植物生理生化学特論 第10回講義

光環境応答

第10回の講義では、葉緑体の定位運動を中心に、植物が強すぎる光環境に順化するメカニズムについて解説しました。


Q:今回の授業では葉緑体移動、特にその運動機構について、興味を持ったので、それについて考察したいと思います。まず僕の予測では、葉緑体の起源とされている、シアノバクテリアの中でも、運動性のものがあるので、葉緑体自身が持つ運動機構によるものであると予測しました。ただ、実際に調べてみたところアクチン−ミオシンの滑り運動によるものであり、葉緑体自身が運動するわけではないことが分かりました(Wada and Suetsugu, 2004)。次にアクチン−ミオシンを使う理由について考えてみました。葉緑体運動の動画を見せてもらったところ、自分では結構速い印象をもったので、その運動速度が運動性のシアノバクテリア(例えばSynechocystisの線毛運動)などの運動に比べて速いのではないかと予測しました。ただこれも実際に調べてみたところ、参照した論文の条件では、S.cystisは20um/minで動いているのに対し(Choi et al., 1999)、葉緑体運動では大体1~1.5um/minでした(Kagawa and Wada, 2004)。そこで一度は、繊毛運動の方が速度的には早いという風に納得してしまったのですが、条件に着目すると、S.cystisの場合寒天培地上での運動を観測しているのに対し、葉緑体運動の場合は、様々な小分子が入り混じっている細胞内でした。そう考えるとおそらくこの二つを比較することは難しく、単純にアクチンフィラメントによる機構のほうが速度が遅いとはいえないと思いました。自分のイメージとしては、様々な障害物がある条件で、物体を動かしたい場合、その物体自体を動かすよりも、なにか紐のようなもので強く引っ張るほうが動かしやすいような気がします。一つ考えられる実験としては、アクチンミオシンを敷き詰めた基盤の上で単離した葉緑体を振りかけて、それがどれくらいのスピードで動くかを測定してみるということが考えられます。アクチン−ミオシン以外にも他に必要なコンポーネントがある、細胞内でのアクチンによる運動速度が実はしっかりと制御されている(つまり最大速度を出そうと思えば出せる)などの問題があるとは思いますが。
Reference
1) Wada M, Suetsugu N (2004) Plant organelle positioning. Curr Opin Plant Biol 7:626?631
2) T Kagawa, M Wada, Velocity of chloroplast avoidance movement is fluence rate dependent, Photochem. Photobiol. Sci., 2004
3) Choi JS, Chung YH, Moon YJ, Kim C, Watanabe M, Song PS, Joe CO, Bogorad L, Park YM., Photomovement of the gliding cyanobacterium Synechocystis sp. PCC 6803., Photochem Photobiol. 1999 Jul;70(1):95-102.

A:よく調べているのはわかりますが、レポートしては全体としての主張がほしいですね。考えのプロセスを時系列に記述するのではなく、考えたことについて論理を構成し直して一つの主張にまとめた方がよいでしょう。


Q:今回の授業では、系2や系1を含めた光合成系が、光環境に応答する機序について学習した。植物は光環境が変化すると、フィコビリソームのアンテナ部位の光吸収能を一時的に変化させ、また葉緑体の数を増減させることにより、その光環境に適応しているということであった。また、pmg遺伝子に変異がある個体は、そのような光応答系にも通常とは違う反応し、結果として光合成能が上昇している。しかし、光合成能の上昇が、単に収穫量の増加に結びつくというわけではないらしい。例えば、ある遺伝子に変異が起こり生じた多収量稲は、成長速度が他の個体よりも高いが、背が低く栄養も乏しいため、結果として収量には変化がない。そもそも、遺伝子の欠損などの異常による、成長速度や成長量の上昇というのは、動物でいうがんを連想させる。つまり、身体の制御が利かなくなっている状態なのである。そのような異常個体が、果たして正常な成長や稲を実らせることができるのであろうか。この問題には、遺伝子をknock downすることで、一時的な異常を起こさせ、全体としては正常な状態を保つことで解決できると考えている。例えば、冬の気温下で今まで成長を止めていた個体に、遺伝子に一時的なknock downを起こさせる。そうすることで、冬の間でも栄養を取り込むことができ、春になるとknock downの効果が薄れ、正常個体に戻るという方法である。今後、世界的な人口増加に伴い、急速な食糧難が予想される。多収量の農作物の開発に関する、研究の早急な進展が必要である。

