植物生理生化学特論 第8回講義

光化学系量比調節因子の網羅的解析

第8回の講義では、クロロフィル蛍光挙動を網羅的に解析することにより、光化学系量比の調節にかかわる因子を同定する研究について解説しました。


Q:今回の授業にて、野生株同士においても、クロロフィル蛍光挙動の形に比較的大きな違いがあったのを見てふと思ったのが、野生株とは何か、ということである。野生株の定義を自分なりに考えた結果、「その株が生息する自然環境の中で増殖速度が最も大きいもの示し、かつ遺伝子組換えなどの人工的な改造が行なわれていない株」のことであると考えられる。しかし多くの生物学実験において用いられている野生株には、問題があると考えられる。それは野生株の遺伝子は長年の自然選択の中で最適化が行なわれていると考えられるため、基本的に変異株は野生株の増殖速度より遅くなるが、特に単離を行い、実験室のような特殊な環境で培養した場合、そうした人工環境に適応した変異体が生まれてくる可能性があるためである。特に凍結保存が行なえない継代培養株は以上のことが起きてしまっている可能性は否定出来ない。より生物学実験における野生株の定義としては、「野生株としてゲノムを登録されている株」の方が近いと考えられる。しかしこれでは野生株より、対照株、またはコントロール株の方が名称として適していると考えられた。

A:それはその通りだと思うのですが、「人工環境に適応した変異体が生まれてくる可能性がある」のであれば、研究室ごとにその株は異なるはずですし、同じ研究室でも、時間の経過とともに変化するはずです。それを考えると、単に「名称」の問題では済みそうにありませんね。この点については、講義の最後の方で触れる予定です。


Q:前回に引き続き、Synechocystis sp. PCC 6803の光化学系量比調節に異常を来した株を、蛍光スペクトルから判別しようという試みについて学習したが、定量性における困難さは想像の域を超えていた。最後に登場した天球微分であれば変異株と野生株が正しく分類されていたが、これは蛍光タンパク質との、あるいはタグとの融合の妥当性を伺い知ることにも応用ないだろうか。融合タンパク質を設計する際に最も考慮すべき点は、融合により既存のタンパク質の機能が影響を受けるか否か、という点である。現状、それの確認は専ら複数条件下で培養して生育速度が変化しているかをグレースケールで見積もっているが、撮影はCMOSイメージセンサーに頼りがちであることから、どうしてもクロロフィルとフィコビリソームの区別は困難となる。そこで蛍光情報を用いて、野生株と融合タンパク質発現株における両色素量を定量することで、より「融合による影響はない」ことが確からしいと言えるようになるのではないだろうか。

A:確かに生育速度だけだと、かなりおおざっぱな検証になりそうですね。色素についても判断しようとする場合、蛍光の方が感度は高いのですが、正確性からすると、むしろ吸収(色)を単純に測定する方がよい場合もあります。


Q:今回は変異が入ったシアノバクテリアのクロロフィル蛍光挙動をクラスタリング解析し、遺伝子の機能が近い順にグループ化したというお話を聴きました。クラスタリング解析方法によって類似距離はかなり変動し、天球微分版「類似解析」を行った際、野生株同士のばらつきが少なく(n=15)光化学系量比異常の株同士の類似距離が最も近くなっていました。個人的に気になったのは野生株のみサンプル数が15で、残りの変異株はそれぞれ1サンプルであった点です。(読み違えていたらすみません)天球微分版「類似解析」をもってしても野生株間で多少のばらつきはありました。少なくとも他の変異株も15サンプルくらい蛍光挙動を解析したうえでクラスタリング解析を行うべきだと思います。蛍光挙動によってクラスタリング解析されて得られたデータはあくまで機能未知の遺伝子におおよその検討をつけるのが本来の目的なのでそこまでする必要がないのかも知れませんが。

A:その通りですね。ただ、後ろの方で、類似距離の頻度分布のデータを見せたと思いますが、そこで明らかなのは、野生型に近い表現型を示すものが約半分を占めていて圧倒的に多い、という点です。つまり、どの程度定量的な解析ができるかは、野生型の広がりにかかっているので、そこでまず野生型について数を増やしてみたわけです。


