植物生理学I 第13回講義

人工光合成

第13回の講義では、人工光合成の研究がどこまで行っているのか、何かできるようになって何ができないのか、といった点について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:今回の講義では人工光合成について学びましたが、D?S?A型分子のお話から、私の考えを述べます。電荷分離の光捕集効率の上昇させるために、理論的に必要な部分以外の修飾分子の決定に関しては、製薬会社のお仕事もそうだとかつてほかの講義で伺ったことがあるのですが、実験的に効率を測定して、結果的にこの構造がよいとするのは、実践的ではあると思いますが、なぜその分子だとそのような結果が得られるのか、明確な答えが出ないことから、科学者のお仕事として若干の違和感を感じていました。しかし、本講義を受講して考えるには、生物もそうやって長い年月をかけて、少しずつ突然変異を積み重ねて、形態学的でも分子構造でも、この構造が最も生存に適しているとしたものが生き残り、結果として保存されて現在に至ることを考えれば、合理的な実験であると認識を改めました。

A:これは面白い視点ですね。確かに、「自然」は原理の把握に努める理学研究者というよりは、最終的な結果を求める工学研究者なのかもしれません。


Q:人工光合成における反応中心すなわち光を吸収する色素について考えてみたいと思う.天然の植物における光合成は反応中心が光量子を受け取り,酸化還元反応を行うところから始まる.そして現在研究されている人工光合成ではこの反応中心をポルフィリンとしている.これは可視光の範囲である590nmで励起される.私はここであえて可視光外の光を活用した可能性を検討してみたい.我々の身近にあるもので光を用いて酸化還元反応を起こさせるものの1つに酸化チタンがある.これは白色の粉末であり可視光線ではなく紫外線を吸収する.人工光合成を自然光で行うのであれば,反応中心として固定された酸化チタンに充てる光はフィルターを通して紫外光のみとすると酸化チタンの酸化還元反応が進む.そして光エネルギーを用いて水を分解するなどの目的で使用するのであれば,最初から紫外光を当てるようにすれば問題がなくなる.そして金属錯体は酸素に対して不安定であり水の完全分解の実現は困難であるが,半導体である酸化チタンは安定しているためこれらの問題も解決されると考えられる.

A:問題なのは、太陽光のエネルギーに占める紫外線のエネルギーが必ずしも大きくないことです。「薄い」光のエネルギーのさらに一部だけを使うようなシステムは、なかなかコスト的に引き合わないのではないかと思います。


Q:今回の授業では人工光合成の最新研究情報を学んだ。その中で光エネルギーの変換効率がまだ実用化されるレベルに達していない現状を知った。世界中の研究者がこぞって研究をしている中でこのようなレポートを書くのもおこがましいことであるかもしれないが、変換効率を上げるための1つの私の考えをレポートとして述べたいと思う。S-D-Aからなる分子結合体に関して、人工光合成では基盤上に配置されているということであったが、実際の植物生体内で同じ機能を果たすものはタンパク質上に配置されている。そこが大きな違いなのではないかと私は考える。タンパク質は有機物であり、大量のアルキル基やアミド結合、比較すると少量ではあるがスルフィド系の官能基や水酸基、ベンゼン環などももつ。これらの中で特に大量に含まれる炭素や窒素が大きな役割を果たし、更に少量の物質も影響を与えて、複雑な電子制御体となって何かしらの影響をS-D-Aの働きを持つ分子に与えているのではないかと考える。その証拠と言うには無理があるかもしれないが、今回の講義でD-S-A複合体においてフラーレンとポルフィリン環誘導体の間にタンパク質の組成によく含まれているアミド結合とベンゼン環2つを介したものでは収量があがっていることを教わった。しかしタンパク質を実際の人工光合成で用いてしまうと、耐性が弱くなってしまったり、生産が難しくなったりするなど大きな課題が生じてしまう。それにはタンパク質をより模している化合物を模索したり、タンパク質の分子組成だけ借りるような形で特殊なバクテリアなどから強固なタンパク質を得たりすることが解決策であると考える。

A:タンパク質というのは極めて機能的に柔軟で、便利で優秀な材料ですが、残念ながら耐久性があるとは言えません。人工物でそこを代替する必要がありますが、その部分こそが重要なので、具体的な議論がほしいところです。


Q:今回の講義をきいて、人工光合成がその言葉から抱いていたイメージよりもずっと複雑なものであることが分かった。しかし、もし人工光合成が実用化されれば、太陽光利用のバリエーションが一つ増えるので、とても意義のある研究であることは間違いない。原発事故があった日本においても、代わりとなるエネルギーが注目され始めていることも事実である。人工光合成では、水の完全分解にしろ、有機物の合成にしろ、光エネルギーを貯蓄可能な別のエネルギーに変える。したがって、人工光合成装置は、太陽光が当たる範囲に配置して利用することになるはずである。では、もし実用化された場合、どうなるだろうか?おそらく、植物の能力を超えるものはすぐには出来ないだろうから、植物が育つ場所では彼らに頼った方が良いだろう。となると、人工光合成が実用化されるのは、砂漠などの場所になる。太陽電池と比べると、エネルギーが貯蓄できるという強みがあるので、条件によって使い分けるのが良いだろう。さらに、人工光合成装置の構造を簡素化すれば、基盤を必要とする太陽電池よりも広範囲に配置できるようになるかもしれない。こうして考えると、人工光合成はそれ一つで全てをまかなえるものではないように思える。ただ、太陽光を利用する他の手段を補助する意味合いでは、非常に役立つと考えられる。特に、エネルギーを貯蓄できるのはすごいことである。将来、自宅の屋根で作った水素を使って生活する日が来るのかもしれない。

