植物生理学I 第8回講義

呼吸によるエネルギーの獲得

第8回の講義では、光合成のメカニズムに入る前の予備知識として、呼吸によるエネルギー獲得とATPの合成について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の授業で気になったのは、化学浸透説である。ヤーゲンドルフの実験では葉 緑体を用いていたが、もしミトコンドリアで実験を行うとするとどうなるか考えてみた。葉緑体の場合、酸性の溶液で内腔を満たした後でアルカリ性の溶液に入れるとATPを合成する。ミトコンドリアも同じようにすればATPを合成するだろうか。ミトコンドリアは、外側の二重膜間が 高濃度の[H+]で、内側の基質が低濃度の[H+]である。葉緑体は、外側のストロマが低濃度の[H+]で 、内側のチラコイド内腔が高濃度の[H+] である。つまり、ミトコンドリアと葉緑体は[H+]濃度の構成が逆である。 そのため、ミトコンドリアで実験を行うためには、アルカリ性の溶液で内腔を満たした後、酸性の溶液にいれるとATPを合成すると考えられる。

A:細かい点のように思えますが、このような点をきちんと考えることは非常に重要です。


Q:今回の授業では、呼吸の電子伝達について、ATP生成、発酵によるエネルギー産生などについて学習した。発酵についての所で、植物は発酵しないが冠水した根では発酵する例がある、ということについて気になったので調べてみた。イネ科の植物は普通、嫌気条件だと死滅してしまうが、イネ・タイヌビエなどの種類は、ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素遺伝子の発現により、エタノール発酵が起きる。しかし、途中でアセトアルデヒドの生成・増加が起こり植物自体が障害を受けてしまうが、これを防ぐためのALDH2タンパク質を蓄積させていることが冠水抵抗性を高めているそうだ。(http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmg/nakazono4.html)
 ではなぜ根だけなのだろうか、と考えてみた。イネなどはそもそも根から下が水の中に完全に浸かっている期間が多く、逆に葉や茎などは常に地上にある。根が水中にあるということは、基本的には空気中よりも嫌気的な状況に置かれているのであるから、嫌気状態における耐性があってもおかしくない。ということは、睡蓮などの植物も発酵できるような構造に進化することもあるかもしれない。

A:確かにスイレンなども嫌気条件に適応している可能性は充分にあるでしょうね。「なぜ根だけなのだろうか」という点については、


Q:授業内でATPの合成についてATPアーゼの仕組みについて習った。そこで詳しく調べてみると、ATPアーゼには多様な種類があり、その立体構造はサブユニットなどの点で異なっているということが分かった。授業内で取り扱ったF型ATPアーゼ以外にもP型、V型、A型などが存在することが知られているようだ。またA型はF型同様に回転していると考えられている。しかしながらそれらの構造は複雑なので、いまだに不明な部分も多いようである。ここで構造について考えてみたいと思う。まず、ATPを合成する際に3回転対称軸が存在することは非常に都合がいいように思われる。なぜなら授業内でも話したように「ADP」「ATP」「カラ」という3つ各々のはたらきをすることができるからである。したがってATPを効率よく合成するならばサブユニットが3つ存在すると考えられる。またATPアーゼは多くの生物に共通しているので立体構造が安定で非常に効率がよいと考えられる。もしF型でいう回転するサブユニットが、回転していないタイプのATPアーゼがあるならば回転以外で反応を触媒させる必要があるのでそれはATPアーゼが高次に保存されているという点からもなかなか考えにくい。つまり、ATPアーゼは回転していると推測できるのである。

A:ちゃんと考えているレポートです。ただ、結論が常識的な線に落ちついてしまっているのが残念です。ここまで考えることができるのであれば、何かちょっと常識とは離れるような考え方を目指してほしいところです。


Q:今回の授業ではATP合成酵素の構造等も学んだ。その際にATP合成酵素が回転しながらATP合成酵素を作ると知ったがどうして回転するのか疑問に感じたのでその点について考えてみる。ATP合成はMitchellの化学浸透説で説明できる。ATP合成酵素はそれぞれ3量体からなるF1、F0で構成されていて、H+がH+勾配に従って流れることにより回転しADPに無機リン酸を結合させATPを合成する。つまりこのATP合成酵素の蛋白質複合体は、イオンの流れを動力に使い水車のような働きをする。確かにイオンの流れをエネルギーとして回転することは理解できるが、回転方向がおかしく感じる。というのもイオンの流れは細胞膜に対して垂直の向きである。しかしATPの合成の際に回転するのは膜に対して平行に120℃ずつ回転する。これは映像でとられていて明らかなことである。水車であれば水の流れる方向に回転するがATP合成酵素の場合異なるのである。果たして回転する方向と異なる向きに力が加わって回転することができるのか。回転方向とイオンの流れる方向に間違いはないので、“回転するには”という理由を考えたい。考えられることとしてH+がATP合成酵素を流れる際にATP合成酵素複合体の回転子と接触し+の電荷のエネルギーとその蛋白質複合体の一部である回転子が+に帯電しているのであれば+の電荷エネルギーが反発しあい回転子が膜に対して平行方向に力を受ける。よって単純にイオンの流れる方向に回転するのではなく流れに対して垂直方向に流れたのではないかと考えた。上記が正しい考えであれば、ATP合成酵素の一部である回転子は+に帯電しやすい、もしくは帯電している。その蛋白質のアミノ酸配列や蛋白質の三次元構造を確認する。UniProtで検索してみたが回転子のアミノ酸配列がどの部分にあたるのか分からず+に帯電しているのか分からなかった。しかしすでにこの蛋白質複合体はデーター解析されているので確認することは出来そうだ。
参考文献:キャンベルの生物学http://www.uniprot.org/uniprot/P25705

