植物生理生化学特論 第10回講義

ステート遷移

第10回の講義では、エネルギー分配の短期的な調節機構であるステート遷移について、シアノバクテリアを用いての研究例を紹介しました。


Q:今回の授業では、2つの光化学系の量比調節のメカニズムについて学習し、光化学系Ⅰと光化学系Ⅱの量比調節により、光合成の効率が最適化されることを学んだ。その際にpsaK2とrpaC両方の変異株を弱光培養すると第三のステート遷移が起こるということであるが、このステート遷移はpsaK2とrpaCが変異していない株においては起こらないのかどうか疑問に思った。私の考えとしてはそれぞれの遺伝子が発現しステート遷移が起こっているが、psaK2が最も遺伝子発現しやすいのではないだろうか。遺伝子発現はカスケード反応であり、その過程において消費されるエネルギーが当然生じる。最もエネルギーを消費することなくステート遷移を起こすのにpsaK2が発現するのが最適ではないかと考えた。このようにある事象におけるメインストリームの決定は難しいと私は考えている。例えば本講義で扱った光応答と光順化に関しても、ある環境変化が起こった際に双方起きているが、その環境変化の時間軸によってどちらがメインに起きているのかが変わっていくのではないだろうか。その際に消費されるエネルギー量というのがメインストリームの決定の鍵であると考えている。

A:エネルギー消費を少なくする、というのは目的論ですが、発現調節自体はメカニズムの論理ですよね。その二つをわけて議論をした方がよいと思います。あと、ステート遷移と量比調節は、別物です。ものは同じでエネルギーの流れだけを変えるのがステート遷移であり、ものの量自体を変えるのが量比調節です。


Q:ステート遷移における2つの光化学系の協調について書く事にしました。アンバランスな状態が長期的にある場合は光化学系1・2の存在量を調節(光順化)し、短期的にある場合は光エネルギーの流れを調節(光応答)すると習いました。ステート遷移は短期に属し、光化学系2に光が当たりすぎると、アンテナが系1に移る。このステート2がどのように起きているのか調べてみました。総合研究大学院大学のホームページでは、「PSⅡからはずれた集光アンテナタンパク質はPSIに再結合し、今度はPSIの集光アンテナとして働きます」と書いてあった。では、光化学系1に光が当たりすぎた場合のアンテナの動きがどの様になっているのか気になったが、見つけることが出来なかったので、自分で少し考えてみた。光化学系1の分子構造が解析されていれば話ははやいのだが、されていなかった場合はX線立体構造解析が使用出来るのではないかと思いました。また、通常時の状態と強光時の分子構造の解析出来るのではないかと思いました。
総合研究大学院大学 基礎生物学研究所 http://www.nibb.ac.jp/photo/research/st3.html

A:基生研で研究されているのは緑藻です。緑藻や陸上植物のアンテナ系はLHCですし、シアノバクテリアのアンテナ系はフィコビリソームですから、生物群によって大きく違うということは考えておく必要があります。ただし、アンテナ系の動きには共通性があると思われます。


Q:PsaK1,PsaK2の系統樹について検討する。まず授業中に用いられた図(Fujimori T, HiharaY, and Sonoike K, 2005)を再確認すると、PCC6803 SynechocystisやPCC7942 Synechococcus、T. erythraeumはK1とK2を持つが、N.punctiformeやT.elongatusはそれぞれPsaK1とPsaK2遺伝子のみを持つ。また海洋性シアノバクテリア2種は1つの異なったクレードのPsaK遺伝子を持ち、PCC7120 Anabaena sp.はPsaK1の他に2種類の異なったクレードのPsaK遺伝子を持つ。ここで特に気になったのは、N.punctiformeがステート遷移に必要と思われる2遺伝子のうち片方しか持たず、ステート遷移を行わない可能性がある事だ。ここでは仮に強光応答行わないとして話を進める。N.Punctiformeは10M近い大きなゲノムを持ち、Vegitative state,Hormogonium,Heterocyst,Akineteという4種の細胞形態を持ち、環境適応能力が高いと言える。このように多機能にも関わらずステート遷移を行わない可能性があるということは、N.punctiformeがこれらの形態変化によりステート遷移に代わる強光応答行動を行っている可能性がある(この事は過去の講義レポートの評価でも生育領域として示唆されている)。ではどの機能が強光応答の欠如を補うのか。まず、同じくHeterocystを持つAnabaena sp.が3種類のPsaKを持つ事、Heterocystは窒素固定特化細胞であるとから、Heterocyst機能は除外してもいいと思われる。ではHormogoniumとAkineteのどちらであるか。Akineteは養分欠乏下で出来る胞子体であるが、目的としては強光応答と対称的であるように感じる。一方Hormogonumは運動性を示す形態で、これは先週の自身のレポートで述べた「運動による光応答」の可能性とともに、あるいは単に強光に対する負の走光性を持つだけでも、強光に対処できると考える。このように運動能と強光応答の関係が示唆されるが、この話はかなり仮定が多いため、N.Punctiformeがステート遷移するかどうかをまず調べた上で、それぞれ窒素固定能、休眠形態、運動性を持つシアノバクテリアのPsaK遺伝子について、更に系統樹を解析する事でようやくこの仮説が示唆される段階に到達すると思われる。

