植物生理生化学特論 第7回講義

クロロフィル蛍光と遺伝子機能解析

第7回の講義では、クロロフィル蛍光についての理論的な説明をしたのち、ゲノム情報の蓄積に伴って重要性が増している遺伝子機能解析の方法論について解説しました。


Q:今回の授業内では色々と興味を持った話題があったのですが,中でもProchlorococcusの棲み分けとgenomeの話が興味深かったので,それについて考察したいと思います。まず,基本的な情報が知りたかったので,2種のProchlorococcusのgenomeについて比較した論文(Rocap et al., 2003)を調べてみました。この論文ではHigh-light-adaptedのMED4とLow-light-adaptedのMIT9313の2つの種について比較が為されていて,授業内で紹介されていたとおり,水深による光質や光量の違いと,光合成系遺伝子の違いについてと,同じく水深による窒素源を中心とした栄養源の違いと,それらの取り込みもしくは利用に必要な遺伝子群の違いについて調べられていました。前者については,どちらもフィコビリソームに関連する遺伝子が多く欠落していて,青色光付近の波長の光が届きやすいという環境が反映されているのかなと感じました。そして弱光適応型であるMIT9313では光修復系の遺伝子がいくつか欠落している反面,光化学系の光捕集アンテナに関連する遺伝子が強光適応型に比べて多いという部分にも生育光条件とゲノムの関係を見て取ることができました。栄養源についても,水深による窒素源の違い(NO3, NO2, NH4…)によって,それを取り込むもしくは利用するために保持している遺伝子が異なるということも明らかになっていて,環境とゲノムが密接に関わっているという印象を受けました。特にこの論文では,「他の種では持っているものを,2つの種では持っていない」というケースについて多く論じられていました。おそらくProchlorococcusのゲノムサイズが他の種に比べて,小さいことと関連していると思われます。ただ,少し疑問に思ったのが,生育環境の違いを,ゲノム配列の違い(特に今回の場合は小さくする方向)として反映させる必要はあるのかということです。ゲノムを変えてしまうということは,そもそもの遺伝情報を変えてしまうということであり,環境によって機能や形態を一時的に変化させる適応とは異なります。ゲノムを変えてしまうとそれだけ自由度が下がってしまって,逆に生育環境を非常に制限する結果に結びつき不利になる可能性もあるのではないかと考えました。もちろん,陸上哺乳類と魚類ほど,生育環境が離れていれば,必要となる機能や器官も非常に異なるため,コストの面から,どちらにも適応できるようなシステムを保持していることがいいとは考えにくいです。今回の場合は,どちらも海洋性で,他のシアノバクテリアと比べても近縁種です。必要とならない遺伝子を保持しない利点としては,それだけコピーするゲノムサイズが小さくなるため,コストを最小限にすることができると考えられますが,外部環境変化のリスクと比較した場合,不要なものは持たない方が良いとは単純に考えられないのではないかと思いました。そこで,このProchlorococcusを用いてゲノムサイズと生育について簡単に実験で調べられないかと考えました。例えば,強光適応型のMED4に対し,弱光適応型のMIT9313しか保持していない光合成系の遺伝子を全て組み込み,そのmutMED4を自然条件下と同じ条件下で,MED4(WT)と共培養します。しばらく経過した後(何らかの選択圧をかけないと,数億年経過しないと見られない変化かもしれないですが),一定容積に含まれるゲノムはどのような内訳になっているのか調べれば,不要なゲノムを持たないことと,生育の関係が調べられるのではないでしょうか。

A:シアノバクテリアのような微生物の場合は、案外簡単に「進化」の実験をすることができるかもしれません。提案されているように共培養によって遺伝子の割合の変動をモニターすることは現実にも可能でしょう。


Q:今回の授業では、パルス変調による光の吸収測定について学んだ。パルス変調による測定法は、当てる光の波長を時間ごとに変化させることで受け取る光にノイズが含まれにくく正確なデータがとれるという利点があり、光合成測定における、最良のツールとして用いられている。しかし、疑問に感じたことがひとつある。当てる光の波長を変化させるということは、その際に当てる波長帯を細かくするということである。例えばn秒後には400nmの光、n+1秒後には500nmの光というように区切る、ということである。そうすると、その波長での細かな光合成の速度などの測定はできるのであろうが、さまざまな波長の光を一度に当てられたときの、それぞれの光合成色素が全体としてどどのように助け合い、働き合っているのかが見えないのではないだろうか。ある光合成色素単体がどう働くかなどを観察する場合には、パルス変調による測定法が適しているのであろうが、全体としての光合成を測定する場合には、全体の波長帯の光を一度に当てる測定法が適していると考える。

A:少し誤解があるようです。変調というのは波長を変えるのではなく、短いパルス光を繰り返しあてるのです。あてる光はクロロフィルが吸収する光であれば何でもよいのですが、通常は赤い光が使われます。その場合、レポートの中で述べられているように太陽光のような白色光とは異なる効果がある可能性は否定できないかもしれません。


