植物生理生化学特論 第9回講義

続・光環境応答

第9回の講義では、光環境応答に対する短期的な応答として、キサントフィルサイクルやサイクリック電子伝達などの仕組みを解説しました。


Q:今回の授業では植物に光が過剰に吸収された場合にキサントフィルサイクルによる熱拡散、β-カロテンによる三重項クロロフィルの消去、活性酸素の除去によって光エネルギーを散逸させ励起エネルギーの消去をしていることを学んだ。ここでキサントフィル類が相互変換し熱拡散を行っていること学んだが、ビオラキサンチンやゼアキサンチンがどのような分子構造をとってエネルギーを放出しているかを考察したい。ビオラキサンチンは光エネルギーを受け取って共役二重結合鎖が直鎖状でなくなるが、直鎖状が安定であるために安定化エネルギーを放出する。その際近接しているクロロフィルに対してFRETでエネルギーを移動させるのと考えられる。またゼアキサンチンについてはクロロフィルからFRETによってゼアキサンチンの共役二重結合鎖が励起状態になりクロロフィルのピロール環に沿って共役二重結合鎖が並ぶ。しかしゼアキサンチンは直鎖状の形が安定であると考えられるので,直鎖状になった時の安定化エネルギーを放出し熱エネルギーとなるのではないだろうか。

A:光受容体の一部は、エネルギーを吸収して立体構造が変化し、結果として結合するタンパク質のコンフォメーション変化を引き起こしてシグナルが伝達されます。ただ、光合成色素のように複数の色素間で非常に速い励起エネルギーのやり取りが行なわれる場合は、一つ一つの過程で立体構造の変化を伴うのは難しいでしょうね。


Q:前回、今回と光応答について学んできた。植物における葉緑体移動とキサントフィルサイクル、あるいはシアノバクテリアにも見られるステート遷移などを学んだが、一方でシアノバクテリアのマクロな強光応答についてはあまり紹介されなかった印象を持った。シアノバクテリアの光応答行動としては主に走光性と補色順化があるが、特に光強度に対する応答としてシアノバクテリアの形状と絡めて考えてみる。単細胞性のSynechocystisにおいては球状であるため、その形と光受容効率は大きく変わらないと思われる。一方でシアノバクテリアには多細胞性のものも多く、また多細胞性シアノバクテリアの中にはGlidingにより表面滑走運動を行う種もいる。このようなシアノバクテリアは自己の形状をある程度制御できると推測できる。例えば糸状性で運動能を持つAnabaena variabilisは光と平行な方向に運動を行うが、光を当てる方向を変化させることで、光と平行にトリコームが整列する形状の他に、U字のように屈曲した形状のまま光の方向へ運動する事例が報告されている(W.Nultsch et al., 1979)。自身の考えるイメージとしては、糸状性シアノバクテリアが効率的に光を受容する時、光に対して垂直に並べばより多くの光を得る事ができ、逆に光に水平に並べば受容する光の量を減らす事ができると思う。実際光に対して水平に動く場合も、検証が不十分ながら自身の研究室で観察されている。この研究は現在あまり進められていないが、光受容効率の観点から光強度と形状について、再度調査してみたいと感じた。

A:光環境に応答した糸状性シアノバクテリアの形状変化は確かに面白い研究材料ですね。そのような場合、実験室での実験もさることながら、実際の生育場所における行動というものも大事になってくるように思います。


Q:in vitro プラストキノン還元測定の結果を示したグラフについて考察します。NADPHを加えてもFdを加えなければプラストキノンが還元されなかった事実については今は無視します。pgr5およびpgr5+Ant.A のグラフが重なっていることから、pgr5破壊株はAnt.A と同様に、Fd からPQ への電子伝達を阻害するということが読み取れます。このとき、どちらもPQ の還元はNDH を介する経路に頼っていることになります。ここでWT+Ant.A について見てみると、Ant.A によってFd からPQ への電子伝達がストップし、PQ への電子伝達をNDH 経路のみで行っているわけですから、上に取りあげた2グラフと重なるはずです。しかし実際には一致していないことから、pgr5変異株はFd からPQ への電子伝達だけでなく、他にも電子に関して阻害を起こしていると考えられます。

