植物生理生化学特論 第3回講義

続・吸収測定の方法

第3回の講義では、引き続き吸収測定の原理を、低温スペクトル、微小変化スペクトル、4次微分スペクトルなども含めて解説しました。


Q:吸収スペクトルの温度依存性に関して疑問を感じた。低温でのクロロフィルの吸収スペクトルは鋭敏だが,室温程度ではなだらかなスペクトルになっていることを知った。このことから,生体内での光合成における光の吸収段階で,吸光物質が熱ゆらぎを利用して特異的な吸収スペクトルをなだらかにし,幅広い波長帯のエネルギーを利用する戦略をとっているのではないかと考えた。この仮説を検証するために,クロロフィルの構造の温度依存的な変化とそのゆらぎを観察することを考えた。構造の決定にはX線を用いるのが,目的の解像度を得るには妥当だろう。クロロフィルの吸収スペクトルの温度依存的な変化と構造の温度依存的な変化を対応させ,また熱によってどれだけ構造がゆらぎ易くなるのかを観察できれば,構造の熱ゆらぎによるブロードな吸光戦略の存在を示唆できるかもしれない。

A:温度による吸収のバンド幅の変化が「熱揺らぎ」によっているのではないか、という指摘は重要ですね。本来は、講義の中できちんと説明すべきでした。レポートでは、光合成生物の戦略として解釈していますが、実際には熱揺らぎはほとんどの物質で見られるので、クロロフィルに限らず、多くの色素で温度依存性が見られます。


Q:今回の講義では前回に引き続き分光学測定の原理について学んだが、その中でも微分スペクトルに関連して考えたことを論じる。講義では、クロロフィルタンパク質複合体の吸収スペクトルのように、複数の吸収のピークが合わさって一つのピークのように見えているものを微分スペクトルの形にし、より詳細に吸収ピークを分析できることを学んだが、これを利用して、植物の葉の表面に生息する細菌に関する分析ができないかと考えた。例えば、イネやコムギなどの種類の植物において葉の表面で優占化し、植物の生育促進にはたらくことが明らかとなっているMethylobacterium属細菌〔1〕は、紫外360 nmに吸収ピークをもち、紫外線吸収剤の素材としても注目されている〔2〕が、紫外領域(例えば、UV-BとUV-Aの波長の領域である280-380 nm)の吸収スペクトルをイネの葉の表面について測定し、微分スペクトル解析を行うことでクロロフィルなどの紫外線の吸収とMethylobacterium属細菌の吸収のピークを分けて解析して、Methylobacterium属細菌を定量することができないか。こういった解析によって、植物の生育条件とMethylobacterium属細菌の生育との関連性をより詳細に研究することが可能になると考えられる。
〔1〕岡山大学, 資源植物科学研究所微生物相互作用グループ, 2010, http://www.rib.okayama-u.ac.jp/pmi/publicationtext3.html(最終閲覧:2016/04/30)
〔2〕〈特許技術〉国立研究開発法人農業環境技術研究所, 2013, http://astamuse.com/ja/published/JP/No/2013127027(最終閲覧:2016/04/30)
その他参考:〈博士論文〉金 仙女, 2013, 東京大学, 『分光分析を利用した野菜付着生菌数の非破壊評価に関する研究』http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/55458/1/H24_3927_Jin.pdf

A:面白い提案だと思います。低温吸収スペクトルが威力を発揮するのは、極大波長が近い複数の成分が混ざっている時なので、実際にうまくいくかどうかは、それぞれの吸収極大がどのあたりにあるかによるでしょうね。


Q:授業にて葉は緑色を含む可視光のほとんどを吸収する一方で、近赤外光を透過しており、そしてそれを反映してなのか、種子のフィトクロムは赤色吸収型と近赤外光吸収型を取り、この2つの光の吸収の比率によって発芽を決定しているということであった。しかしこのことは、たとえ絶対的な光強度が弱くとも葉を透過しなければ発芽が抑制されないという弱点をもってしまうことが考えられた。これは、空気が綺麗でよほど光の散乱が強くない時では自然環境でも日中の直射光が葉で遮られる一方で、朝日や夕日が当たってしまう場合が考えられる。これを回避する方法として恐らく、例えば8時間以上連続で発芽条件になるときに発芽するなど、連続光照射時間も発芽スイッチになっていると考えられる。この場合同じ生物種でも、自然選択によりこの必要な連続光照射時間は周辺の環境によって変化、適応している可能性がある。
 少し話が変わるが、この近赤外光による発芽の抑制は農業に使えるのではないかと考えた。つまり作物の近赤色光吸収型フィトクロムの欠損、もしくは近赤色光吸収型にならないような変異を持たせれば、畑にて近赤外光を照射すればすぐ発芽する上に、生えてくる雑草を減らすことが可能になるだろう。しかしこれはこのフィトクロムが発芽だけでなく成長にも必要となる可能性、さらに近赤外光が光化学系Iに選択的に働きかけるので光化学系I,II間のバランスを崩すため難しいかもしれない。光化学系Iと言えば、フィトクロムの吸収する近赤色光のピークは730 nmである。これは液体窒素温度下で光化学系Iが示す蛍光ピークとほぼ重なる。よって室温で光化学系Iから蛍光が出ていれば、きっとフィトクロムの吸収ピーク波長も変化しただろう。