A:もっともな意見だとは思いますが、ちょっと評論家風なので、もう少し独自の論理展開がほしい気もします。たとえ開発に成功しても人工光合成だけですべてを賄うことができない、というのは確かでしょうね。


Q:今回の授業において、「光エネルギーを用いてCO2とH2Oから有機物を合成する人工光合成は実現に程遠い」と言う内容が扱われた。本レポートの目的は、有機物を合成する人工光合成はたとえ実現できたとしても、産業利用等には実用的ではないと示すことである。光合成を模倣したCO2とH2Oからの有機物合成を行うには、カルビン‐ベンソン回路を回転させる系を人工的に再現しなければなければならない。以下では水溶液中でカルビン‐ベンソン回路反応系を再現できた(以下この反応系を単に「再現反応系」とする)と仮定し、再現反応系を用いて有機物を合成することは非効率であると示す。再現反応系から糖やアミノ酸の原料となる有機物を回収するならば、再現反応系の中間代謝物質であるグリセルアルデヒド3-リン酸(GAP)を回収する必要がある。しかし、溶液中からGAPを回収してしまうと、再現反応系はGAPを回収した時点で停止してしまう。再現反応系は複数の酵素による酵素反応で構成されていて、一種類の酵素が機能しなくても再現反応系は停止する。GAPの回収操作(クロマトグラフィーや電気泳動)をした際に再現反応系の酵素の中には失活してしまうものも当然存在するであろう。よって、GAPを回収するたびに再現反応系は活性を持つ酵素濃度が減少してしまうため、再利用できずに廃棄されると推測される。GAPを回収するたびに複雑な再現反応系を構築し直すことは極めて非効率である。ゆえに、再現反応系を用いてGAPを合成することは非効率である。ところで、カルビン‐ベンソン回路では1モルのRuBPから2モルのGAPしか合成できない。よって、再現反応系をもちいて十分量のGAPを得ようとするならば、一度に大量のRuBPを反応原系とする必要がある。しかし、そもそもそのような大量のRuBPを用意するくらいならば、カルビン‐ベンソン回路反応系を再現するよりも実際の植物に有用な有機物を合成させる方がより簡便で効率的である。ゆえに、再現反応系を用いて有機物(GAP)を合成することは、有機物の回収量の観点からも非効率であろう。以上までに示したように、カルビン‐ベンソン回路を人工的に再現して有機物を合成することは、実現できたとしても非効率で実用的ではないと推測される。有用な有機物を合成するには、その有機物を合成する植物を作成し、その植物を大量に栽培するという方法が実用的なのではないだろうか。
?参考文献?大山隆監修 ベーシックマスター 生化学 オーム社 2008年

A:系をしばらく動かしてからその間の稼ぎを回収する、という仕組みでは確かになかなか難しいように思いますから、もっと連続的な仕組みを考える必要があるでしょうね。例えば、最終的な産物をデンプンにして、反応液から自然とデンプンが連続的に沈殿して回収できる、とか。


Q:今回の授業では、いつもと違って、人工光合成について学んだ。そこで今日は、人工光合成が、人類にどういった未来を与えてくれるかということについて考えてみたい。人工光合成が実現化することにより、大きな恩恵が受けられるとすれば、それは、やはり温暖化防止ではないだろうか。人工光合成によってエネルギーを作り出すこともできるが、それだけであれば、現在の太陽電池でもできることであるし、何より、天然の光合成でさえエネルギー効率はそれほど良くないため、人工光合成の効率が良くなるとは考え難い。二酸化炭素の削減に関しても、効率が良くないことは同じであるが、現状では、エネルギーを使わずに二酸化炭素を固定することができるのは光合成しかないため、人工光合成が実現化することによって、多少なりとも二酸化炭素を削減できるだけでも、有効な手段であると言えよう。では、実際、人工光合成はどういった形で実現されるのだろうか。この先、人工光合成が普及し、天然の光合成の必要性が少なくなったとしても、これ以上森林が減少することは避けなければならないだろう。森林は光合成のためだけに存在する訳ではないからである。森林は、水源となったり、土砂崩れ等の災害からも我々を守ってくれたりと、様々な役割を担っている。また、植物の減少は、人間も含め他の生物の生活にも影響を与え、生物を絶滅の危機に陥れることも考えられる。他にも、自然界に存在するものを使い自然に行われる光合成とは違うため、人工光合成は人間の手によって、ある程度の整備は必要とされる。今現在、森林破壊が進んでいるのは、多くの場合が発展途上国であるが、特に発展途上国では森林を伐採した場所に、人工光合成するものを設置するだけでも大変なことであるし、それを整備するための人を配置するとなるともっと困難なことになり、森林を守るのはそう容易いことではない。燃料の無駄遣いを控えねばならないことも、おそらく変わらないだろう。人工光合成によって、温暖化は軽減されたとしても、化石燃料等のエネルギー源はいつか枯渇するおそれがあるため、決して無駄にすることはできない。以上二つのことから、人工光合成が実現化されたとしても、結局のところ、私たちの生活がそれ程変わることはないようである。ただし、環境が受ける影響は、良い方に少しずつ変わってくるはずなので、私達も目に見えない恩恵を受けることになるかもしれない。

A:このレポートも2つ上のものと同じような論旨です。もっともではありますが、もうちょっとなにか、なるほど、と人に言わせる部分がほしいですね。