植物生理学I 第6回講義

光の吸収

第6回の講義では、前回の続きとして核から葉緑体への遺伝子以降の話をした後、植物が光のエネルギーを吸収する過程と光合成色素について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:真核生物と原核生物では遺伝子の転写方法が違うため、遺伝子移行が起こってもプロモーターがないために発現しない、とこれまでは考えられていたが、今回の授業で、実際には発現することが確認された事を学んだ。たまたまプロモーター領域の直後に配置された場合以外は、その領域がプロモーターに変化したと考えられているということだった。では、なぜ、その部分がプロモーターに変異したのかということについて考えてみたい。一つ目の仮説は、突然変異によって、その部分がプロモーターになったという考え方である。少し突拍子もない考えのようにも感じられるが、かなり長い時間をかけて、葉緑体のDNA量が減ってきていることを考えれば、その長い時間が経過する間に、突然変異が起こる可能性も充分にあるのではないだろうか。もう一つの仮説は、DNA断片の配列と、移行先のDNAの配列が合体することでプロモーターになる、という考え方である。突然変異に比べれば起こりうる可能性は高そうであり、理論的でもあるため、こちらの方が事実である可能性は高いと考えられる。

A:もう一つの可能性は、プロモーターとして働くにはそれほど難しい用件があるわけではなく、たまたま入ったDNA配列でも、ある低い確率ではプロモーターとして働きうる、ということだと思います。実験的にプロモーター活性が新生しているわけですから、この可能性がむしろ高いかもしれません。


Q:今回の講義で、葉には柵状組織と海綿状組織が存在することで光を効率よく吸収していることを学んだ。これは葉を透過する光の屈折率を変化させることで、葉中での光の拡散をより乱雑にさせるという仕組みである。特に柵状組織では細胞と細胞間隙の2つの相がはっきり分かれているので屈折率は大きくなる。ここで思ったのは、①細胞?細胞間隙では無く、②葉緑体が存在する細胞?存在しない細胞、あるいは葉緑体が存在する細胞内?葉緑体、また葉緑体?光合成色素のような2つの相を差異化させることによって光の屈折率を変化させることができるのではないかということだ。この場合、柵状・海綿状組織による物理的な屈折率の変化だけではなく、光合成色素が吸収する光スペクトルにも差異化が生じると考えられる。これは丁度水深によって通過する光の波長が異なる仕組みに近い。したがって、同じ光合成色素でも生体内での存在状態が異なると植物・細菌※の種類(さらにはそれらの生物種内の光合成色素を内包する細胞)ごとに吸収スペクトルに違いが生じていると考えられる。②のような状態を生むと考えられるのは細胞内・葉緑体内の基質(基質濃度)の違いだと考えられる。おそらく光合成による同化産物や地中・空気中から吸収した無機物質が関与しているものと推定できる。
※藤茂宏著「基礎生物学選書4 光合成」裳華房 1978.7.25 第4版発行 (P.285~286) (本書ではバクテリオクロロフィルaについての言及があった)

A:なかなか基質濃度の違いだけで光の吸収の性質を変えるのは難しいように思います。もっとも、赤外領域の光を吸収するクロロフィルdをもつシアノバクテリアは、最初にホヤに共生している形で見つかりました。これは、ホヤの体の中に光が入ってくる際に短波長の光は散乱され、シアノバクテリアに届く光では赤外領域の光の割合が増えていることを反映している、と考えられていますので、似たようなことは自然界で起こっているようです。