A:細かい点についてきちんと考えていると思います。このような場合、どの程度重なったらば「重なった」と言えるのか、という評価が重要でしょう。重なりがノイズレベルに隠れているような場合、確かに重なったと言えるでしょうけれども、少し隙間がある場合はどうなのか、といった考察が必要です。実験誤差を有意な差と区別することはもちろん必要ですが、野生型と変異体を比べる場合には、何を一定にして測定しているのか、という点も重要です。例えば、クロロフィル量を一定にして比較している場合は、もし細胞あたりのクロロフィル量が少し違えば、結果も違ってくるかもしれません。


Q:PSIの電子受容プールの規模が相対的に小さいことは、リニアならびにサイクリックな電子伝達のうちリニアな電子伝達の流れを抑制する(参考; Analysis of fast chlorophyll fluorescence rise (O-K-J-I-P) curves in green fruits indicates electron flow limitations at the donor side of PSII and the acceptor sides of both photosystems.Kalachanis D, Manetas Y.Laboratory of Plant Physiology, Department of Biology, University of Patras, Patras GR 265 00, Greece.)。ここでリニアな電子伝達にはATP/NADPH量の調節ならびにプロトン勾配によるPSIIの活性抑制という働きがある。つまりもしも特定の植物体の特定の組織でPSIの電子受容プール規模が小さかったのだとしたら、それだけその組織が純粋な還元力の生成よりも炭素固定に適したエネルギー/還元力比の実現に重点を置こうとしていると考えることもできる。もしもある植物が生存には不利な環境の中で生育していたとして、炭素固定に必要なATP量が十分に確保できていないならば、その事態を改善しようと変えられたPSI電子受容プールの規模そのものが生育環境の”ひどさ”と捕えることができる。その意味で、電子受容プールの規模が生育環境を評価するパラメーターとなる可能性は考えられなくはない。

A:途中、「リニアな電子伝達にはATP/NADPH量の調節・・・」とあるのは、サイクリックな電子伝達の間違えでは?あと、その後の論理の流れがどうもよくわかりませんでした。


Q:光エネルギーが過剰であるとき、その散逸に関わっている機構についてお話がありました。キサントフィルサイクルのお話の中で三種類のカロテノイド、ビオラキサンチン、アンテラキサンチン、ゼアキサンチンとクロロフィルとのエネルギー準位について、ビオラキサンチンはクロロフィルよりもエネルギー準位が高いということを聞いて、ある疑問が浮かびました。それは、クロロフィルよりもエネルギー準位の高いビオラキサンチンを含むこのキサントフィル類を、メインの集光アンテナとして使ったらどうなるのだろう、ということでした。実際、ビオラキサンチンは補助的に光化学系Ⅱにエネルギーを渡しているので、部分的にはアンテナとしての役割を果たしていると思うのですが、今のアンテナクロロフィルに置き換わるような立ち位置としてキサントフィル類が存在したら、より集光効率が良くなるのではないかと考えたのです。しかし、少し考えてメインのアンテナとしてキサントフィル類を使うことには非常に不都合な点が存在すのではないかと気付きました。それは、広い範囲の光環境に安定して対応することができないという点です。キサントフィルサイクルでは一定のpHにおいてはキサントフィル類は基本的に、ほぼすべての分子が、集光率の違う三種のうち、どれか一つの形態で存在していると考えられます。つまり、葉全体で見た集光率もこの三種類の色素の集光率にそれぞれ依存した極端なものになるのではないでしょうか。つまり、pHによる集光率の変化がないクロロフィルがメインのアンテナとして存在しないと、葉全体で見た集光率が高くなりすぎたり、逆に低くなりすぎたりして上手く調整することが難しくなってしまうと考えられると思います。なので、集光率の変化があるキサントフィル類は補助的な役割で、あくまでもメインのアンテナはクロロフィルになっている方が結果として良いのだろうと思いました。