A:なるほど。回転方向がなぜ膜面に水平なのか、というのは面白い疑問ですね。単に、「このようになっています」と講義で言われて、それをそのまま鵜呑みにするのではない点が評価できます。実際には、回転とともにサブユニットの変形が起こることが重要らしい、ということがわかっています。


Q:今回の授業では、クエン酸回路においてアセチル-CoAとオキサロ酢酸をわざわざ結合させる理由が扱われた。アセチル-CoAは炭素数が2であるために、組み立て可能な反応の種類が少なくなり、徐々にエネルギーを小さくする反応を組めないという理由である。本レポートでは、クエン酸回路反応系が合理的であることを、「脂肪酸生合成」の観点から示すことである。クエン酸回路の中間代謝物質は、種々の同化反応に使用される。例えば、アセチル-CoAとオキサロ酢酸からクエン酸を生成する反応は以下に示すように、脂質生合成に必要不可欠である。大山隆監修 ベーシックマスター生化学(2008)によると、クエン酸は以下のように利用されている。「脂肪酸合成の炭素源(C2単位)として利用されるアセチル‐CoAは、主としてピルビン酸デヒドロゲナーゼ(pyruvate dehydrogenase)によってミトコンドリア内でつくられるが、そのままの形ではミトコンドリア内膜を通過することができない。(中略)この問題を克服するために、肝細胞には特別なシャトル系が存在する。すなわち、アセチル-CoAをオキサロ酢酸と縮合させてクエン酸とし、トリカルボン酸輸送体によってミトコンドリア外へ運び出し、そこでATP-クエン酸リアーゼ(ATP-citrate lyase)の作用によって再びアセチル-CoAとオキサロ酢酸に分解するのである」(p.237)。この細胞質内で生じたアセチル-CoAから脂肪酸生合成が開始される。同物質量の脂肪酸とグルコースでは、脂肪酸の方が産生できるATP量が多い。また、クエン酸は上記のように脂肪酸生合成に必要不可欠である。よって、クエン酸回路では直接ATPを合成することはできないが、脂肪酸合成という間接的な経路によって大量のATP分子を合成することができる。よって、エネルギー産生の観点からは、アセチル-CoAとオキサロ酢酸を結合させる反応は合理的であろう。また、細胞質内で生じたアセチル-CoAはコレステロール生合成の出発物質でもある。コレステロールはステロイドホルモンや細胞膜の原料である。ステロイドホルモンは生体のホメオスタシス維持のために不可欠である。よって、クエン酸回路中間代謝物質は生理機能維持のためにも使用されている。以上より、クエン酸回路において、アセチル-CoAとオキサロ酢酸からクエン酸を合成するという経路は、エネルギーおよび同化反応の2つの観点から極めて合理的であると推測される。他のクエン酸回路中間代謝物質(2-オキソグルタル酸、スクシニル-CoA、リンゴ酸)も糖新生やアミノ酸生合成に使用されていることから、クエン酸回路は生体機能、構造維持に極めて重要なのであろう。
参考文献:大山隆監修 ベーシックマスター生化学 オーム社(2008)

A:面白いレポートだと思います。ただ、エネルギー代謝としての側面と、物質代謝としての側面は、かなり考え方を変えないといけない可能性があります。アセチルCoAの輸送の際にできるATPをエネルギー代謝の面から考えて議論するのはやや危険かもしれません。


Q:植物は光があるときは光合成(光化学系)、ないときは呼吸(解糖系、クエン酸回路、電子伝達系)することによってATPを合成することができる。また、光合成でグルコースを産生し、呼吸で糖を分解するによってエネルギーに変換できることを考えると、植物は光と光合成で必要な物質(CO2やH2O)がある限りは自給自足でエネルギーを産生できる画期的な生物であると改めて感じた。ここで疑問に感じたのは、もし光の当たらない環境下で糖、特にグルコースの入った水で育てた場合、そのまま生存できるのかということである。個人的な考えは、光合成は起こりにくいものの呼吸によるATP合成は起こるので生存はできると思う。また、そのように育てた場合、光合成をほとんどしないため葉緑体の機能は必要なくなると考えられるので葉緑体は減衰する可能性はないのだろうか。

