植物生理生化学特論 第14回講義

クロロフィル蛍光による遺伝子機能解析

第14回の講義では、クロロフィル蛍光を用いた遺伝子機能解析の例を紹介しました。


Q:遺伝子変異株の表現型を解析し、任意の基準に沿ってクラスター化することで、関連する遺伝子の同定や機能を明らかにする方法はしばし採用される。今回の講義では、光化学系量比が調整できない変異体のクロロフィル蛍光の挙動について、その比較方法がいくつか提案された。私たちの研究室でも、シアノバクテリアの体内時計の解析の際には、時計遺伝子に変異を人為的に誘発させた上で、時計遺伝子プロモーターの下流に蛍光タンパク質をつなぎ、その挙動(蛍光リズムの波形)を解析してクラスター化を行い、アミノ酸レベルでの時計機能の同定に成功している。このようなときに問題とされることは、波形レベルの変化が明確にクラスター化されるほど顕著ではないので、アルゴリズムをどのように組むかということである。このような問題を克服するためには、変異体に与える摂動を変化させ、異なる条件で得られた波形データを複数用意することであろう。先のシアノバクテリアの体内時計を例に挙げれば、時計遺伝子変異株に複数の明暗サイクルの周期条件を与え、まず同条件下の各データでクラスター分析を行う。ここで、得られたクラスター分析の結果を条件間で比較し、合致すれば申し分ないが、差異が発生した場合には、各条件下における変異体間の表現型の近さを数値として算出し、その値を条件ごとで比較してさらにクラスター分析を行えばよい。私も、表現系に関してクラスター分析を行ったことはあるが、どうしても人間の主観が入ることは避けられず、思うようなクラスター分析ができたアルゴリズムを正しいとする風潮には疑問を感じざるを得ない。このような思い込みを回避し、できるだけ客観的な分析を行うためには、いくつかのアルゴリズムを考え出したうえで(並列的アルゴリズム)、それらをさらに統合できるアルゴリズム(階層的アルゴリズム)を考えていくべきである。

A:確かに、山ほど試行錯誤して、一番自分の言いたいことに近い方法を採用する、ということをした場合に、データから本当にそのように結論してよいのか、という問題が生じます。そのような場合は、得られた結果を別の方法で検証する必要があるでしょうね。その際には、どの程度その方法によって得られたデータが使えるかという有用性が判断基準になるかもしれません。


Q:今回はSynechocystis sp. PCC 6803の遺伝子破壊株のクロロフィル蛍光のデータベース化とついて紹介されました。このプロジェクトでは、クロロフィル蛍光の挙動が似ている破壊株の遺伝子は機能が似ているという仮定の下に、既に表現型が明らかになっている遺伝子破壊株と似たクロロフィル蛍光挙動示す破壊株をカテゴライズすることで機能を推定する手法を用いていました。 始め、クロロフィルの蛍光挙動を測定しただけでは、野生株との有意な差を見分けることは困難ではないかと考えていました。しかし、実際に情報処理の解析の手法を工夫することで野生株と有意な差を示す破壊株を分類することが出来ており、この解析手法は非常に有用であると思いました。実際、同じグループにカテゴライズされた破壊株は、クロロフィル蛍光挙動の他のフェノタイプでも似た結果を示していました。今回、紹介された手法を用いれば、他のシアノバクテリアから高等植物に至るまで、同じクロロフィル蛍光挙動というパラメーターを用いてフェノタイプを解析することができ、ポストゲノムの多様性という課題をある意味で解消できた言えます。今回、紹介された手法は光合成研究の分野で有用ですが、例えば概日リズムの研究分野では、Synechococcus sp. PCC 7942の概日リズムの中核遺伝子kai遺伝子群が同定されたときに用いられたスクリーニング手法を応用して、破壊株のリズムを発光レポーターを用いて測定し、データベース化するなど、各々の研究分野に適したパラメーターを用いてデータベースを作製することで、様々なモデル生物を共通のパラメーターで語るというゲノム科学の魅力をポストゲノムでも再現できるのではないでしょうか。

