植物生理生化学特論 第11回講義

続・光環境応答

第11回の講義では、前回に引き続いて植物の光に対する応答を、主に光受容という面から解説しました。


Q:今回の授業で取り上げられていた、プラストキノンプール(PQ pool)が遺伝子発現スイッチとして機能している可能性について考察します。授業中では,Synechocystisを使って, +DCMUと+DBMIBでの発現量の違いから,PQ poolの酸化還元状態がどれだけ遺伝子発現に影響を及ぼしているかを調べていたと思います。ここで少し気になったのが,実際にPQ poolが+DCMUでは酸化,+DBMIBでは還元状態になっているのかということです。シアノバクテリアでは, 呼吸鎖からのPQ poolへの電子の流入は+DCMUでも起き続けると思うので,+DCMUでもPQ poolが還元された状態にあることも想定できると思います。実際にPQ poolの酸化還元状態を調べる必要があると思いますが,ここでPQ poolの酸化還元状態を示すパラメータであるqPは適していない(linearな電子伝達において経路が遮断されていない場合でなければならないので)ので,+DCMUでPQ poolの酸化還元状態を見積もることは難しいのではないかと考えました。一つ考えたものが,電子伝達の阻害剤ではなく,電子受容体を加えることで電子伝達を阻害することです。例えばPSIIからの電子受容体として働くDCBQなどを加えた状態でPQ poolの酸化還元状態をqPから見積もることができれば,酸化されたPO poolの状態を作り出すことができ,かつ確認できるのではないでしょうか。その上で段階的にPQ poolの酸化還元状態を変えていった時に,その酸化還元状態と発現量に相関のある遺伝子があれば,PQ poolが遺伝子発現スイッチとして機能している可能性が高いということが言えるのではないでしょうか。

A:プラストキノンの酸化還元状態を変えるために電子受容体を加えるというのは面白いアイデアだと思います。ただ、その電子受容体がプラストキノンと酸化還元反応を行なうかどうかによって解釈は異なってくると思います。また、プラストキノンの酸化還元状態を感知するタンパク質の存在はまだ確定していませんが、おそらくは何らかの形でプラストキノンを結合するのでしょう(b/f複合体自身であるという説も有力です)。その場合、プラストキノンの代わりにその電子受容体が結合しうるかどうかも重要なポイントになります。


Q:今回の講義で植物は考えて行動している生物だと感じてしまいました。その理由として、補色順化、キサントフィルサイクルや活性酸素の消去による過剰なエネルギーの放出、ステート遷移など環境に応じて対応していることです。植物には脳は無く、思考することや小説を書くことは出来ません。しかし、気候の変動が激しい環境においてこのような環境応答をすること自体が考えて行動しているような気さえ起こさせます。植物が思考を獲得し、自ら水を飲んで最適な光の元へ移動するような光景を見てみたかったです。

A:レポートというよりは感想文ですね。例えば「行動」というものの定義でもよいですから、もう少し自分なりの論理を持ったレポートにしてください。


Q:シアノバクテリアの補色順化について、疑問に思った。緑色光で培養した時にはフィコエリトリンの吸収が大きくなり、赤色光で培養した時にはフィコシアニンの吸収が大きくなる、ということだったが、これは、自然条件下ではシアノバクテリアが広く(幅広い深度に)分布するのに不利ではないだろうか。例えば、主に赤色光が降り注ぐ環境においてフィコシアニンの吸収が大きくなる、つまり赤色光の吸収が大きくなれば、より深いところに存在するシアノバクテリアにとっては、光合成に利用できる光が更に限られることになる。緑色光で培養した時にフィコエリトリンの吸収が大きくなる、または赤色光で培養した時にフィコシアニンの吸収が大きくなるのは、純粋な緑色光または赤色光だからこそ、つまり実験室内だからこそ見られる現象であり、自然界ではこれは見られないのではないか。自然条件下ではむしろ、特定の波長が強い条件下ほど、その波長の光を吸収する色素量は減り、他の波長を吸収する色素量とあわせて調節することで、より深いところに存在するシアノバクテリアにも光が行き届くようにしているのではないかと考えられる。このことから、シアノバクテリアがアンテナに利用する色素を調べることで、そのシアノバクテリアの分布域が予想できるのではないかと考えた。例えば、もしフィコビリソームのロッドにフィコシアニンのみを利用したシアノバクテリアが採取されれば、そのシアノバクテリアが存在するよりも深いところには、同種のシアノバクテリアは存在しないことが予想される。つまり、フィコビリソームのロッドにフィコシアニンのみを利用したシアノバクテリアが存在する深度が、そのシアノバクテリアにとっての限界深度であることが考えられる。

