植物生理学I 第7回講義

光の吸収の調節

第7回の講義では、前回に引き続き光環境応答に関して、光を集める集光性色素の調節と葉緑体の定位運動について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:講義でシロイナナヅナは青色光受容体であるフィトトロピンのみを持つが、ホウライシダはフィトトロピンと赤色光受容体であるフィトクロムが合わさったキメラタンパクを有すると話していた。そこで、なぜホウライシダがフィトトロピンとフィトクロムのキメラタンパクを持つかを考えたい。シダ類は通常、日が良く当たる所より、薄暗い土地を好む。暗い土地は太陽光がある程度吸収されてからとどいていると考えられるので、青色の波長は少なく、赤色の波長の方が多いと思われる。このことから、赤色の光受容体を持つ利点が考えられる。また、講義で同時に青色光を葉緑体を持つ植物に当てると照射中は光が当たっている部分に葉緑体が移動せず、照射後に移動してくるが、赤色光の場合は照射中も葉緑体が寄ってくると話していた。青色光は波長が短く、エネルギーが強いため直接照射されると光阻害を生じる可能性があり、赤色光はエネルギーが弱いので直接光を受けても光阻害を生じにくので照射中も葉緑体が寄ってくるのではないかと思う。

A:植物の種類による違いを、その植物の生育環境から考察するという姿勢は立派ですね。講義で紹介した葉緑体移動に対する青い光と赤い光の違いは、あてている光の強さも違いますし、吸収のされ方も違いますので、実際には直接比べて議論するのは難しいと思われます。


Q:今回の授業で、青色光受容体であるフォトトロピンは葉緑体光定位運動、光屈折、気孔開閉という異なる植物作用の調節を行っており、またこのフォトトロピンにはNPL1,NPL2の2種類があり、葉緑体光定位運動のうち逃避運動に関与するのはNPL1で、集合運動に関与するのはNPL1とNPH1である、という説明を受けた。私はこの説明を受けて、NPL1とNPH1は葉緑体集合運動の調節には共に働くのになぜ葉緑体逃避運動ではNPH1が働かないのだろうか、という疑問を持った。そこでまず、葉緑体光定位運動について調べてみたところ、この運動は葉緑体と結合したミオシンがアクチン繊維の上を滑ることで起き、アクチン繊維の構造が変化するために葉緑体は様々な場所に移動することができる、ということがわかり(http://ocw.nagoya-u.jp/files/33/15-note.pdf)、またこの時、ミオシンはATPを分解しつつアクチン繊維の上を移動するが、それらの反応はカルシウムイオンによって調節されるということもわかった(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%B3)。そしてさらに、フォトトロピンについて調べると、フォトトロピンは細胞膜上に存在し、このカルシウムイオン濃度の調節をすることで光定位運動を調節しており、NPH1は細胞外から細胞膜に存在するCa2+チャネルを介して細胞内のカルシウムイオン濃度を上げ、NPL1は細胞内に存在する小器官から遊離させることでカルシウムイオン濃度を上げているということもわかった(http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2003/030617/index.html)。ここまで調べた上で私は、葉緑体集合運動ではNPH1とNPL1が働くのに対して、葉緑体逃避運動ではNPH1が働かない理由は、NPL1に対してNPH1が上昇させられるカルシウムイオン濃度が低いため、NPH1はNPL1の補助または支援的な役割しかできないからではないか、と考えた。フォトトロピンは光受容体であるため、フォトトロピンによって下流のタンパク質に伝えられるシグナルの頻度や量は光に依存して決定されるはずである。それならば、葉緑体逃避運動は強光下で起こる運動であるため、逃避運動をする際はNPL1(が伝えるシグナルによって上昇するカルシウムイオン濃度)だけでも葉緑体は移動することができるが、葉緑体集合運動は弱光下で起こる運動であるため、集合運動をする際はNPL1(が伝えるシグナルによって上昇するカルシウムイオン濃度)だけでは足りず、NPH1が手助けをして細胞外からもカルシウムイオンを細胞内に運ばなければならないと考えられる。そして強光下(十分な光がある状態)では、NPL1しか働かないことから、カルシウム濃度を上昇させる能力に関してはNPH1がNPL1に劣っていると考えられる。この仮説は、NPL1を産生する遺伝子をノックアウトした欠損植物と、NPH1を産生する遺伝子をノックアウトした欠損植物を弱光下に晒す実験を行い、細胞内カルシウムイオン濃度を比較し、NPL1とNPH1のカルシウムイオン濃度を上昇させる能力を比較すれば証明できるのではないかと考えられる。

