植物生理学I 第2回講義

光合成と生命

第2回の講義では、エネルギーとエントロピーの側面からみた生命と地球生態系について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:冒頭で「可視光は我々の目で感知できる領域」ではなく、「我々動物が可視光を感知するように進化した」という話題が出た。しかし、正確には可視光は「それぞれの生物が感知できる波長の中でも、多くの生物に共通している領域」である、と思う。たとえば、鳥類にとって「光は4原色から構成されるもの」であり、紫外線領域の一部も「色」として認知可能である。これは彼らが「夜行性生物」として進化してきた哺乳類とは異なり、昼行性の恐竜の子孫であることと、飛行生物であるが故、地上よりも紫外線を感知しやすい環境にあったことが合わさり、祖先(古代の爬虫類)の形質が温存されたことに由来する、と私は考えている。一方の哺乳類は「領域」としての差は無いであろうが、一部霊長類を除き、2原色としてしか感知出来ないか、色覚自体非常に弱い。これも、前述の「夜行性生物として進化してきた結果」である。他にも、赤外線受容器(ピット)を持つマムシなど、可視光や色覚に関する興味深い例は山のようにある。化石記録やゲノム情報の分析などにより、過去の生物がどのような環境で生き、どのように進化してきたか考察することで、「動物が見ることの出来る波長領域・見えている色」に関し、次々と新しい事実が発見されることだろう。

A:面白いレポートですが、最後の部分が評論家風にまとまってしまっている点が残念です。自分にしか言えない独自の論理をもったレポートを目指してください。


Q:本日の植物生理学を学んで、太陽から地球に届くエネルギーの値を具体的に知ることができた。その値を見ると、太陽の単位面積当たりのエネルギーは決して多くはないことがわかった。 ほとんどの植物の葉は、単位面積あたりのエネルギー密度が低い太陽の光エネルギーを吸収するために、平たくなっている。しかし、葉が平たくない植物は、身の回りに存在する。針葉樹のマツなどがその例である。 マツは決して、他の広葉樹よりも分布範囲が狭かったりすることはない。マツは、松林という言葉があるように、植物が密集した環境でも子孫を残せる種であることが知られている。広葉樹の葉と、マツの葉を一枚ずつ比較すると、たしかに広葉樹の葉の方が面積が大きい。しかし、実際に樹木の上部から日光が射した場合、広葉樹と針葉樹の光合成量に大きな違いがあれば、マツは多数の植物の密集した場所では生育できないことになっていしまう。つまり、針葉樹は、①一見葉の面積が広い広葉樹の光合成量にも劣らない光合成を行う。②光にあたる面積が少なく、十分な糖を作りだすことができなくても、問題なく生育できるような機能を体内で持つ。この二つの可能性が考えられる。どちらが正しいかは、以下の実験を行えば良い。「正常に生育している広葉樹と針葉樹の、単位面積あたりの葉の面積を計算する。」この実験によって、広葉樹の葉の表面積が大きかった場合、②の可能性が高いと考えられる。表面積に差があまり無かった場合、①の可能性が高いと考えられる。しかし、葉が重なった場所においては、葉の光の透過率なども考慮しなくてはならないため、実際にはさらに複雑な実験系を展開しなくてはならないであろうと考えた。

A:ここで、もう一歩踏み込んで考えてほしいのは、「狭い葉面積でも広い葉をもつ植物に劣らない光合成をできる能力」あるいは「十分な糖を作りだすことができなくても、問題なく生育できるような機能」を持つことが、生物にとって不利になる場合があるかどうかです。もし、常にそのような能力・機能を持つことが有利であれば、葉の形態とは無関係に、すべての生物はそのような能力を持つことになるでしょう。とすれば、現実にはそのような能力や機能を持つことには、何らかのデメリットが存在すると考えられるでしょう。そのデメリットと合わせて考察できるとよいですね。


Q:草食動物などの一次消費者や、それらを食べる高次消費者たちは、明らかな熱の発散や、積極的な排泄行為を行っているので、これらの生物が存在する系においてエントロピーが増加していく傾向にあるというのはわかりやすかったです。しかし、植物は老廃物を葉に集めて枯葉として排泄するものや、ザゼンソウなど発熱する植物はいますが、多くはなく、個体が死亡しない限りにおいては、環境のエントロピーを増大させる行為は呼吸によるCO2の排出ぐらいであるように思われます。しかも、条件が整っていれば、光合成は呼吸よりも頻繁に行われ、全体としてはCO2を吸収しています。ここで、呼吸をおこなう生物が植物以外に存在しない系を考えた場合、この系のエントロピーは長期的に見て増加するのであろうか、という疑問が生まれました。そこで、熱の出入りを遮断できる容器の中を滅菌し、滅菌処理をした寿命の短い植物体を複数体加えて、何世代かにわたって熱計測を行うような実験モデルを考えましたが、そこで光合成が光エネルギーに依存している以上、伴って発生する熱エネルギーの影響を避けられないのではないかと気づきました。

