植物生理生化学特論 第5回講義

光合成の測定

第5回の講義では、光合成のさまざまな測定方法について、そのメリット、デメリットを概観しました。


Q:今回の授業で学んだことの中でも主にリン光、遅延蛍光について考察+質問があります。まず、「遅延蛍光」が起きる仕組みについて、基底状態から電子が一度、一重項励起状態に移った後、準安定な三重項励起状態に移り、それがまた一重項に戻った後、基底状態に落ちる際に放出される光が「遅延蛍光」である。「リン光」の場合は一重項状態よりも電子が基底状態に戻りにくい三重項励起状態に移った際に、放出される光が「リン光」であるということだったと思うのですが、ここでいくつか質問があります。観察される光がリン光の場合、長波長域になると思うのですが、これは三重項励起状態がエネルギー準位的に低い位置にあるからなのでしょうか。それとも、(ゆっくりと電子が基底状態に戻るということで)単位時間当たりに放出されるエネルギーが小さいためなのでしょうか。もし、前者の場合、「遅延蛍光」の方については、その由来が一重項励起状態から基底状態に戻る際のエネルギーの放出であるとすると、観察される光の波長は「リン光」ほど長波長域にはならないのでしょうか。また、蛍光の寿命が長いこととエネルギーの放出はどのように関係しているのでしょうか。私は量子力学をしっかりと勉強していないので、分からないのですが、直観的に普通の蛍光よりも長い時間蛍光が観察されるということは、もし電子が励起された際に吸収されたエネルギーが「通常の蛍光」と「遅延蛍光」で等しいとすると、単位時間当たりに放出される光のエネルギーは、遅延蛍光の方が小さいように感じられます。そうなると、光量や波長が普通の蛍光と比べて小さくなるような気がするのですが、違いますか?また、普通の蛍光で励起に使われたエネルギーが、全て発光に使われるわけではなく熱エネルギーとして失われると思うのですが、この遅延蛍光やリン光の場合もそのようなことは起きるのでしょうか?その場合、蛍光の持続時間が長いために、それだけ熱として失われるエネルギーも大きくなるということは無いのでしょうか。それとも三重項励起状態にいる電子では、そういった過程もゆっくりと進むのでしょうか?ここからは考察なのですが、生物においてこの遅延蛍光やリン光のような現象を積極的に利用している例は無いのでしょうか。生物発光(化学反応による発光)でも、このような遅延蛍光は観察されると思うのですが、これを利用すれば一回の発光反応当たりに使用エネルギーに対して、より持続時間の長い発光を実現することができると思います。仮に発光が長波長領域に移ってしまい、人間の目に観察できる波長域では無かったとしても、一部の魚類の様に、赤外領域まで感知することが可能な生物であれば利用している可能性もあると思います。

A:リン光が長波長になるのは三重項状態のエネルギーレベルが低いせいです。「ゆっくり戻る」といっても遷移自体に時間がかかるわけではありません。遅延蛍光は、いわば準安定状態にいる間に時間がたつわけですから、これも遷移に時間がかかるわけではありません。熱発光も遅延蛍光の一種として解釈できますが、熱発光の場合は、温度を下げることによって准安定状態をさらに安定化させているわけです。したがって、低温ではそもそも発光自体が起こりません。発光は、あくまで準安定状態から励起状態にもどってから起こります。だからこそ、励起状態から直接基底状態に戻る際の蛍光発光と波長は同じになるわけです。発光の持続時間については、発光寿命によって調節することも可能ではあるとは思いますが、圧倒的に発光反応を持続させる方が簡単でしょうから、発光反応自体を持続させられないような状況としてどのような場合が考えられるのかをまず考察することが必要でしょう。


Q:今回の授業では、光合成測定の方法や、FluorescenceResonanceEnergyTransfer(FRET)などの、蛍光現象について学んだ。今回の授業で考えたことは、葉の内部で光合成が行われる際に、クロロフィルなどの光合成色素同士を介したFRETも行われている可能性がある、ということである。葉の内部は、上部から表皮、柵状組織、海綿状組織、表皮で構成されている。表皮以外の二つの組織はそれぞれ空洞を含んでいて、光を万遍なく行き渡らせる上で都合のよい構造をとっている。また、それぞれの細胞は強く接着しているわけでなく、程よく密に配置されている。つまり、あるクロロフィルが太陽光を吸収し、エネルギーとして取りこめず、ストークスシフトを経験させて放出した光を、別のクロロフィルが吸収するという、FRETが行われやすい環境が再現されているのである。そのように考えると、前回の授業で学んだ、フィコビリンの消失も納得がいく。フィコビリンはそれ自体が光合成をするわけでなく、太陽光をある波長にストークスシフトさせることで他の光合成色素の光合成効率を上げる、いってみれば光合成の補助としての役割を担う色素である。太陽光を構造による補助によって、太陽光を葉の内部に留めている、陸上植物においては、クロロフィルなどの光合成色素が、フィコビリンのような光合成の補助的役割も大きく担っているのである。そのため、むしろ場所をとるようになってしまったフィコビリンは消失したと考えられる。