A:よく調べましたね。シグナル伝達のメカニズムは、どんな系のものでも一定の共通点を持っていて、他の系からの類推で議論ができます。その場合、最初に区別した方がよいと思うのは、シグナルがon/offで伝わるのか、それとも様々なレベルをとりうるのか、という点と、1つのシグナルから引き起こされる2つの現象がある時に、そのシグナル伝達系路が共通なのか、それとも別なのか、という点です。上の仮説だと、同じシグナル伝達系路に載っていて、シグナルは様々な量的レベルをとりうる、ということかな?そのあたりを明確にするとスッキリとした議論ができると思います。


Q:葉緑体が動いているのをみると、植物も生きているということをとてもよく感じられる。そこから考えていくと、動物と植物の定義への疑問にいきついた。動物と植物の定義の違いというのは細胞壁の有無や、葉緑体の有無、移動できるかなどが当てはまるのであろう。ただミドリムシのように光合成をおこなう動物もおり、植物と動物の境界は曖昧なのではないかと考える。さらに、この二種はいずれ分けられなくなるのではないかとも考える。植物の特徴である光合成を動物がもつことはすでに確認されているので、動物の特徴である移動を植物がもつことになれば、二種を分けるのはとても難しくなると思う。実現の可能性だが、植物には動きをもつものがすでに存在する。したがって、もし環境が今と変わるようなことがあれば、長い年月を経て進化して、そのような植物が現れるのではないかと考える。

A:いわゆる系統分類学の観点からすると、光合成をする生物は系統樹の枝のいろいろな所に離れて現れています。これは、昔アリストテレスが考えたように動物と植物が大きく二つに分かれるのではなく、共生によって光合成の能力が葉緑体ごと様々な生物に広がったと考えられます。さらには、一部の研究では、多くの生物は光合成の能力を過去に持っていて、それを失ったものが動物になったという考え方が成り立つ可能性も示唆されています。自分でエネルギーを稼ぐことをしなくなって堕落した生物が動物だ、ということですね。


Q:原核生物であるシアノバクテリアには存在する緑色光受容体は、なぜ、植物の進化の過程で陸上植物では退化してしまったのか。このことを調べてみるために、シアノバクテリアで発見された緑色光受容体の遺伝子を陸上生物に組み込んで成長過程を観察したり、緑色光だけを当てた陸上植物と野生で育てた陸上植物、さらに緑色光だけを除いた日光を当てた陸上植物の違いを観察するとこれに対する有効なデータが得られるのではないかと思います。また前回、前々回の授業では、光による障害が植物の成長に大きな悪影響をもたらすことを習ったので、光波長の電磁波が最も強い緑色光の扱いは難しく、そのため、積極的に緑色光を使わないように進化していったとも考えられます。

A:やはりシアノバクテリアの場合は、緑色の光を吸収するフィコビリンという光合成色素をもつのに対して、陸上植物は持っていない、というのが一番大きな原因でしょうね。


Q:光吸収の長期的調節として、色素の良と種類を変化させる方法があることを学んだ。しかし私は前々回の授業で学んだ短期的調節と合わせて考えると、長期的調節が合理的であるとは思えない。光の量というのは自然界では絶えず変化しているのですばやく対応していかなければ生き残ることはできない。だから短期的調節が発達(?)したのは理解できるが、すばやく対応しなければいけない状態で色素の量や種類を変化させる意義はあるのか。長い目で見れば長期的調節がなければ気候が大きく変わった時に生き残れないのは確かだが、季節の変化など一時的な場合はすべて短期的調節でもいいのではないだろうか。大きく気候が変わった後、また元と同じような気候に戻るときがきたら、色素の量や種類を戻すのはただ手間がかかるだけだと思う。植物は動物よりも先に登場し長い年月をかけて進化してきた、動物と違って移動できないので自分で生活環境を変えることは困難である、ということを考えたら、動物よりも種の保存に関してはさまざまな工夫があると思う。

A:「元に戻る手間」は確かに大きな要因だと思うのですが、最初の講義で少しふれたように、生物というのは、表面上は変化していない時にも常に代謝回転を行なっているのです。それを考えると、その代謝回転の際に少しずつ量を変えてしまえば、時間がかかることを別とすれば、特に手間はかからない、という考え方もできるかもしれません。