A:「正統的な」進化論では、変化するのは個体であって、集団の利益のために個体が変化することはありません。働きアリなどの場合についても、自分と共通するDNAを残すためとして、あくまで「利己的に」説明されます。自分より深い所にいるシアノバクテリアの利益を考える場合は、そのような点についても考える必要があるでしょう。


Q:ゼアキサンチンはクロロフィルが吸収したエネルギーを熱に変えて放散させる。ゼアキサンチンはどのように熱放散を促進するのか考えてみた。クロロフィルが吸収したエネルギーをゼアキサンチンが使い、扇風機のファンのように回転し熱を放散させるのではないだろうか。ATP合成酵素の回転を証明したように、アクチン繊維に蛍光色素を添付したものをゼアキサンチンに添付し、蛍光を観察するといった方法で確認できないだろうか。

A:「熱放散」という言葉が誤解を招くのかもしれませんが、まず、放散の前に、「熱に変える」という部分が極めて重要です。いったん熱になれば、放散の方はタンパク質の大きさなどのミクロのレベルではそれほど大変ではありません。一方で、組織レベルになると熱を以下にして放散するかは重要になってきますが、多くの場合、気化熱が重要な意味を持ってきます。


Q:今回は植物の光屈性について不思議に思ったことについて考察します。講義の中で光屈性の映像観賞から顕著に示されるように、植物は「光の当たった側とは逆側の成長が促進される」ということでした。個人的には光が当たる側の成長が促進されるのではないかと思っていましたので、次の点に疑問を持ちました。まず、光から遠い側の成長が促進されるとき、近い側では何がおこっているのか。つぎに、その現象はどのようにして起こるのか、という二点です。植物は光を欲して光の射す方に体を伸ばす、というのは理解できます。しかしある面に当たった光をどのように逆の面に作用させているのでしょうか。このことは、私は光の波長とエネルギーに関係するのではないかと考えました。光のエネルギーの大きさは波長の長さに反比例するということは既に習いましたが、波長についてさらに調べてみると①660nm近辺の赤色光は光合成に、②450nm附近の青色光は形態形成や光屈折性に有効ということがわかりました(植物工場研究所:http://www.sasrc.jp/pfl.htm)。つまり光合成に有効な光よりも形態形成や光屈折に有効な光の方が、より強いエネルギーを持つことになります。従って、上記を踏まえて以下のような仮説を立てました。光が当たった面ではエネルギーの比較的小さい赤色光のみを用いて光合成を行います。この時、エネルギーのより強い青色光はその強さのために使われず反対側まで回され(透過し)ます。つまり植物体に光が当たり、その器官を通過する過程で「分光」が起きているのではないかと考えました。故に光屈性という生育光環境への適応は、光のエネルギーと波長の有効活用の結果としても説明できるのではないかと思います。

A:「①660nm近辺の赤色光は光合成に、②450nm附近の青色光は形態形成や光屈折性に有効」というのは、不適切な記述です。このように書くと青色光は光合成にあまり寄与しないように見えますが、実際には赤色光と同様に有効です。また、光形態形成には赤色光を吸収するフィトクロームも関与します。残念ながらかつて一部の植物生理学の教科書にこのような表記があり、それがあちこちに広がっているようです。