A:これは面白い考察です。複数の藻類が共生しているような系において、実際に蛍光を介したエネルギー移動の存在が提案されていた例があったと思います。陸上植物においてフィコビリンが消失した理由としてクロロフィルが補助的な役割を担うようになったと考察していますが、生物学的には、なぜそうなったかの考察がほしいところです。つまり、水中の光合成生物ではフィコビリンの方が使われ、陸上植物ではクロロフィルが使われるのであれば、それぞれの環境ではフィコビリンなりクロロフィルなりを使う方が効率的であるのだと予想できます。では、なぜそうなのかを環境と絡めて考察できれば完璧です。


Q:FRETの話から、フィコビリソームを思い出した。フィコビリソームは外側からフィコエリスリン、フィコシアニン、アロフィコシアニンを配置しており、この順番に吸収ピーク位置が短波長側にあるため、効率的な励起エネルギーの伝達が実現している。フィコエリスリンより更に外側に、より短波長の光を吸収する蛍光タンパク質を結合させれば、光合成に利用できる光の波長の幅が広がるのではないか、と考えた。フィコビリソームだけではなく、例えばバイオ燃料に有用な藻類のアンテナに蛍光タンパク質を結合させれば、藻類が光合成に利用できる光を人間が操作することができ、培養に使う空間、光強度はそのままに、効率よく燃料を生産出来るのではないだろうか。培養装置の上層部では手を加えていない藻類、下層部ではその藻類が本来ならば吸収しない光で励起される蛍光タンパク質を集光アンテナとして結合させた藻類を培養することで、燃料の生産効率は上がると考えられる。

A:これも発想は上のレポートと似ていますが、よく考えられていると思います。同様の発想は、無機的な太陽電池についても提案されています。


Q:葉半法は様々な欠点により現在は使われていないことは理解した。例えば、光合成により糖が出来れば葉の重さが変わってしまう、光合成産物は転流してしまう、これは師管を削ることで防止できる、などであった。しかし転流を止めると光合成を制御する遺伝子の働きにより結局うまくいかない、ということだったが、それなら光合成を制御する遺伝子をノックアウトしてしまえば良いのではないだろうか。ノックアウトにかける手間を考慮すると、他の方法をとる方が良いのだろうか。

A:光合成の制御ができなくなれば、おそらく環境の変動に対して脆弱になると予想できますよね。そうすると、野生型に比べて生育も悪くなるでしょうし、光合成活性も落ちるかもしれません。とすると、何のためにノックアウトを作ったのか、わからなくなってしまう気がします。


Q:今回の講義で説明された「色素に吸収されたエネルギーは ①光合成に使われる、②蛍光になる、③熱になる」という仕組み、さらにその場合の蛍光は「エネルギーの残り滓」である、という記述が印象に残りました。そして私は、その蛍光が本当に「残り滓」なのだろうかということに疑問を持ちました。熱によって失われる分は仕方ないにしても、生存に必要な大事なエネルギーを蛍光に投資する必要性が、やはり何かあるのではないかと思いました。「クロロフィルの蛍光の大きさは光合成速度によって変化する」ということですので、逆に蛍光の大きさを測定することで光合成速度を推定することはできると考えられますから、光合成測定には多大に貢献できそうです。しかし、植物側のメリットになりそうな理由があるはずです。そうでなければ進化の過程でその「滓」の量を減らしたり、なくしたり、もしくはそれを有効活用したりという試行錯誤がなかったとは思えません。そこで、この蛍光の生産理由について以下のように考えてみました。蛍光は「それを発光した色素の濃度によっては別の色素に吸収されてしまう(再吸収効果)」そうですが(光合成の森~パルス変調とクロロフィル蛍光を用いた光合成の測定—理論編—~より http://www.photosynthesis.jp/fluo1.html)この再吸収効果によって「再」光合成が出来るとします。この時、蛍光は初めに吸収された光よりも長波長側にずれるので、最初の吸収時にあまり光合成に使われなかった波長の光(例えば緑の光など)も蛍光として発光されるときに波長が長くなることにより、二度目の吸収では吸収されるようになると考えます。つまり、このように二段階に分けて光合成を行うことで、光合成に利用できる波長の光を増やし、小分けにすることでより多くの光を吸収しているのではないかと考えました。この仮説を確かめるには、まず、いわゆる励起光の波長からどれだけの光合成が可能か、そして再吸収の時の蛍光の波長と吸収波長がどの程度被っているのかを調べ、それぞれでの光合成量、またそれを足し合わせた量を求めます。(但しここでは、このステップを踏む時に費やすエネルギーについては無視しているという問題が考えられる)以上から、光合成の際に蛍光と熱によってエネルギーが失われる理由のひとつを考察できるのではないかと考えています。

