植物生理生化学特論 第12回講義

ステート遷移

第12回の講義では、吸収測定の原理を吸収・散乱・透過といった基本の部分から解説しました。


Q:今回の講義では、シアノバクテリアのステート遷移について学んだ。ステート遷移には、アンテナの移動を伴う遷移とアンテナの移動を伴わない遷移があることが説明されていたが、ここで疑問に思ったのは、アンテナの移動を伴わないステート遷移はどのようなメカニズムで起こるのだろうか、ということである。そこで、「ステート遷移は「光のアンテナの性質変化」によってバランスの崩れた光化学系IとIIの連携が改善された」という、クラミドモナスを用いた基礎生物学研究所の研究報告をもとに、シアノバクテリアにおいても、光環境を感知してアンテナタンパク質の構造が変化することでエネルギーの分配が行われるのではないか、と考えた。
参考:(基礎生物学研究所, プレスリリース光合成反応調節のしくみ“ステート遷移”の解明, 2014年3月 )

A:「なぜアンテナからのエネルギー移動が変化したのか」と聞かれて、「アンテナの性質が変化したからです」と答えても、だれにも納得してもらえないのでは、という気がしますが・・・


Q:高等植物が持つPsaG, PsaKの共通先祖と考えられるPsaKが、シアノバクテリアの種間で多様性を持っているという点は非常に興味を惹かれるものであった。またこの時、多細胞・単細胞あるいは運動性の有無により何か傾向が見られるのではないかと考え、2005年のFujimoriらの論文を参考としつつ、個人的に幾つかの種からPsaKをピックアップして相同性を解析した。今回の解析にはEMBL-EBIがオンライン上で公開しているサービスであるClustal Omegaを用いた(系統樹の描画は自動的にNj法によるものとなる)。また体制や運動性の有無を考慮し、解析対象は次のシアノバクテリアのPsaKとした。Anabaena sp. PCC 7120 Asr4775(PsaK)、Alr5289、Alr5290、Cyanothece sp. ATCC 51142 Cce0400(PsaK1)、Cce0999(PsaK2)、Geitlerinema sp. PCC 7407 PsaK、Microcystis aeruginosa NIES-843 MAE32010(PsaK1)、MAE36010(PsaK2)、Nostoc punctiforme ATCC29133 Npun_F4580(PsaK), Npun_R1704 Pseudanabaena sp. PCC 7367 PsaK、PsaK(on plasmid)、Synechocystis sp. PCC 6803 Ssr0390(PsaK1)、Sll0629(PsaK2)、Synechococcus elongatus sp. PCC 7942 PsaK1、PsaK2
解析の結果、K1タイプ、K2タイプ、その他、の3分類が現れることは再現された。しかし例えばSynechocystis sp. PCC 7942のPsak2とPseudanabaena sp. PCC 7367のPsaKまたGeitlerinema sp. PCC 7407のpsaKが同じ分類に分かれており、体制や運動性の有無が反映されることはなかった。このことをどのように解釈すれば良いのかは迷うところであるが、シアノバクテリアはその門が確立するかどうかという相当古い段階でPsaKを獲得したということがまず言える。これはRhodopseudomonas palustrisがPsaK1, Psak2それぞれに相同性の低いタンパク質を有していることがある程度裏付けてくれるのではないだろうか。次に、恐らく紅色細菌の段階でPsaK1, PsaK2と区別されて運用されており、どちらか一方のみ、あるいは新たなタイプを獲得したものがより進化型と考えられはしないだろうか。これらを裏付けるには、光化学系に関連する遺伝子や、Kai遺伝子の比較を同時に行えば良いのだろうか。

A:紹介したのは10年以上前の話ですから、ゲノム情報なども今では格段に増えているでしょうね。このあたりも、今もう一度きちんと調べれば、面白い発見があるかもしれません。