A:暗所で植物を育てると「もやし」になるので、単にエネルギーが手に入らないというだけではなく、それ以外の大きな変化が起こります。植物の変異体の中には葉緑体を持たずに白くなったアルビノの変異体がありますが、それだと光の下で育てても当然光合成をしません。そのような変異株でもある程度までは糖を入れた培地で育てることができます。


Q:植物は発酵しないが,冠水した根では報告があるということに興味を持ち今回のレポートのテーマとした.植物の発酵について調べてみると,「イネ科植物の中でもイネや水田雑草であるタイヌビエは、水田・湿地のような低酸素環境下で生育・生存できる。」[1]とあった.イネなどは嫌気呼吸でもアルコール発酵を用い,低酸素環境下でも生存できその理由としてイネでは冠水解除後にアルデヒド脱水酵素(ALDH)の急激な上昇により,有害なアセトアルデヒドを無害な酢酸にすることによってアルコール発酵によるエネルギー産生を可能にしている.一方例外はあるがヒトもALDHを持っているが,嫌気呼吸として乳酸発酵を選択している.この差の理由について考察してみる.まずイネや水田雑草は水生植物であり生育環境の周りには水が多く存在している.アルコール発酵の産物であるエタノール,エタノールの分解産物であるアセトアルデヒドは水に対して任意の割合で混合する(=非常に溶けやすい)性質をもつ.そのためアルコール発酵によって生成された代謝産物が,周辺の水に溶解することで植物体への蓄積の影響を少し軽減していると思われる.次にアルコール発酵と乳酸発酵は産生されるエネルギーは2ATPと等しいが,アルコール発酵では代謝途中に二酸化炭素を発生する.ヒトにとっては二酸化炭素は有用ではないが,イネなどではこれを光合成経路に取り入れることが可能なのではないかと考えた.よってアルコール発酵を行い二酸化炭素を産生し,光合成にも活用するためにアルコール発酵を選択したと推論した.一方ヒトではエタノールやアセトアルデヒドを効果的に排出する手段を持たないために,毒性のより少ない乳酸発酵を選択したのだろう.
[1] http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmg/nakazono4.html 東京大学大学院農学生命科学研究科植物分子遺伝学研究室 より引用 2011年6月30日閲覧

A:乳酸発酵とアルコール発酵の特質を議論したレポートは他にもありましたが、代表例として。二酸化炭素の部分については、二酸化炭素を光合成に利用できる環境では、光合成により酸素が発生するので、そもそも発酵は起こらないのでは、という疑問が生じますね。


Q:夏になり、かなり暑い日が続いており、大学でも節電などで夏バテが起こりやすくなってきている。そこで、今回の授業で扱った代謝に関連して、夏バテを防ぐ料理について考察したいと思う。ヒトでは、体温維持のため食物を摂取し、具体的には、寒いときには多く熱量をとり、夏ではなるべく熱量が少ないものをとるなどして体温を調整している。また、暑い時期には、汗をかいたり体温が上昇したりして、ビタミンB群.C、Na、クエン酸などが大量に消費されてしまう。そこで、暑い夏には、熱量が少なく、栄養もしっかりと含む食べ物をとり、かつ食欲がわくような料理が大切になってくると考えられる。例えば、まず夏野菜をバランスよくとることがあげられる。きゅうり、ナス、トマトなどは、塩ふりかけ生で食べてもおいしのもあり、しかもそれほど熱量も多くないので夏バテにはよいと思われる。また、タンパク源には、熱量が高いが豚肉、低いものでは納豆や豆腐などがある。これらを、組み合わせを変えたり、香辛料を使って食欲をましたりして料理を作っていけば夏バテにはなりにくい体になってくるであろうと考えられる。

A:テーマとしてはよいと思います。ただ、「代謝に関連して」と言う割には熱量の話しか出てきていないのがちょっと不満です。やはり、講義レポートとしては、講義でやった代謝にひきつけて書いてほしいところです。


Q:嫌気呼吸においてはNAD+を絶やさないため、乳酸、エタノールなど、ピルビン酸から「何か」を作りだす必要があると学んだ。これらはその産生者である乳酸菌や酵母にとって「ゴミ」であり、従って全て体外に捨てられるということだが、自分は、やはり「生成物が乳酸やエタノールであること」には意味があると考えた。上記2種類の物質には、細菌の繁殖を抑える、或いは殺菌する作用が備わっている。嫌気条件下で乳酸菌または酵母と、なにかしらの嫌気性細菌を共に培養すれば、恐らくは「後者の増殖が著しく抑えられる」という結果が得られるだろう。最初、「NAD+を得るため、ピルビン酸を加工できる形質」には、現在より様々な種類があったのではないだろうか。それが淘汰圧を受け、青カビなどが産生する抗生物質のように「自分以外を除去する力があるもの」のみが生き残ったと推測する。

A:確かに、そのような可能性は充分ありますね。ただ、進化の問題はなかなか直接的に証明できないのがつらいところです。