A:多収量イネの部分はやや誤解があるようです。一般的な多収量イネは、背が低いために収穫量の増大につながっている、というのが理解してもらいたかった重要なポイントです。すなわち、野生状態では背が低いことは他の植物との競争上損になるので、進化の過程でそのような形質は生き残りませんが、栽培条件ではその同じ形質が収穫量の増大につながるのです。


Q:照射されるエネルギーをX軸、吸収・利用されるエネルギーをY軸に取った時の光合成に利用されるエネルギーについて興味を持ちました。吸収されるエネルギーから過剰なエネルギーを引いた値が光合成に利用されるエネルギーであること。吸収されるエネルギーは対数増殖的な直線を取り、この傾きはクロロフィル濃度に依存すること。この二つの観点から、吸収されるエネルギーの傾斜を大きくする、要するに細胞一つ一つのクロロフィル濃度を増やすことで光合成に利用されるエネルギーを増やすことが出来る。よって細胞あたりの酸素発生量と炭素固定量が増えると期待出来ると思われます。

A:ここで問題になっているグラフの縦軸は特に対数グラフになっているわけではありませんから、対数増殖的な、という表現は正確さを欠くでしょう。また、「吸収されるエネルギーから過剰なエネルギーを引いた値が光合成に利用されるエネルギーである」というのは逆です。「吸収されるエネルギーから光合成に利用されるエネルギーを引いた値が過剰なエネルギーである」が正しい表現です。すなわち、光合成に利用されるエネルギーは、強光領域では光以外の要因に律速されているから飽和カーブを描くのであって、光の吸収を大きくしたからといって強光領域では光合成が増大することはありません。


Q:植物が光吸収を短期的に調節する方策として細胞内での葉緑体の移動が挙げられたが、これには、細胞の大きさに対する葉緑体量は関係しないのかと気になった。細胞の縦/横比が小さく平たい形である場合、細胞当たりの葉緑体含有量が多いと、強光にさらされた時、葉緑体全てが細胞の側壁面に沿うような形で並べるのか、疑問である。そこで、葉が順化した光環境と葉緑体量、細胞の形との関係について考えた。順化した環境が比較的強光である場合、弱光下と比べると少ない葉緑体でも速い光合成速度が望めると考えられる。よって、強光に順化した葉の細胞では葉緑体が少なく、縦/横の比が弱光に順化した葉の細胞と比べ平たい形状をしていることが考えられる。逆に弱光に順化した細胞では、葉緑体量が多いと考えられ、強光に順化した葉よりも縦/横の比が大きい細胞となるのではないだろうか。以上のように、短期的な光吸収の調節を基準に考えると、順化した光環境と細胞の形状に相関関係があることが考えられる。しかし、弱光下では葉緑体は広がっていた方が効率的な光合成を行うことができると考えられる。上記のような弱光順化の葉の細胞の形状は、弱光下での効率的な光合成を行うのに不適切なのではないだろうか。そもそも、葉緑体量によって細胞の形状を変えなければならないほど、細胞の体積に対する葉緑体量は多くないのかもしれない。

A:葉緑体の数だけの議論ならば誰にでも思いつくと思いますが、このレポートではそれを細胞の縦横比にまで拡張して議論しているのが独創的だと思います。非常に良いと思います。