Q:今回の授業では主にクロロフィル蛍光の挙動変異株を使って、定量化したものの情報処理などから遺伝子の機能を明らかにすることを学んだ。ところで私は授業の始めに説明された、陸上植物とシアノバクテリアで光化学系Ⅱにおける光エネルギー伝達を担う物質が異なることを知り、シアノバクテリアで利用されるフィコビリソームについて興味を持った。フィコビリソームは、水溶性のタンパク質複合体であるためチラコイド膜に結合しており、クロロフィルが受容できない波長の光も受容できる。このことから、水中での光エネルギーの受容に適しており、藻類の多くで用いられているのではないかと考えられている。そこで、フィコビリソームは500650nmという様々な波長の光エネルギーを利用することができるので、光化学系Ⅱのみではなく、光化学系Ⅰでも使った方が水中の植物にとっては有益なのではないかと疑問に感じた。水中の植物ならば光の波長が陸上とは異なり、生息地によってはクロロフィルの感知できる波長だけでは不十分な場合も考えられる。光化学系Ⅰでも、系Ⅱと同じくフィコビリソームのような利用できる波長の幅が広いタンパク質を使った方が、光合成の効率は上がるのではないか。ここで、藻類が系Ⅰに主にフィコビリソームを利用していない理由について考察してみたところ、フィコビリソームのエネルギー伝達がクロロフィルほど安定していないか、もしくはフィコビリソームを利用するにはクロロフィルでエネルギーを受容する以上に労力が必要である可能性があるのではないかと思い当たった。チラコイド膜に結合しているフィコビリソームは、タンパク質複合体を形成するため、クロロフィルを利用するときよりも合成するタンパク質がおそらく多くなると考えられる。そこで、より光エネルギーを消費する光化学系Ⅱではフィコビリソームを、光化学系Ⅰではクロロフィルを利用するといった分担により、タンパク質合成によるエネルギー消費を抑えているのではないかと思われる。

A:これは非常に良い点に着目しています。確かに不思議です。ただし、実際には、フィコビリソームから系Ⅰへエネルギーを伝達させる仕組みもあり、どの程度エネルギーを分配するかは、光条件によって調節されているのです。この辺りは、講義の最後の方で触れる予定です。


Q:今回の授業では遺伝子レベルで、植物を解析することについて学習した。その中で光化学系量比に欠損がある変異体について考えた。この変異体の遺伝子を解析して原因遺伝子を特定できれば、その遺伝子を特異的にノックアウトすることができ、人間が理想とする植物を作ることができるのではと考えました。

A:遺伝子のノックアウトと理想とする植物の作成の間に論理性が感じられませんね。レポートとしては、何を理想とし、そのためには何の遺伝子をノックアウトするのか、という具体性が必要でしょう。


Q:今回の講義は前回体調不良で欠席したことも災いして、内容の理解に難儀した。ここでは講義の終盤に言及されたシアノバクテリアの光合成について、「光合成の科学」を参考にしながら考えてみる。光合成は光によって駆動される電子伝達系から始まり、その伝達系の進化形が現在の光化学系Ⅰ、光化学系Ⅱとされている。そして、2つの異なる光化学系を直列につないで酸素発生型光合成を行うシアノバクテリアが、おそらく最初の好気独立栄養生物だった。しかし、系統樹によるとシアノバクテリアと明確に近縁な光合成細菌はいないので、どのような進化的過程で生じたのかは今でも不明である、という話に興味がわいた。緑色イオウ細菌などは光化学系Ⅰに似た伝達系を持っており、緑色非イオウ細菌などは光化学系Ⅱに似た伝達系を持っていた。このことから考えると、シアノバクテリアの光化学系の発達の説明には、細胞内共生説が妥当である可能性が考えられる。ミトコンドリアや葉緑素を取り込んだ細胞が真核生物細胞の起源となったように、かつて光化学系Ⅰ(あるいは光化学系Ⅱ)しか持たなかったシアノバクテリアの先祖が、もう片方の異なる光化学系を持つ細菌を取り込むことによって、2つの光化学系を直列につないだ酸素発生システムを構築することに成功した可能性は十分にあると言える。
参考:東京大学光合成教育研究会「光合成の科学」,2007,東京大学出版会

A:確かに、前回と今回で一続きの話でしたから、今回だけだとちょっと難しかったでしょうね。


Q:「蛍光挙動が似ている変異株は原因遺伝子の機能が似ているとすれば、機能が似た遺伝子の変異株をカテゴライズできる」という話があったが、原因遺伝子の機能は大きく異なるのに蛍光挙動だけは似るという場合も有り得、その場合、本来の機能からは遠い機能カテゴリーに入れられてしまう遺伝子がでてくることになるのではないかと思った。今回はこれを防ぐ方法について考える。表現型と遺伝子は1:1ではないため、蛍光挙動以外のパラメータを用いれば解決するという話ではないだろう。よって必要なのは、変異株をカテゴリー分けした後で、そのカテゴリーに属する株の原因遺伝子は本当に全て近しい機能を持つのか確認することであると考える。具体的には、同じカテゴリーの遺伝子でシングルミュータント、ダブルミュータント、トリプルミュータント、と多重変異体を作製していき表現型を調べ、KOされた遺伝子が増えると表現型への影響が大きくなるかをみる、というやり方がひとつあると考えられる。例えばもしもシングルミュータントにさらにある遺伝子をKOしてダブルミュータントとしても差がない、あるいはあまり差がでないということであれば、その遺伝子について機能が異なる、あるいはメインの機能ではないと言うことができると考えられる。

A:確かにその通りですが、これをゲノムワイドにやるのは不可能ですよね。今回のように光化学系量比調節に限って検証することは可能だと思いますが。