植物生理生化学特論 第12回講義

分光測定の方法

第12回の講義では、吸収測定の原理と分光器の仕組み、そして様々な分光測定の手法について解説しました。


Q:今回の課題では、既存の実験系の限界に触れつつ、分光学的にどのような新規実験系を構築すれば、光合成の本質ともいえる「光エネルギーが如何に化学エネルギーに変換されるか」に肉迫できるのかを考察してみたい。
 最初に、光合成研究で広く用いられる実験系とその問題点を列挙してみる。例えば、ある任意の条件下における植物の定常吸収・作用スペクトルを取得するトップダウン的手法では、光エネルギーが化学エネルギーに変換される物理化学的過程までは到底分からない。また、タンパク質の立体構造を明らかにするだけでは、当然ながら電子の供与による中間体の構造や、タンパク質間のマクロな情報伝達を原子レベルで明らかにすることは難しい。さらに、現代の量子化学の計算をもってしても、構造的ゆらぎが少ないとされる光合成タンパク質ですら、吸収スペクトル等の電子状態の実験情報を再現することは出来ていない(どのレベルを「出来た」とするかは難しい評価だが)。
 前述の「光エネルギーが化学エネルギーに変換されるプロセス」を追跡するためには、電子伝達系を構築するタンパク質のマイクロ(ピコ)秒領域での構造変化を一分子レベルで捉えつつ、クロロフィル間の電子励起エネルギーの移動や電子の移動を追跡していく観測系が必要となるだろう。一分子計測について、従来のように蛍光分子を生体分子の標識とするイメージング技術では、ビデオレートの制約によりマイクロ秒領域でのダイナミクスを調べることが難しい。また、分子の不均一性を感度よく追跡するには、蛍光強度の測定だけではなく、スペクトルの測定も重要となるだろう。これが実現されることで、同じスペクトルでの分子間の励起エネルギーの移動を偏光の解消(乱れ)から見積もることができ、さらに蛍光の偏光解消が起こる時間からおよその励起エネルギー移動の素段階の上限を算出することも可能となる。以上から、詳細に電子伝達系の仕組みを明らかにするためには、マイクロ/ピコ秒レベルでの時間分解能をもってして、一分子の蛍光スペクトルを計測する方法の確立が待たれる。

A:一分子観察というのは非常に強力な手法ですが、そもそも、なぜ一分子観察が必要か、というと、数多くの分子はばらばらに反応しているので、その平均をとってしまうと重要な部分が見えなくなってしまうからです。ところが、光化学反応は、短い閃光を照射することにより数多くの分子を同時に反応させることができます。ですから、数多くの分子を対象とした測定によってもかなり多くの情報を得ることができます。そこが光化学反応の特殊性ですね。


Q:今回の講義では分光学の基礎について学びました。日常実験室で利用している分光光度計について学ぶことが出来、非常に勉強になりました。分光光度計はランベルト・ベールの法則に基づいて透過する前の光と、透過した後の光を測定し透過率を求め濃度を算出しています。これまで、実験室で試料を測定するときにAbsorbanceが1以上になる濃い濃度の場合には正確に測定できていない可能性が高く、適度に希釈して測定するように当初指導され、そのように行ってきましたが、今回の講義でその理由を理解することが出来ました。また、温度によって吸光度が変化する点について考えてみましたが、まず温度が低くなると試料中の分子の振動は弱くなります。その為に散乱光が減って、結果として透過光が増すのではないかと考えました。

A:「温度によって吸光度が変化する」というのは、低温で吸収バンドがシャープになるという話でしょうかね。これは下でも聞かれていますが、熱による振動が抑えられるためです。次回の最初に少し詳しく説明しましょう。


Q:光を当てるだけで測定が行えるという点で、分光器による測定は手軽で便利な手法だと感じました。特に、シアノバクテリアなどの微生物を扱う場合、試料を破壊すること無く測定を行える点が優れていると感じました。また、聞きそびれてしまったと思うのですが、吸収スペクトルの話で、なぜ低温ではバンドがシャープになるのでしょうか。

A:上に書きましたが、バンドがシャープになる原因については、次回の最初に説明します。


Q:閃光分光法に興味を持ったので、どのような実験に利用できるか考えてみた。まず閃光分光法とは,光反応をキセノンフラッシュランプあるいはレーザ閃光照射で開始し,各成分特有の吸収スペクトル変化(差スペクトル)や時間経過を測定する。試料を透過した測定光量の変化を高感度,高速に測定することで,光応答する対象分子の反応量や反応速度を実測できる。光照射して開始する反応として、以前学習した補色順化を思い出した。数種類のシアノバクテリアに関して、瞬間的な光照射でどのくらいの色素が変化するのかを調べてみる。照射する光の波長も変化させてみる。その結果から補色順化のしやすさと16SrRNAによる系統樹と比較して補色順化の進化を推定したり、生息場所との比較をするのも面白いのではないだろうか。これはシアノバクテリアに限らず、海藻の色と生息する場所の水面からの距離の比較しても良いと思う。また、補色順化のしやすさと走光性の有無などの関係から、補色順化と走光性の光受容体は共通なのかなど、補色順化と走光性の関連性を調べてみたい。ただ今回思いついたのは補色順化の本質的な部分からは外れ漠然としているものばかりで、光照射後の色素変換過程の経時観察により詳細な色素変換メカニズムに迫ることも可能かもしれないが、詳細なメカニズムに迫るクリティカルな実験を考えるのは本当に難しいと感じた。
参考文献:
・伊藤繁,閃光分光法と差スペクトル,低温科学,2009.
・池内昌彦,古典的な光応答現象と新しい光受容体,蛋白質核酸酵素,2009.

A:講義の中で触れましたが、補色順化はフィコエリスリンとフィコシアニンが置き換わることによって引き起こされます。ですから、タンパク質の合成・分解が関与する遅い反応です。閃光分光法の対象としては、何かもっと速い反応を選ぶ必要がありますね。


Q:試料と検出部位の距離が近ければ、散乱光を光電子増倍管に取り込めるため、色の情報を得ることができる。一方、試料と検出部位の距離が遠ければ、散乱光が光電子増倍管に取り込まれないため、散乱による見かけ上の吸収の増大だけをみることができる。また、距離を変えずに、すりガラスによって直進光を強制的に散乱させる「オパールグラス法」という方法を用いて色の情報を持った光を集める方法もある。私はこの「オパールグラス法」の原理に疑問を感じた。散乱する際に、元々の進行方向と同じ方向へ進行した場合には光電子増倍管が感知するため、色の情報を持った光を集めることができる。しかし、すりガラスに至る前に光電子増倍管の反対側へ進行した光や、全反射によって光電子増倍管の反対側へ進行した光は集めることができないのではないだろうか?この方法で問題がない理由として2点挙げられる。1点目は全反射が角度的に起きづらい点。屈折率の大きさはすりガラスの前後でえ変わらないため、角度で問題がなければ全反射の心配は必要ないであろう。2点目は逆方向へ進行する光が微量である点。そもそもオパールグラス法によって色の情報を持った光を集めることが目的であって、微量の光を感知できなかったとしてもさほど影響はないのであろう。その点を改善した方法が積分球であると考えられる。

A:オパールグラス法では、直進光と散乱光の割合が改善されるということで、散乱光を全部とらえることができる、というわけではありません。最後に述べられているように、散乱光の多くをとらえようと思ったら積分球が必要になります。