Q:クロロフィルdについて調べてみました。光のエネルギーの大きさは波長に反比例します(E=h・c/λ E:エネルギー h:プランク定数 c:光の速度 λ:波長)が、クロロフィルdは低エネルギー光である近赤外光を吸収し、高い電位発生、水分解を導く機構を備えています(※1)。つまりクロロフィルdは低エネルギーの光を効率的に利用する機構が備わっていると考えられ、その人工光合成システムへの応用などが期待されています。さらに調べていくうちに、新種クロロフィルfについての記事を見つけました(※2)。クロロフィルdを持つ生物の採取を目的とした、ストロマトライトの奥に生息するシアノバクテリアを波長720nmの赤外光下で培養する実験で発見されました。これも赤外光を酸素発生型光合成に利用できる第二の生物例です。
 ここまでの記事を読んで、かつて光合成利用光が短波長可視光のみだと信じられてきたのにも関わらず、可視光よりも長波長の利用が判明したことから、安易な考えですが、未だ発見されてない波長領域の光エネルギーを使用している生物種も存在しているのではないか、と考えられます。そこで可視光領域外の光エネルギー利用について考察してみました。まず、長波長領域について、近赤外光生物種は存在が確認されています。さらに長い波長、遠赤外光は植物においてはよく吸収され、表面で熱に変換されてます。遠赤外光利用を実行するためには、熱エネルギーに対する耐性、もしくは熱エネルギーの吸収機構の獲得が必要になるのではないかと予想されます。また、水もよく遠赤外光を吸収し、透過することはないため、他の多様な光合成色素と対照的に、海洋中での存在は困難であると考えられます。短波長領域について、紫外光利用の生物種は調べても見つけられませんでした。紫外光利用が発達していない理由としては、紫外光の遺伝子物質DNAに損傷を与える性質の影響が考えられます。この性質によって紫外線吸収という行為のリスクが高くなっていることが予想されます。また、紫外光は大気とオゾン層による吸収によって、地表に届く量は可視光よりも少なくなっていることも理由として挙げられると考えられます。短波長により光エネルギーは大きいものとなります。このことから紫外線利用生物の成育環境を妄想(?)してみると、近年のオゾンホール破壊が叫ばれている地域、もしくはラピュタのように上空に存在し、大気吸収の影響の少ない場所において、紫外線によるDNA損傷に耐性をもつ生物、ということになります。
※ 1 http://www.kyoto-u.ac.jp/notice/05_news/documents/070410_11.htm 京都大学ホームページ研究ページより 6月18日現在
※ 2 http://bio.hamajima.co.jp/topics/2010/09/27/chlorophyllf/ 生物図表WEB 「新種のクロロフィル発見」より 6月18日現在

A:遠赤外領域の光は当然、光子一個の持つエネルギーが小さくなります。なので、必要なエネルギーが賄えるかどうか、という面からも考えることができます。クロロフィルfに関しては、今年日本の研究グループが同じような生物を発見し、しかもそのクロロフィルfの量が照射する光の波長によって大きく変化することを見いだしました。赤外光をあてると赤外光を吸収する色素を持つようになるということですね。


Q:今回、授業で光合成色素について触れました。自分で文献を調べてみると、太陽光は550nm付近にピークをもつらしい。普通に考えればこの波長帯に吸収のピークをもつ光合成色素が存在するはずであるが、そのような光合成色素はフェコエリトリンしかない。陸上植物が主に持つクロロフィルaとbは吸収極大が660,430nm付近と645,460nmであり、太陽光のピーク波長と全く違う。JISが定めた基準太陽光によると、550nmの光の単位面積あたりのエネルギーは645nmの約1.0978倍、660nm1.1214倍、430nmは1.4018倍、460nmは1.12143倍である。以上のデータより、550nm付近の波長の光に吸収極大をもつ光合成色素をもつ陸上植物が繁栄するのが合理的なように思える。このような陸上植物が繁栄しない理由を考察する。
 これを光合成色素の成り立ちの歴史から考察する。光独立栄養生物が誕生したとき、原始地球の大気組成が現在と異なったために現在の基準太陽光のピーク波長と吸収極大が異なる光合成色素が誕生したのだと考えられ、また、2番目、3番目に誕生した光合成色素もそのときの地球の大気・海洋組成が現在と大きく異なっており、ある海の深度の部分に届く光の波長組成が現在と異なっていたために吸収極大が異なると考えられる。そのような光合成色素をもつ生物が先に発達し、他の細菌と共生し(その共生はとんでもない偶然だった)たため、もし仮に550nm付近に吸収極大をもつ光合成色素が誕生しても、共生ができなかったため(極めて偶然に起こるため)に現在繁栄していないと考えられる。また、光合成細菌にはバクテリオクロロフィルをもつものもあり、これは赤外領域の光を吸収できるが、赤外線は波長が長くエネルギーが低いために、エネルギーを多く使う真核生物や多細胞生物には適さずバクテリオクロロフィルをもつ陸上植物は繁栄しなかったと考えられる。
参考文献:JIS C 8910:2001/AMENDMENT 1:2005