A:集光率がたとえ極端になっても、光が足りない時に集光率が上がり、光が過剰な時に集光率が下がれば、それでよいのでは?むしろ問題なのはクロロフィルは赤色光と青色光を両方吸収することができるのに対して、カロテノイドは青色光しか吸収できない、という点でしょう。


Q:今回の講義ではキサントフィルサイクルについて扱われた。本レポートでは、キサントフィルによる熱放散の仕組みを農作物の栽培に利用できるのではないかと考えたので、以下にその考察内容を示す。強光下では光化学反応によるATP合成速度(Vs)がCO2固定反応によるATP消費速度(Vc)を上回り、ATPaseによるプロトン輸送が阻害されてチラコイド膜内が酸性化することが脱エポキシ化を引き起こす(熱放散が駆動する)。つまり、熱放散系を駆動する「強光」がどの程度の光の強さかは、CO2固定反応の速度がどれほどかによって決定される。CO2固定反応の速度(つまりATP消費速度Vc)は基質であるCO2の濃度を高くすれば速くなる。速くなったVcを超えるVsを得るには、その植物が空気中で「強光」と感じる強さの光よりも強い光を当てる必要がある。よって、高CO2濃度下では空気中で「強光」とされる強さの光でその植物を栽培しても、熱放散による励起エネルギーの散逸は小さくでき、光合成に使われるエネルギーを大きくできる。光合成に使われるエネルギーを大きくできるのであれば、空気中で栽培するよりも早くその植物を生育させることができる。1年間にとれる作物の収量を大きくできると期待される。以上より、高CO2濃度下で熱放散系を抑制することで作物の収量を大きくできると推測される。工場のような「室内でCO2濃度と光強度を管理できる」施設を作れば、上記の方法で作物を多量に生産できるかもしれない。

A:短期的にはこのような考え方は有効だと思います。ただし、気孔の開閉は二酸化炭素濃度によっても制御されており、二酸化炭素濃度が高くなると気孔は閉鎖する、という点にも注意を払う必要があります。さらに長期的には、葉の気孔密度の変化も考える必要があります。FACE実験の話は学部の講義でやりましたよね?


Q:今回の講義では過剰な励起エネルギーの消去機構としてキサントフィルサイクルについて教わった。これはビオラキサンチン・アンテラキサンチン・ゼアキサンチンの3種類のカロテノイドから構成されており、アンテナ効率を変化させるものであった。ここで疑問に思ったのが、キサントフィル類が2種類であった方が迅速に物質構造を変化させて適応することが出来るのに、何故わざわざ3種類のキサントフィル類で構成されているのかという点である。そこで考えたのが、強光下で他の光防御機構(β-カロテンをによる3Chl消光など)を活性化させる必要がある時、または弱光下でタンパク質分配の変化を起こす必要がある時に、その引き金としてアンテラキサンチンの存在比が関連しているという仮説である。通常の強さの光の下ではアンテラキサンチンが多く存在していると考えられ、光の強さが変わった時にアンテラキサンチンの量が変わることがシグナルの一つになる、ということである。仮にビオラキサンチン・ゼアキサンチンの2種類だけであった場合は、光の強さの変化が僅かであった時にシグナルを感知することが困難となると予想される。よってキサントフィルサイクルに3種類のカロテノイドが存在することで、より感度の高いシグナルを送ることができると考えられる。

A:最後の部分の論理がわかりませんでした。カロテノイドの相互変化はシグナルを受け取る側の話ですよね。シグナルを送る側ではないと思いますが。感度の問題ではなく、受け取ったシグナルによってどの程度細かく調整できるか、という問題である、という仮説ならわかりますが。