Q:大矢研究室の出芽酵母を3重染色画像を用いて作成したデータベースで、このデータベースは核、細胞壁、アクチン骨格の3つを染色しているため、これは形態的なデータベースということになる。出芽酵母にも多くの種類が存在する中で、ある特定の出芽酵母がどのグループに所属するかを容易に判断することは可能だが、このデータベースの活用法は多いとは思えない。たしかに出芽酵母の形態を全てデータ化することには成功した、しかしどのくらいのコストを消費したかは分からないが、時間や労力を考えるとそれ相応の価値があるのか疑問視してしまう。私が出芽酵母をモデル生物として使用していた研究室に在籍していた時、このデータベースは話題になっていた。私が未熟というのもあるが、今になってもこのデータベースはどのように応用できるのか自分の中で解決出来ていない。

A:このようなデータベースは、そこから実際に情報を取り出せるかどうかがポイントになることは確かでしょう。得られた結果を見ると、基本的には核・細胞壁・アクチンという測定項目に関した情報は得られているように思います。ただ、それだけだと、結局は見たものの情報しか得られていない、という批判は確かに避けられないかもしれません。


Q:Prochlorococcus marinusは、単一の種の中で様々な環境に適応している。これについて調べたところ、近縁のSynechococcusがクロロフィル合成酵素の3'8-ジビニルクロロフィリドa8-ビニルレダクターゼ(DVR)遺伝子を失い、光合成色素としてジビニルクロロフィルbを獲得することによりProchlorococcusに進化したという[1]。ジビニルクロロフィルbは青色光を光合成に利用できるので、これを持つProchlorococcusは深海でも生育することができる。このことから、SynechococcusはDVR遺伝子の発現量を調節すれば、海表面にも深海にも順応でき、幅広い環境で生育することができるのではないか、と考えた。しかし、これは不可能であると考えられる。深海では、海表面と比べて水温が低くなっているため、光獲得システムのみを変化させるだけでは、深海の環境に順応できないと考えられるためである。
参考 [1]http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/plantadapt/dvr-j.html 北海道大学低温科学研究所・生物適応機構学研究室 2012年6月1日閲覧

A:水温が低い場所に順応できないという理由がもう少し具体的に示されるとよいでしょう。温度の変化がどのように光合成やその他の細胞内の代謝に影響を与えるのかは、必ずしも自明ではないように思います。


Q:今回は、蛍光強度を左右する要因のひとつ「キサントフィルサイクルなどの熱放散系」から以下の点について疑問を持ちました。キサントフィルサイクルでは、キサントフィルはエネルギーが少ない時はアンテナで光を集め、逆に多過ぎる時は(強光阻害防止のため)熱として放出するように三種間で変換されているとのこと(光合成の森:http://www.photosynthesis.jp/)ですが、この「熱放散」が光の量と質のどちらに対応して行われているのか、ということです。この場合、私がイメージしているのは林床植物の光環境に変化があった場合です。たとえば、林冠の下に生育している時、下層の植生が受ける光は、上層の植物をかいくぐって届く木漏れ日と葉群を「透過」して来た光の二種類があると考えます。この際、林床に到達する光の「量」はもちろん少なくなりますが、植物が光合成に利用できる「質」の光も、少なくなっていると思われます。次に、このような場所にもしもギャップが形成された場合を考えてみます。この場合それらの植物は、それまで下層の植物が受けていた光とは量も質も異なる光の中での生活に適応しなくてはなりません。そうすると、おそらく従来に比べて強光阻害に対する熱放散は増大すると考えられます。さてこのとき、増大した熱放散量は上記の「質」に対してか、または「量」に対してか、あるいは両方か、というのが私の疑問です。それまでは光強度の弱い環境下で生育していた植物は、上層を通過してきた木漏れ日の場合はともかく、透過してきた光(言い方を変えれば上層の木々が光合成で利用した光の残り、つまりは緑色の波長の光)に慣れているため、ギャップ形成後の直射日光で得られる様々な波長の光に対しての免疫があまりないのではないかと考えました。ですから、その様な特定の波長の吸収に対して敏感になり、その結果「熱」として放出してしまう可能性があるのではないかと思ったのです。これを検証するために、次の実験系を考えました。実際の野外での実験は難しいので、分光器を使用します。波長ごとに分けた光を同じ「量」植物に照射し、その時の熱放散量を測定します。このとき光エネルギーは①光合成に使われる②熱放散③蛍光という形で表され、蛍光強度が弱い時に①と②が高くなりますから、今回の講義で学んだようなパルス変調測定法などを用いて①と②を区別して測定すれば、波長と熱放散の関係がわかるのではないかと考えます。

A:よく考えていると思います。確かに、光の質の問題は重要なポイントの一つですね。光合成系による光の吸収だけに限って考えた場合は、光の質と量の問題は切り離せないと思います。強光条件では緑色の光の方が光合成に役立っているという実験結果もありますから。


Q:表現型を体系的に扱うための一つの方向性としてパラメタを多くする、という考え方を紹介されましたが、そのデータ量の多さと他種との比較ができないことなど欠点が多く、そのような括り方に意味があるのか疑問を感じました。もしデータを蓄積しようというのであれば、例えばゲノム創薬のように、表現型の違いを実用に生かしていこうということであれば、それぞれある点について、「薬剤Aに対する反応性」のような、実用に即したデータからまずは科学者間で共有し蓄積するようにした方が、効率や蓄積量もたかくなると考えました。

A:多少論旨が混線しているように思います。短くてもよいのですが、きちんと論理が通ったレポートを書くように努力してください。