A:前半の、朝晩の光の話の部分がよくわかりませんでした。後半の農業への応用に関して言えば、実は、近赤外光による発芽抑制の表現型は、多くの園芸作物で失われています。これは、発芽に特定の条件がない方が、農作業が楽になるからです。その意味では、既に実現しているのですが、これは意図したものというよりは、自然とそのようなものが選択されてきたと考えられます。


Q:私は専ら分光器をシアノバクテリアの菌体量を推定する為に用いているが,常に問題を抱えていた。今回の講義を受けてそれが解決する可能性があるのではないかと期待している。普段用いている種は元々湖底に潜伏していた種であるらしく,液体培地では培養が不可能である他,粘度の高い液体で懸濁液を仮作製しても,直ちに沈殿してしまう特性を持つ。それこそ測定の間僅か数分程度でも,目視できる程に沈殿する様子が分かる程である。私はこの問題を「試料を限界まで希釈した上,測定ごとに試料セルを攪拌する」という非常に強引な操作で対処してきたが,次のような対処法があるのではないかと期待する。①試料を積分球に入れ(複数方向に光源を設置す)る。②濃厚な懸濁液とし,更に光路長が短くなるような計測セルを用いる。
 既存の設備で実施が容易である方法は②であろう。沈殿が生じないほど菌体をかき集めた懸濁液は最早懸濁したと述べて良いのかさえ疑問ではあるが,吸収スペクトルを求めるのではないのだから可能性は残されているだろう。一方①は三次元的な偏りを解決する為に,全体の散乱を加算してしまえばよいのではないかと考えた結果である。但し試料へ単方向から照射するだけでよいのかなど,勘案しきれていない課題は山積である。

A:話を聞いて思ったのは、小型の分光器を縦に設置してはどうかということです。上下方向に測定光が通るような向きにして、セルにぎりぎりまで試料を入れてパラフィルムでとじたものを横におけば、沈殿する方向と光路が同じになりますから、沈殿しても、光路に存在する細胞の数は変化しなくなります。細胞がお互いにくっつくと散乱が変化するようだと困りますが。


Q:私の研究室では分光器を用いて培養液中のシアノバクテリアの菌体量を測定する際、懸濁液を10 倍希釈してから測定することがプロトコルとなっております。濃度の高いサンプルの吸光測定では光の透過率が下がってしまうことによる危険性があることを今週の講義で学びました。しかしサンプルの希釈方法によっては測定結果にばらつきが出てしまう可能性があり、総合的に考えると菌体量がそこまで高くない懸濁液の場合は必ずしも10 倍希釈する必要があるわけではないと判断しました。またサンプルに余裕があるのならば無希釈のものから10 倍、100 倍希釈のサンプルで吸光測定を行っていくつもりです。

A:そうですね。どの程度の希釈ならよいのかは、分光器の種類によっても違いますが、通常の分光器だと吸収(O.D.)が0.2から1.0程度の間が一番問題を生じません。研究室によっては、そのような幅を設定しておいて、そこから外れた時に希釈するようにしている場合もあります。


Q:前回に引き続き、分光器の仕組みや種類について学んでいる中で、オパールグラス法と低温測定に関して考察したい。オパールグラス法は、試料セルにすりガラス(オパールグラス)を付着させることで、セルを通過したすべての光をわざと屈折させ、直進光Isと散乱光Idの光電子増倍管に入る確率を同程度にし、測定に必要な散乱光の割合を上げるものである。この方法の問題点は、光電子増倍管に入る光量が少なく、測定には高感度の光電子増倍管を使用する必要があるということだ。だが、光電子増倍管に入る光量が少ないのであれば、光を受け取る光電面は通常より高感度である必要があるが、電子を増倍する部分の距離を通常よりも長くして、最終的に検出する電子量を増やせば問題は解決するのではないか。しかし、この方法では、より多く電子を増倍するために光電子増倍管の距離が長くなる分、分光器が大きくなってしまう上に、混入する可能性のあるノイズも同時に増倍され増えてしまう恐れがあるので、実用的とは言えない。また、低温測定について、試料を液体窒素などで低温にして測定すると吸収スペクトルが室温より明瞭になり、いくつかの吸収ピークが重なっているときには分析がしやすくなる。そこで、もしオレンジジュースのような糖分を含む試料を測定する際に低温処理を行うとどうなるだろうかと疑問がわいた。通常、糖分を含む飲料は、凍らせると水分は水分で固まり、糖分は糖分で固まるため、味や色合いに偏りができるが、液体窒素のように一気に凍らせることができる場合、その影響は低くなる。だが、影響が0になるわけではなく、吸収スペクトルを測定する場合には、問題が出てくるのではないか。そこで、対策として私が考えたのは、吸収ピークを鮮明にできるように低温にしつつ、少しだけ測定前にセルを手で触わるなどして溶かして水分と糖分を適度に混ぜるというものだ。このようにすれば、本来の吸収スペクトルに近いスペクトルを得ることが可能ではないか。