A:素晴らしいレポートです。持っている知識、調べたこと、自分なりの論理がそろっていて、完璧だと思います。


Q:余ってしまった還元力が悪さをする前に消費してしまおうというのは確かに理に適っているようですが、結局消費しなくてはいけないなら最初から作らなければいいのではないかと思ってしまいます。しかし実際、強光ストレス回避のための方法には短期的反応としてステート遷移、長期的反応として光化学量比の調節、それでも過剰となってしまった還元力は消去系によって消費を行っています。このことから、植物は還元力生産を全面的に止めるつもりはまったくないことが分かります。すぐに終わるかもしれない強光状態への対抗策として還元力生産を停止(色素を分解)してしまうと後に色素を再合成することを考えると損害のほうが大きくなる可能性がありますし、また色素を残しておくことで弱光になったときに速やかに弱光対策に移れるようにしていると考えられます。

A:おそらく視点はよいと思いますので、もう少し論理をうまく表現できるとよいですね。例えば、最初の一文の語尾「思ってしまいます」を「考えました」にして、そのあとに「そのような場合にどのような問題点が生じるかを考えると・・・」といった具合に続けると、問題点の定義がはっきりして、その問題点を解決していくプロセスが明確になると思います。


Q:系Iの電子をSOD・APX等のストロマ側のファクターを通じて酸素に流すことで、系Iの過剰な還元を防ぐことができるという機構がある。しかしSODだけでは酸素の還元はH2O2の生成に繋がる他、OH-ラジカルの生成にも繋がる可能性があり、メリットもある一方で植物体にとってのデメリットもとても大きい。にも関わらず、植物は系Iの過剰な還元の回避策としてこの危険性を孕む方法を採用している。そこで、この方法には単純に無駄な電子を酸素へと破棄できるというメリット以外にもメリットが存在し、デメリットを込みで考えても生存戦略の期待値としてプラスとなっているのではないかという可能性を考えた。チラコイド膜のルーメン側とストロマ側で物質の濃度が異なる状態が一種の価値をもつという考え方は、ATP合成を行う際の水素イオンの状態にも言えることである。ここで、ストロマ側のファクターにより酸素が還元されることにより起こされる現象は、(結果だけを見れば)酸素のストロマ側からルーメン側への能動輸送ならびに水のルーメン側からストロマ側への能動輸送と同じであり、この濃度に差が生じさせる状態こそが酸素への電子の譲渡以上に系Iの過剰な還元を防ぐ対策としての価値があるとも考えられる。その一つの可能性としては、例えばルーメン側からストロマ側へ(見かけ上)水が移動していることによりチラコイド膜内の物質濃度が相対的に上昇し、この濃度上昇が感受されることによってリニア電子伝達系が阻害される可能性などが考えられる。

A:独創的なアイデアで、非常に面白いと思います。ただ、現実には、水は、水溶液中にもともと潤沢にある物質なので、その濃度は、電子伝達ぐらいでは変わらないでしょう。また、酸素分子は極性を持たないので、脂質二重層を通り抜けることができます。ですから、膜を隔てた濃度勾配を形成するのは、やはり難しいでしょう。


