植物生理生化学特論 第3回講義

光合成色素と光の吸収

第3回の講義では、光合成に関わる色素と光の吸収の仕組み、また葉において光の吸収効率を高める葉の構造について話しました。


Q:今回の授業では、光合成色素と吸収スペクトルの関係について講義がなされました。その内容に関連しまして、春先を中心に磯で観られる「海藻の垂直分布」についてご紹介し、私自身が高校生時代に行った調査の一部を簡単にご報告しようと思います。
 一般に、海中では深いところから紅藻、褐藻、緑藻の順に大きく分布域が推移する傾向が知られており、この現象を海藻の垂直分布と呼びます。これは、一般的な補色適応の関係から説明がなされ、具体的に、水深が深いところ(10m程度)では緑色光が行き届き、そのため赤色系(光合成)色素を多く含有する紅藻が多く繁茂するようになります。一方で、水深が浅いところでは赤色光が比較的多く、緑藻が生息域を広げるようになります。面白いことに、水深10m程度の範囲でも例外的に生息域を広げる緑藻が発見されており、実際に海松(ミル)やアナアオといった緑藻を採取して光合成色素を調べたところ、クロロフィル以外にもフィコビリン系色素が含まれていることが分かりました。さらに、吸収スペクトルの特徴についても調べたところ、従来の緑藻に見られる赤色光領域に加えて、緑色光領域にもピークが存在することを見出しました(これらの海藻を観察すると、赤色系色素を含有しているために深緑色に見えるという特徴があります)。
 ところが、褐藻につきましては、クロロフィルやキサントフィルを多く含むものの、フィコビリンを含有しないために水深が深いところでは生息できません。したがって、その色素組成からも分かるように、実際には緑藻と同程度の水深のところに生息域を広げると予想されます。しかし、実際には緑藻よりも少し水深が深いところに生息域を広げるため、このような住み分けは光合成色素の違いによるものではないと考えました。そこで、代表的な緑藻と褐藻をそれぞれ数種類採取し、光条件を変えながら両者の光合成活性を調べたところ、緑藻の方が褐藻よりも強光条件下で光合成活性が高まることが分かりました。確かに、陸上では水中よりも光強度が強く、水深が浅い領域では入射光があまり低減されないため、強光条件に対応できる緑藻の方が褐藻よりも(垂直分布において)上位に生息することは納得できます。ただし、それが何に起因しているかを調査することはできませんでした。
 さらに細かいことをご紹介すれば、緑藻や褐藻、紅藻の間においても、門間で垂直分布が観察されます。この理由については、光合成色素のわずかな違いによるものではなく、水温による光合成活性、潮の干満の影響(耐乾性、耐塩性)による生理活性に負うところが大きいことも分かりました(あまり詳細に述べると終わらなくなってしまいますので、ここで割愛させていただきます)。
 一度海中に潜ってみれば、緑藻よりも褐藻や紅藻の方が圧倒的に種類が多く、生息域も断然広いことが分かります。一方で、陸地に目をやれば、褐色植物や紅色植物はほとんど見当たらず、もはや緑色系植物の独壇場といっても過言ではないでしょう。興味深いことに、潮間帯の中でも干潮時に長い時間空気中に露出する領域では、一般的に緑藻の占める生息域が圧倒的に広いことが知られています。したがって、陸上に緑色植物が栄えた理由は、光合成色素による説明もさることながら、ひょっとして緑藻がいち早く耐乾性を獲得したことにも拠るのではないかと秘かに感じています。

A:ここで調査されたのは、多細胞の大型藻類でしょうね。最近、大型の紅藻の表面にシアノバクテリアが付着している例が報告されているので、緑藻に存在していたフィコビリンは、もしかしたら表面に付着したシアノバクテリアや微細紅藻のものかもしれません。褐藻については、アンテナサイズが大きいことが知られていますから、それが弱い光条件により適応している理由かもしれません。潮間帯で緑藻が多い原因については、乾燥耐性も有力な説明となりますが、上で議論された強光への適応でもある程度説明できるかもしれませんね。


Q:光合成色素には多くの種類が存在し、とても複雑であることが分かりました。多岐にわたる光合成色素が、可視光のかなりの領域の光を吸収しており、光合成生物がそれぞれの生育環境に合わせて効率良く光合成を行っていました。特にカルテノイドは共役に重結合の長さにより吸収波長が長くなり、専門家はその構造式から吸収波長がある程度特定可能であることは、非常に興味深かったです。ところで、葉のふ入り部分は光合成を行わず、ふ入りの原因にはウイルス感染や、遺伝子変異、食痕の擬態の可能性などが存在するのに対し、紅葉の赤い色素・アントシアニンは光合成色素ではなく、ふ入りと同様に光合成を行わないとありましたが、紅葉は一体何の為に行われるのかと疑問を持ちました。

A:ここで、「疑問を持ちました」で終わるのではなく、ぜひ、自分なりの仮説を立て、それを解決するための実験系を考えてください。日ごろからそのような考え方を身につけておくことは研究者として極めて重要です。