Q:今回の講義ではシアノバクテリアでは光化学系Ⅰ・Ⅱ間の量比調節の他にステート遷移という、一方の光化学系からもう一方の光化学系へとエネルギーを回すエネルギー分配経路が確保されているというお話を聞きました。光化学系ⅠのサブユニットであるPsaK2 タンパク質が強光条件下において発現が促され、その結果複合体に組み込まれることでステート遷移が起こるとのことでした。構造生物学的なステート遷移の制御があるのならば本来PsaK2 タンパク質が組み込まれる部位にぴったりはまるようなタンパク質の設計を行い、発現させることで弱光条件下においてもステート遷移が起こるのではないかと考えます。その他に考えたこととしては、PsaK2 タンパク質をコードする遺伝子を自身のプロモーターから別の光非依存的なプロモーターに切り替えることで弱光条件下においてもステート遷移が起こるのではないかと考えました。

A:弱光条件でステート遷移を起こしたことによって何が期待されるのでしょうね。研究というのは、何か目的があってやるものですから、やった結果を考えることが重要です。


Q:植物の受容する励起エネルギーの安定が崩れた際に、長期的な応答として光合成量比の調節が、短期的な応答としてステート遷移が起こり光環境に対応していると学んだ。シアノバクテリアのステート遷移では、強光時と弱光時で異なる経路を利用している。また、光化学系Ⅱに光が当たりすぎると、集光アンテナであるフィコビリソームが光化学系Ⅰに再結合し光を集める。では、光環境への素早い適応が可能であり吸収できる波長の範囲もクロロフィルよりも広いフィコビリソームをなぜ陸上植物は持たないのか。考えられることとしては、水中と陸上での光の波長域もしくは強さの違いが何らかの影響を与え、陸上に進出した際に陸上植物がフィコビリソームを持たなくなった理由ではないかということである。フィコビリソームはクロロフィルと比べて吸収できる波長域が広い。陸上植物のいる森林のような環境では、他の植物と光の受容を競い分け合って共存している。その環境では、フィコビリソームのような波長域が広く、サイズの変化やステート遷移での素早い対応ができるものを利用しているよりも、特定の波長域に絞って光の受容を行った方が効率がよいということだと思う。

A:なんだか、わかるようなわからないような。「何らかの影響」と言われても、どうも想像がつきませんし、「特定の波長域に絞って光の受容を行った方が効率がよい」と言われても、何の効率がなぜ良いのかよくわかりませんでした。もう少し論理展開をピシッとしたいところです。


Q:野生状態では光環境が変化する。それに関連して植物には陽性植物と陰性植物がある。陽性植物は1,飽和点が高いため、強い光の下ではその分だけ光合成速度も上昇する。2.光補償点も高いため、弱い光の下(光補償点よりも暗い所)では、生育できない(1)。陰性植物は3.光飽和点が低いため、成長が遅い。4.光補償点が低いため、弱い光の下でも光補償点を下回ることなく、生育できる(1)。という特徴がある。3の特徴があるため陰性植物は多く日の当たるところでは陽性植物に競争で負けてしまう。さら地に育つ植物は陽性植物が多くを占めるが背が高い植物が増えると陰性植物が増え、林や森林が形成される。森林が形成されるとそこにある植物が落ち着き、競争はあまり起こらないと考えられる。しかし、台風などによって木が折れ植物が育つ場所ができると競争が始まる。日が当たるようになるので陽性植物が育ち年月が経つと陰性植物が育つと考えられる。だいたいは陽性植物→陰性植物の順に育つと考えられる。
参考文献:(1)陽性植物と陰性植物、http://blog.livedoor.jp/crazybio/archives/42318055.html

A:まず最初に「陽性」「陰性」ではなく、「陽生」「陰生」です。参考文献のページでもちゃんとそうなっていますよ。これは何を言いたいレポートなのでしょうね。僕に陽生植物と陰生植物を説明してもらう必要はないのですが・・・


Q:今回の授業で生物の進化において、特定の環境で進化しておりその条件で最適化しているため、元の環境とは異なる栽培環境では最適化されない可能性があるということを学習しました。そのため、自然環境と栽培環境の違いに注目する必要があるということでした。一つ頭に思い浮かんだのは、温室環境で育てられた植物は本来の環境とは異なるものなので、光化学系等に異常があるのではないかと思いました。これに対応するためにも人工的に遺伝子発現を調節したりする必要があるのではないかと考えました。