Q:光合成生物が吸収する光エネルギーはその強度やスペクトルが様々な要因で常に変化するため、必ずしも光化学系1と2をバランスよく励起してくれるものではない。また、励起エネルギーのアンバランスは光合成生物にとって非常に危険な状態となりうる。そのため、光合成生物は短期的にはステート遷移、長期的には光化学系量比の調節を行うことで光環境の変化に対応しているということでした。講義を聞いていて、ステート遷移によって変わりゆく光環境に素早く対応できるのに、わざわざその後から遅れて光化学系量比を行う必要があるのだろうか、と少し疑問に思いました。しかしよく考えてみると光化学系の量比調節は生育環境に合わせた光合成能力の最適化としては最重要反応であり、むしろステート遷移の方が応急処置のような側面が強いように思いました。どういうことかというと、ステート遷移のみでは光化学系間でのアンテナの移動が起こるだけであり、アンテナ数や反応中心の数自体に変化はないので、例えば光強度が大きく上下し、もともと持っていたアンテナや反応中心の量が環境に対して不足・過多になるような場合には対応しきれず、光エネルギーの無駄や過剰が生まれてしまう、ということです。ステート遷移は現状持ち合わせているものの中での最適化を行っているだけで、決してそれだけでその光環境での光合成効率を最良にできるものではないと思います。その生育場所で基本的に有利となる光合成能力は光化学系量比の調節である程度確保しておき、そのうえで天候の変化など短期的な光環境の変化にはステート遷移で対応していく、ふたつの反応が存在して初めて光環境への効率的な対応が可能になるのだと感じました。

A:論理的に記述されていてよいと思います。ただ、やや有りがちな論理展開かもしれません。できたら、もう少し、自分でなければこんなことは書けない、という点があると完璧です。


Q:今回の講義ではwater-water cycleについて扱われた。その中で、Stromal Factor (SF)が存在することが不思議に思えたので、本レポートではSFが存在する意義を考察する。SFが触媒する反応はO2 + e- → O2- (メーラー反応)である。この反応は、鉄硫黄クラスターが還元された状態(光化学反応速度が炭素同化反応速度を上回った状態)であれば起きる反応であるから、別にSFが存在する必要はないように思える。鉄硫黄クラスターに還元されてできたO2- をそのままスーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)に渡せばいいのである。では、なぜSF分子がわざわざ用意されているのだろうか。鉄硫黄クラスターがメーラー反応を行った場合、当然O2-は鉄硫黄クラスターの近傍に生成する。O2-はHO2と解離平衡にあり、自発的にH2O2を生じる。H2O2が還元型鉄硫黄クラスターの近傍に存在すると、フェントン反応が起きてハイドロキシラジカルOH-が生成してしまう。よって、鉄硫黄クラスターにメーラー反応を行わせると、OH-の生成を防ぐことができない。還元型鉄硫黄クラスターによるOH-の生成を防ぐには、「鉄硫黄クラスターとO2を反応させない」ようにするしかない。そのためには「PSIから電子を受け取ってメーラー反応を触媒する分子」が必要になる。その分子がSFである。したがって、SFが存在する意義は「鉄硫黄クラスターによりるOH-の生成を防ぐ」ことであると推測される。
参考文献:桜井英博他著 植物生理学概論 初版(2008) 培風館

A:面白い考えだと思います。鉄硫黄センターと酸素の還元場所を引き離すというのは、素晴らしいアイデアですね。ただ、メーラー反応自体、通常は鉄硫黄センターと酸素との間の反応によって起こっていると考えられています。酸素との直接の反応性は高くないので、その反応性を上げるのがストロマファクターの役割です。


Q:今回の講義では光の波長に応じて光化学系量比が変化することを教わった。ここでは、PSIIの存在しない維管束鞘細胞の存在意義とこの適応とを関連付けてレポートを書く。トウモロコシなどのC4植物では、主に葉肉細胞で電子伝達を行っており、維管束鞘細胞では炭酸同化を特化して行っている。ここから、維管束鞘細胞では光を吸収して電子伝達を行う必要性が低いことから、PSIIが存在していないと考えられている。ここで、この2種類の細胞が光の波長変化に対してどの様に適応するかを考えてみる。まず葉肉細胞では通常のC3植物と同じ構造であるので、通常通り光の波長に応じた光化学量比の調節を行うと考えられる。しかしPSIのみを持つ維管束鞘細胞ではPSI量の増減は出来たとしても、そもそもPSIIと相互に作用する適応を行うことは出来ない。そこで視点を変えて縦から切った葉の断面図で維管束鞘細胞を見ると、葉の中心部分に集まっていることが分かる。ここから維管束鞘細胞は、炭酸同化に専念する構造として、電子伝達を効率的に行う場所(葉の表面)からなるべく遠い場所に存在することで、強光下での光阻害の影響を出来るだけ小さくしようとしていることが考察される。これは構造上・光防御機構上からも理にかなっていると考えられる。

A:これは、環境応答をしづらい細胞は、環境の変化が少ない場所に置けばよい、というアイデアですね。これも非常に面白いと思います。PSIだけだと電子伝達はサイクリックになるので、還元力はたまりません。その意味では、光阻害は非常に起こりづらくなるとは思いますが。