Q:シロイナズナの光屈性の動画を見た。光が当たっていない部分が成長し屈性がおきるとのことだが、映像内のような速度で伸長が行われているとするならば、植物はものすごい速度で成長することになり、ものすごく大きな植物になることになるのではないかという疑問をもったので考えてみた。映像はおそらく24時間での実験と思われるが、早送りでもかなりの速さで屈性がおきていた。あの現象が細胞の成長により引き起こされるとすれば、光を当て終わっても逆側から再び光を当てて等しく成長させなければ曲がった状態で成長し続けるだろう。しかし、動画では光屈性後に、逆側に少し傾いていたことを考えると成長ではなく、細胞の伸長運動によるものだろう。これを調べるには、茎の細胞を抽出して、その細胞に光を当てた状態と当てていない状態で見比べれば伸長が起きていることがわかるだろう。

A:ここでは、細胞の「成長」と「伸長」という言葉が使い分けられていますが、細胞分裂をするのか、それとも1個の細胞が大きくなるのか、という点で区別しているのでしょうね。面白い着眼点です。ただ、実際に実験をするとなると、光受容体がどこにあるのか、光受容体のある場所と細胞が分裂もしくは伸長する場所が同じなのか、違うのか、という点を考えに入れる必要がありますね。


Q:植物は環境に合わせて光合成の光吸収をさまざまな方法で調整させている。 暗闇での暗順応を成した植物に当てる光の波長によって葉緑体の移動の仕方は異なるし、光の強さによってフィコビリソームの構造やクロロフィルの存在比を変化させる。環境に応じて最適となる光吸収を行い、弱光下でも高い効率で光を吸収できるようになる。この構造を人工的に再現し、太陽光電池に利用することはできないだろうか。強光下と弱光下とで両立できるようにするには、光を吸収するアンテナを環境によって切り替える。アンテナの構造を環境によって変化させる。アンテナの位置を環境によって変える。などの方法が考えられる。アンテナそのものを切り替えるには弱光でも吸収できる敏感なタイプと強光下でも耐えられるものを用意しなければならず、あらゆる環境に適用させるにはそれだけ多くのアンテナを用意しなければならず現実的ではない。nm単位の構造を作ることは無理であり、あとは環境によって位置を変える構造を考える。ソーラーパネルも光に対し感度が高すぎれば強光下ではオーバーフローを起こすが、それを色のついた、光を遮断する液体につけておけばどうだろうか。弱光下では液面まで浮上させて液体による光の遮断を抑え、強光下ではその強度に合わせてパネルを液に沈めるのである。そうすれば環境応答をする光吸収が作れるのではないか。

A:このような考え方をできるのは素晴らしいと思います。でも、ここまできたら、浮上と沈下を光強度によってエネルギーを使わずに自動的に行なうシステムがほしくなりますね。


Q:授業で高等生物において緑色光レセプターが未発見であることが紹介されました。これについて、そもそも光合成に緑色光が使われない理由を考えてみようと思います。この疑問は高校生の時から抱いていたもので、web上で調べただけでもいろいろな仮説があげられており、結論を得ていない話題であることがわかりました。高校の教科書でも示されている通り、太陽光スペクトルのなかで相対的な強度が高いのは500-550nmの範囲つまり緑色であり、この事実だけをみると、光合成を効率よく行うためには相対的な強度が高い緑色を用いるのがより有利であると考えられます。しかしすくなくとも現在の植物は、この緑色を直接光合成に利用していない。考えられる理由の一つはその相対強度の高さではないでしょうか。強度が高すぎる故に、緑色光の利用による光合成の効率上昇よりも光阻害などの不利益の増加によって緑色光以外の波長が選択されたのだと考えられます。しかし、(緑色を利用するようになってからの)進化の過程でその不利益を克服できる形質を獲得することは可能だと考えられるので、なにかもっと別の選択因があったのだと考えられます。できるならば授業中で「なぜ緑色が使われないか」の解説をお願いします。

A:駆け足だったのでわかりづらかったかもしれませんが、光合成色素と光の吸収を扱った際の講義の中で、実際には、植物の葉は緑色の光も7割以上は利用しているという話をしました。これには、柵状組織と海綿状組織の形態が役立っているわけです。ですから、緑色の光が使われない、というのはあくまで相対的な話であって、実際のエネルギーの利用効率はそれほど低くないことが予想されます。