Q:光強度が高くなると葉緑体逃避運動速度は高くなる。一方、PHOT2/phot2-1 ヘテロ植物体も同様な傾向を示すが、運動速度は野生型よりも遅い(Kagawa and Wada 2004 Photochem.Photobiol. Sci.)。ヘテロ植物体のphot2タンパク質の蓄積量は、野生型の半分程度まで減少していた。このことは、phot2 タンパク質の蓄積量が運動速度を制御している可能性が高いことを示唆する。しかしながら、過剰量のphot2 を蓄積しても劇的に運動速度を増加させることはなかった(筑波大、加川)。phot2 タンパク質量と葉緑体運動速度の相関関係のデータは出ていなかったので、調べてみる価値があると思う。葉緑体運動速度の増加率がピークを超える値というのは、植物にとってはそれ以上速度を速くしなくても十分に光阻害を回避できるということを示すのか、または他の要因に制御され速度を上げることができないのか。例えば後者では、葉緑体上のアクチン繊維が葉緑体光定位運動に関わっているが、アクチン繊維が働く限界値に到達するため、それ以上速度を上げられないのかもしれない。葉緑体移動速度と話は変わるが、photo2はphoto1と違い集合、逃避の正反対の二つの機能を果たすことが出来る。自然界では強光に晒されるよりも弱光条件になってしまうことの方が多い、強光ストレス回避機構は他にもいくつかあるがそもそもの光が十分でないという条件は植物にとってかなりの痛手なのではないか、といった点から集合反応にはphoto1、photo2両方が関与するようにできているのではないだろうか。photo2は二つの機能を使い分ける訳だが、強光時にはphoto2のみ働くし、弱光時はphoto1が働くことにより何らかのシグナル伝達が起きphoto2が働くことになるのかもしれない。集合反応時のphoto1とphoto2の発現量と、光強度や照射時間との関係性を調べたらphoto1のみでは足りない時にphoto2も働くのか、もしくは二つは同時に働くのかが分かるだろう。

A:盛りだくさんなレポートですが、前半だけでも十分レポートとして評価できます。運動する、しないだけなら講義の中でも少し触れましたが、運動の速度が何に影響を与えるのか、また何から影響を受けるのか、という点は講義では全く触れなかったところなので、その点に注目したのは非常に良いと思います。そこに絞って議論した方がその良さをもっと引き出せたでしょう。


Q:講義の中で「葉緑体の集光・逃避運動」を映像で確認しましたが、私はこの時の葉緑体の動きに疑問を抱きました。強い光を照射させている間は、その光の「縁」に細胞は集まっていました。しかし光を止めた途端に、それらは今まで光が当たっていた場所へ移動しました。光の「縁」に集まるということは、その場所では一点に照射された強光が周りの「暗」と接触することで光の強さが緩和されるためOKと考えれば理解できます。それでは、光の照射を止めた時の葉緑体の内側への移動はなぜ起こるのでしょうか。照射が止まったのであれば、集まって来ていた葉緑体はてんで散り散りに元の場所に戻ってもよいと思います。しかし、実際にはそうはならず強光がなくなると同時に押し合うようにその場所に向かいました。これを見て私は、次の二つの可能性を考えました。一つは、光がない(0)かある(1)かではなく、0~1の間が存在するのではないか、ということ。二つ目は葉緑体が、光の強さを温度で感知、判断しているということです。まず一つ目について具体的に説明しますと、光が当たる前と当たった後ではその場所(物質)に変化が起こっていて、葉緑体はその光の「残り香」のようなものを求めて集まっている、ということです。照射時間にもよると思いますが、強光が当たり続けたことでその一点の環境が変化して、その変化によって葉緑体が多少であれ光合成に利用できる物質が生成された、と考えました。二つ目は一つ目と似ていますが、葉緑体が光合成に利用可能な物質の生産ではなく、ただ単に葉緑体の習性による「勘違い」の結果ではないかと思いました。もしも葉緑体が光の強さを温度で感知しているのだとしたら、光の照射中は「強光」、照射を止めて光が消えるとそれまでよりは温度は低くなりますが、周囲よりは高いと考えられますので「弱光」と判断できると思います。これらの仮説はどちらも「葉緑体の行動が光の照射による何らかの変化に影響されている」ということを前提としたものです。このことを確かめる実験としては、以下のような系を考えました。一つ目の仮説の確認としては、光を照射させる強さや時間を変化させて、その時の光合成活性を調べる方法です。二つ目に関しても同じく光の強さと当てる時間を変化させますが、この時は光合成活性ではなくその物質の温度の変化と、葉緑体の反応の速さを観察します。これらの二つの可能性を単離的に明確に証明することは難しいかもしれませんが、葉緑体の走光性に関しての新たな知見は多少なりとも得られるのではないかと思います。