A:おそらく最古の光合成生物は、バクテリオクロロフィルを持つ光合成細菌であったと考えられますから、まずは、なぜバクテリオクロロフィルが最初に生まれたのかが問題になるのではないでしょうか。それについては、「生命と光合成の起源」をご覧ください。


Q:今回授業で扱った新生プロモーターに関して考察する。遺伝子のコード領域をランダムに細胞核へ導入すると、一定の割合で遺伝子の発現が見られるが、その時プロモーターの新生が起こっている。それにより導入された遺伝子が発現する。ところが、一定の割合、とあるように発現されない遺伝子も多い。その区別が完全にランダムであれば、無論生存に必要な遺伝子が発現しなかったり、生存に不利な遺伝子が発現することもあり得る。そうなればその細胞の生存率は低下し、その遺伝子変異は子世代へ繋がりづらいように、進化説における自然選択説のよりミクロなことが起こっているのではないか。以上から、前回に引き続き、ゲノムの役割は本来遺伝情報の保持だけではなく、遺伝子変異の場であると考えられる。ただし、授業でも触れたように以上は第二段の移動に適用できるものであり、第一段の大規模な遺伝子の移動については説明しきれない。第一段の移動に対しては、別に考える必要があるだろう。例えば、そもそもプロモーターの変化などはホスト細胞が真核細胞、葉緑体などの細胞のゲノムが原核細胞の様式だったために必要であった。もし共生段階の細胞がどちらも同じ原核生物のものであれば転移に際しそれほど問題は起こらないと思われる。つまり共生段階のホスト細胞は真核生物の遺伝子転写の形質をしていなかったのではないか。

A:面白い観点ですが、現在みられる真核光合成生物はすべてが核とミトコンドリアを持ちます。そのことは、核とミトコンドリアが成立した生物、つまり真核生物に最初のシアノバクテリアの共生が起こったことを示すのでしょう。その場合、転写システムが原核型のままであったということはやや考えづらいように思います。


Q:植物の葉は光をとらえるために、全反射を用いて光路長を伸ばす柵状組織と光を追い返す海綿状組織を持っているというお話を聞いて、光を効率よくとらえる植物の葉の構造として他にどのようなものが考えられるだろうかと考えました。前述の植物の葉の構造は光路長を長くすることで光路中にある葉緑体の数が多くなり、光の捕集率が上がるということだと考えましたが、光を一点に集めて捕らえることで捕集率を上げることもできるのではないかと考えました。例えば、レンズの様な構造で上から来た光を屈折させて下にある光合成器官に集める、もしくは放物曲面の鏡のような構造を用いて光を反射して上にある光合成器官に集めるといったようなことをする植物がいても良いと思います。しかしこのような植物の存在は知られていません。光の捕集率に関しては物理学的な分野で私には検証しにくいですが、このような植物が存在できない生物学的な理由としては
(1)光を一点に集中させてそこで捕集するので、光合成器官の位置が成長の不具合や傷害などで少しでもずれたりすると光の捕集率が一気に低下する。
(2)一点に集中させた太陽光線が生む熱エネルギーは大きいので、その熱に耐えられる光合成器官が必要となってしまう。
などの理由が考えられると思います。

A:面白い考え方ですね。生物学的理由についてはもう一つあるかもしれません。光があちこちから来る散乱光の場合はレンズや反射光での集中が難しいという点です。直射日光の場合は、集中させることができますが、今度は太陽が動くという問題が生じます。太陽の方向に追尾して常に角度を調節するのはなかなか難しいように思います。