A:「異常がある」「調節する必要がある」といっても、どのように異常なのか、どんな調節が必要なのかをきちんと説明しないと意味がありません。あいまいな言葉でなんとなくそれらしい単語を連ねても、科学的なレポートにはなりませんよ。


Q:今回の授業で、生物は特定の環境で進化してきていて、その条件で最適化していることを学んだ。私は今後食物としての植物は自然環境でではなく、植物工場のような人工的に定められた栽培環境で育成されることが増えると思っている。安定した供給や、虫が入らないように徹底的に管理すれば農薬すら使わずに育成することができるからだ。そこで今光合成などは最適化されているとされていて、私の研究室のように遺伝子組み換えしたり薬品をかけて気孔を増やし植物を大型化するとりくみがされている。しかし人工環境であれば単に環境条件をいろいろ変化させ最適なものを見つけるだけで今よりも育成がよくなることができると思った。遺伝子組み換え等日本では受け入れられにくいのでそういった面からコントロールすることが実現できるといいと思った。

A:これも、レポートというよりは、感想文に近いですね。フィーリングではなくロジックを書くことが科学的なレポートには必要です。


Q:今回の講義ではステート遷移について学んだ。ステート遷移とは簡単に言うと、通常は光化学系IIのアンテナとして働くフィコビリゾームからのエネルギーが、光化学系Iにも渡るようになることでエネルギー分配を変化させる調節系であり、光化学系IのサブユニットであるPsaK2が、強光下で発現することで起こる現象である(この原理はあくまで『PsaK2依存のステート遷移の』原理であり、RpaCや未知の因子に依存しているステート遷移も存在する)。前回の講義で学んだ光化学系量比調節とは、「過剰な光合成によって起こる生育阻害(光阻害)を抑制する」という点では一致しているが、2つのメカニズムの差異を例えるならば、道路の数を減らすことで交通渋滞を緩和しようとするのが量比調節であり、ステート遷移は道路の形を変えて車をスムーズに通すことで、交通渋滞を緩和しようとするようなものと言えるだろう。そのようにして考えると、なぜ光化学系の量比調節で光阻害に対応できるにもかかわらず、ステート遷移というものが存在するのかという疑問の答えも自然と推測できる。ステート遷移はあくまで2つの光化学系間のエネルギーの流れを調節する機構であり、光化学系そのものの数を増やしたり減らしたりするわけではないため、植物が一時的な天候の変化などの度に光化学系を増減させるような無駄なエネルギーを使わずに、効率的な対応をするために必要なのだと考えられる。
参照:「光合成と私たちの研究」『光合成の森』

A:きちんと考えていると思います。ただ、ここまで考えたら、もう一歩進めて考えることもできると思います。ステート遷移で環境変動に対処できるならば、光化学系の量比調節をする意味はどこにあるのでしょうか。


Q:授業において、生物は特定の環境で進化し、その条件で最適化しているが、それは野生においてであり、栽培など人間の手が加わることにより環境が変わり、適者が異なることがあると学んだ。また光合成の代謝経路は30億年の歴史により最適化されているため、作物においても光合成を向上させることで収量を上げることはできていない。しかし、イネの例では背丈を低くすることで収量を増やした。光合成においても人間が環境に手を加えることにより適者が変化し、それにより光合成の最適化がはかられてもおかしくはないように思える。しかし、その最適化は難しかった。そこでこの原因を考えることにした。原因として考えられるのは以下の二点である。一つ目は環境を整えても先に他の要素で最適化をしてしまう。二つ目は、代謝経路が非常に成熟していてこれ以上は不可能なほどに最適化している。こういったことにより光合成を最適化させるのは難しいのではないだろうか。

A:一つ目のポイントが今一つつかめませんでした。光合成以外の部分で再最適化が起こり、それによって光合成を最適化する必要性がなくなる、ということでしょうか。確かに、そのような可能性はあるのかもしれませんが、実際にイメージしようとすると思い浮かびません。具体例を挙げることができると説得力が増すと思います。


