みが進化するに従い、シトクロムb6/f複合体は光化学反応の場としては退化したと考えられる。この退化の過程で、クロロフィルやカロテノイドの数は減少したが、蛋白質中のある位置に存在したクロロフィルとカロテノイドは蛋白質の構造を保つ上で重要な位置に存在していたので、そのまま保存されたのではないだろうか。したがって、一見不要であるように見えるクロロフィルとカロテノイドが蛋白質の構造内に残されたと考えられる。さらには、Qサイクルにおいて、シトクロムb6/f複合体は構造を変化させることによって重要な役割を果たしているので、この構造の変化の際にも重要な役割を果たすのではないだろうか。
参考文献 栗栖 源嗣 光合成電子伝達で働く巨大分子複合体チトクロムb6fの立体構造 Spring-8利用者情報 2004.3 Volume 09, No.2 P. 114 - 118

A:b6/f複合体も昔は光化学反応をしていた、というのは極めてユニークな発想でよいと思います。ただ、「光合成の反応の仕組みが進化するに従い」という部分がもう少し具体的に記述できるとよいでしょうね。もともとあったものが進化の過程でなくなるのは、環境が変化して必要なくなったか、それとももっと新しい方法が生まれて必要なくなったかのどちらかでしょう。そのあたりをどのように想定するのかが一番面白いところだと思います。


Q:なぜピルビン酸のまま細胞外に排出しないのか。誰の意見か忘れてしまったが、講義中に「他の生物にプラスになってしまうから」というものがあった。なるほどと思いつつも、本当にそうなのか疑問であった。本来1分子のグルコースから解糖系にて2分子のピルビン酸及び4Hが生じる。またこの際2分子のATPが得られる。もし仮に誰かが排出したピルビン酸を獲得したならば、この作業なしにクエン酸回路へと向かうこととなる。クエン酸回路はそのまま反応し、電子伝達系ではどうか。ここではそれまでの反応で生じたHを用いて反応を進める。解糖系を飛ばしたことにより、4H少ない状態であるので得られるATPは減る。トータルで見ると、普通にグルコース始まりで反応するより解糖系、電子伝達系で得られるATPが減るため、そこまでプラスにはならないと考えられる。

A:面白い考え方だと思います。たあ、そもそも発酵は酸素がない条件で起こる反応です。とすると、ピルビン酸をもらった生物もクエン酸回路や電子伝達系を動かせないことには変わらないでしょうから、やはり使い道がないのではないでしょうか。


Q:今回の講義では乳酸菌や酵母が行う「発酵」の意義について学んだ。発酵はマクロな視点で見るとグルコースが分解され最終的にエネルギーとなるATPと、乳酸またはエタノールが発生する反応であるが、その本当の意義は、発酵を進めるのに必要なNAD+を得ることであると知った。発酵が進むとNAD+は酸化されてNADHになる。NADHが還元型のNAD+に戻らなければ再び発酵を進めることはできないので、乳酸あるいはエタノールをつくると同時にNAD+に戻していると学んだ。発酵には他にもメタン発酵やグリセリン発酵、酢酸発酵などがあるが、ではなぜ発酵によってつくられる産物には多様性があるのだろうか?ただ単にNAD+に戻すだけならばこの多様性は必要ないはずだ。私は乳酸やエタノールなどをつくることに何かしらのメリットがあるのではないかと考えた。ヒトの筋肉では乳酸発酵が起こっている。ここでつくられる乳酸はクエン酸回路に必要なアセチルCoAが運動によって不足したとき、その代わりになるとされている。つまり少なくともヒトにおいては乳酸をつくることにメリットがあるのだ。ではエタノールではどうかというと、無菌状態での操作が必要な実験を行う際に、エタノールで消毒を行うことを思い出した。つまりエタノールには殺菌作用があるので、発酵でつくったエタノールを細胞外に出すということは、周囲の菌を殺す作用があるというわけだ。この場合エタノールは生存においてメリットがあると言える。このように発酵産物の多様性はその生物に何らかのメリットがあるから存在し、目的産物に適した脱水素酵素のみが保存されてきたと考えられる。
参考文献:http://www.white-family.or.jp/healthy-island/htm/sapuriment/repo165.htm サプリメントハウス 乳酸の本当の作用 2012/6/16 アクセス

A:レポートの前半の「発酵を進める」というのは「解糖系を進める」とした方がよいでしょうね。発酵というとやはりエタノールなり乳酸なりの生成までを含むでしょうから。メリットについては、乳酸の場合も、pHが酸性の条件で生育できる生物は限られますから、エタノールと同様、メリットがあるはずです。ヒトの運動については血流の存在があるので、なかなか複雑です。乳酸発酵が酸素不足の状態で起こることを考えると、酸素がない状態では働かないクエン酸回路の原料になってもあまり意味がありません。もし、クエン酸回路が回るのであれば、そもそも発酵をする必要はありませんよね。単純に解釈するのではなく、ヒトの筋肉の運動に関しては、時間的な変化が重要であること、閉鎖系ではなく血流によって物質が移動すること、を考える必要があります。


Q:光合成を行っている光化学系1・2は光エネルギーを吸収するために、クロロフィルを持っているが、光化学反応を行わないシトクロムb6/f複合体もクロロフィルとカロテノイドを一分子ずつ持っているということに興味を持った。光エネルギーを吸収する必要がないのになぜこの物質を持っているのか。考えられるのは光化学系が機能しなくなった時、万が一のことを考えてシトクロムb6/f複合体が光エネルギーを吸収して水を分解する役割も担うというということである。このことは実験で光化学系2の機能を破壊し、シトクロムb6/f複合体がどのような反応をするか見ることで分かると考えられる。しかし光化学系のクロロフィルは約40分子もあるので代役を務めるには無理がありすぎる上、プラストキノンへ電子をどう輸送するのかという問題が出てくる。たとえ光化学系2の代わりが出来たとしても光化学系1がなければ、NADPHを産生出来ないので不可能である。もう一つ考えられるのは植物が進化していく過程で、光化学系が発達する以前からシトクロムb6/f複合体があり、光エネルギーを吸収量がクロロフィルとカロテノイドを一分子ずつだけで事足りるような、とても簡素な植物体の時の名残だったということである。(今は一分子ずつしかないが、もしかするともう少しあったかもしれないが進化の過程で消失したということも考えられる。) つまり共生以前の時の光合成の形態であると考えられ、当時は二重膜構造がないので、電子やプロトンの複雑な移動が必要なく、さらに光化学系1の前駆体のようなものがあってそれがNADPを還元出来れば、光合成が成り立つ。現在は光化学系1・2が発達したことにより、機能を分担出来たことで光エネルギーを吸収するという機能が退化したが、クロロフィルとカロテノイド残ったと推測する。

A:これも2つ上のレポートと似ていますが、ユニークでよいと思います。もう一つ考慮してほしいのは、ミトコンドリアの呼吸系にはシトクロムb6/f複合体によく似たシトクロムb/c1複合体が存在することです。共生以前のことまで考えるとすると、その部分についても進化の筋道を考える必要が出てくるでしょう。