A:試料を凍らせた場合に問題になるのは異方性です。溶液の場合は、光の通る方向によって吸収が変わることはありませんが、結晶の場合は、結晶の軸と同じ方向なのか、違う方向なのかによって結果が違ってしまいます。その対策としてよくつかわれるのは、グリセロールなどの添加です。60%のグリセロール溶液になると、凍らせてもガラス状になって結晶になりません。そうすると等方的になるわけです。糖の存在は、結晶の成長を妨げますから、通常は糖の濃い溶液でも同様の効果が期待できます。


Q:今回の授業で、温度により蛍光強度が変化するということを知りました。これは温度が上昇するほど分子間衝突が起こるようになるためである。温度以外の要因でも、蛍光強度を増減させるものはないかと考えました。一つに圧力が考え付きました。高圧力下ののほうが分子の動きは少なくなるので、蛍光強度も大きくなるのではないかと考えました。しかし、常識で考えればたいていの実験は大気圧下で行われているので温度環境のように測定結果に影響は与えないものであると考えました。しかし、その日の天候等の細かい条件によって誤差が生じる可能性も考えられるので、測定器内を真空状態にして測定をすれば間違いなく真の値を測定したといえるのではないかと考えました。

A:今回の講義で扱ったのは温度の吸収スペクトルへの影響で、蛍光の話はしなかったはずですが・・・


Q:今回の講義で学んだことの一つである、室温と低温の吸収スペクトルについて考察する。スライドでは低温(−196℃)の吸収スペクトルを測定した際に、室温では一つの頂点しか持たなかったグラフの部分が二つの頂点を持つようになったデータを示された。これは要するにクロロフィルを結合した2種類の複合体である光化学系Iと光化学系IIの内、光化学系Ⅰの方は室温だと弱い蛍光しか発さないため、低温下で初めてその吸収スペクトルが顕著になったことが要因である。しかしそうすると光化学系Ⅰがなぜ室温だと弱い蛍光しか発さないのかという疑問が残る。最初は「低温下」というワードから超電導及びトンネル効果との関連を考えたが、流石に発想の飛躍が過ぎるので、もう少しシンプルに考えてみることにした。そもそも光というのは要するに電子のエネルギー遷移の際に放出されるエネルギーのことであり、光のふるまいとはすなわち電子のふるまいである。しかし、室温のような高温下の環境では、そこに原子の熱振動のようなノイズが加わってしまい、電子が発するはずの蛍光、つまり本来のスペクトルが失われてしまうのではないだろうか。特に光合成では電子の受け渡しが光化学系ⅡからⅠへと行われるため、後に回される光化学系1の電子がノイズの影響を受けやすくなる、つまり蛍光が弱くなると考えることもできるかもしれない。
参照:「光合成の森」< http://www.photosynthesis.jp/>

A:これも、吸収と蛍光がごっちゃになっているようですね。蛍光は、少なくともきちんと測定した場合には吸収スペクトルに影響を与えません。蛍光の話は、次回以降にする予定です。


Q:自分の実験において、チラコイド単離しそのクロロフィル濃度をアセトン抽出から求める実験をしている。この実験において、気になる点がある。三本のチューブにそれぞれ同じ条件でアセトン抽出をおこない、吸光スペクトルを測定すると、なぜか常に一本目のチューブの吸光度のみ明らかに散乱の影響が大きいスペクトルが得られる。この原因は何なのか考える。一本目のチューブと二本目以降で測定の条件が異なるのはチューブの洗浄時に残ってしまうごく少量の水である。しかし水があることにより散乱が抑えらるというよりは散乱が水とアセトン抽出液との間で流動が起こり散乱が起こりやすくすらあると考えられる。したがって、考えられるのは遠心機からの取り出し時に沈殿が舞い上がりそれが一回目の測定では影響しているが二回目以降は時間経過により沈殿が下に自然に落ち遠心機から取り出した時に舞い上がった沈殿の影響が小さくなっているのではないかと考えられる。これを確かめるためにはブランク測定後に水洗いをする実験と、遠心機から取り出した後に一定時間経過後に一回目の実験を行う必要がある。

A:沈殿の舞い上がりが散乱の原因だとすれば、遠心の回転数を上げるか時間を長くして、沈殿を固くするとよいかもしれませんね。