Q:今回の授業では、2つの光化学系の間での光エネルギー分配の仕組みであるステート遷移について学んだ。ステート遷移には今わかっているだけで3種類のメカニズムがあり、それぞれ発現する遺伝子が異なる。その中で、強光培養条件ではたらくものがPsaK2、弱光培養条件ではたらくものがRpaCとまだ解明されていない未知因子であるが、今回私が着目したいのは、なぜ強光条件下ではたらく因子が1つしかないのかということである。この研究はシアノバクテリア培養によりステート遷移因子の特定がされている。シアノバクテリアは藻類なので、水中で生育している。したがって、強光条件下に陥ることよりも、水上を何かが覆っていたり、水の流れが変わったことによりうまく光を吸収できなかったりして弱光条件になることが多いように考えられる。弱光ではたらく因子はフィコビリン励起時とクロロフィル励起時の2種であり、より様々な環境や条件に応答できる仕組みができているといえる。藻類の進化の過程で、弱光条件に対する応答機構を増やしたことで、より環境に適応することができるようになったのではないだろうか。

A:これは、シアノバクテリアの生育環境は弱光であることが多いので、そのために弱光で働くメカニズムを充実させている、というロジックですね。よく考えていると思います。


Q:光環境変化に対する短期的応答であるステート遷移は、強光下ではpsaK2の発現により、弱光下ではrpaCの発現あるいは別の何らかの因子により誘導される(後者は講義内で「第三のステート遷移」と呼ばれていたもの)、という話があった。しかし、遺伝子発現を伴わなければ起きない以上、ステート遷移もそれほど短期的・即効の応答とは言えないように感じ(アンテナのみでなく光化学系全体の量が変化するのと比べれば短期的・即効かもしれないが)、遺伝子発現を伴わずさらに即効性のある光順化システムはないのかと思い、光順化システムの種類について調べてみた。遺伝子発現変化、系ⅡからⅠへアンテナタンパク質が移動するステート遷移、余剰光エネルギーを熱として直ちに捨てるpEクエチングが挙げられることがわかり(参考1)、またpEクエチングの機構としては、ステート遷移で系Ⅰに結合していたアンテナ、および新たに合成されたLHCSRタンパク質が系Ⅱと結合してqEクエチングの反応中心をつくるというものでやはり遺伝子発現なしには済まないようだった(参考2)。ここから考えるに、「光化学系ⅡとⅠの反応のアンバランスが長期に渡るなら遺伝子発現調節が始まり、短期ならばステート遷移」という分類は捉えやすくはあるが、実際には、様々な光順化システムはアンバランス時間の長さによって使い分けられているというよりは一連の流れとして繋がっており、植物は光環境に対し常に最適でいるために系ⅡとⅠのエネルギー分配や量などのバランスを、どれも絶えず変動させている、と考えられるのではないだろうか。
参考1:http://www.nibb.ac.jp/photo/research/research-top.html
参考2:http://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/305

A:時間的な部分によくぞ気が付きました。実は、ここが環境応答を考える上で非常に重要なポイントです。強光でのステート遷移にはPsaK2が必要で、強光にしてからPsaK2をコードする遺伝子が発現するまでにはある程度の必要です。しかし、PsaK2が発現した細胞で、ステート遷移が強光によって引き起こされるには15分もあれば十分です。これをどのように解釈するかですが、一つの考え方は折り畳み傘ではないかと思います。ずっと晴れていて、雨の降る心配のないときは、わざわざ傘を持ち歩くのは面倒です。これがPsaK2が発現していない状態です。しかし、たまに雨がぱらついたりしているときには、その瞬間には雨が降ってなくても折り畳み傘は持っていたほうが良いでしょう。これがPsaK2を発現させた状態です。そうすれば、実際に雨が降り出した時にすぐに傘をさせます。これがステート遷移が起きた状態です。一方で、ずっと雨が降り続けているならば、長い傘をさしていたほうが良いでしょう。これが光化学系量比を調節した状態です。このように考えると納得できないでしょうか。