Q:自分はシアノバクテリアの概日リズムの研究をしていることもあり、なぜフィコビリソームは特定のシアノバクテリアにしか存在しないのかを調べてみました。クロロフィルは約450nm付近と約700nm付近に吸光ピークを持ちます。一方で、フィコビリソームはフィコエリスリン、フィコシアニン、アロフィコシアニンが集光アンテナを形成しており、それぞれ~560nm、~620nm、~650nmの吸光ピークを持ちます。水の中、特に上に植物プランクトンなどがいたりすると、赤や青の光が吸収されて減るため、クロロフィルでは有効に光を吸収する事が出来ません。そのため、クロロフィルに有効な光の到達量が少ない環境に生息するシアノバクテリアは、短波長も吸収出来るフィコビリソームを持つようになったと考えられます。講義中、海藻の色素のバラエティの話でも触れられていたように、生息域に到達する光の波長に適応できるように色素が進化してきた事が分かりました。また、一部のシアノバクテリアのフィコビリソーム遺伝子発現は顕著な概日リズムを示すことが知られています。これは太陽の降り注ぐ昼間にのみ光合成活性を高めるためと考えられます。さらに、同じ太陽光でも地上に到達する太陽光の波長スペクトルは時刻依存的にも変化する(朝方と夕方では、短波長が大気によりカットされやすい)ことから、クロロフィルをはじめ各色素の遺伝子はもしかしたら時刻依存的にも発現調節をしていて、より効率的な光合成を行っている可能性もあるかもしれないなと思いました。

A:転写産物のリズムを考えるときに、必ず考えてほしいのはタンパク質レベルでもそのリズムが見られるかどうかです。フィコビリンはシアノバクテリアの全タンパク質量の3割を占めることもある非常に量の多いタンパク質です。その量が、概日リズムによって変動するとなると、とてつもないタンパク質合成と分解が必要になりますよね。そのあたりはどのように考えればよいでしょうね?


Q:強光下で光合成が起こらなくなった場合、光合成細菌やシアノバクテリアはストレスをうけるというが、どうしてこのストレスが起こるのか光合成色素の観点から考察する。光合成細菌や植物に光が当たると、カロテノイドやクロロフィルなどのアンテナ色素のエネルギー準位が基底状態から励起状態になる。量子力学によれば飛び飛びの値を持った定常状態でしか存在できず、基底状態と励起状態の間のエネルギー状態はとれない。そして、光合成色素が吸収したエネルギーは本来ならば光化学系の光化学反応に使用される。しかし、光が強く光化学系が間に合わない場合や、何らかの理由で光合成が上手くいかない場合は、このエネルギーが熱として変換されるか、もしくは蛍光として光に変換される。もし細胞が過剰に熱を持ってしまった場合、当然それはストレスとなるだろう。また、蛍光として放出される時も、蛍光は励起光に比べ波長が長くなるという「ストークスシフト」が起き、そのエネルギーの差が熱として放出される。光のエネルギーは波長に反比例するので、仮にクロロフィルの励起波長を460 nm、蛍光波長を680 nmとした場合、光子一つあたりE=h*c*(1/460-1/680)=1.3971162*10^-28のエネルギーが熱として放出されると考えられる。よって、光合成が停止した場合、仮に全てが蛍光として放出された場合でも、やはり熱によるストレスを植物や光合成細菌を受けるものと思われる(他にもredoxなどのストレスも当然あると思われるが)。 また、コンクリートや石などが非常に熱くなるような、日光に常にさらされている状態でも、植物がそこまで熱くならない理由として様々なものが考えられる。その中でも、光エネルギーを熱として放出するのではなく、光化学系のエネルギーとして使用するというこのシステムが大きな役割を果たしているのではないだろうか。

A:これは、非常に多くの重要な観点が入ったレポートです。おそらく、それらの観点を整理することが必要でしょうね。
 1.強光で使いきれないエネルギーをどうなるか:実際には蛍光となるエネルギーは最大でも1%程度で全体からみると無視できます。基本的には熱になるか、光合成に使われるか、と考えてよいでしょう。
 2.強光でストレスを受ける原因は何か:熱自体はもちろんストレスになりえますが、実際の強光時には、過剰な還元力による酸素の還元が起こり、これによって活性酸素ができます。多くの場合、この活性酸素が各種阻害の原因となっているようです。
 3.強光下でも植物が熱くならないのはなぜか:一般的に、植物は、光合成の基質として分解する水の250倍もの量の水が葉からの蒸散(蒸発)によって失います。蒸発には気化熱の変化が伴いますから、これが植物におおわれている建物がそうでない建物よりも涼しい原因です。


Q:光合成には、酸素の発生の有無によって酸素発生型光合成と酸素非発生型光合成の2種類に分けられる。前者は原核生物のシアノバクテリアから真核生物の藻類、緑色植物まで多様な生物によって行われている。一方、後者はシアノバクテリアを除く水圏の生態系の主要な構成員たる光合成細菌類で見られる。両者の違いは電子供与体の違いによるもので、光合成反応自体は同じものである。つまり、酸素発生型光合成では水が電子供与体として使われ、分解されて電子とプロトンが取り出される。一方、酸素非発生型光合成では電子供与体として水を用いることができないため、その代わりに有機物や硫黄化合物が用いられる。ここで、疑問が生じた。酸素非発生型光合成をするのは、水圏の生態系の主要たる光合成細菌類である。周囲は水が豊富であるにも関わらず、何故水を電子供与体として使えないのだろうか。この原因として、光合成の際に生じる副産物の酸化還元電位が酸素発生型光合成よりも高く、1つの光化学系で充分な励起が可能であることが考えられる。そのため、酸化還元電位の大きさに耐えることのできる生物にとっては酸素発生型よりもむしろ酸素非発生型の方が光合成の効率が良いために、電子供与体として水を使わない進化を遂げたと考えられる。
参考文献:「ベーシックマスター生化学」大山隆編、オーム社

A:この点については、これからの講義で解説します。一つだけコメントすると、光合成細菌が「水圏の生態系の主要」というのはやや言い過ぎかもしれません。基本的には水圏で光が届く範囲はある程度酸素濃度が高くなりますから、少なくとも嫌気性の光合成細菌は広い範囲に分布することはできません。海洋ではシアノバクテリアや珪藻などの藻類が光合成の主な担い手になっているようです。