Q:シアノバクテリアの当てる光を変えると細胞の色が変わる仕組み(補色順化)において、赤色光で育てると赤い光を吸収して細胞は緑に、また緑色光で育てると緑の光を吸収して細胞は赤くなる。赤色光を受容するものにはフィトクロムが存在するが、緑色光の受容体は調べても出てこなかった。緑色は赤と青を混ぜてできる色であるため、この場合緑色光を吸収するのは、細胞が赤色光受容体(フィトクロム)と青色光受容体(クリプトクロムもしくはフォトトロピン)の両方を持っているからではないか。シアノバクテリアの場合補色順化は青色光も赤色光も吸収することができるクロロフィルによるが、ほかの生物でもクロロフィルがあれば補色順化は起こるのではないだろうか。また赤色光受容体と青色光受容体の両方を持っている生物も同様に補色順化することはできるのではないか。

A:よいポイントに注目していると思います。ただ、まず、講義で触れたように、シアノバクテリアのようにフィコビリンを持つ生物は、シアノバクテリオクロムという緑色光受容体を持ちます。また、特別に光受容体を持たずとも、フィコビリン自体を光受容体として使う方法も考えられます。フィコビリンが主に光化学系2にエネルギーを渡し、クロロフィルが主に光化学系1にエネルギーを渡す状況では、光化学系1と光化学系2のバランスを電子伝達の状態でモニターすれば赤い光が当たっているか緑色の光が当たっているかを判断できることになります。


Q:授業ではシロイヌナズナの光屈性の動画を見、それが伸長成長によるものであることを学んだ。動画では24時間で植物体がかなり成長していることが見て取れたが、そのことから考えるに、光屈性という応答は高等植物にとって多くのエネルギーを要するためリスクのある光応答なのだろう。もちろんシアノバクテリアにもステート遷移や補色順化といった光応答が存在するが、一部のシアノバクテリアは走性による受光量の調節もできる。高等植物においてキサントフィルサイクルやPSI周りでの環状電子伝達、更に水‐水サイクルのような一度過剰にエネルギーを吸収しておきながらそれを消光するようなシステムが発達しているのは、“そもそも動けない”ということに加えて“極力動きたくない”という都合にもよっているのではないだろうか。そのように考えると、逆に、水が停滞しているような環境あるいは遮蔽物のない環境に生息するシアノの方には、水の流れがあるような環境に生息するシアノバクテリアよりも、強光応答に関わる変異が現れやすいと考えられる。そのようなシアノバクテリアが見つかれば、植物の光応答機構の進化を考える上で役立つだろうし、面白くもある。

A:前半の「動く」という話と、後半の「水の流れ」の話のつながりが理解できませんでした。水が周りで流れていれば相対的には動いていることになる、という意味でしょうか?


Q:[NPQ1]の存在意義がよくわからなかった。Phototropin1、phototropin2、cryptochrome1、cryptochrome2の4つで、青色光に対する反応は全てまかなわれていた。[NPQ1]が関係するのは気孔開閉のみであり、さらに気孔開閉についてはphototropin1、phototropin2も関連している。何故わざわざ[NPQ1]が存在しているのだろうか。これら5つは全て、青色光に関係している。当たる光に青色が含まれなければ、これら全ては働く事ができない。よって、これらだけみれば、ゼロか100かの違いなのであり、酵素のひとつくらいは気にしないでもいいのかもしれない。しかし、5つのうちの1つという割合はあまりにも大きいため、何か作用があるのは確実だと思う。

A:実はNPQというのはnon-photochemical quenchingの略で、光合成の過剰なエネルギーからの保護に働く因子です。これが気孔の開閉にも影響を与えているということのようですから、実際には、因子と機能は1対1対応しているわけではなく、多対多の関係なのでしょう。そのように少しずつ機能を重複させていることが生物の複雑さをもたらしているのかもしれません。