A:光感知のメカニズムについて、独自の仮説を提出していて素晴らしいと思います。ただ、講義の中で青色光受容体が働いていると説明したことは無視されていますが・・・。とは言え、温度の関与の可能性などは、他の人があまり思いつかない点だと思いますでよいでしょう。温度の可能性については、あてる光を赤外線にすれば簡単に検証できると思います。


Q:品種改良を行って収量を上げたイネは背が低いという例を扱った。品種改良で生まれた種はいわゆる適者ではないため、そのままでは常に高い収量を得られるわけではないだろう。収量を上げるという点に注目した結果、今回の背のこともそうだが、特定の病気に弱かったり、同じ土地では数年単位では栽培できない等のデメリットが見られることは容易に想像できる。そのような、栽培にあたって手間がかかることをふまえても収量が高いことに特化したイネが重宝されるのかは疑問である。(そもそも食用のイネなのだから味が良くないと収量を上げても意味がないのではないか?)また、光合成能力を高めたからといって収量が上がるとは限らないとのことだが、エネルギーが頻繁に作られていても実を結ぶという点には直接結び付かないとは意外である。収量を上げたときに両立して得られる強みは何があるのだろうか。現在名古屋大学で進められている研究のように、病気への耐性(この場合は病害虫)だろうか。もし複数の特性を併せ持つ種の開発に成功したとすると、このような品種改良を行ったイネばかりが育てられることになり、本来最も生き延びやすいはずの野生株を農家から姿を消すことが危惧される。品種改良の結果の種が適者であるはずの野生株より強い生存力を維持できるとはどうしても思えないが、そのような種を生みだすことが出来た場合、適者が入れ替わるというか、改良を受けて生まれた種の特性を元来の野生株が取り入れ、より強いイネに生まれ変わるということでよいのだろうか。
参考:http://www.nagoya-u.ac.jp/research/pdf/activities/20100524_nubs.pdf (2012年6月22日閲覧)

A:「光合成能力を高めたからといって収量が上がるとは限らない」というよりは、「光合成の能力自体を高めることは非常に難しいので収量が上がることにつながらない」ということだと思います。また病虫害については、自然条件で色々な生物がごちゃごちゃに生育している条件では特定の病虫害が大発生することはあまりなかったのではないかと思います。単一の作物ばかり育てれば、そこにその作物を食べる害虫などが大発生するのは避けられないでしょう。そのような特殊な環境では特定の病虫害耐性を持つかどうかが大きな意味を持ってくることは容易に想像できます。野生型が有利なのはあくまで自然条件であることに注意する必要があります。


Q:葉の細胞に小さなスポットで光を当てた際に、それが赤色光だと葉緑体が集合し、強い青色光に対しては逃避する、という現象のメカニズムについて考えた。光の受容は細胞膜付近のフォトトロピンによるということなので、葉緑体の運動はフォトトロピンからシグナルを受けたアクチンやミオシンによる原形質流動によるものであろう。集合反応については、光の当たっていない部分から葉緑体を押し出すような形で集めればいいだろうが、光の当たっている部分からのみきれいに逃避するという反応はどのようなメカニズムなのか。私は次のように考えた。光が円筒状に細胞を透過しているとすると、その円筒の上下の底面に当たる細胞膜部分のフォトロピンからシグナルを受けたフィラメントが、その円筒の中心から広がるようにして葉緑体を押しのけていくのではないだろうか。こうすれば、光の当たっている円形の部分のみきれいに葉緑体がなくなることを説明できる。

A:原形質流動という一般的な言葉を使うのはやや正確性に欠けるかもしれません。フィラメントが葉緑体を押しのけるという部分についてやや具体的なイメージを持つことができませんでした。アクチンとミオシンのフィラメントを想定しているのでしょうか。