A:シュレディンガーは「生命とは何か」の中で最初、生物は光エネルギーや食べ物などの形で「負のエントロピー」を取り込んでいる、と述べたのですが、後の版で「自由エネルギー」を取り込んでいるという記述に訂正しています。いずれにせよ、光エネルギーであれ、食べ物であれ、取り込んだエネルギーを熱エネルギーの形で排泄するのは動植物に共通で、植物では、動物に比べてそれが「目立たない」というのが正しい見方だと思います。それを確認するための実験系ですが、光エネルギーが直接熱になる成分と、光合成を経由して熱になる成分を分けて測定することは、光音響法という方法を使うと可能ではあります。


Q:エントロピー増大の法則と生命との関わりについて考えてみます。「膜の内側の閉じられた系の内部でエネルギー消費によりエントロピーを減少させる機構」というのが生命の本質に深く関わるというのは広く知られている考え方ですが、果たして「生命とエントロピー」を論じるには果たしてそれだけで足りるのでしょうか?例えば生物の前後軸や背腹軸の決定は発生初期のホルモンの濃度勾配により行われますが、濃度勾配を作る際には拡散(=エントロピーの増加)という現象が不可欠です。またその他の多くのホルモンも生物の体内で拡散することでその機能を果たします。生きている限り生命は体内のエントロピーを減少させ続けますが、それと同時に管理された状況下でエントロピーの増加を許すことによって様々な生理的シグナルを送っています。生命にとってエントロピーとは恒常性を乱す敵でもあれば、体内の細胞に情報を伝える為の道具でもあるのではないでしょうか。

A:エントロピーが増大する反応というのは、自発的に進行しえます。生体内での多くの反応は自発的に進行する反応により成り立っていますから、その意味では、エントロピーを増大させることによって生体反応を進めている、という言い方もできるでしょう。ただ、エントロピーを増大させるためには、最初のエントロピーは低くなければならないはずで、そこに生物の特殊性が潜んでいるのだと思います。


Q:今回の授業では、植物の葉が光エネルギーをより効率よく利用するために、多くの植物種で葉は平たく進化してきたということを学んだ。ここで、植物の葉は、受ける光エネルギーをどのくらい利用できているのか。文献によると、数十種の高等植物の葉における、光合成有効放射(PAR)の利用についての測定平均は以下のようであった。PARを100%とすると、12%が反射され、80%が吸収、8%は透過している。このPARの利用の割合は、植物の種類、若葉または成葉であるか、陰葉または陽葉であるかによっても異なる。また、PARに対する高い吸収率は色素濃度が高く、さらに数種類の色素が存在し、それぞれ異なった波長域の光を吸収することによって、可視光を広くとらえられる。文献から、葉は光の吸収率を上げるためには、さまざまな波長域をもつ色素体が高い濃度である必要があるようであった。では、なぜ植物の葉は平たく薄いのか。葉の厚さを増すことで透過を減らし光の吸収率を上げることではだめなのであろうか。このことについて考えると、葉の厚さを増せば光がより多くの色素体を透過しなければならなくなるため吸収率は上がると考えられる。しかし、現在の薄く平たい葉でも、透過はPARの8%であるため、透過を減らすより、光を受ける面積をふやして80%の吸収ができる面積を増やしたほうが、一個体が同じ細胞数を使ってより多くの光エネルギーを得られることが考えられる。そのため、多くの植物の葉は共通して薄く平たい形態に進化してきたと考えられる。
参考文献:「光と植物 光合成のエネルギーとエントロピー」著者柴田和雄 発行所培風館

A:調べた定量的な数値が、レポートの論理の裏付けにきちんと使われているという点で、素晴らしいレポートだと思います。


Q:地球が受ける太陽の放射エネルギーは大気による約30%の吸収や散乱を受け、地表に達するエネルギーは約1.0kWm^-2となる。太陽エネルギーによる化学的過程のおもなものは植物の光合成と大気中の光化学反応であるが、光合成による全地球上の有機物生産は年間173×10^9tとみつもられる。これはエネルギー2.9×10^21Jに相当する。地表に達する全放射エネルギー4.0×10^24Jに比べると、この有機物生産のエネルギー効率は0.1%にも達しない。しかし、太陽光の全スペクトルを計算の基準にするのではなく、光合成に有効な可視部の光のみについてみると全地球での植物による生産エネルギー効率は0.27%となる。これにより、植物は可視光に対し効率的に光合成をおこなっていることが分かる。
参考文献:西村 光雄 著  『光合成』  岩波書店