A:よく考えていると思います。講義の中で触れたと思うのですが、実際のクロロフィル蛍光の収率は1%以下です。これは、有機溶媒中のクロロフィルの蛍光収率が30%ほどになるのに対して極めて小さい値です。つまり、実際には、1%に目くじらを立てる必要があるか、という問題も考慮する必要があります。99%が使われるのであれば、残りの1%までも苦労して利用しようとしない方が、かえって効率的ということもあるかもしれません。


Q:植物の葉において、水の蒸散と二酸化炭素の取り込みは同じ気孔で行われるという。葉の外の二酸化炭素濃度と湿度は測定が可能、葉の中の細胞内間隙の湿度はほぼ100%だ。ところで、1枚の葉からの蒸散速度を測定する機器にリーフポロメーターというものが存在する。この機器を使うと1秒間に蒸散する単位面積あたりの量を数値化することができるが、その蒸散量は何に左右されるのだろうか。蒸散量自体は気温、湿度、日射量、風速などによって変化するとされるが、リーフポロメーターでも計測可能である葉温の影響も受けるだろう。外の温度が高いほうが蒸散が進むのは当然だが、葉温も高いほうがより蒸散が進むといえるだろう(葉温の上昇には温度や日射量が高いことが必要とされるので当たり前のことといえる)。リーフポロメーターでは葉の表もしくは裏のどちらか一方ずつを計測することができるが、表面ではほとんど蒸散していないことがわかる。また、陰葉では陽葉に比べて蒸散量が少ないことも確認できる。陽葉は陰葉よりも葉の面積に対する葉内細胞間隙の割合が低いのに光合成量は大きいのはなぜだろうか。気孔コンダクタンスは高いため二酸化炭素や水蒸気は通りやすいが、細胞内間隙が少なくても光合成は盛んに行われるのだろうか。これは陽葉の特徴というよりもむしろ、気孔コンダクタンスの低い陰葉が細胞内間隙を広く取ることで水分を多く保ち、光合成量が陽葉に追いつくように調整していると考えるのが妥当かもしれない。

A:まず、葉の表裏の蒸散量の違いは、植物の種によって異なります。ですから、一般論として「表面ではほとんど蒸散していない」というのは危険です。あと、「光合成量」というときに、何あたりの量なのかを常に認識する必要があります。葉面積あたりで計算するか、あるいはクロロフィル量当たりで計算するかによって、結論がと異なる場合もありますので。


Q:項間交差やエネルギー移動を利用して、紫外線をもっと利用できるようにならないかを考えた。生物にとって紫外線はDNAを損傷させる危険な電磁波であり、これに対する防御としてDNA修復酵素や色素による紫外線の吸収がある。しかし、ただ紫外線を防御するのでなく、その短波長の高いエネルギーを利用できれば、生物にとって非常に利益があるだろう。まず紫外線を吸収して燐光を発するような分子が必要である。なぜなら蛍光を生じるような分子では励起状態からすぐに蛍光を出して基底状態に戻ってしまうが、燐光を発するような分子なら三重項励起状態をとり、比較的長く励起状態を保てるために、エネルギー移動もしやすいのではないかと考えたからだ。次にこの三重項励起状態の分子からエネルギー移動しうるような分子と条件が必要だが、三重項励起状態の分子から一重項基底状態の物質へのFRETでのエネルギー移動は禁制遷移である。従って用いる分子はスピン禁制則が弱まる重原子であること、またはエネルギー移動が分子同士の衝突によっておこる(デクスター機構)よう分子間距離を1 nmよりも近づけなければならない。このようにして、紫外線のエネルギーを吸収、伝播することが可能なシステムを作れたならば、紫外光をも用いた光発電が可能となるし。もしそのような機構を生物が獲得したならば、紫外線の防御と利用を同時に行えるエネルギー的に非常に優位な生物となるのではないか、と考えた。
参考資料:ウェブサイト“CHEM-STAITION”:http://www.chem-station.com/ (2012年5月19日現在)

A:発光の寿命が短いことは、励起状態の寿命が短いことを反映しますので、励起状態からのエネルギーの遷移確率は低くなるかもしれませんが、発光した蛍光が色素に吸収されるという経過を取るのであれば、吸収自体は極めて短時間で起こる現象ですから、発光寿命が短いので、吸収効率が悪くなるということはないでしょう。