A:講義の中でも触れましたが、今回紹介した方法は、同じ光合成生物である植物でも、真核生物では適用できない可能性が強いように思います。なかなか、「普遍的なポストゲノム研究」というのは難しそうですが、少なくともそれを目指す努力は続けたいと思います。


Q:クロロフィル蛍光をそのまま機能計測ツールとして利用する方法は非常に賢いと感じた。実験データからも、光化学系量比調節に異常のある変異株の探索には有効であることが分かった。ただ、それ以外の変異株、例えば代謝系等に異常のある変異株では、クロロフィル蛍光の変化が微小だったりするので、他に有効な探索方法があるのではないかと思った。また、機能は全く異なる遺伝子変異株同士のクロロフィル蛍光の時系列データが偶然一致し、同じグループに分類されてしまう可能性もあるのではないか。この場合、クロロフィル蛍光だけではなく、他の評価基準を設ける事でこのリスクを軽減する事が出来ると考える。そこで、天然蛍光プローブであるクロロフィルには及ばないかもしれないが、蛍光タンパクであるGFPを代謝系の遺伝子の下流につなげてやる事が考えられる。この株を元に変異株を作製し、クロロフィル蛍光測定とGFP蛍光測定によるスクリーニングを両方行う。これにより、クロロフィル蛍光測定のみでは分類出来なかった変異株も詳細に分類出来るようになるかもしれない。

A:GFPでは局在情報しか得られないので、なかなか難しい気がします。ただ、最近は、代謝産物量によって蛍光強度が変化するプローブなども作られていますから、そのようなものを使えば、新しい情報を得られるかもしれませんね。


Q:2つの変異体のクロロフィル蛍光観察のグラフの形状の類似性を定量化することで、遺伝子機能の解析ができると思わなかった。データはあっても扱い方は本当に様々である。今回の講義で類似性を定量化するだけでも、偏差・微分・天球微分と3種類も登場した。どの方法を選択するかが重要で、目的と実環境を念頭に置いて考える必要がある。データ処理の仕方を間違えるとまったく違う結論になりかねない。全く同じ機能の遺伝子が見つかるとは限らないが、候補を絞り込むためには有用であるので、データ処理で検討をつけたあとは詳細な機能を見る実験を合わせて行う必要があるだろう。仮にその遺伝子単体での機能が断片的に分かったとしてもそれだけでは意味がないので、どこの分子ネットワークに所属して働いているのかといった相互作用を見る実験が、解析後に重要になってくると思う。また、「吸収したエネルギー」=「光合成に使われたエネルギー」+「熱になったエネルギー」+「蛍光として放出されるエネルギー」という等式を見て、純粋に光合成のエネルギーを算出することは難しそうだが、熱エネルギーを測定する方法はないのか疑問に思った。熱エネルギーを測定する装置があれば、グラフの形状が一見似たように見えても、光合成のエネルギー、つまり機能は全く違ったという事態も突き止められそうである。

A:面白い点に気がつきましたね。熱を測定する装置は実際にあって、熱による膨張を断続的に行なわせることによって音波として検出します。この光音響法は面白いシステムなのですが、クロロフィル蛍光と違って測定条件に制限があるのが難しいところです。


Q:今回の講義では、蛍光という単一の表現型を用いて、ゲノム上の全遺伝子の半分程度の遺伝子破壊株の表現型を得ることができることがわかった。では、残りの約半分程度はどのようにすれば表現型を得ることができるのであろうか。まず、蛍光以外の表現型を用いる手段が考えられる。たとえば色素や寿命などが挙げられる。現行のクラスタリングにおいて、遺伝子破壊株の表現型を得れなかったものについてはこの2つの要素を取り入れて解析する方法を考えても良いのではないだろうか?

A:そうですね。なるべく単純な表現型で全ゲノムの遺伝子の破壊株をカバーできればよいのですが、なかなか、うまい方法を思いつかずにおります。