A:このレポートは、どこに自分の「論理」があるのかがはっきりしません。単に調べたことを書くだけでは、この講義のレポートとしては不十分です。


Q:植物が光合成して生産される酸素や糖を動物が呼吸によって消費し、二酸化炭素と水を生産する。植物は二酸化炭素と水・光エネルギーを用いて光合成を行うサイクルが存在する。ここで仮にこのシステムから動物の存在が取り除かれるとどうなる大きく3つのポイントに分けて考察する。まず1つめは植物が草食動物によって捕食されることがなくなり、これは生存に優位に働くようになる。次に動物が呼吸によって生産する二酸化炭素の減少についてである。植物自身も呼吸をしていて二酸化炭素を放出することが可能でありまた火山の噴火などでも二酸化炭素は放出されるため、生存にあまり影響はない。最後に動物の死骸などを分解する微生物の減少による影響を考える。これは死骸を分解して得られる窒素などの植物の栄養源の減少につながり植物は成長が阻害され、多くの植物は次第に生存できなくなる。これは動物の存在が植物の生存に欠かせないことを意味している。

A:最後の「動物の死骸の必要性」の部分は、検討の余地がありますね。微生物が必須であることは確かですが、動物の死骸の代わりに植物の死骸ではダメな理由があまり明確ではないように思います。


Q:オゾンは酸素に紫外線が当たることで生成される物質である。そして、原始地球の大気には酸素はほとんど含まれていなかった。よって、オゾン層は形成されず、地表には紫外線が降り注いでいたと推測される。現在の生物が「可視光線」を利用できるように進化したならば、原始地球においてでも、「紫外線を利用できる」光合成生物が誕生し進化することはなかったのだろうか。 生物は例外なく核酸(DNA)をゲノムの化学的実体として利用している。そして、DNAは紫外線によりピリミジン二量体の形成という損傷を受ける。修復機構が働くにしても、恒常的に紫外線が降り注いでいる状態では、DNAを用いてゲノムを保存することはまず不可能である。よってどのような生物であれ、紫外線の降り注ぐ環境下では生存はできない。したがって、原始地球の環境においても、紫外線を利用できるように生物が誕生し進化することはできなかったと推測される。

A:これは、きちんと論理が通っているので、レポートの条件は満たしています。ただ、ちょっと素直すぎる気はしますね。欲を言えば、その人でないと思いつかないようなアイデアがほしいところです。


Q:今回の授業で一番印象に残ったのは、「太陽光のうち大気を通ってくる光が可視光」ということは「生物が太陽光を見られるように進化した」とも考えられるという言葉だった。そこで、なぜ多くの植物が緑色に進化したのか疑問に思った。文献を調べてみると、葉緑体のクロロフィル分子が紫~青にかけての色と赤色の光を吸収し、緑色の光を反射または透過するためだとあった。太陽光を効率よく吸収するためには黒色の葉を持つ方が良いのではないかとも思ったが、吸収した光エネルギーを一度にすべて効率よく化学エネルギーに変換できないなどの理由から植物は緑色光をあまり使わないそうである。では、もし黒色の葉を持つ陸上植物がいたとしたらどのような形態でどのような場所で生きるのか考えてみた。黒色の植物は太陽光を効率よく吸収できるため、表面積はさほど重要でないはずである。だから、葉は小さく、背丈も低いのではないだろうか。逆に強い光が苦手であるから、あまり光の届かないような場所、例えば洞窟のような場所で生息すると考えられる。ここで、問題となるのが生殖方法であるが、洞窟に生息するならその生態系に特化した生殖方法を取るのかもしれない。例えば、被子植物ならばコウモリを花粉の媒介者として利用するため明るい色で大きな花や匂いの強い花を持つことなどである。植物が光合成さえしていれば生きられるというわけではないから、一概には言えないが、多くの植物が太陽光をいかに確保するかで四苦八苦する中、暗いところで体も大きくする必要がない黒い植物が存在してもおかしくないと思う。

A:色素の吸収については、今後の講義の中で詳しく触れます。普通だと、黒い色素のところで発想が止まるのですが、このレポートはその黒い植物の予想生育環境まで考えている点が素晴らしいと思います。